レゾン・デートル|CASE. 02 マスグレイヴ家の儀式書

されば得られん────窮極へ至る鍵を。

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CASE. 01 緋色の邂逅 - https://privatter.me/page/69736b2b3ba24

学術研究都市〈いとしま医学特区〉を舞台に描く、現代ドラマ×オカルティックサスペンス! 厚生労働省の〈螺旋捜査官〉市ノ瀬咲良は、ある任務のために学術研究都市〈いとしま医学特区〉へ赴く。彼に与えられた任務はとある人物の監視だった。
その人物の名は──四宮椿。ある一方では〈医学における万能の天才〉と呼ばれ、またある一方では〈忌まわしき名探偵〉と呼ばれる彼女と共に、咲良は殺人事件へ挑むこととなり──? いとしま医学特区の港湾部にて、逆さ吊り状態で発見された遺体。科学で解けない殺人事件、二人の邂逅が導く真実とは?(CASE FILE.01)

※同人誌版の原稿をそのまま移植しているため、改行が少なく横書きでは読みづらいと思います。縦読みリーダー表示をお勧めします。

作者X 🦜 https://x.com/asunashoko
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 エレノワ・マスグレイヴの声に、椿は「成程」とだけ言って両手を突き合わせた。騒ぎそうな大河も表情を厳しくさせて黙り込む。
 エドワード・ブラントンは、螺旋捜査部にも情報が共有されているだけではなく、警察庁もその行方を追っている。つまり魔術社会だけではなく、一般社会からも追われているのだ。国際指名手配という形によって。
「咲良、知っているな?」
「国際手配されとる。殺人容疑で」俺は呟いた。「余罪もかなりある。イギリスで二人殺したあと、ドバイへ出国」
「その後、日本で大捕り物になって、取り逃がした?」
 椿は問うた。俺は頷く。
 俺が螺旋捜査官になりたての年に、つくば医学特区でとんでもない大捕り物があったのだ。SATも、戦闘に長けた国家陰陽師も出す大騒ぎで、俺はそのとき初めて拳銃を握り、発砲した。しかも、
「ブラントンの左肩に、弾丸が偶然当たった。その後奴はすぐに……多分、空間魔術が使えるんやろうな。SATが小銃を構えてる前で忽然と消えて、それ以降の足取りは不明」
「空間魔術が使えるンですか? そのエドワード・ブラントンって」大河が言う。
「多分な」
「恐らく、〈生きた遺産〉イデアル・メデュラの効果よ。あれは宿主の魔術適合性を飛躍的にあげる」
 エレノワが言った。椿は一点を見つめたまま、両手の指を触れ合わせている。集中する時の癖なのか、瞬きひとつしない。
「本来は完璧な人形パーフェクト・ドールがあって初めて完全な力を持つけれど、あれ単体でも相当な力を持っているもの」
「あのォ、純粋な疑問なンですけど。ドールあってのメデュラなら、なんでブラントンはリリさんのことも奪っていかなかったんですか?」
「リリが強すぎるからよ」エレノワはあっさりと言って肩を竦めた。「この子は半馬子はんまごなのよ? 素の身体能力が突出して高い相手に、ただの人間が勝てるわけないじゃない」
 リリは少し恥ずかしそうにうつむいた。確かに半馬子、つまり馬子と人間の混血者は、フィジカルギフテッドとも呼ぶべき、驚異的な身体能力を持つ者が一定数いる。それなら納得できる話だった。
「それに、半馬子だから……なおさら完璧な人形になれば、当然その身体能力は強くなる。より幻想へ近づくのだから」
 エレノワは少し寂しそうに顔を伏せる。娘が完璧に近づくたび、己がどこまでいっても人間の枠から外れられないことを嘆いているようにも思えて、俺はなんとなく二人が羨ましいような気持ちになった。
