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lilie_y0527
2026-02-19 23:08:54
13117文字
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先生ルークと保護者ディン
現代AUルクディン
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【防犯訓練】
その日の朝、ルークはいつもより落ち着かない心持ちで、園庭の掃き掃除をしていた。今日は防犯訓練の日だ。例年、園が契約している警備会社から『不審者役』が派遣されることは決まっているが、その人物が「いつ、どこから、どう」現れるかは、現場の職員には一切伏せられている。ゲリラ的に始まるその緊張感は、本物の有事に備えるためのものだ。
(去年は、油断して背後を突かれたからな
……
)
掃除の手を動かしながら、ルークは去年の「刺されましたよ」という判定の悔しさを思い出していた。今年こそは、子どもたちの安全のためにも、早々に戦線離脱するわけにはいかない。
一方、ディン・ジャリンは深くフードを被りマスクを着けて、最終確認を行っていた。その背中には『不審者役』と大きく書かれていた。会社から「顔見知りの方が職員の反応が見やすいだろう」と不審者役に指名された時は、少しだけ気が重かった。だが、仕事は仕事だ。任されたからには全力でやる。
(裏門の鍵が開いている、テラス側
……
あそこが甘いな)
ディンは鋭い目で園舎の隙を探す。普段、グローグーを預けている温かな場所が、今は『守るべき対象』であり『攻略すべき城』だった。彼は音もなく侵入した。開いたままの職員室の大窓から園舎へ入り、ひとしきり場を乱す芝居を打つ。自分を見た先生が目を見開き、大声で『合言葉』を叫んでいる。あらゆる保育室から扉を閉める音が聞こえてくる。少し遅れて小さな子どもたちの泣き声。申し訳ないが、これは必要な訓練なのだ。そろそろ誰かが『さすまた』でも持ってくるだろうか。通報を受けた警察と警備が到着するという想定時間までに、閉ざされた保育室に無理やり押し入るか、それとも逃走するか、考え、とりあえず手近な扉に手を掛けた時だった。
「
……
そこまでです!」
背後から放たれた、凛とした声。ディンは咄嗟に身を翻した。逃げるフリをして少し翻弄してやろう、そう判断して動いた瞬間、不審者役としての彼の計算は、一人の青年の異常なスピードによって粉砕された。声を掛けてきたのはルークで、彼の踏み込みは訓練の域を超えていた。ディンが回避するよりも速く、ルークのしなやかな手が彼の腕を捉える。ディンが驚く間もなく、ルークの体重移動によって視界が回転した。背中が保育園特有の柔らかなフローリングに沈み、重みがのしかかる。ディンは反射的に抵抗しようとしたが、ルークの膝が彼の肩を、両手がその手首を、完璧な角度で封じ込めていた。
衝撃で、ディンのフードがぱさりと脱げ落ちた。
「
……
っ」
「あ
……
」
覆うものがなくなったディンの瞳。それが、自分を組み伏せているルークの瞳と至近距離でぶつかった。ディンは、己の心臓が警鐘のように鳴り響くのを感じた。自分を抑え込んでいるルークの指先は、細くて白いのに、驚くほど確かな力強さを持っていた。そして何より、自分を射抜くようなあの青い瞳。焦っている。確実に、自分は焦っている。それは不審者役として取り押さえられたからなのか、それとも、この至近距離で自分を圧倒している「ルーク」という男に、何かを突き動かされたからなのか。
「
……
やりすぎだ、先生」
振り絞るように出たディンの声は、自分でも驚くほど低く震えていた。
***
訓練終了の放送が入り、子どもたちがホールで防犯の映像を視聴している間、職員室ではディンによるフィードバックが行われていた。ディンはすでに黒い不審者役の服を脱ぎ、いつもの警備会社の制服に着替えている。手にはチェック項目がびっしり書き込まれたバインダー。しかし、その耳が心なしか赤いことに気づいているのは、同じ部屋でこれ以上なく背筋を伸ばしているルークだけだった。
「
……
以上が、物理的な侵入経路の確認結果です。裏門やテラス側の窓の鍵の閉め忘れは、ほかの現場でも多く報告されています。徹底してください」
ディンの声は、いつものように低く落ち着いていた。だが、バインダーを持つ指先が、先ほどルークに掴まれた場所を無意識になぞるように動いている。
「あと、最後に
……
」
ディンの視線が、職員たちの端に座るルークへと向けられた。ルークは心臓が飛び出しそうになるのを必死に抑え、真面目な顔を作った。
「ルーク先生。
……
あなたの対応は、身体能力の面では完璧でした。あそこまで確実に取り押さえられるとは、思っていませんでした」
