ウリュウ
2026-01-24 00:02:20
40362文字
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われえひにけり

【RKRN】タソと保
RKRN怪談webオンリー「凍忍百物語」展示小説
タソ5人、保健5人が濃霧の中でばらばらにはぐれる怪談小説です。普通に怪異が出てくる怖い話なのでご注意ください。


【注意】
・あらゆる捏造があります。
・CPはありません。
【ある】主にタソ周りの関係性などの捏造、妄想
【ない】恋愛感情


 ——◆十五 三反田数馬

「勘弁してくれ……
 珍しく音を上げたような口調で、頭の上の押都がぼやいている。
「すみません……
 答えた数馬の下半身は、地面に軽く埋まっていた。
 つもってきた雪で見えづらくなった窪みに、足を滑らせた数馬が落ちかけたのだった。背負い籠の肩紐を持ってくれていた押都がすぐにとどめてくれなければ、滑り落ちて川の方まで行っていたかもしれない。
「気を付けてたつもりなんですが……
「たまに、どうやっても不運に見舞われる君たちの人生を思わないではいられない気分になるよ」
「あはは……
「とはいえ、本当に気を付けてくれ」と押都は続けた。
「さっきも言ったが、おそらく、見失ったが最後……
 言いかけたその言葉が、途中で止まる。
……押都さん?」
 数馬がきょとんとして訊き返す。次に、はっとして押都がじっとみている川上の方に視線を向けた。
 押都は川上を見つめたまま、懐に手を入れる。苦無を握ったのかもしれない。その喉から、独特の「カカッ、カカッ」という音がした。
 山で聞いたことがある。鳥の鳴き声だと、数馬は思った。矢羽根だろう。
 次の瞬間、霧の向こうから二つの人影が現れ、「長烈、私だ」と矢羽根ではなく言葉で答えた。
 姿をあらわしたのは、雑渡と伊作であった。
「おや、組頭でしたか」
 そういって押都は、懐から何も持たずに手を出した。
「せ、先輩!」
 おもわず感極まったような声を出した数馬に、もっと嬉しそうな伊作が、
「数馬~~~!」
 と言って両手を広げる.
 不運委員会、再開の喜びに走り寄って抱き合おうとして、揃って窪みに落ちかけた。窪の位置をわかっていた押都と、反射神経に物を言わせた雑渡が、それぞれを片手で止める。
「きみたちね……
「もはや芸術的だな」
 何とも言えないあきれ声を出した大人たちに、伊作が「面目次第もありません……」と答えた。這い上がった二人は、今度はきちんと足元を確認してから、抱き合って再会を喜んだ。
 喜んだあと、伊作は後ろを気にした。
「大丈夫だと思うよ。ちゃんとまいたから」
 そう言う雑渡を見て、伊作は「そうですよね」とやや不安げに答える。数馬は首をかしげた。
「何かに追われていたのか」
 押都が尋ねる。「いえ、それが……」と、伊作は言いにくそうにした。

