ウリュウ
2026-01-24 00:02:20
40362文字
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われえひにけり

【RKRN】タソと保
RKRN怪談webオンリー「凍忍百物語」展示小説
タソ5人、保健5人が濃霧の中でばらばらにはぐれる怪談小説です。普通に怪異が出てくる怖い話なのでご注意ください。


【注意】
・あらゆる捏造があります。
・CPはありません。
【ある】主にタソ周りの関係性などの捏造、妄想
【ない】恋愛感情


 ——◆十一 押都長烈

 押都は、数馬の口を押えて、岩陰にうずくまっている。
 息を殺し、気配を消す。
 ……自分とこの少年なら、まあまず見つからないだろう、とは思う。だが、いかんせん距離が近く、数が多かった。
 隠れている岩のすぐ裏を、ぞろぞろと大量の人影が通り過ぎている。
 さきほどの袋小路を抜け出し、少し進んだところで、急に大量の気配にであったのだ。しまった、と思った。ここまで見えないと、やはりかなりやりづらい。相手は霧で見えないが、とにかく数が多いことだけはハッキリしていた。岩陰に身を潜め、気配を消す。そのすぐ後ろを、無数の気配が通っていく。
 異様な雰囲気である。
 当然、どれも人ではあるまい。大小さまざま。げらげらいう笑い声、泣くような歌うような声、奇妙な足跡、何かをひきずる音。それから、何か巨大なものが歩く音。
 ——見つかったらまずい。
 それは二人とも、直感的にわかっていた。
 数馬は、叫びだしてしまいそうな顔をしている。が、押都がその口元を押え、自分の口元に人差し指を立てて見せると、どうにかといった感じだがよく我慢した。
 息を殺す。
 時間が異様に長く感じられたが、やがて気配は少なくなり、通り過ぎた。
 押都はさっと周囲をたしかめ、数馬の手を取ると、岩の位置を確認しながら、その場を離れた。




