【創作|馬子軸】レゾン・デートル CASE.04

26/2/5 追記 追加しました|ラストまで出てます
CASE.04 青き血の賓(まろうど)
※改行少ないです。閲覧の際は縦書きリーダーで読むことをお勧めします。校正・一部改稿後、個人サークル名義のPrivatterに移植します。
※CASE.03とめちゃくちゃ繋がっているため、ふんわり読んで頂ければ幸いです(CASE.03、修正終わってなくて非公開なので……)

全種族に輸血可能な血液と、世界を変えた天才の一撃。嘗ての天才外科医の功罪とは?

万能の血液製剤に適合しない、術中死した患者。沖田蒼司は娘・四宮椿と共に因果の渦へ──過去は泡沫。その身は、うつわ。
物語は十二年前の惨劇、その真実へ指をかける。

【個人サークル名義|Privatter】
CASE.01 緋色の邂逅 https://privatter.me/page/69736b2b3ba24
CASE.02 マスグレイヴ家の儀式書 https://privatter.me/page/6973712c73d47
CASE.03 超弦の遺恨 https://privatter.me/page/69847b7c23ec6

良ければ感想ください 📮 https://wavebox.me/wave/b064pup7uhwd9l39/
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 6

 眼前に置かれたインスタントコーヒーのマグカップに、椿は無遠慮にガムシロップとミルクをどばどば放り込む。嘴馬は「お前なあ」と諫めるような口調で言ったが、無駄な諌言だと理解しているのか、次には溜息を零すだけで何も言いやしなかった。
「お前は少し遠慮しろや」
「んえ!?」
 勝手にもさもさとチョコレートを食べている大河が飛び跳ねる。
「いいいや。いやいや。だってどうぞお食べくださいみたいな感じで置いてあるのに。寧ろ食べない方が不作法というものでは」
「来客が?」椿ははっきりとそう聞いた。
「ああ。桔梗さんがな」
「母さんが? 何故」椿は予想外のことだったのか目を丸めた。「いや待て。まさか……、そうか……そういうことか……成程な……
「おい、どうした?」
「嘴馬。お前、一体何に首を突っ込んでいる?」
「訂正させてくれ。首を突っ込んでるんじゃない。巻き込まれてる」
 嘴馬はそう言ってひらひら手を振る。「いや……でも今回は巻き込まれたというより、首を突っ込んだのかもな」
 椿は長い脚を組み替えて、鋭い視線を細めて言った。「当ててやろうか」
「その必要はねえよ。そんなに急かなくても教えてやるから。……あー、咲良はまあ、わかるよな」
「二十一日にあがった遺体の事ですね」
 大河にも臨場要請が出ていたはずなのだが、何故かこいつは来なかった。俺が朝っぱらから一人で対応する羽目になったことを思い出してげんなりする。
「そう。俺はその時咲良に呼ばれて、身元の確認をした」
「ほう? 何だ、私に黙って面白い事件に首をつっこんでいたのか?」
「面白い事件なわけあるか。お前不謹慎にもほどがあるぞ」
 嘴馬は流石に見ていられなかったのか、弟子を諫める。そんなことでは止まらない大厄災は「いいから話せ。さあ早く。話して楽になってしまえ」と、取調室の刑事のような事を言って、両手の指先を突き合わせた。
 嘴馬は思い出すように続ける。「首のない男の遺体が発見されたんだ。首は鋭利な刃物で切断された形跡があって、その上左半身が焼かれていた」
「左半身を? 司法解剖の結果は?」
「警察関係者には共有しとらん情報やけ、秋津さんには喋んなよ」
 俺の言葉に椿は頷く。
「まだ完全に特定検証が終わっとるわけやねえが、左半身が焼かれとるように見えたのは、多分肉体に刻印した魔術を無理に焼き払った痕跡や。聖印が焼き切れられたんや思う」
 椿は顎に手をやって、「聖印……教会関係者エクソシストか?」
「んー、それは流石に考えにくいと思います。有り得るなら……疑似聖印かも」
 大河は頬杖をついて言った。「神秘と対峙するような魔術師は、防御術の一環で身体に聖印を彫りこむことがあります。アメリカの魔術師に多いンですよ」
「成程な。咲良、その首無し遺体の身元は分かっているのだろう」
濱田礼人はまだあやと。県立大宰府紅梅高校勤務の教師。戸籍情報も確認したが、間違いなく日本人やった。ただ、大学時代にアメリカへ三年ぐらい留学しとる」
「へェ、意識高い系なンですかね?」
「そういうことやねえと思うぞ。ミスカトニック大学やけな」
 椿は納得した様子で唇を引く。「濱田はミスカトニック大学の神秘蒐集機関の一員か。対外国地域での神秘蒐集を担っていたが、何者かに殺害された」
「ゔぇ~……
 大河はあからさまに嫌そうな表情を浮かべる。以前の事件を思い出しているのだろう。「私たち、また魔術結社を相手どるんですかァ? それもミ大ってなるとだいぶめんどくさいですよォ」
「嘴馬」
 椿は鋭く彼を呼んだ。「咲良に呼ばれた時――お前は濱田を誰だと誤認した?」
 嘴馬は一瞬唇を噛み、目元に僅かな後悔をにじませる。だが俺の杞憂だったのか、すぐにいつもの飄々とした雰囲気に戻って、
「雁桐右京。俺が医大生だったころの友人だ。……あいつは俺に手を貸せと言ってきた。五年前に起きた事件がまだ終わってねえ、とも」
「五年前の事件と言うと――あの八人殺しか。ああ、成程な……道理で」
 椿はふっと肩の力を抜き、両手の指先を合わせる。
「この件は終いだ」
「は? いや、どういうことやそれ」
「どうにもできぬ」椿は投げやりにそう言って――「言ったはずだ。私にできることは多くはない、と」
「いや……そうは言ったって」
 そして俺の声は無視して、
「嘴馬、雁桐はこの一連の事件の犯人に辿り着いている。そうだろう?」
 何だと? 大河も同じ感想なのか、俺の腕をバシバシ叩きながら「ど……どういうことです?」と俺に感想を求めた。
「ああ」
 嘴馬が静かに肯定する。「右京は、ミスカトニック大学の対外国向きの神秘蒐集部隊である『レイヴン』を追っていた。さっきお前自分で言ったよな。濱田が神秘蒐集機関の一員だって。それは正しい」
「一枚岩ではないということか。レイヴンとやらも」椿は呟く。「雁桐はそのレイヴンを処分するため、日本へ来た?」
「それだけじゃねえ」
 嘴馬はコーヒーで唇を湿らせ、「この事件の根っこはもっと前の話なんだ。まあ、けどとにかく……、右京が神秘に関係する方程式をうっかり解いちまったせいで、五年前の事件が起きたっつうのは確からしい。で、ここからが重要なんだが」
「次なる狙いはお前の父親であろう?」
「さすがだな」
 嘴馬は自嘲気味に言った。
「小林を射殺した奴は栄生会ときぼうの庭が裏で希少血ビジネスを展開していることを知っている。その過程で探し物蒐集対象が栄生会の手の中にあることに気付いた。――嘴馬家は慶応元年から続く医者の家系だが、それ以前に遡ると神馬の家系と血が繋がる」
……、ああ。親父は神馬の血筋に固執してた。俺を含めて、嘴馬家の直系はまだめちゃくちゃ薄いけどその血が混ざってる」
 僅かに息を吸う。嘴馬は唸るように零した。
「親父は戻ろうとしてるんだ。……白い、神馬牝馬子が生まれていた時代に」
「最後に一つだけ言わせてもらおう」
 椿は重苦しい空気の中でも相変わらず、どこまでも真実に対して愚直な表情で問いかける。
「濱田を殺し、小林を殺した犯人には余罪がある。このことは雁桐に伝えておけよ」
「椿」
 嘴馬は弟子を呼び止める。「お前、本当にいいのか?」
「構わん。真実がわかった時点で満足している」
「そうか」そして僅かに表情を暗くして、「……お前、本当蒼司にそっくりだよな」
 それだけを零した。