「こ、小山みたいな大きさの蛙⁉」
 思わず訊き返した数馬に、伊作が「本当なんだよ!」と一生懸命説明している。
「い、いえ、信じていないわけではないんですが、その、びっくりして」
 わたわたと話す伊作と数馬を見て、だんだんおかしくなってきたらしい雑渡が笑みを浮かべている。
 雪が小やみになったのをいいことに、四人は河原に腰を下ろして話していた。互いの情報を交換する意味でも大事なことではある。が、どうにも全員の体験がそれぞれお伽話じみているので、作家の会合のようで現実味がない。それでも、目の前のほとんど何も見えない霧が、そのすべてを肯定していた。
 蛙の話を聞きながら、雑面の下の方を触っていた押都が、おもむろに口を開く。
「大きな蛙なら私も見たな」
「そうですか……えっ?」
 危うく聞き流すところだった。数馬はがばとふりむいて押都を見る。
「群れにいたと思う。大きいやつの距離は遠かったが……
「まさか、さっきのですか⁉」
「群れ……?」
 大きな声で訊き返す数馬の隣で、こんどは伊作が首をひねった。
 数馬は驚きとともに、押都の表情のわからない雑面を見つめている。無数の何(・)か(・)が通り過ぎ、岩陰に身を隠していたあの時、自分はおびえて相手を見るどころではなかったが、押都は隠れながらも見える範囲を観察していたらしい。プロとはこういうものかと思うと、めまいがしてくるようだった。
「善法寺くん、最初に蛙に目を付けられたとき、蛙以外には何かいたのかい」
 押都が質問する。
「ええと……蛙のいる場所が谷間になっていて霧が満ちていたので、足元は……。でも、言われてみれば賑やかな雰囲気でした。何かがたくさんいそうな感じはしたかもしれません」
「私と数馬くんは、群れで歩くあやかしもの――おそらくだが――の大群を見てね」
「あやかしものの大群……つまり」
 黙って聞いていた雑渡が、そう言って言葉を切った。
「百鬼夜行」
 押都が、その先を続けた。
「百鬼夜行……
 数馬は、口の中でその言葉を繰り返す。ただやり過ごすのに必死で、思いつきもしなかった。あの無数の気配を思い浮かべると、まだ震えがくる。
 百鬼夜行。あやかしもの、鬼どもが群れをなして歩く行列。見ると死ぬとか、目をつけられるとか、おそろしい話を聞く。
「この霧は、百鬼夜行の範囲、ということでしょうか?」
 伊作が疑問を口にした。
「それにしては野放図に広い気もするがなあ……
 押都が首をひねる。
「うーん、まあでも、幻覚を見せられたりあやかしものに会ったりするのは近くを百鬼夜行が通ってるからだというなら、それはそれで納得はできるね」
 雑渡が頷きながらつぶやく。伊作がその言葉を聞きとがめた。
「幻覚ってなんですか?」
「あれ? 言ってなかったっけ。陣内と一緒にいた時に昔の戦場の幻をみて……
 言いかけた雑渡が、急に言葉を切ると、スッと視線を転じた。
 ててっ、と音がする。全員が同じ方角を見る。
 数馬もじっと目を凝らした。何かが、いる。
 ててててて……と、足音のようなものが響いている。四人はそっと移動すると、岩陰に隠れた。
 じっと音のする方向を見る。何もいない。何もいないのに、何もいないところに、べったりと黒い手型が足跡のように増えていっていた。透明な何かが手だけをつかって走り回っているような……
 ててっててて。
 手型が地面に増えていく。
 それはなんだかくねくねくるくると変なルートをたどりながら、奇妙な速さで通り過ぎていった。
 緊張していた数馬がほっと息をつく。
 同時に、急にがやがやと賑やかな空気が聞こえてきて、数馬は再びびくっと顔を上げた。恐怖感がせりあがってくる。
「まただ。ほら、あれです」
 そういった押都が、何でもないことのように、それを指さした。
 ぞろぞろと、人ならぬものの大群が歩いてくる。
 大小さまざま。げらげらいう笑い声、泣くような歌うような声、奇妙な足跡、何かをひきずる音。
 間違いない。それはあやかしものの行進、百鬼夜行だった。





