【創作|馬子軸】レゾン・デートル CASE.04

26/2/5 追記 追加しました|ラストまで出てます
CASE.04 青き血の賓(まろうど)
※改行少ないです。閲覧の際は縦書きリーダーで読むことをお勧めします。校正・一部改稿後、個人サークル名義のPrivatterに移植します。
※CASE.03とめちゃくちゃ繋がっているため、ふんわり読んで頂ければ幸いです(CASE.03、修正終わってなくて非公開なので……)

全種族に輸血可能な血液と、世界を変えた天才の一撃。嘗ての天才外科医の功罪とは?

万能の血液製剤に適合しない、術中死した患者。沖田蒼司は娘・四宮椿と共に因果の渦へ──過去は泡沫。その身は、うつわ。
物語は十二年前の惨劇、その真実へ指をかける。

【個人サークル名義|Privatter】
CASE.01 緋色の邂逅 https://privatter.me/page/69736b2b3ba24
CASE.02 マスグレイヴ家の儀式書 https://privatter.me/page/6973712c73d47
CASE.03 超弦の遺恨 https://privatter.me/page/69847b7c23ec6

良ければ感想ください 📮 https://wavebox.me/wave/b064pup7uhwd9l39/
https://x.com/asunashoko



「お、沖田先生……、本当に、すみませんでした」
 早川朝陽は小刻みに声を震わせながらそう言った。黒髪に薄っすら白髪が混じっているのを見て、俺は心底彼に同情する。一体どれだけの苦労をしているのか。少なくとも今の俺よりも遥かに苦しい立ち位置だろうと思われた。
 衝立を乱暴に退かして、椿は沖田の方へ歩み寄る。
「ヒッ」早川は椿を見て声をあげた。「な、なななななんなんで」
「何でも良かろう」
「若槻泰さんは、鉄欠乏性貧血だったかもしれないね」沖田は言った。「それに加えて、日常的にご両親の介護をしていた。東医の職員だったんでしょう?」
「ああ。人間科学部の事務員だった」椿は職員名簿を表示させたスマホを掲げる。「これから話を聞いて来ようと思う」
「あ……、」早川が恐る恐る手をあげる。「あ、あの」
「何だ」
 椿は腕を組んで早川へ視線を向ける。再び肩を震わせた彼は、恐々と椿の方へ視線を向けた。その視線の奥には恐怖心と、隠しきれない嘲笑に似た何かがある。それが椿に向けられているものか、或いは己自身に向けられているのかはわからなかったが。
「綾島先生は……、あの……、俺の指示を隠蔽しようとしているのかも、しれません。その……、メディウムを輸血した時、体温が上昇していました。俺はダントロレンを念のために準備してほしいと言ったんですが、」
「悪性高熱症が起こっていたのか?」
「い、いえ。ただ、三十七℃にいったのがなんか気になって、怖くて」
 早川は両手の指先を握りこむ。
「誰でも皆……、知ってます。東医の悪夢……、第四手術室の医療事故」
 一瞬沖田が表情を強張らせたのがわかった。大河が後ろで「それって」と曖昧な声をあげ、沖田の表情に気付いたのか、両手で口元を押さえて口をつぐむ。
「それに、俺は。し、執刀医になったのが今回が初めてで、何もしないよりはいいと思ったんです。投与の指示はしていません。ただ、一応準備してほしい、と伝えて」
「麻酔管理をしていたのは誰だ?」
「あま……日比谷さんです。日比谷あまね、俺の直上の先輩で……、今日は多分、いないです」
「ほう。何故知っている?」
 椿は挑発的に問いかけた。明らかにもうわかっているだろうに聞くのが、本当に質が悪い。名前で呼ぶあたり、仲が良いのは明白だった。
「湾岸医療センターです」突き放すように早川は言った。「もともと、所属はそっちなので。……あの、し。四宮先生」
 早川は沖田と椿、そして俺を見比べて、
「ここだけの話にしてほしいんですけど」
 と、意を決した様子で口にした。
「『きぼうの庭』ってご存じですか」
「さっき咲良が言っていたよね。市民団体でしょう? 警察に警戒されてるっていう」
 俺は短く応じた。まさか早川の口からその名前が出てくるとは思っておらず、何となく訝しむ。
「きぼうの庭がどうかしたんですか? あいつらは警察庁にも、螺旋捜査部にもマークされとりますけど」
「でしょうね」
 早川はどこか遠い所を見るような視線になって、
「実はt-PAで容体が改善してたとき、若槻さんと話しました」
「何か言っとったんですか?」
 絶対に言わないでくださいよ、と早川は言い籠めて続ける。
……介護してる母親が、病院に行き渋るようになって困ってる、って。で、よく話聞いたら、その『きぼうの庭』が言ってるインチキ医療にハマってて、変なお茶を飲まされるようになったって、言ってました」
「お茶?」沖田がその言葉を反芻する。「まさかとは思うけど。……禁止薬物が含まれていたりとか、しないよね」
「わかりません。若槻さんが言うには、飲んでるふりをして捨てていた、って言ってました。ただ、ほら……高麗人参とか……なんか、あるじゃないですか。さすがに……ああいう類の、健康食品の延長線にある、もん、だとは……思いますけど」
「つまりだ」
 カルテを眺めたまま、黙っていた椿が口火を切った。
「若槻紀子が、ここ二か月東医を訪れていないのは、きぼうの庭が主張している陰謀論にハマり、その謎の茶で全てが治ると信じているから、というわけか」
「紀子さんはアルツハイマー型認知症だ。……口の上手い人に言いくるめられたら、その手の主張に感化されるっていうのは、有り得ない話じゃない」