「どういうつもりや」
 研究室に戻って口をついて出たのは、急にやる気を失った椿を詰る一言だった。
「真実は明らかになった。後の事は嘴馬と雁桐がどうにかする。なれば別に構うまい」
 椿はそう言ってMacbookの電源を落とす。真実が明らかになったって、こいつが納得しても俺は納得できていなかった。
「真実を明かしたら他はもうどうでもいいっちゅうんか」
「お前は真実を明かすことが救済になると思っている節があるようだが」
 椿は少し呆れた様子で続ける。
「そういう状況が生まれ得るというだけで、実際は別にそのようなことはない。それにミスカトニック大学の内輪揉めに巻き込まれるのは御免被る」
「ま、そうですよねェ。魔術師同士の争いって本当にめんどくさいので」と大河。「も~その辺の猟奇殺人を軽く超えるすごいのがゴロゴロ出てきますし」
「けどきぼうの庭は? あいつらを放置するのは」
「そちらも、もう私が何かするまでもない」
 椿はそう言って、壁際に置かれた本棚の一画に陳列されたチェスの駒に視線を投げた。
 駒。レイヴン。ミスカトニック大学。だがそれ以上にもっと大きな思惑が背後で蠢き、俺たちの腕や足に細い糸を括りつけて、好き勝手に動かしているような――そのような感覚がずっとあった。
 俺たちは誰かが描いた盤面の上で、内心さえも読まれ、さながらチェス盤の上の駒のように踊っている。椿は俺の表情から考えを読んだのか「ある意味それは正しいな」と呟いた。
「嘴馬が言っていただろう。我が母が嘴馬を訪ねたと」
「あ、ああ……
 確かに嘴馬は『桔梗』という女性の名を出した。椿の母親だというが。もしや不仲なのだろうか、とか考えていれば、椿は静かに首を横に振る。
「敬愛こそすれど、嫌悪を抱くことはまずないな。ただ――我が母がここを訪れたという時点で、もう私ができることなど何もないとはっきりわかった。事件はもう終幕することも」
「おい、大河。こいつは何を言っとる?」
 沖田蒼司の妻であれば、当然嘴馬とも接点を持っているだろう。何かしらの事情で嘴馬のもとを訪れることに違和感はない。
「ん~……、こればっかりは、何とも……」大河は曖昧に濁す。「なんていうか、私も正直ちょーっと、こう。桔梗さんは掴めないンですよねェ……
「我が母は私を超える頭脳を持っている。ただその才覚は事件を解き明かすという方向ではなく、全ての盤面を把握し、事件を組み立てるほうに向いているだけでな」