 ——◆十六 諸泉尊奈門

 ぜえぜえと息をつく。隣で乱太郎も息を切らしている。
「そ、尊奈門さん、本当にいままで会ったの全部偽物だったんですかあ……
「一回目の押都さん以外は……間違いない……はずだ……
 疑わし気に訊いてきた乱太郎に、それなりの自身とちょっとした不安をもって、尊奈門は答える。さすがに走りつかれていた。
 子どもを抱えて速さを出すのは、なかなか堪える。以前雑渡を肩車して走らされたのに比べれば余裕だが、それも距離と頻度の問題ではあった。
 押都から逃げてから、高坂陣内左衛門、山本陣内、雑渡昆奈門、二回目の押都長烈、もう一度山本陣内、はては椎良勘介まであらわれた。そのどれも、決定的な本物との違いがあったので、尊奈門はさっさと斬ったり、乱太郎を担いで逃げたりを繰り返している。
「んもー! 帰っておばちゃんのうどんが食べたい!」
 いい加減じれてきた乱太郎が大きな声を出した。尊奈門も座り込んで息をつく。尻の下の雪が冷たい。
「こう降ると……私も忍術学園に寄って何か温かいものが食べたい……
 げっそりと疲れ果てた顔をしていた尊奈門が、しかしその瞬間ぱっと顔を上げた。その横を、何か黒いものが通り過ぎたかと思うと、次の瞬間には尊奈門を担ぎあげている。
 高坂陣内左衛門であった。
「ぐずぐずするな! 尊奈門!」
「こ、高坂さん!? ……本物……?」
「誰が偽物だ!」
 幻覚と疑われるのが本日二度目である高坂は、今度は相手が後輩の尊奈門であったのもあいまって、口から火でも吹きそうな勢いで言う。美形が怒ると迫力がある。見ると、その腕には左近がしがみついていた。二年生を担いで走り、ついでに尊奈門を片手で拾い上げて、息も切らしていない。尊奈門はすぐに結論に至った。
「この高坂さんは本物だ! 乱太郎!」
 一方、乱太郎はわけもわからず陣内に担ぎ上げられている。陣内のもう片方の腕には、伏木蔵が抱っこされていた。
「乱太郎!」
「あ! 伏木蔵!」
 思わず名を呼びあった二人に、陣内が「二人とも静かに」と声をかけた。
すぐ前に、曲がりくねった松の大木がある。高坂が駆け上がり、尊奈門を枝にぞんざいに放り出した。左近のことはそれなりに優しく枝に降ろしてやる。
 陣内も木に駆け上がると、子どもたちを枝に座らせ、懐から宝禄火矢を取り出した。ほぼ同時に、懐から火種を取り出した高坂が、山本の差し出した宝禄火矢の導火線に火をつける。
「お待ちくだされやあ。薬を分けてくだされ」
 後ろの道を、腰の曲がった老人が妙な速さで走ってきていた
「あれは……?」
 怪訝そうに小声で訊いた尊奈門を、高坂が「しっ」と短く制する。
 火のついた宝禄火矢を背に隠し持った陣内が、老人の前に一人で飛び降りた。
「おやおやどうも、薬を分けてくださいますか」
 老人がにんまりと笑う。
「ええ、どうぞ。よく効きますよ」
 陣内はいかにも人のよさそうな笑みを浮かべると、宝禄火矢をぽいと投げた。
 老人は異常な勢いでそれに飛びついた。それから、いきなりそれを口に入れて丸のみにしたのである。
 陣内は、元いた大木の枝に跳びあがった。高坂が左近の、尊奈門が乱太郎の、陣内が伏木蔵の目を、手で覆った。
 数秒ののち、ぼ、ご、と妙な音がした。大人たちが子どもに見せまいと配慮したようなグロテスクな光景は、起こらなかった。見た目には、老人の姿は何も変わらなかった。しかし。
「おのれ!」
 かすれた声で、老人が叫ぶ。
「謀った! 謀った! 謀ったな!」
 そう叫ぶ口から煙がもうもうと出る。
「おお、謀った。おのれ、薬、薬をよこせ、くすり、くすすすろれれれ」
 まともにしゃべれなくなっている。その場でぐるぐる円を描いて歩き回ると、老人は喉をかきむしり、倒れた。それからどうにか立ち上がると、
「痛や……
 よろよろと歩いてどこかへ去ろうとする。その後ろになぜか砂が大量に落ちたかと思うと、次の瞬間、老人の体が見る間にざらざらと崩れた。
 老人は、砂の山になってしまった。