 ——◆十二 諸泉尊奈門

「組頭!」
 そう言って、尊奈門は明るい表情を浮かべた。
 川の横、尊奈門と乱太郎の前に現れたのは、雑渡昆奈門であった。
「尊奈門さん、よかったですね」
 にっこり笑った乱太郎に軽く笑みを見せると、尊奈門は雑渡に向き直る。
「組頭、やはりここは何か変です。押都さんや高坂さんともはぐれてしまって……
 そう言いながら駆け寄ったところで、尊奈門はわずかな違和感を覚えた。
「ところで組頭、山本小頭は?」
 そう尋ねると、
「別行動だ」
 と、雑渡は短く答える。そして、すらりと長い左手をまっすぐ横にむけて伸ばすと、その先を指さした。
「あちらで陣内左衛門が待っている。尊奈門、その子を連れて合流しなさい」
 尊奈門は、すっと真顔になった。
……なるほど」
 乱太郎が小さく「尊奈門さん……?」とつぶやく。なんとなく、雰囲気が違って見えたのだ。
「ところで、組頭」
 言いながら、尊奈門は何気なく雑渡に近づいた。
「なんだ」
 答えた雑渡の至近距離、尊奈門がいきなり忍者刀を抜いた。抜きざま横なぎに一閃、雑渡の胴のど真ん中を、刀が通り抜ける。一瞬の沈黙。
——本物の組頭は、高坂さんの事を陣左って呼ぶんだ」
 静かにそう言った尊奈門の前、胴を刀が通り抜けた雑渡の姿は、奇妙にふたつになると、かき消すように消えた。しばし、静寂があった。
………………尊奈門さんが……かっこいい⁉」
 愕然と、乱太郎が叫ぶ。信じられないものをみたという調子である。
「おい! 何で本気でびっくりした言い方なんだ⁉」
「だっていつも土井先生に文房具でやられてるから!」
「う、うるさい! 次は勝つからいいんだ!」
 じたばたと大声で漫才のようなやりとりをしてから、尊奈門は咳ばらいをひとつする。つとめて空気を入れ替え真面目な声音を作って——
「と、とにかく! これでこの霧の中では幻覚が現れることが分かった。気を付けて行くぞ」
「わかりました!」
 元気よく答えた乱太郎ともう一度手をないだ尊奈門は、やや調子にのった口調で続けた。
「でもまあ、ちょっと自信出たぞ。タソガレドキ忍者の偽物は、私が見分けてやる!」
「おーっ」
 乱太郎がぱちぱちと拍手をする。その時、ちょうど狙いすましたように、横の霧の中から人影が近づいてきたので、二人はぱっと振り向いた。
「にぎやかだと思ったら……尊奈門か」
 言いながら現れたのは、押都長烈だった。
 さっそく乱太郎が尊奈門を前に出すようにしてその後ろに陣取る。
「尊奈門さん、お願いしますね!」
 乱太郎の期待のまなざしを背に受けて、しかし尊奈門は3秒ほど固まった。
……お、」
「お?」
 次の瞬間、尊奈門はくるりと逆を向いた。
 乱太郎を小脇に抱える。え?と声を出した乱太郎の手足をなびかせて見事な速さで走り出した。
「押都さんだけは何を考えてるかわからないから無理!」
「え———っ」
 乱太郎の戸惑いの声がこだまする。それはすぐ、霧の中に溶けて消えた。
……え」
 後にはぽつんと、押都が残されている。その後ろから、ずっといた数馬が顔を出した。
「ど、どうしたんでしょう? せっかく会えたのに」
 心底不思議そうな数馬の横で、押都が雑面の下のあごひげを指先でなぜた。
「さあ……。ま、大方誰かのふりをした狐狸にでも化かされかけたか、ね」
 押都長烈は本物であり、とうぜん数馬も本人だった。
「尊奈門なら、私相手でもよくみればわかると思うがなあ……
 自信を持てばいいのに、と、のんびりとそういう押都に、繰り返す恐怖で疲れ切った数馬が、ややかすれた声で尋ねる。
「追いかけないんですか?」
「いや、先ほどからここでは異様に方向感覚が鈍る。慌てる相手を下手に追ってもお互い迷い込むだけだ。じっくり進もう。それから」
 ふりむいて数馬を、存在を確認するかのようにじっと見ながら、押都は言った。
「そういう意味では、君をこの霧の中で見失うと、もう一度見つけられる自信がない。私から離れないようにしてくれ」
 数馬はうなずいた。押都は念のため、数馬の背負い籠の肩紐を片手で握っている。控えめに押都の着物の裾を握った数馬の横で、彼は尊奈門たちのいた場所の後ろに広がる川を見ながらつぶやいた。
「組頭と山本殿なら、おそらく川を起点に探索するはず……。このまま川沿いに進んでみようか。運が良ければ保健委員さんたちとも出会えるだろう」




