【創作|馬子軸】レゾン・デートル CASE.04

26/2/5 追記 追加しました|ラストまで出てます
CASE.04 青き血の賓(まろうど)
※改行少ないです。閲覧の際は縦書きリーダーで読むことをお勧めします。校正・一部改稿後、個人サークル名義のPrivatterに移植します。
※CASE.03とめちゃくちゃ繋がっているため、ふんわり読んで頂ければ幸いです(CASE.03、修正終わってなくて非公開なので……)

全種族に輸血可能な血液と、世界を変えた天才の一撃。嘗ての天才外科医の功罪とは?

万能の血液製剤に適合しない、術中死した患者。沖田蒼司は娘・四宮椿と共に因果の渦へ──過去は泡沫。その身は、うつわ。
物語は十二年前の惨劇、その真実へ指をかける。

【個人サークル名義|Privatter】
CASE.01 緋色の邂逅 https://privatter.me/page/69736b2b3ba24
CASE.02 マスグレイヴ家の儀式書 https://privatter.me/page/6973712c73d47
CASE.03 超弦の遺恨 https://privatter.me/page/69847b7c23ec6

良ければ感想ください 📮 https://wavebox.me/wave/b064pup7uhwd9l39/
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 1

 ――数日後
 東都医科大学(八階)四宮研究室


 曰く、人は彼女を天才と呼ぶ。或いは──〈忌まわしき名探偵〉と。
 その医師の名は、四宮椿という。
 最優先事項は、そんな彼女の監視。それが俺──市ノ瀬咲良に与えられた職務だった。
 ちょこちょこちょこちょこと、研究室の床を白いものが走り回っている。俺はその辺に置かれていた高級そうなブランケットを引っ張り出して、
「あっこら逃げんなや!」
 闘牛を導くように広げてみる。その小さな白いものというのは、最近椿が研究している新たな抗体医薬品を生み出す存在だ。一応準幻想種ではあるのだが、日本ではボンサイトカゲと呼ばれる、少し不思議SFな生き物だった。
「大河! そっち行ったぞ!」
「わかってますよォ! えい、……あっ」
 トカゲは大河の腕から飛び出す。ガシャン! と派手な音を立てて、逃げ回るそれは実験台へ飛び乗り、椿が気に入っていた波佐見焼のマグカップを木っ端みじんにした。
 白藍色の美しいマグカップは、見るも無残な破片の群れに変わる。確かそれは椿が敬愛する父、沖田蒼司が贈った誕生日プレゼントか何かだったはずだ。やたら自慢していたのを覚えている。
「や。や、やややややべ……、ど。どうし。どうしましょう、咲良さん」
「お前……、何しとんかちゃ、どうするんやこの大惨事……
 俺は椿のオットマンにされる大河を想像して勝手に震えた。脳内の椿が『フハハハハハ、苦しゅうないぞ』と言っているのが薄っすら見える。
「あいつ絶対、絶ッ対キレるぞ。で、無理難題吹っ掛けてくる。絶対そうに決まっとる!」
「い、いやだァ~~!! 椿のオットマンにはなりたくない!!」
 マジでされたことあるんかちゃ、と俺は辟易する。やりかねないとは思うが。
「咲良さんがやったってことに」
「すんな!! 何で毎回俺を流れるように売るんかちゃ」
 実験台の上で固まっているボンサイトカゲも、己の末路が見えたのかもしれない。若干小刻みに震えている。
「とにかくやっちまったもんはしょうがねえ。下手に誤魔化そうとする方が、どう考えてもあいつはキレる」
「そ、そう。そうですね。堂々と。堂々と、いきましょう」
 そんな恐怖の大魔王こと四宮椿は、今どうやら教授会の面々に何故か呼び出されているらしかった。先程やってきた心臓外科医――嘴馬遼士郎が「お前らは来るなよ」と念を押してきたので、こうして研究室で待機していたのだが。
 最近何かと動物が脱走したり迷い込んだりすることが多い。この間は光る羊、そして今日は隣の部屋で飼育されていた、研究用のボンサイトカゲがうっかり脱走。野に解き放たれてしまった。地味にすばしっこいこいつをとっ捕まえるのに四苦八苦、そしてこれである。