他の先生たちから歓声が上がる。ディンは一度言葉を切り、軽く首を振った。
「ですが、これは訓練です。本物の不審者が凶器を持っていたり、複数人であったりする場合、あの距離まで近付くのは命取りになる。
……
我々警備員や警察と違い、先生方の最優先事項は、不審者と闘うことではなく、子どもたちを連れて安全に逃げることです。いいですね」
「はい。
……
気をつけます」
ルークが消え入りそうな声で答える。ディンは小さく頷くと、逃げるようにバインダーを閉じた。
「
……
私からは以上です。施錠の強化、よろしくお願いします」
ディンが深々と頭を下げて職員室を出ていく。その背中を見送りながら、ルークは自分の手のひらをそっと握りしめた。プロとしての指導だ。けれど、あの時、自分を見上げたディンの瞳は、決して『訓練の正解・不正解』を判定するような冷たいものではなかった。
***
フィードバックが終わり、ルークが他の先生たちと共に持ち場に戻ろうとしていた時のことだ。ふと視界の端で、玄関へ向かうディンの背中に、父アナキンが親しげに声をかけるのが見えた。
「ディンさん、今日はありがとうございました」
ルークは一瞬、足を止めた。二人は玄関ロビーの柱の陰で、立ち止まって話し始めている。アナキンはいつもの穏やかな牧師の顔を崩し、どこか誇らしげな、父親としての顔で笑っていた。
「
……
ルーク先生には、一本取られてしまいましたね。お恥ずかしい」
ディンが少し困ったように、けれどどこか楽しそうに肩をすくめて言うのが聞こえた。 ルークは胸が騒いだ。(何、何を話してるの!?)
駆け寄りたい衝動を抑え、聞き耳を立てようとする。不自然に立ち止まることもできず、隠れられる場所もない。気持ちを抑えながら仕方なくルークは仕事に戻っていった。
「ははは、驚かれたでしょう。あの子は昔から、少し
……
いえ、かなり武術のようなものを嗜んでいましてね」
アナキンの声は、隠しきれない親馬鹿が透けて見えるほど得意げだった。
「なるほど、道理で。あの身のこなしは、素人のものではありませんでした」
ディンが感心したように頷く。その横顔は、普段ルークや他の先生たちに向ける『保護者と先生』の中にある緊張のようなものは違い、大人の男同士、あるいは『息子を持つ親同士』としての、柔らかくて穏やかな空気を纏っていた。
「ですが、今回は使い方を間違えていましたね。まさか不審者役を投げ飛ばすとは。
……
不束な息子が、ご迷惑をおかけしました」
アナキンが冗談めかして頭を下げると、ディンは慌てて手を振って恐縮していた。
「いえ、とんでもない。
……
ルーク先生は、常に全力で、真面目に職務に当たっていらっしゃる。保護者として、あんなに真剣に気にかけてくれる先生がいるのは、ありがたい限りです」
そう言って、ディンはふっと目を細めて笑った。その微笑みに春の陽だまりのような柔らかさが帯びていたのを、アナキンは見逃さなかった。アナキンは牧師としての慈愛に満ちた微笑みを浮かべたまま、内心でニヤリと笑った。息子が一瞬不自然に立ち止まり、聞き耳を立てていた理由がようやく繋がった。
「
……
ルーク」
誰もいなくなった玄関で、アナキンは空を仰ぎ、呆れたように、楽しそうに、ただ息子の名を呼んだ。
***
ルークは、布団を顔の半分まで引き上げ、天井を見つめていた。暗闇の中で、手のひらに残るあの感触が、熱を持って生き返る。ルークは、自分の手のひらをそっと見つめた。
ディンの手首を掴んだ、あの瞬間。厚い服の上からでも、痛いほど伝わってきた、トクトクと激しく打っていたディンの鼓動。
訓練の緊張のせいかもしれない。自分が突然組み付いた驚きのせいかもしれない。でも、あの至近距離で目が合った時。ディンの瞳が微かに揺れ、その体温が自分に混ざり合ったあの瞬間。フォースに問いかけるまでもない。自分は、確かに「男としてのディン」に触れ、彼もまた、自分をただの「先生」ではない、何か熱を持った対象として見ていたのではないか。
「
……
そんなわけないか」
誰だって投げ飛ばされればああなるだろうと自分を納得させる。そしてふとある重大なことに気が付く。
「うわ
……
主よ、こんなことってありますか
……
?」
あの手に触れたい、もっと近くで目を見たいと願っていたことが、まさかあんな物騒な形で叶ってしまうなんて。祈りが不純だったから、歪に叶ってしまったのか。いやそもそも祈ってすらいないのでは。
ルークは真っ赤になった顔を枕に沈め、幸せな絶望とともに足をバタつかせた。訓練の反省は何一つ思い出せず。ただ、ディンの鼓動の速さが、自分の手のひらにいつまでも焼き付いて離れなかった。
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