【創作|馬子軸】レゾン・デートル CASE.04

26/2/5 追記 追加しました|ラストまで出てます
CASE.04 青き血の賓(まろうど)
※改行少ないです。閲覧の際は縦書きリーダーで読むことをお勧めします。校正・一部改稿後、個人サークル名義のPrivatterに移植します。
※CASE.03とめちゃくちゃ繋がっているため、ふんわり読んで頂ければ幸いです(CASE.03、修正終わってなくて非公開なので……)

全種族に輸血可能な血液と、世界を変えた天才の一撃。嘗ての天才外科医の功罪とは?

万能の血液製剤に適合しない、術中死した患者。沖田蒼司は娘・四宮椿と共に因果の渦へ──過去は泡沫。その身は、うつわ。
物語は十二年前の惨劇、その真実へ指をかける。

【個人サークル名義|Privatter】
CASE.01 緋色の邂逅 https://privatter.me/page/69736b2b3ba24
CASE.02 マスグレイヴ家の儀式書 https://privatter.me/page/6973712c73d47
CASE.03 超弦の遺恨 https://privatter.me/page/69847b7c23ec6

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 4

「沖田先生が……、ゴールデンブラッドの持ち主なら。お前は?」
 俺はふと覚えた疑問を口にした。希少血は遺伝による影響を強く受ける。そうなれば椿もまた、父親と同じようにゴールデンブラッドの持ち主である可能性は高いだろう。
「正当な疑問だな」
 椿は少し困ったように微笑んだ。その表情はどこまでも沖田蒼司によく似ていて、二人の強い結びつきを感じさせる。
「確かに、〈沖田つばき〉はそうだ」
 沖田つばき? どういうことだ? 眼前にいる椿とは別人なのか、それとも。
「椿」
 横からいつになく大真面目な顔の大河が、彼女を呼ぶ。
「その話、していいンです?」
「知るのが早いか遅いかという違いにすぎぬ」
 椿はそう言って事務椅子に腰掛け、一つ息を吐く。
「お前の考えは正しい。沖田蒼司の娘である、沖田つばきもまた同じようにゴールデンブラッドの持ち主ではあった。だが、χ-Ⅲ型血液の持ち主には、致命的な疾患が出やすいことが知られている。それが、突発的な不眠症だ」
「不眠症……
 俺はふと沖田の目元を思い出した。彼は目元に、より具体的に言えば、目の下に少し化粧をしているように思われたことを。目の下の隈を隠していたのか。
「我が父は馬子の血を引いている。外見こそ人間だが、馬子顕性遺伝子はⅡからⅥまで全て発現している……つまり、外見以外は完全に馬子なのだ。故に今まで不眠症に全く気付かなかったらしい。が、十二年前に起こった事件によって、それが顕在化した」
「それがこの間早川の言いよった、第四手術室の医療事故?」
「ああ。交通事故で搬送されてきた小児患者が、投薬ミスと不十分な医学管理によって術中死した。だがこれは表向きの記録に過ぎない」
 椿はそう言って一度目を伏せ、ゆっくりと長い睫毛に縁取られた瞼を持ち上げる。
「実際に起こったのは、お前も聞いた通りだ」
 そう言われて以前の事件を思い返す。確かに彼女は、――言っていた。
「第四手術室で原因不明の神秘事象が発生し、その場にいた医療従事者十一人が死亡した。これを記録した者はいずれも〈特A禁忌案件〉と位置づけ、記憶に残している者はあれを〈第四手術室の惨劇〉と呼んでいる」
 椿の視線は、壁のコルクボードに向けられていた。そこには困ったように微笑みながら透明なトロフィーを掲げ、父親に抱き上げられている少女の写真がある。背景に映り込んだピアノを見る限り、音楽の舞台であることは明白だった。
 その少女の困り笑顔は、先程椿が薄ら浮かべたものと奇妙なほどに一致していた。だが、決定的に違うのは――
 その少女の面影が、今の四宮椿には全くないという事だけである。
「その時、沖田つばきは死んだ。そして……、私が生まれた」
 何を言われているのか理解できず、一瞬固まる。
 沖田つばきが死に、四宮椿が生まれた。だが肉体はどう見ても沖田つばきが成長した姿だろう。さらに言えば椿は、その体に神秘魔眼を宿している。神秘魔眼の作用によって蘇生したなら、沖田つばきがそのまま生き返っていなければおかしい。
 だがこの場にいる四宮椿は、明確に『沖田つばきは死んだ』と言っている。
 それは――つまり。
「お前は……、沖田つばきの交代人格なんか?」
 椿は満足げに背もたれへ身体を預け、両手の指先を突き合わせる。
「手術を終えて目を覚ました時、私は真の意味で生まれた。そして私を覗き込んでいた我が父に問うた」
 そして真っ直ぐに俺を見据え、
「『貴方が私の、生物学的父親か?』とな」
 沖田のこころを思うとやるせなくなった。オペで助かったと思った娘は変わり果て、もうどこにもいないのだと突きつけられる。
 きっと彼は椿に甘いのではない。変わり果てた娘を受け入れきれていないのだろうと、そんなことを思いながら椿の声に耳を傾ける。
「その頃から、我が父はすっかり眠れなくなったと聞いている。今では睡眠薬が手放せないとな。そして同時に、私も――全く眠らぬのだ」