 俺は砕け散った波佐見焼の破片を拾い上げた。派手に砕けてしまって、これではもう最近流行りの金接ぎでも修復できないだろう。かろうじて原型を留めているマグカップのハンドル部分が見ていて酷く憐れに思えた。
「何を騒いでいるのだ、お前たちは」
「ギャーッ!! 椿!!」大河は俺の背後に急いで隠れる。「え、えへ♡ 私たち、とっても仲良し。マブダチ、マブダチだな~」
「何を言っとんやお前」
 俺は床から残った破片を拾い、実験台の上に乗せた新聞紙に載せていく。
……、こいつが脱走して逃げ回って、マグカップ木っ端みじんにした」
「きゅ!?」
 俺に裏切られたボンサイトカゲは、中に人間が入っているのではないかと思うほどに人間臭い動きで、俺と椿を交互に見ている。
――ほう」
 部屋の温度が体感三度ほど下がった。
「アグロバクテリウムを直接飲むか? 検体四番」
 俺も大河もその提案にガタガタ震える。アグロバクテリウムは植物に感染するバクテリアだが、この背中から植物を生やしているトカゲに無害とは限らない。
 小刻みに震えている哀れなトカゲは椿に拿捕され、そのままケージに戻された。
 椿の視線は新聞紙の上の欠片たちに向けられている。少しばかりその視線には寂しさが滲んでいた。はあ、と珍しく溜息を零す。
「まあ、仕方あるまい。他のもある」椿は肩をすくめた。「陶器は割れるものだ」
……椿、怒ってます?」大河が俺の背後から恐る恐る顔を出し、「ご……ごめんね……?」といつになく弱弱しい声で謝った。
「怒っていない。怒っている場合ではないからな」
 椿は気難しい表情を浮かべて、右手に持っていた黒いタブレットの電源を入れる。教授会に呼ばれた理由は、彼女が言う怒っている場合ではないことに関わっているのだろうか? 俺は新聞紙で破片を包み、その辺に置かれていた古い紙袋に入れた。
「異常事態だ」
 椿はそう言って俺に死亡診断書を突きつけた。
「この患者、若槻泰という男だが。四十二歳、既往歴無し。四日前に自宅で突如左半身の脱力を認め、自力で救急要請して東医へ搬送されてきた」
「t-PA実施後、症状増悪……、右中大脳動脈乖離?」
 俺はカルテを眺めながら呟く。
 椿の言う通り、患者は自力で救急要請して東医へ搬送されてきており、MRIで脳梗塞の所見を認めていた。そしてt-PA、血栓溶解療法と呼ばれる、急性期の脳梗塞に対し劇的な効果を発揮する治療法が取られている。
「ああ。一度は症状が改善したが、その後はそれだ。オペ自体に問題は無かった。これは嘴馬も、父さんも同じ意見だった」
「嘴馬先生らがそういうなら、まあそうなんやろうけど」
 俺は独り言つ。執刀医の欄に書かれていた名前は、全く知らない名だった。早川朝陽。俺は東医のデータベースにアクセスして、情報を確認してみる――脳外科専攻医らしかった。
「綾島の指名だったらしい。兎も角、早川のオペに瑕疵はなかった。が、術中死が起こった。誰も予想できない原因でな」
 椿の声が冷たく落ちる。誰も予想できない原因で術中死が起きた? こいつは何を言っとるんや。俺は実験台にタブレットを置いて、死亡診断書を再び表示させる。
「血液の、凝固……による環流低下および、心筋梗塞? どういうことです、これ」
 大河が首を捻る。手術中の迷走神経反射? それとも心房細動によるものか? 俺は頭を捻る。こんな書き方をされた死亡診断書は見たことがない。
「メディウムだ」
「メディウム……?」大河はその言葉を反芻する。「え? ちょっと待ってください。メディウムってあのメディウムですか?」
「ああ」
 椿はそう言って、戸棚から赤い輸液パックを取り出し、実験台の上に置いた。
 表面には血液製剤の注意書き。そして輸液パックの下部には〈χχχ-medµme〉というはっきりしたゴシック体の文字が刻まれており、その上には四宮製薬のロゴ。そして明確に、四宮製薬の社名が刻まれている。
「ここに来て、メディウムを輸血された患者が術中死した」
