レゾン・デートル|CASE. 02 マスグレイヴ家の儀式書

されば得られん────窮極へ至る鍵を。

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CASE. 01 緋色の邂逅 - https://privatter.me/page/69736b2b3ba24

学術研究都市〈いとしま医学特区〉を舞台に描く、現代ドラマ×オカルティックサスペンス! 厚生労働省の〈螺旋捜査官〉市ノ瀬咲良は、ある任務のために学術研究都市〈いとしま医学特区〉へ赴く。彼に与えられた任務はとある人物の監視だった。
その人物の名は──四宮椿。ある一方では〈医学における万能の天才〉と呼ばれ、またある一方では〈忌まわしき名探偵〉と呼ばれる彼女と共に、咲良は殺人事件へ挑むこととなり──? いとしま医学特区の港湾部にて、逆さ吊り状態で発見された遺体。科学で解けない殺人事件、二人の邂逅が導く真実とは?(CASE FILE.01)

※同人誌版の原稿をそのまま移植しているため、改行が少なく横書きでは読みづらいと思います。縦読みリーダー表示をお勧めします。

作者X 🦜 https://x.com/asunashoko
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 曰く、人は彼女を天才と呼ぶ。或いは〈忌まわしき名探偵〉と。
 その医師の名は、四宮椿という。
 最優先事項は、そんな彼女の監視。それが俺——市ノ瀬咲良に与えられた職務だった。