 大学棟へ行く間、椿は一言も喋らずに黙り込んでいた。俺は今までのことを脳内で整理しつつ考える。
 万能の血液製剤。術中死した患者。インチキ医療……聞いているだけで頭が痛くなってくる事実の数々に、俺は腹に漬物石を放り込まれたような重苦しさを覚える。
 軽やかな足取りで前を歩いている大河が恨めしい。こいつはいつだって顔の周囲に花をぽわぽわと浮かばせているような、何も考えていない奴なのだ。螺旋捜査官になりたくてなったわけではない俺と違って、きっと別に自分の職分に言いたい文句が無い。魔術師であり、椿とは知己であるだろう彼女には。
「あーッ! 咲良さん、今め~~っちゃ失礼なコト考えましたねェ!『こいつは何も考えてなくて、気楽そうでいいなあ』とか思ったでしょ! 全く失礼しちゃいますよ。私が何にも考えてないアホな訳ないでしょ!」
 何でこいつらは気軽に俺のこころを読んでくるのか。俺はげんなりした。
「んなこと思っとらんわ、アホたれ」一つ息を吐く。「ただ……
「お前が臨床医でも救えぬよ」
 椿が突き放すように零す。思わず怒りの導火線に火がついたのがわかって、反射的に詰るような声が出る。
「あ?」
「事実だ。どんな名医がいても無意味だ。嘴馬でも、父さんでも、この私でもな」
 椿は一切温度を持たない、冷徹な声で続けた。「あれメディウムの性質は理解している。しかし私ですら予期せぬことが起きているのだ」
「何で……何でんなこと平気な顔で言えるんや。お前は医者やろうが」
「そうだな。今見えている事実が示しているのは、お前が目を覆いたくなる残忍なものであろう」
 椿は静かにそれだけ言って再び前を向く。そして、
「私にできることは殆どない」
 そう言った。
 流石の大河もこの空気に耐えかねて、俺と椿を交互に眺め「ま、まあまあ……」と明らかにしどろもどろになりつつ口にする。しかし椿の鋭い視線に気付いたか、
「あ、はい、さーせん」
 そう言ったきり黙ってすっかり大人しくなってしまった。
 大学事務に勇み足で向かっていく椿に、何人かの事務員がぎょっとした顔で道を開ける。俺は傍若無人な彼女の代わりに謝りつつ、人間科学部の事務まで辿り着く――俺の見知った顔がそこにあった。
「あら? え、えっ!? 市ノ瀬くん? やだ!」
うなぎさん」
 鰍菜々子はぶんぶんと俺に手を振っていた。東医に在籍していたころ、幾度となく奨学金関連の手続きを手伝って貰ったことを思い出す。その当時は医学部事務の所属だったが、配置換えがあったのだろう。
 ふわふわとした穏やかな雰囲気の女性である。相変わらず目立つ大きなピアスが好きなようで、三角形のターコイズブルーのピアスが揺れていた。
「え~!? 久しぶりやねえ! 元気にしてた? ん? ちょっと待って。もしかして四宮先生の所に来た新しい螺旋捜査官って、市ノ瀬くんのこと?」
 鰍はひとりで納得したのか、「そうやったとね、大変やねえ」と頷く。そんな鰍に椿は容赦なく質問を浴びせた。