 ——◆十三 雑渡昆奈門

 川上に向かって歩き続けている。
 雑渡は何度目かの方向確認をした。かなり気を付けていないと、無意識に川からそれそうになる。
 この霧の中は、本当に方向感覚が狂う。うっかりすると、目印が見えていても別の方向に進んでしまいそうなほどだった。
 注意深く一定の速度で歩き続ける。進むにつれて、川幅が狭くなってくる。すでに霧の中でも向こう岸がはっきり見える広さだ。
 さらに進むと、だんだん河原の石が大きくなってきて、そのうち大きな岩がごろごろしている場所に出た。
 そこでふと、雑渡はゆるやかに立ち止まった。
 彼の研ぎ澄まされた感覚が、ごくわずかに、誰かの気配を感じ取っている。
 ——まあまあ手練れだな。
 すっと目を細めた。気配を消す。
 岩に隠れつつ、気配に向かってすばやく進んだ。
 ——この岩の裏だ。
 そう判断すると、雑渡は一息に、ぱっと回り込んで苦無を前に出す。
 意外にも、それは頼もしい力ではじかれた。次の瞬間、素っ頓狂な声が雑渡に浴びせかけられる。
「あれえ? 雑渡さん!」
 雑渡の初撃を受け切るその実力と乖離しすぎた素朴なびっくり顔及びうかつな大声の主は、ようやく見つけた保健委員会委員長、善法寺伊作であった。
 雑渡の苦無をはじいたのは伊作が構えた大きめの石で、おそらくその辺で拾ったものだ。
 そして次の瞬間、伊作はその石を放り出すと、慌てたように自分の口をふさいだ。今更にもほどがある。
「お前、こんなところで何を」
 伊作が口を押えたので、雑渡は一応声を潜めて尋ねる。
 伊作は、片手で口を押えたまま、もう片方の手で、さらに上流のほうを指さした。
 その時には、もう、ず、ず、と遠くで岩を引きずるような音が雑渡にも聞こえていた。
……何だ?」
 ず、ず、ず、ず、
 ず、ず、ず、ず、
 地面がやや振動し始める。伊作は悲し気に目じりをさげて、
「だめだぁ、見つかったかも」
 と泣き言を言った。まことに本人の確かな実力と乖離した情けない口調である。
……何に?」
 雑渡が尋ねる。「誰に」ではなく「何に」と言いたくなるほど、それは明らかに人外であった。すぐに、ものすごくでかい影が、霧に写った。上の方は霧が薄いらしい。その姿が、やがてうっすら見え始める。
「だめだぁ! 逃げましょ!」
 言うが早いか、伊作が岩場から飛び出した。
 雑渡はその後ろを追従しながら「ねえお前あれ何なの」とさすがに慌てた声で尋ねた。こんな大きさの生き物を見たことがない。
「わからないんですよお‼ 蛙だってことしか!」
 もう、雑渡にも見えていた。それは、小山ほどもある巨大なガマガエルであった。
「なんか! 目があっちゃって! 目を付けられちゃって! 追われてるんです! 不運だあ!」
 伊作はもうやぶれかぶれみたいな声で言う。
「お前あれを不運の一言で済ます気⁉」
 さすがの雑渡も動揺で頭巾から包帯の端がびろびろと飛び出ている。
 蛙が急にぐっと沈んだかと思うと、それは軽く飛び上がった。跳ねた蛙は、伊作と雑渡のすぐ後ろに着地する。雑渡も伊作も、慌てて飛び上がってその振動をいなした。蛙の移動する速さは大したことがなさそうだが、跳ねればひととびである。上に落ちてこられたら怪我ではすまなさそうだ。
「耳がいいみたいでェ!」
 やけっぱちの伊作が言う。
「なんか僕の声とか気配をあっさり聞き分けて追ってくるみたいなんですよ‼」
 一瞬頭を抱えた雑渡はしかし即刻立ち直ると素早く伊作の前に出る。そして自分の口もとに人差し指を立てて見せ、し、とわずかに無声音を発した。伊作は走りながら自分の口を押える、ついで雑渡は伊作を軽々担ぎ上ると、押し殺した早口で言った。
「わかった。教えてあげよう。音というのはこうやって殺す」
 瞬間、雑渡の重心が低くなり、すさまじい速さで河原を川下に向かって駆け始めた。一切、音がしない。
 伊作はプロ忍者のその技術に目を輝かせて、雑渡の足元を凝視する。舌を噛むなよ、と小さく伝えると、雑渡はさらに速度をあげて一気に河原を駆け下った。