「行くぞ。お前も来い、咲良」
「行くってどこに」俺は報告書を書いていたラップトップを閉じる。
「講義に決まっているだろう」
 忘れ去っていたが、椿は東都医科大学に所属する教授のひとりである。椿が小脇に抱える教科書とノートは、随分手の入れられた形跡があった。
 基礎分子生物学を担当しているらしく、俺はずいぶん久々に大きな講義室へ足を踏み入れた。初々しい雰囲気の学生が多くいる。何故かすでに待ち構えていた、もうひとりの螺旋捜査官——大河おおかわカレンは、学生から回収したコメントシートの数を数えていた。
「いやー、人が増えると効率が上がって助かりますねェ」
 大河はそう言って俺にコメントシートの両辺をきっちりそろえる。そして小声になって、
「はいこれ、採点してください」
 流れるように仕事を押し付けられた。
……。採点基準とか、なんかあるんか?」
 何せ〈本講義の要点〉と〈疑問点〉、こんな大雑把なコメント記入欄が二つあるだけだ。きっと大した基準は無いだろう。
「特にないです。椿の講義、講義はゆるいので。記入漏れだけチェックすれば大丈夫……まあテストは鬼のように難しいらしいですけど」
 俺は血の気が引いていくのを感じた。かつて受けた骨学の集中講義を思い出したせいだった。
「ところで咲良さん」
 講義室の空いた席に腰かけ、コメントシートに目を通す。横から大河が赤ペンを差し出しながら、「医者だったってホントですか」
「まあ……一応」
 とはいえ、研修医に毛が生えた程度のものだ。螺旋捜査官としてスカウトされてからは、厚生労働省の医系技官という仮初の肩書を与えられてもいるが。
「名ばかりやけどな」
 大河は興味ありげに、猫のような丸い瞳を動かす。教壇では椿がプロジェクターとMacbookを繋げているのが見えた。
 久々に聞くチャイムの音に、何となく懐かしさを覚える。ざわめいていた教室は水を打ったように静まり返り、彼女の言葉を待っていた。
「残り二回だ」
 椿はいつも通りの尊大な雰囲気のある声で呼びかけた。学生たちが顔をあげる。
「知っているだろうが、私の講義は一切を試験の成績で判定する。規定点に満たないものは容赦なく落とす。泣きついてくるなよ」
 椿は壇上に置いてあったポインターに触れ、かちかちと押した。こうして見れば、確かに〈医学における万能の天才〉という仰々しい肩書がそれっぽく見えるので、不思議なものである。実際は傍若無人極まった、歩く厄災であるのだが。
「前回までの講義で、お前たちは既に基礎的な遺伝子の知識は得ているはずだ」
 マイクがなくとも、その声は異様に通り、講義室の隅々まで響いていた。
——生命とは何か」
 椿は短く言った。
「その鍵を握っているのが、遺伝子だ。そして生命とは、〈事象〉の集合体なのだということを、改めてお前たちに教えよう」
 俺はペン先を思わず止める。ピンと張った糸をはっきり震わせる声には、聞かなければいけないと思わせる力があった。
 横の大河は、椿の講義を普通に聞いている。学生アシスタントと言われても違和感がない程度には溶け込んでいた。
「嘗ては遺伝子に全てがあるとされていたが、その理論は最早カビの生えた牛乳と同じだ」
 どんな例えだ、とは思ったが、実際その通りである。表現型が遺伝子の影響を強く受けるのは知っての通りだが、生物のすべてではない。
「遺伝子は、発現されて初めて意味を持つ。この私の髪が、珍しく赤毛であるように。どの遺伝子が発現されるか、という部分が重要なのだ」
 椿は薄いキーボードを叩き、プロジェクターに写真を表示させた。まだら模様のネズミと、茶色いネズミが映し出される。
「初歩だ。このまだら模様のネズミは、白と黒の体毛を生やす遺伝子を持っている。一方この茶色のネズミは、黒の遺伝子と茶色の遺伝子を持つが、白の遺伝子は持たない。この二匹が交配された場合、どのように毛の色が発現され——
 椿が言い終わる前に、突如室内の電気が落ちる。照明も、プロジェクターも、壇上の明かりも全て。横の大河が立ち上がり、外の様子を確認しに行く。広域停電ではないだろうと思われたが、俺も席を立つ。
「講義は中止だ」椿がよく通る声で学生へ呼びかける。「咲良。学部棟の電源が全て落ちている。確認しに行くぞ」
 そう言っている椿の手元のスマートフォンは、いくつもの監視カメラ画像が表示していた。鳥類の視界を乗っ取って、周辺の様子を確認しているのだろう。相変わらず規格外なことしやがって、内心悪態をつく。戻って来た大河が首を横に振った。
「駄目ですねェ、全部消えてます。もしかしたら制御装置に不具合かも……まずいですよォ、解剖室とかって」
「そちらはそちらだけの予備電源がある。気にせずとも良いはずだが」
 椿は廊下の奥へ視線を向ける。ぼんやりと、廊下の奥で何かが光っているのが見えた。警備員の持つ懐中電灯か何かだろうか?
 それにしては光が随分と柔らかい。まるで間接照明の光が動いているような。そのぼんやりした光はこちらへ近づいてきていた。俺は思わず目を擦る。
 見間違いだろうか? きっと見間違いだ。そうに決まっている。ストレスでついに幻覚が見え始めたらしい。もう一度目を擦って、廊下の奥を睨みつけてみる。
……、なあ、おい、椿。大河」
「ああ」
「はい」
 俺たち三人の内心は初めて一致を見た。
「羊……よな。あれ」
「そうだな」椿が言う。「煌々と光り輝いているな」
 大河は少し屈んで顔を奥へ向ける。「どう見ても羊ですね。めっちゃ光ってますけど」
 椿が無言で白衣を脱いだ。布を被せて捕まえようという魂胆らしい。大河と椿が視線を合わせて頷く。
「とりあえず捕まえ……いや捕まえていいんかこれ。何でそもそも光り輝いとるんやあの羊」
「考えたら負けっすよ、咲良さん」
 大河は地面を蹴った。椿もハイヒールとは思い難い俊敏さで羊へ突撃していく。ばさりと顔に白衣が被せられ、時折暴れつつも羊はあっさり捕獲された。
 インフルエンザにでも罹ったんか? 俺は。高熱の時に見る夢のような光景が目の前で繰り広げられている……ああ、学生たちが周囲から捕り物を覗いている。何とも言い難い恥ずかしさに苛まれつつ、俺はとりあえず学生を外へ誘導した。
 全く理解が追いつかない。不幸中の幸いか、自動ドアは半開きになっていた。

諸注意
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