「教授会はこの件を重く考えとる、っちゅうことやな」
「無理も無かろう。何せ東医では使用推奨医薬品だ」
 椿は頭痛を覚えているのか、軽くこめかみに左手をあてがう。
「綾島は私にメディウムがこのような症例を引き起こす原因を調べろと言ってきた。つまり、若槻泰の遺体を病理解剖に回せ、と言っているのだ」
「でもそれ、ご遺族が同意しなかったら無理ですよね。絶対同意すると思えないンですけど」
 大河が言う。それは俺も同意見だった。
 遺族からすれば突然の死別に加え、万能と呼ばれた血液製剤が原因で死亡したなど、ショッキングにも程がある。何せメディウムの名は一般にも轟いているのだから。献血センターのそばを通れば、その広告を一度は誰でも目にする。
 そこに病理解剖――死因の究明、ひいては二度と同じ医療事故を起こさないための手段とはいえ、遺体を切り刻むと思われても仕方がない。
「同意しよう。あやつは最初からできもしないことを私に押し付けるのが好きでな……が、私としてはこの一件、単なる医療事故ではないと考えている」
「あ? そりゃあ、つまり……その……手術室の内部で殺人が起きた、そう言いたいんか」
「そうだ」椿は静かに肯定した。「現状、全身の血液が凝固すると言われて、考えられる可能性は三つある。一つは当然のことだが、悪性高熱症。もう一つは使用した血液製剤の中身がすり替えられていた可能性。もう一つは薬剤だ」
「薬剤……血液凝固因子製剤か。けどそんなもん使ったらすぐに足着くやろ」
「てかァ。何を根拠に殺人事件だっていうンです」大河が呟く。「だって今んとこ、どこにもそんな不審な点がないっていうか」
「これを見ろ」
 椿はスマホを取り出して写真を表示させた。何やら短い動画のようだった。アカウントの部分を見ると、いかにも胡散臭そうな陰謀論の気配を感じてならない。
「これはメディウムによって死亡した患者が大量にいて、それが四宮製薬と医学特区評議会によって隠蔽されていると主張する動画なのだが」
 椿は言葉を切った。
「この動画の発信者は、今回死亡した若槻泰に対して誹謗中傷をして、発信者開示請求をされている」
 俺は思わずチベットスナギツネのような顔になった。こいつの前ではネットセキュリティはただの暖簾に等しい。
 椿は後ろからMacBookを持ってきて画面を俺たちに見せる。不機嫌を隠しもしない、草臥れた中年男性の写真と名前が表示されていた。画面の端に表示された警察庁の文字を見て、俺はきりきりと胃が痛むのを感じた。一体何枚の始末書を書かされる羽目になるのか。
「ちなみにこの男、草埜啓明くさのはるあきは、他の人物にも似たような誹謗中傷を繰り返して訴えられ、名誉棄損で捕まっている。もう釈放されたようだが」
「でもこのおじさんが若槻さんを殺すのは無理がありません? ブタ箱から放り出されてても、」
「まあ話は最後まで聞け。こやつらは個人ではない。集団なのだ」
 椿はMacのマウスパッドを慣れた手つきで操作して、もう一つの資料を出す。
……、うわ……
 俺は思わず繕う事も忘れて声をあげる。この集団は螺旋捜査部の捜査資料の中でも、要注意団体としてマークされている旨が書かれていた。それに確か公安調査庁も、警察庁も追いかけていたのではなかったか。
「そう思うだろう? だが残念ながら、有り得ぬ話でもないのだ。なんと言ってもこの団体、代表が医師だからな」
「つまりや」俺は腕を組み、「きぼうの庭が、何らかの理由で若槻泰を殺害した。しかもメディウムが原因であるように見せかけて。そういう話か」
「無論、それは最悪の想定ではある。若槻の親族や周辺にも話を聞かねば、事実関係はわからん」
 椿はそう言って顎に手をあてがう。
「それに私個人としても、少々きぼうの庭に対しては思う部分があるのでな」
「? 珍しいですね。椿がそんなこと言うなんて」
 大河が黒猫のような丸い目を椿へ向ける。椿は厳しい視線でホワイトボードの方を向いたまま、
「あやつらには……責がある」
 椿はぼそりと言葉を洩らす。彼女が初めて口にした私怨は、何よりも鋭い殺意を孕んでいる気がしてならなかった。