「時間が惜しい、質問に答えろ。若槻泰という事務員を知っているか?」
「勿論。火曜、水曜、金曜日に来られてますけど」
「世間話はするか?」椿は鋭く質した。鰍は驚いた様子で、
「え、ええ。何かあったの?」
「何でもいいだろう。何を話した? できるだけ詳細に」
「ええ……? そうね。介護が大変って言ってたかな。あとは、なんか……お母様が病院嫌いで、病院に行きたがらないんですって。妙な健康食品を買い込んでて、それがおうちに沢山あって大変だって、よく零してたわ」
「成程。他には? 若槻泰本人の悩みなどは何か聞いていないか」
「あんまり人の事を詮索するものじゃないですよ、先生」嗜めるように鰍は言う。
「死んだ」
 椿は冷や水をぶっかけた。俺が止めるよりも早く、
「術中死した。東医で」
「おい! お前な、」
「黙れ。今やれるのは、若槻泰の死因を究明することだけだ」
 白い顔になって硬直している鰍は、手に持っていたバインダーを滑り落とす。
 ついこの間まで普通に喋っていた同僚について、いきなり「死んだ」と言われて、理解が追いつくわけがない。
「その……、あの。若槻さんのコト、もしかしたらただの医療事故じゃないかもしれなくって。だから、できるだけ情報が欲しいんです」
 大河は抑制的に、それでいて冷静さを取り戻させようとしているのか、語気を弱めてそう言った。鰍はゆっくりと、ぎこちない動作で一度頷く。だがそれだけで、僅かに開いた唇の隙間からは息が零れるばかりだった。
「鰍さん──、本当にすみません。こいつは本当に人の心なんか気にしちゃいないんです」
 俺は椿の前に出る。苛立たし気に俺を睨む視線が背中に刺さったが、そんなことを気にしている場合ではなかった。鰍は漸く「え、あ。ううん」とだけ口にして、俺をそろりと見上げた。
「いやね、……ごめんなさい、全然冷静でいられなくて」
「いえ」
「若槻さん、よね。そう、そうよね……、彼自身の事」
 鰍は胸に手を当てて、一度深く息を吸い込み、吐き出す。そして意を決した様子で俺を見上げて、
「あのね、多分なんだけれど。心療内科にかかってたと思う。記憶が曖昧だから、あとでちゃんと調べてみてくれる? 確かね、こばやし心療内科クリニック、ってところ。私も一回、かかったことがあるの。それであらおんなじ先生のところだわと思って、覚えてたんだけど。見間違いかもしれないから」
「ありがとうございます。助かります」
 俺はそのクリニックの名を手帳に書き留める。不機嫌な天才は壁に背中を預けたまま、スマホを弄って何かを調べていた。一瞥もこちらにはくれず、「成程な」とだけ呟く。
「椿、お前……いい加減に、」
「いいのよ」鰍は俺を諫める。「いいの。四宮先生なら、きっと解決してくれるでしょ?」
「当然だ。私には解決する義務がある」
「そうよね」
 一瞬だけ表情が曇る。何だ? 俺は今、何か重大なことを見落とした。そんな気がしてくる。
「あなたは絶対、そういうわ」