 俺は首を横に振る。今それを意識すべきではない。
「奴の行方は螺旋捜査部も、警察も把握していない。そんな逃亡犯を捕まえるとなると、なかなか骨が折れるな」椿は楽しそうに笑った。「ものは試しだ。ラプラスを使って、ブラントンを探してみるとするか」
 椿の指先がMacbookへ伸びる。勝手に警察が保有する捜査情報へアクセスしているのは明白だったが、いちいちそれを咎めていたらキリがない。俺は後でこの一件が公になって、給料を差っ引かれる未来に怯える。
 暫く待っていれば、画面に捜査情報がいくつか表示される。黒いウィンドウが開き、青い文字列が雪崩のように上から下へ、そしてついに健気な鳥の頭脳は医学特区に住まう彼らの視界を、
——!」
 椿が反射的にケーブルを引き抜く。中断されたプログラムはエラーを吐き出し、幾つもの赤い警告画面を表示し続けている。
「おい、椿?」
「やられた」
 椿の視線は黒い円筒型の端末へ向いている。その内部には、哀れにも魔術の生贄にされた猛禽の脳が、培養液につけられて浮いているはずだ。
少々侮っていた。流石に歴史ある魔術師の家に連なる者だ、生半可な実力ではないな」
 椿は少しばかり顔をひくつかせ、
「ラプラスの脳髄を魔術で焼き切られた」
「ちょっと待てや」俺は思わず口を挟む。「お前の魔術は医学特区全域の鳥類に及ぶんやろ」
「そうだ。普通なら有り得ぬ」
 椿は忌々しげに呟いた。彼女の構築する魔術式は、コドンによって記述される。魔術が生物の遺伝機構の一部に取り込まれる形で発現されるのだ。しかもどの鳥の視界が割り振られるかはわからない。
「ブラントンは随分辛抱強いようだな。奴は待っていたんだ——私が子機ではなく、本機を使って遺伝魔術ゲノミクスを起動する、その瞬間を」
「いくらなんでも無理があるやろ。鳥一匹一匹をとっ捕まえて、お前の魔術ウイルスに感染しとるか確認したっちゅうんか?」
「そこまで手の込んだことはしていまいよ」椿はかぶりを振った。
「ああ、魔眼の応用ってコトですね」大河がいつになく真面目な声で言った。「見られた時点で魔術効果が現れるなら……
「兎も角。奴は医学特区の内部にいる。それははっきりした」
 大河の演説を遮った椿はあからさまに不機嫌な顔をして、エラーを吐くマックを睨みつける。警告画面は今も脳髄が悶絶の声をあげるかの如く増え続け、ついに椿は無理やり電源を落とした。
〈医学における万能の天才〉であっても、魔術の才覚はそうでもないのか、と思っていれば、ぎろりと椿がこちらを睨む。
「だから言ったじゃないですかァ、遺伝魔術ゲノミクスの網を広げ過ぎるのは悪手だってェ」
「うるさい」椿はぴしゃりと言って両手の指を突き合わせる。「大規模遍在意識モデル化した魔術式同士の干渉を、この私が予期していないわけがなかろう。今の問題はそこではない……想像以上に〈生きた遺産〉が魔術の発現を、奇跡の領域に近づけている事だ」
「下手をすれば十二年前の再現が起きかねない、ですか?」
 大河の問いかけに、椿は沈痛な面持ちで頷き、深く息を吐き出した。
「寧ろそれが目的であろうよ」
 エレノワは真っ直ぐに椿を見ていた。決して動じず、次にどう一手を指すべきかを考えているような、深い思考が青の瞳から読み取れる。
「そうね」
 そう言って、すっかり冷めたコーヒーを飲み干す。
「貴女の傷を抉る気は無いわ。けれど、その可能性は十分にあると思う。……もう行くわ」
 エレノワは席を立つ。リリが少し何か言いたげに一度こちらを見たが、何も言わずに会釈した。並んで歩く二人は、ただの仲の良い母娘にしか見えなかった。

諸注意
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