レゾン・デートル|CASE. 02 マスグレイヴ家の儀式書

されば得られん────窮極へ至る鍵を。

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CASE. 01 緋色の邂逅 - https://privatter.me/page/69736b2b3ba24

学術研究都市〈いとしま医学特区〉を舞台に描く、現代ドラマ×オカルティックサスペンス! 厚生労働省の〈螺旋捜査官〉市ノ瀬咲良は、ある任務のために学術研究都市〈いとしま医学特区〉へ赴く。彼に与えられた任務はとある人物の監視だった。
その人物の名は──四宮椿。ある一方では〈医学における万能の天才〉と呼ばれ、またある一方では〈忌まわしき名探偵〉と呼ばれる彼女と共に、咲良は殺人事件へ挑むこととなり──? いとしま医学特区の港湾部にて、逆さ吊り状態で発見された遺体。科学で解けない殺人事件、二人の邂逅が導く真実とは?(CASE FILE.01)

※同人誌版の原稿をそのまま移植しているため、改行が少なく横書きでは読みづらいと思います。縦読みリーダー表示をお勧めします。

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 12
 ——後日 東都医科大学附属病院(十階)特別個室病室


 増えてきたセミの声が忌々しい。じわじわと気力を削ぎ、俺はついに我慢の限界を迎える。書類は一旦放り出して、俺はその場所へ足を向けた。
 長岡真波は現実領域で保護され、すぐに福岡市内の病院へ移送されたと報告を受けている。少なくとも、彼女に関しては特に気にする必要はないだろう。あとは陰陽庁がうまい具合に記憶を処理し、医療チームの手で健康な普通の人間の世界へ引き戻す。それだけだ。
 菊武幹春は螺旋捜査部の面々が拘束し、今は凍結拘留と呼ばれる、コールドスリープにも近い方法で禁錮されている。あれほどの魔術的な実力者を、一般的な刑務所にはおさめられない、という陰陽庁と螺旋捜査部の判断だった。
 特別病室の引き戸を軽くノックする。声は無いが、いるのは知っていた。俺はそっと戸を開けて内部へ入る。
「何かがおかしい」
 点滴に繋がれ、造血剤と赤血球製剤でどうにか山を超えた椿は、病室に入ってきた俺を見るなりそう言った。
 青白い顔だというのに、赤青の双眸はやたらと叡智の光に彩られている。そのアンバランスさが少々恐ろしく思える。
……、何がかちゃ」
 少し心配していたのがアホらしくなり、思わずつっけんどんな声が出る。
「考えてみろ。坂木柊作は皮を剥がれた。ここには明確な理由があるはずだ。だが菊武が連れていたあの人形は、外装は陶器で、中身は人間ではない」
「あ? 人間やないって、それどういう意味や」
 俺は来客用の丸い椅子を持ってきて腰かける。
「だってこの一連の事件は、臓器密売とか、売春の斡旋……、反社会的勢力に全部の罪をおっ被せた魔術犯罪やろ。わかりやすいアイコンの坂木柊作が使われてないことなんか、」
「あの場にあった少女たちも、人形の素体としての前処理は既に済んでいた。なら何故坂木柊作だけ皮を剥がねばならん? 素体の要件は魔術適正の高さであって、皮を剥ぐことではないのに」
「確かに、それはそうやろうけど」
「考えられる推察は二つだ。一つは儀式、もう一つは見せしめ。だが見せしめにしてはコストが高すぎる」
 儀式、と言われて頭を過った言葉がある。人身供犠。日本では人柱ともいう。
「シペ・トテックという神を知っているか?」
 椿は唐突に言った。
「いや……、」
 言葉の響きから考えると、どこか南米を想起させる。俺はあてずっぽうにその地名を言った。
「そう。メソアメリカ地域。マヤ・アステカ文明における豊穣神の一柱だが、この神はただの豊穣神とは違う」
 椿はベッドを軽く起こして続ける。
「生きたまま人間の皮を剝ぐ儀式によって、その信仰が支えられていたのだ」
「けどそれと今回の事件になんの関係がある?」
「咲良、思い出せ。この事件の背後にはイルミナティがいる」
 魔術結社だ。英国街にある、シャルルマーニュのカフェに泥棒に入ったという謎の人物。その人物が首に入れていたタトゥーから、その存在が浮上したのは記憶に新しい。
「長岡組とイルミナティには繋がりがある。そして、マスグレイヴ家にも、その因果はある」
 椿は静かに続けた。手術剪刀のように切れ味鋭い声が、ついに全ての真実へ到達しようとしている。そんな気がしてくる。
「恐らくイルミナティは、元々マスグレイヴ家の儀式書と〈生きた遺産〉、そして〈完璧な人形〉を狙っていたのだろう。しかしそれはマスグレイヴ家の縁者だったエドワード・ブラントンが、エレノワから強奪し……リリ完璧な人形だけが残った。そして今度は、ブラントンから菊武が〈生きた遺産〉を強奪し、菊武が〈完璧な人形〉を作り出したのだ」
 本人申告だがね、と椿は肩を竦める。
「だがそうであれば、私のラプラスを焼き切れた道理は完全に通る。奴は螺旋捜査官のトップ。私の非公開情報を最も把握していたし、私の魔術についても理解があった」
「それはわかる。けど菊武は長岡組とイルミナティを両方とっ捕まえるつもりで動いとったんやねえんか。それを知っとったから、リリは……
 瀬川迅一の姿で彼を刺し、安全圏である東医へ無理やり入院させ、イルミナティから遠ざけた。俺はそう考えていた。
「それは間違いない。イルミナティに対峙するという一点で、マスグレイヴ母娘と菊武の利害は一致していた。だが……
 椿の視線は窓の外、遠くへ投げられている。一羽の鳥が窓の近くを横切り、去っていった。
「それ以上に、奴には思惑があった。最初からマスグレイヴ家の儀式書が菊武の手の中にあったのは明白だ。そうでなければ、あれほどの人間を秘匿領域に抱えておけるわけがない。つまりだ、咲良」
「自分で事件を起こして、解決して、全てを長岡組とイルミナティに押し付ける算段だった?」
「正解だ」
 椿はにやりと微笑んで指を鳴らす。呼ばれたと勘違いしたのか、虚空からふわりとアノマロカリスの姿を取る妖精、〈カンブリア〉が姿を見せた。
「だがそうだとしたら? より坂木柊作の一件は不可解さを増す。あれは何なのか。何が目的だったのか。何故、皮を剝がねばならなかったのか……
「あれは別の人間によるものやったって?」
「その答えを握っているのが、長岡真波だよ」
 椿は身体を起こし、点滴の口を閉じる。そして慣れた手つきで管を身体から引っこ抜いた。
「お、おい!? 何しよんかちゃお前! 大人しくしとけ!」
「していられるか。さっさと行くぞ」
 そう言いつつ椿は左右にふらついている。貧血でちゃんと立てていない。
「啓成会天神病院だ。あそこにいるんだろう? 長岡真波は」
「それは、そうやけど……、お前……お前マジで……
 これ以上言ったって無駄なのは、もう経験則でわかる。こうなった椿は梃子でも動かないのだ。俺は部屋の脇にひっそり置かれていた車いすを見つけて、広げる。椿は少しばかりそっぽを向いて、
「悪かったよ」
 と、本当に珍しく、謝罪の言葉を口にしたのだった。

諸注意
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