 ——◆十七 雑渡たち

 百鬼夜行の列が近づいてくる。思えばさっきの手形も列の先を行く一部だったか、と思いながら、雑渡は素早く回りを見渡す。その長い指が、す、と横の崖を指さした。少し斜めになっていて、そこまで高くない。
 顔を見合わせ頷きあうと、四人は駆けていき、その崖に身軽に登っていった。
 崖の上の端には、張り出した木の根っこがあり、ちょうどそこに足をかけて木の幹に体を隠すことが出来る。
 ちょうどよい隠れ場所に収まった四人は、そこで百鬼夜行の通り過ぎるのを待つことにした。たまたまなのか、百鬼夜行の周りは霧が薄く、少し離れたところまで見えているから、こちらの姿が向こうに見えないように気を付けないといけない。
「百鬼夜行って、見たら死ぬんでしたっけ?」
 のんびりとした口調で、伊作がそう尋ねた。
「そんな風に言うよねえ」
 全く緊迫感のない声で、雑渡が答える。
「でも確かそれは回避する呪文があったな。長烈、知ってるんじゃないの」
「呪文は知ってますよ、組頭。まあでも、視たこっちが死ぬのは、こっちの気持ちの問題でしょう。本当にまずいのは、見ていることを向こうに気取られた場合でしょうな。やつらは見られるのを嫌うとも、見た者を列に加えようとするとも言います」
 ごく当然の世間話のように、押都が応じる。
 だんだん頭痛がしてきた数馬が、さすがにその会話に一石を投じた。
「三人とも、怖くないんですか?」
 三人はきょとんとして、しばし数馬を見た。
……まあ、今はちゃんと隠れられてるし?」
 伊作が言う。
「人間とどっちが怖いかっていうと微妙だよね」
「あまり変わらないでしょう」
 雑渡と押都はにべもない。
「それより、乱太郎たち無事かなあ……
 伊作は遠くを見るように言う。それは全員の気にするところであった。とにかく、はぐれた皆と合流したい。
 そう思ううち、ふと雑渡は顔をあげた。
 川向うを見る。
「どうされました?」
 伊作が目ざとく気づいて尋ねた。
「いや、見えないけど、あっちに知ってるような気配がね」
 そう言ったところで、雑渡は黙った。そろそろ、すぐ近くまで百鬼夜行が来ているのである。皆会話をやめ、そちらの方をじっと見る。もう先頭はすぐ真下に差し掛かっていた。崖のすぐ下を、異形の者たちが歩いていく。うろうろするうつろな子ども、目が一つの女、馬の脚の生えた硯。げらげら笑う口のやたら大きな老婆、顔のある琵琶。
 無数のもののけを、雑渡と押都は表情一つ変えずに眺めている。数馬は目をつぶり、顔を背けていた。伊作はというと、さっき雑渡が気にしていた気配が気になり、意識を集中してそれを感じ取ろうとしている。
 集中しすぎたのだろうか。足をかけていた根に絡んだ蔦が、たわんでずるりとずれた事に気付くのが、一瞬遅れた。蔦に乗せていた伊作の足が滑る。反射的に雑渡が手を伸ばしたが、その手が掴んだ伊作の底の抜けた背負い籠は、今度こそ崩れてばらばらになった。「げ」という一文字だけを崖の上に残して、伊作はあやかしたちの目の前へ、滑り落ちていった。




