マエバ・セイボスキー
2026-02-21 19:42:40
16143文字
Public パーバソ
 

眠りの海の船長

眠りパロのパーバソ。
Dの眠りをとてもオマージュしています。
なんのひねりもなく、タイトルままです。
二人はしあわせにくらしましためでたしめでたし、です。



 月の大きな夜だった。
 パーシヴァルは、夜露に濡れた草のにおいを感じながら、ゆっくりと森を進んだ。月の女神が射ったような月光が、木々の間から差し込んでいる。木立が途切れる辺りで、パーシヴァルは愛馬を降りた。

「こんばんは」

 彼は湖畔に立っていた。湖には丸い月が落ち、その輪郭をゆらめかせている。
 青年は、パーシヴァルのマントを羽織り、胸元に紐のついた簡素なシャツを着ていた。たっぷりとした袖と引き絞られたウエストの対比に思わず目を細める。素足の横には、小さな白い花が咲いていた。

「こんばんは、王子様」

……!!どうして」

 名乗ってはいないはずだ。何故わかったのかとおどろけば、彼は笑ってマントに施された刺繍を指さした。
 それから、そのマントを彼の肩にかけて湖畔を歩いた。交わす会話はとりとめもない。そのうちに二人の距離は縮まり、ついにはつま先を並べるようにして歩いていた。
 歩みのたびに視界にはいる、彼の陽に焼けた指先が心を擽る。

「昼間歌っていた歌、あれはどんな歌なんだい?」

「歌?」

「そう、貴方が私のマントと帽子を『拾った』とき」

 彼の瞳は城にあるどんは宝石よりも輝いていた。王家の宝よりもずっとうつくしいと思いながら、パーシヴァルは大きく見開かれた瞳を見つめた。

「ああ、あのときの、なんでもないよ。むかしからなんとなく出てくる」

「なんとなく?」

「そう、多分夢で……

 大きな瞳を囲む黒々とした睫が下を向く。そうすると、そのつんと尖った睫毛の先端に月の雫が集まって、しっとりと滴った。

「夢できいた歌さ」

「素敵だね」

 ほめると、彼は照れたように頬を染め微笑んだ。そのたびに、パーシヴァルの胸はまるで小鳥のようにふるえる。

「踊りたくなるような曲だね。私は、ひとりで踊ったことがないのだけれど」

「ひとりじゃないならどうやって踊るんだい?」

「ふたりでだよ。向かい合って、こうやって」

 ワルツの身振りで手をあげる。彼はふうんと頷き、真似するように手を上げた。

「教えてくれる?」

「よろこんで」

 浮いたその手を取り、そっと手のひらに添わせる。

「失礼」

 マントの上から背中に手をまわすと、彼は一度目を丸くしてからまたあのはにかみをうかべた。

「右、左、右……そう、私の足に合わせて」

 彼は優秀な生徒だった。すぐに滑るような動作でパーシヴァルの身体にぴったりと添うことが出来た。

「私の足を踏んでも気にしないで」

 実際、彼の素足は柔らかく、ブーツの上からでは撫でられるようなものだった。むしろそのたびに、パーシヴァルの胸は高鳴った。

「上手だね」

「先生が良いから」

「口も上手だ」

 彼は声をあげて笑った。
 城にある蝋燭をたくさん生やしたシャンデリアよりも、月光はずっと眩しい。ふたりきりの緑の広間には、月の女神の奏でる弦のつま弾きだけがみちていた。
 くるくるとまわるたび、彼の羽織ったマントが貴婦人のドレスのように膨らんだ。草と土の瑞々しいにおいがたちのぼり、彼が目を伏せ、潜めた笑い声をもらす。
 ふたりの姿は水面に落ち、まるで大輪の白薔薇がひとりきりの湖の月を楽しませるかようだった。
 素晴らしい時間ほど瞬く間に過ぎてゆく。パーシヴァルは、城での退屈なパーティではいちども感じたことのない高揚を胸に、名残惜しさを隠し一回りほど小さな身体から手をはなした。
 彼の頬は紅潮し、額にうっすらと汗をかいていた。顔が熱いから、自分もきっとかわらないのだろう。パーシヴァルは、まるで引き寄せられるように、自然とその熟れた果実のような頬に手をのばした。

「海の瞳をもつ貴方、貴方の名前は──」

「うみ?」

「ええ、貴方の瞳は、美しい遙かの海の」

「うみって、なんだい?」

 どうやら彼は海をしらない。不思議そうに首を傾げている。パーシヴァルは、彼の片手を取ったまま湖を指さした。

「貴方はこの森を出たことが? なるほど、それでは愕くかもしれないけれど世界はね、この森のさきにもずっとずっと続いているんだ。そしてその殆どが海、大きな塩辛い水たまりで、私たちのこの森もじつは海に浮かんだ大地の上にあるんだよ」

 話すほどに、彼の瞳は大きくなって、きらきらと月光を吸い込んだ。そのうちに星屑が溢れ、彼のまばたきのたびに、それがこぼれ落ちるかのようだった。

「私は何度か船に──水に浮かべた大きな木の箱に、のって海を渡ったんだ」

「船」

 このとき、パーシヴァルは知らなかった。自分が彼の運命に大きく関わってしまったことには。
 ずっと遠くの空が、にわかに黒くなり始めたことに気づいたのはパーシヴァルの親友だった。愛馬が不安そうに足踏みしている。パーシヴァルは、血管の浮いた白く優雅な首をぽんぽんと撫で、空を見上げる。

「嵐かな」

「こんな季節外れに?」

 ふたりは、クントリーの手綱を引きながら月夜の森を歩いていた。洞の中からは、大きな目玉が、キョロキョロと道行きを興味深そうに追いかけている。

「そろそろ戻った方がよさそうだ、送ろうか」

「森の中は君より詳しいさ、君こそ迷子にならないようにね、王子様」

「君、」

 数歩先を行く背中に呼びかける。
 マントを羽織った彼は、白い光の中背を向けたまま顔だけこちらにむけた。シャワーのような月光が、彼の滑らかな肌に流れていく。

「また、会えるかい?」

 彼がまばたきをする。それがいやに、ゆっくりにみえた。胸の内側で、心臓がおおきくしっかりと弾んでいた。

「次は船に乗せてくれ、王子様」