 ——◆十四 山本陣内

 雪が強くなってきた。川沿いを下りながら、山本陣内は空を見上げる。
 この霧に加え、雪まで積もられると、地面の痕跡や目印が使えなくなり、本当に厄介だ。どうにか雪だけでもやんでくれないか、と思うが、相変わらず雪雲は低く厚い。
 そのまま歩いているうちにふと、足元の雪に、わずかに跡があることに気づいた。
 上から雪が積もって見えなくなりかけているが、それは、何かを地面に置いたような跡だった。二歩くらいの間隔で、整然と続いている。
 じっと耳を澄ますと、そちらの方向から誰かの話し声がする。
 陣内は足音を殺して跡をたどり、そっとそちらに近づいた。炭焼き小屋がある。そして、その裏手の屋根の下で雪をよけながら、高坂と、鶴町伏木蔵、それから川西左近が、竹筒で水を飲んでいるのを見つけた。
 高坂が真っ先に、陣内に気付いた。
「小頭!」
 こちらを見た目元がぱっと明るくなる。余人にはわからぬ程度だが、知る人にとっては明らかな嬉しそうな表情を浮かべ、高坂が駆け寄ってくる。
 その首元めがけて、陣内は裏拳を突き出した。反応して受け身をとり、高坂は身を低くする。間髪入れずに足払いをかけると、高坂は体制を崩したが、すぐに立て直し「小頭⁉」と叫んだ。その首元の一寸手前に手刀を当て——そこで陣内は動きを止めた。
「やあすまん、本物のようだな」
 にこやかな笑みを浮かべて見せる。
 陣内は一瞬の手ごたえから、この高坂は幻覚ではないという確信を得ていた。こちらがやや手加減したとはいえ、良い動きだった。
 戸惑った高坂が
「本物……?」
 とつぶやく。
「さっき妙な幻覚を見せられたものでなあ」
 陣内は頭をかきながらそう答えた。
「えっ、幻覚ですか?」
 横からそう訊き返した伏木蔵に「ああ」と答えながら、陣内は三人の輪に入る。
 三人は、炭焼き小屋の薪の少し大きいものをまるくならべ、その上に座っていた。高坂が自分の薪をずらして、陣内が座れるように薪を足す。片手で軽く謝意をあらわしてからそこに座って、陣内は続けた。
「組頭と霧の中に入ってすぐに、過去の戦の幻をみたんだ。幻覚と見破ると同時に消えてしまったが」
 込み入った雑渡の姿の幻覚については言わない。その必要もないだろうと、陣内は思っている。
「その後、組頭と別れて川沿いに探索していてな。あれが気になってたどってきた」地面の跡をゆびさす。高坂がなるほどとうなずいた。
「薪、か」
 陣内は、顔を上げてそう言った。炭焼き小屋の側面には、今敷物代わりにしている他にも、積み上げられた薪がある。
「ええ」
 と高坂が答えた。
「道を見失わないようにです」
 伏木蔵が続ける。後を高坂が付け足した。
「川のせせらぎがわずかに聞こえたのですが、川そのものが見えなかったもので。場所を見失わないようにこの薪をお借りし、道しるべをつけながら音をたどって川まで行き、水を汲んで、置いた薪を拾いながら戻りました。少し離れると何も見えなくなるので、こんな方法を」
「なるほどな」
 陣内はうなずく。その場の物をつかってきちんと工夫していて、忍者らしい。
「組頭はどちらに」
 高坂が尋ねた。
「川上に向かわれた。川沿いに探索することにして、途中で分かれたのでな。川からは遠くは離れていないはずだ」
「あの」
 と、そこで横から左近が手をあげる。
「山本さんは幻覚を見たんですよね? じゃあ、ぼくたちがみたのも、幻覚だったんでしょうか……?」
 言って、高坂の方に視線を向けた。伏木蔵も高坂を見る。
「いや、うーん……
 言われて高坂が首をひねっている。
「何を見たんだ」
 陣内が尋ねると、高坂は歯切れ悪く答える。
「見たというか、遭ったというか……あやかしものが追ってきた、のだと思うのですが」
「ほう。あやかしもの?」
 そこで最初から話す必要性を感じた伏木蔵と左近が、山に入ってからのことをざっと説明した。左近が合流したあとのことは、高坂が過不足なく説明する。
「ふむ……
 陣内はあごに手を当てて話を咀嚼した。
……それは、幻覚ではなくそういうあやかしもののように思えるな」
「やはり」
 高坂が相槌を打った。
「私の見た幻覚とは、どうも性質が違う。あやかしものが複数いて、そのうちの一体が幻を見せると考えた方が、無理がないんじゃないか」
 そう言った陣内の横で、伏木蔵がやや混乱している。
「ええと、じゃあつまり?」
 高坂が「整理しましょう」と言って、指折り情報を数え始めた。
「一つ、この霧の中では方向感覚がおかしくなる。
 一つ、この霧の中には、あやかしものがいる。
 一つ、あやかしものは、複数いる。
 一つ、この霧の中では、幻覚を見ることがある。
 一つ、幻覚は、あやかしものの術かもしれない」
「そうだな」
 と、陣内は頷いた。次いで、
「付け加えよう。
 一つ、この霧の中では十五歩離れるとまったく見えなくなる。
 一つ、音は霧に吸われてやや聞こえづらい。
  一つ、炭焼き小屋のような建物や、地形そのものは、おそらく動いていない。
 一つ、組頭とは、この川を上っていけば会える。」
 高坂が、貌をぱっと明るくした。
「それでは」
「そうだな。合流を目指してもいいかもしれん。移動しようか」
 そう言って立ち上がる。雪をはらい、みんなで敷いていた薪を集めると、もとの場所に返した。
 その陣内の背を、とんとんと誰かが叩いた。何気なく、「なんだ?」と振り返る。
「あなた薬をお持ちでしょう。わけてくだされ」
 しわがれ声、低い身長。
 そこには、腰の曲がった老人が立っていた。