 ——◆十八 陣内たち

 老人の変じた砂の山は、風に吹かれてすぐにさらさらと高さを無くし、みるみるうちに飛んでいった。
 それを背後にさっさと歩きながら、一行は話し合っている。
「げ、じゃああいつ、人間の生き胆を狙ってたんですか」
 そう言って、尊奈門は思い切り引いた顔をした。
「たぶんな」
 と高坂が答える。
 乱太郎が横で「こわあ~……」と口元に手をあてた。
「大方、目でも悪いんだろう。饅頭もよく見もせず丸呑みしたというし。たぶん大まかに丸いものなら飛びついたんじゃないか」
 陣内はそう言って、怖がるでもなく歩いている。横を歩く伏木蔵が関心した声をあげた。
「はえ~……。それを利用して宝禄火矢を飲ませたんですね」
「小頭の後ろをとったというのは? にわかには信じられないですが」
 尊奈門は疑問を口にする。尊奈門の記憶の中には、山本陣内の後ろに気付かれずに立てた同僚も敵もいない。
「いや、近づいてきたのではないんだ。何もないところからその場に急に現れたという感じでな」
 そう答えた高坂に、「なるほど」と納得した尊奈門がうなずいている。
 そこでふと、陣内が一人立ち止まった。
 行き過ぎた他の面々が次々に止まり、陣内を見る。
「小頭?」
 そう声に出した高坂が、次の瞬間はっとして振り向いた。
 陣内が身構える。高坂と尊奈門がそれに倣う。左近は一応一年生の前に出た。
 無数の気配が、近づいてきていた。
 遠くの方から、ず、ず、ず、と何か大きなものの足音も聞こえる。
 さっと陣内が四方に目を配る。近づいてくる相手に気付かれずに全員で隠れられそうな場所が、あまり見当たらない。それでも、陣内の判断は速かった。
「とりあえずあそこへ」
 そう言った陣内の指示に従って、六人は近くの岩陰に移動した。
 岩がやや小さい。六人全員はひそめないと判断するや、尊奈門が岩の隣に片膝をついて、懐から出した鼠色の布を背にかぶる。岩に擬態したのである。
「なんだよあれ……
 左近が、気配の方を見ながら言った。平らな川沿いの道の向こうを、無数の『何か』が歩いて近づいてくる。
 松明をもった人ならぬ何かが大量にいる。その人たちの大きさがまちまちで、明らかに人ではない特徴を持ったものも多い。硯や琵琶など、器物が歩いているように見える者もいた。
「おばけ!」
 乱太郎と伏木蔵が同時に小さな声で言う。
 その奥に大きな影が見えている。やがて姿がはっきりしてきたそれは、巨大な蛙だった。
「百鬼夜行……?」
 とつぶやいたのは高坂だったか。
 陣内は子どもたちをどう隠し逃がすか、頭を働かせ始めた。ここでは隠れるにはやや狭いが、この距離では移動するとあやかしものたちに見えてしまう。懐から尊奈門のものと同じ布を出し、乱太郎と伏木蔵の背に掛ける。このままやりすごせるだろうか。風が強くなってきていた。布がなびくのはまずいと、布の裾を踏んでやる。
 一方、岩に擬態しているために百鬼夜行と反対を向いていた尊奈門が「あそこ、誰かいませんか」と言った。
 言われて陣内は、目線だけをそちらに向けた。川沿いの斜めの崖を、何かがすべり落ちたようだ。霧でよく見えないが、それはどこかで見たような、柔らかい茶色の髷をゆらしているようだった。
「え、伊作先輩……?」
 布から顔を出した乱太郎が、小さく声に出した。確かにそれは、善法寺伊作のように見える。
 崖から滑り落ちたその影は、あやかしどもの列の横腹のあたりに行きついてしまったので、あっと思う間にその周りに列からあやかしものが2,3寄っていった。
 直後、もう一人、大きな影が、先に滑り落ちた方の後ろから降りてきた。大きな影が腕をふるごとに、周りのあやかしが離れていく。何か持っている——苦無だ。
 その様子を見ていた陣内の後ろで、左近が小さく悲鳴を上げ、次いで自分の口を押えた。
「おいで、おいで、まだ? まだ?」
 左近の視線の先、比較的近くに、くねくねした子どもがいた。目はうつろで口の中は奈落のよう。その口から同じ言葉を繰り返す。こちらにはまだ気づいていないようだが、それは近づいてきている。
 風が吹いてチリが舞い、砂が岩陰に吹き付けた。目を細めて風に乗った砂をやり過ごす。陣内は少し焦っていた。
 その、陣内の袴の裾を、何かがひっぱった。ねずみでもいるのかと目を転じた陣内の視界に、信じられないものがうつった。
「薬を分けてくださいませんか」
 あの老人だった。
 背筋を冷たいものが走る。
 大きさは陣内の人差し指ほどしかない。見ると、足元の数か所ほどで、砂がかたまっている。それが、みるみる老人のような姿にかわっていくのである。
 ——今の風!
 風に乗って飛んできた砂。それが、宝禄火矢を飲んだ老人のなれの果ての、あの砂にちがいなかった。
「薬を」
「薬を」
「薬をくださいませんか」
 老人の形になりかけた砂が次々しゃべる。
 乱太郎と伏木蔵が、さすがにたまらずわあっと声を上げて飛び退った。もはや隠れているのは無理である。尊奈門が立ち上がり、高坂は懐に手を入れる。
 陣内は冷静に苦無で小さな老人と、老人になりかけた砂山をぽんぽんぽんと叩いていった。それらはつぶされると、すぐ小さな砂山に戻った。尊奈門が、かぶっていた布であおぐと、砂は霧散していく。
「おいで、おいで」
 やはりというか、近づいてきていたくねくねの子どもが、こちらに気が付いた。寄ってきて伏木蔵の手をつかもうとする。
「わあっ」
 伏木蔵は悲鳴に近い声で叫び、あわてて振り払う。尊奈門が忍者刀の鞘でそれを手伝った。
「小頭、どうします」
 高坂が指示を仰ぐ。高坂と尊奈門は、子どもたち三人を背中で挟んでかばう陣形をとっていた。
 陣内は考える。こちらはあやかしに見つかっている。向こうであやかしに囲まれているのも、たぶん伊作と雑渡だ。都合、いまだ再会できない押都と三反田数馬以外は、百鬼夜行にみつかって囲まれかけている状況にある。いっそ、隠れて逃げるより、前に出る戦法に切り替えた方がいいのではないか。
 何か隙はないかと視線を転じ、百鬼夜行を見る。列の中央には、巨大な蛙がいる。ふとそれを視界に入れた陣内は、ぎょっとして一瞬止まった。
 蛙が、霧を吐き出した。
 キセルをすった人のように、いやそれより濃く多く、口から煙のような真っ白な霧を、ふうっと長く吐き出す。
 その、吐き出した霧に、めらめらと青い炎が見える。花火が散って、そこに桜が咲いて枯れた。
 目を見開く。急に腑に落ちた陣内の目はやがて座り、鋭く光った。
 幻覚の原因は、こいつだ。
 こいつの吐く霧が、あの趣味の悪い幻覚をみせるのだ。
 ふつふつと、さっきしまい込んだ怒りがわいてくる。
 一方、列からは、あやかしものがわらわらと寄ってきていた。
「まずいですよ!」
 尊奈門が頭をかかえんばかりの声で言う。
 肌で感じる猛烈な不吉さがある。
 その中で、ひょうひょうとかまえながら、陣内は声に出して呟いた。
「見つかってしまっているなら、いっそ……。よし、ひとつずつ解決しよう」
 にこりとした陣内に、高坂が怪訝そうに「え?」と返した。
「高坂、諸泉、あの崖の下へ。あれは善法寺伊作君だろう。今降りてきてあやかしものを振り払っているのがおそらく組頭。合流せよ」
 急にてきぱきと指示を出し始めた陣内に、尊奈門は「はっ!」と元気よく答える。
「小頭は?」と尋ねた高坂に、陣内はもういちどにっこりと笑みを見せた。
「組頭に譲っていただいた権利があるのでな。ちょっと行使してくる」
「はい?」
 訊き返した尊奈門を尻目に、陣内は急に初速からとんでもない速さで、百鬼夜行の中央を目指して走り出した。
 一同、呆気に取られる。あやかしものまで、予想外の人間の動きに振り向いた。
 すぐにはっとした高坂が尊奈門を小突く。二人は子どもたちを担ぎ上げると、崖の方角にむかって走り出した。




