レゾン・デートル|CASE. 02 マスグレイヴ家の儀式書

されば得られん────窮極へ至る鍵を。

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CASE. 01 緋色の邂逅 - https://privatter.me/page/69736b2b3ba24

学術研究都市〈いとしま医学特区〉を舞台に描く、現代ドラマ×オカルティックサスペンス! 厚生労働省の〈螺旋捜査官〉市ノ瀬咲良は、ある任務のために学術研究都市〈いとしま医学特区〉へ赴く。彼に与えられた任務はとある人物の監視だった。
その人物の名は──四宮椿。ある一方では〈医学における万能の天才〉と呼ばれ、またある一方では〈忌まわしき名探偵〉と呼ばれる彼女と共に、咲良は殺人事件へ挑むこととなり──? いとしま医学特区の港湾部にて、逆さ吊り状態で発見された遺体。科学で解けない殺人事件、二人の邂逅が導く真実とは?(CASE FILE.01)

※同人誌版の原稿をそのまま移植しているため、改行が少なく横書きでは読みづらいと思います。縦読みリーダー表示をお勧めします。

作者X 🦜 https://x.com/asunashoko
感想良ければ!📮 https://wavebox.me/wave/b064pup7uhwd9l39/


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 謎の羊を小脇に抱えた状態で、階段で八階まで登らされるのは、はっきり言って地獄以外の何でもない。しかも地味に熱を持っているのだ! この発光羊が。そして初夏である。じっとりとした空気が全身に纏わりつき、じわじわと気力を侵食する。
 しかし椿がそんなことに気を回すはずもなく、
「遅い。何をもたついているのだ」
「お前が! 俺に! この羊を寄越すからやろうが!」
 身軽な女二人は俺の前でひょいひょい階段を登っていたが、俺は軽く二十キロある羊を抱えている。この謎の生き物さえなければと恨んでみるが、時折蚊の鳴くような声で哀愁を漂わせる毛玉を捨ておくのは、何となく気が引けた。
「私だ。四宮椿だ」
 前の椿がスマホを耳に当て、唐突に踊り場で立ち止まった。六階と七階の中間地点。ようやく一息つける。
「復旧したそうだ。それとやはり、解剖室や冷蔵室は無事だったらしい」
「よかったですねェ」
 大河がにこにこと効果音のつきそうな顔を浮かべる。
「良くない。外気温が既に三十二度を超えているのだぞ? そやつを研究室に押し込めたら、まずはフリーザーの確認だ」
「え~~……、めんどくさ~~……」そして俺の方を見てウインクし、「咲良さん、あとはお願いします!」
「あ? ふざけんなや、お前がやれ。溶けとらんか見るだけやろうが」
 俺の罵声にビビったのか羊が暴れ始めた。必死で宥めて残り一階と半分を登れば、エアコンの復旧した四宮研究室が視界に入る。深々と息を吐き出し、大荷物の毛玉をそっと下ろす。逃げもせず大人しいそれは、時折俺を気にするように顔をこちらに向けていた。
 なんとも言えない、ゆるい顔をしている。電気羊ってそういう意味やねえと思うんやが、とSF映画を思い出しながら、俺は研究室の内部へ羊を押し込める。
 壁際の日当たりが悪い場所に設置されているディープフリーザーは、健気にマイナス八十度を保ち続けていた。
 そういえば四宮研究室の真横は、法医学研究室。はす向かいが解剖室である。ここの電源はもしかしたら、そちら側で割り振られているのかもしれない。
 ふと、下から視線を感じてそちらに顔を向ける。スマホに興味を示しているのか、羊がじっと俺の手元を見ている。
「牧草やねえぞ、これ」
「貸せ」
 椿が横から俺のスマホを強奪した。電源プラグを差し込む口の方を、羊へ向ける。
 直後閃光が迸った。俺のスマホが、白煙をあげている。
「やはりな」
「何がかちゃ!? お前! これ機種変したばっかやぞ!?」
「こやつが停電騒動の犯人だ。過電圧電流のせいで、安全装置が作動したのだろう」
「いや何ひとりで納得しとるんかちゃお前……、これまだ分割払い終わっとらんのやぞ!?」
「弁償してやるからガタガタ言うな」
 脳裏にブラックカードが過った気がした。いや、俺の妄想でもないだろう。椿の身に着けているものは全てが超一流だ。ブランド物に無頓着な俺でも分かる程度には、質が良いものしか身に着けていない。足元も、身体のラインがはっきりと出るワンピースも。それこそ、値札の桁が最低でも六桁、七桁万円。
 このブルジョワめ。内心恨み節を吐き散らしていると、羊は器用に足を折り畳んで俺の傍でうつらうつらし始めた。放電して眠くなったのだろうか。