 その言葉に、大河が少し表情を曇らせる。そして丸椅子の上で器用に膝を抱え、くるりと一回転してみせた。
「沖田つばきの不眠症は、我が父のそれよりも遥かに深刻だった」
 椿の声は冷たく、重く沈み込む。キイキイと音を立てる大河の椅子の音が不協和音を奏で、不穏な空気が実験室の中にたちこめる。
「今の私は、元から持つ馬子顕性遺伝子と移植された神秘魔眼ホルアクティによって、この致命的な不眠症があろうと、あらゆる身体的な不都合が補完されている。――が、彼女つばきにはあまりに過酷だった。絶えず意識を保ち続けるという苦行に、耐えられなかった」
……だから〈第四手術室の惨劇〉が起こった? 神秘魔眼は蘇生という願いを……限定的に叶えたっつうことか? 沖田つばきの魂を葬る代わりに、肉体は蘇生する。で、空いた器を埋めるために、お前が生まれた」
 椿はパチパチと軽やかな拍手をして、「素晴らしい理解だ。私は善い助手を持ったな」
「助手? こういう時だけ調子いいこと言いやがって」
「言ってくれるな。真心だとも」
 椿は不敵に微笑んだ。本当に、写真の少女の面影はどこにもない。全くの別人なのだと改めて感じさせる。
「話が逸れたが、χ-Ⅲ型血液の持ち主が致命的な不眠症である、というのは米国で実施された研究でも明らかな事だ。故に健康で献血に使える血液を提供できる者というのは、極端に少ない」
「睡眠薬の日常的な服用で、血中の薬物濃度が献血基準まで下がりきらんせいやな」
「そうだ。が、それはあくまで真っ当な医療機関が気にすること。それ以外の場所……アングラな組織や団体はそのようなこと、一切気にせぬ」
「そう!」
 大河が勢いよく立ち上がり、素早く椿の背後に回り込んで彼女に抱き着く。椿は大きな猫をあやすように大河の頭を撫でた。
「だからこそ、椿には螺旋捜査官が二人必要なンです。椿を見張るためだけではなく、希少血の持ち主を守るため! そしてひいては、沖田家の安全のために!」
「ちょっと待て。沖田家? その言い方やと、つまり……
「ああ。守るべき本命は私ではない。私はあくまで副次的な目的にすぎず、本当にお前たちが守るべき存在は我が父だ」
 そもそも私の血液には幻想真菌がいて何にも使えんからな、と椿は肩をすくめる。
 幻想真菌とは確か、幻想領域――幻想種が生息する土壌で見つかるカビのようなものではなかったか? 俺は何となくげんなりした。こいつカビとるんか。
「おい、咲良。お前私がカビていると思っただろう」
 思わず舌打ちが飛び出す。「勝手にこころ読むなや、この妖怪」
「誰が妖怪だ! 私は医学における万能の天才だぞ!?」
「それ自称やったんかちゃ……
 俺は深々と息を吐く。だが、これで何となく椿が殺人事件だと断じた理由がわかった気がした。
 だが、まだ分からないことがある。若槻泰は全身の血液が凝固したという――そして心筋梗塞を起こして死亡した。そう考えると、メディウムが若槻の血液と抗原抗体反応を起こしたようにも思える。
 一般にヒトの血液型にはA型、B型、O型、AB型の四種がある。例えばA型はB型に対する抗体を持っている。そのためA型の血液にB型の血液を混ぜると、抗原と抗体が反応して血液が凝固してしまう。だがメディウムはどのような血液の持ち主にも適合する。つまり抗原と抗体、その両方を持っていないということになるはずだ。普通に考えて、メディウムの輸血によって血液が凝固するということは考えにくい。
「なあ、メディウムってどういう構造になっとるんや。表面に抗体あるんか?」
 椿は即答して、「無い。表面にあるのはヘモグロビンだ」
「あ? ヘモグロビン? どういうことやそれ」
「BLUE-BLOODによって産生された人工赤血球は、四種類の脂質膜で被覆されている。その脂質膜の表面にヘモグロビンが配置されているのだ。ウイルス不活化の際にヘモグロビンを一酸化炭素結合体としてから――
「いや、それはいい。表面に抗体がないなら、抗原抗体反応は起きん。ならどう考えても若槻泰の血液が凝固した原因、そして死因は別にある」
「然様。この一件、どこかから我が父の情報が漏洩した可能性が否定できぬが……解剖の結果がそろそろ……
 静寂を打ち破ったのは俺の電話だった。やたらと喧しく感じられるその音に、俺は嫌な予感を覚えながら通話ボタンを押す。
「はい、もしもし」
「お疲れ様です。医学特区署の秋津あきつです。特定現場検証をお願いできますか」
 電話の相手は県警医学特区署の刑事――秋津野々花だった。特定現場検証? 俺は事態が最悪な方向へ転がりだしたと確信した。
……現場はどこです? 一体何が起きて」
「中央行政区です。中央行政区の、三番街」秋津の声は少しばかり震え、理解を拒んでいるような気配があった。「あの。椿はいますよね?」
 椿が俺のスマホを奪い取り、スピーカーホンに切り替える。
「聞こえている。私が必要か?」
「お願い。力を貸して」秋津ははっきりと言った。
「いいだろう」
 いつも通りの不遜な声が響く。瞳が爛々と輝き、口元には不遜な笑みが引かれる。彼女のためだけに選ばれた色味の口紅が異様に表情を引き立て、俺は胃に不快感を覚えた。