 ——◆十九 伊作たち

 がけ下まで滑り落ちた伊作は、開口一番、本日何度目かの自棄の口調で
「不運だあ……
 と言った。
 落ち慣れた身である。うまく受け身をとったので、大したけがはしていない。しかし落ちたとたん、わらわらと近くのあやかしものが寄ってきてしまった。
「伊作君!」
 即刻伊作を追って飛び降りた雑渡の後ろで、
「先輩!」
 と数馬も手を伸ばした。追いそうになる数馬の二の腕を、「待て」と押都がつかむ。それから数馬の背負い籠を、樹の根の上に降ろさせた。
「善法寺君は組頭に任せる。君は——」早口で言いながら、数馬に顔を近づけると、いくつかの指示を耳打ちした。


 伊作の目の前には、すでに首がぐらぐらしたおばあさんがいた。それは、にっとわらって「おいでんさい。こちへ」というと、強い力で伊作を引っ張ろうとする。
 そこへ、音もなく降りてきた雑渡が苦無で老婆を振り払った。
 その向こうから来た口が二つある女が、何か投げてくる。
 伊作はくるりと体制を立て直し、そこに落ちていた石を拾うと、素早く投げた。伊作が投げた石は、二口女が投げてきた何かを見事に打ち落とした。
 落ちたのは黒い塊で、それは地面でぞろりとうごめくと、三匹の蜘蛛に変じた。そしてそれぞれ別方向に走って消えてしまう。
「うへえ……
 と伊作が声を出す。ふと視線を感じて目を上げると、あの巨大なガマガエルが伊作の方を見ていた。
「また見つかっちゃった」とげんなりした口調で伊作が言ったとたん、蛙の口から、霧と、青い炎、火花、さらには桜が噴き出る。
「おや」
 と、雑渡が後ろで声を出した。
「この霧と幻覚はあいつの仕業だったか。ということは、もしかして逃げるよりあれを倒すことを考えた方がよかったかな」
 物騒なことを言う。
 その時、「組頭っ」と声がして、左近を小脇に抱えた高坂が走ってきた。
「おや、陣左と尊奈門だ」
「み、みんな~!!」
 それぞれ部下や後輩の顔を見て口調がほころぶ。
 次の瞬間、はっとした雑渡が顔を上げ、あやかしの列の中央を見た。
 その口から、「陣内?」と声が滑り出た。