「っていうかァ、椿」
 大河が電気羊を撫でまわしながら呼びかける。
「こいつどうする気ですか? ここに置いとくわけにもいかないでしょ」
「持ち主というか……飼い主を知っている」
 椿は嘆息した。どこか不満げな表情ではあったが、「どうせ今頃いなくなったと騒いでいよう」
 椿が再び溜息を零したのと同時に、彼女の手に握られていた赤いスマホが着信音を鳴らす。特に設定の弄られていないデフォルトの着信音である--そして大河と顔を見合わせ、「ほらな」と一言零して通話ボタンを押した。
「もしも~~し!!」
 やたらめったらデカい声が室内に響いた。どこまでも性根が真っ直ぐで、底抜けに明るいのが声でわかる。スピーカーホンでもないのにこれほど良く声が通るとは。
 俺は何となく、電話越しの相手がどう考えても反りの合わない……週末に仲の良い友人を招いて、ベランダでバーベキューをやり始めるような人物を想像する。
「羊であろう。東医に迷い込んでいるぞ」
「あーッよかった!」
 電話越しの男は再び大きな声で叫んだ。椿が反射的にスマホを耳から離す。
「声が大きい! この私の鼓膜が破れたらどうしてくれる!」
 椿はよく通る鋭い声でスマホに向かって叫ぶ。空間がびりびりと震え、彼女の声はどちらかというと殺気も飛ばしているような雰囲気すら感じられた。
 相手の男は「んも~」と何やら唸っていた。そして妙に緩い、微塵も反省を感じられない声で、
「ごめ~んごめん、ウールが迷惑かけてない?」
「大迷惑だ。こやつのせいで学部棟が停電した。損害賠償請求は免れんぞ」
「マジかよ~」男は悪びれもしない様子で、「ん~……ごめ~んね♡ カワイイ俺に免じて許して~」
 俺は無意識に「うわ…………」と呟いていた。悉く反りが合わなさそうな予感しかしない。なんなんやコイツ。やっぱり変人の友達は変人っちゅうことか。俺はとりあえずその辺に置いてあった事務椅子に腰を落ち着ける。
「おいコラ! 聞こえてんだからな! 馬子馬の獣人舐めんなよ!」
「シャルルマーニュ。さっさとこの電気羊を回収しに来い。三十分以内だ。来なければ私がこやつをひん剝いてジンギスカンに変えるぞ」
 その声はあんまりにも本気だった。直後ぶつん! と音を立てて通話が途切れ、十五分ほど経ったぐらいだろうか。扉の向こうからドタバタと喧しい足音と、リノリウムの床に金属が触れ合うような音が混ざって聞こえてくる。
 思い当たる節はあった。電話の相手は馬子まご。ということは、靴に蹄鉄を嵌め込んでいるのだろう。
「ウール! 無事かよ!」
 男——否、牡馬子はこの世の終わりのような顔をして、すやすやと床で眠っている電気羊に飛びついた。
「あーマジでよかったあ、椿ちゃんが言うと全部本気に聞こえるからよ」
「お前が放し飼いにするせいであろうが」
「あー、うん。それは~、まあ? そうなんだけどよ」
 馬子まごは整った顔に人懐こい笑みを浮かべた。
 長い漆のような青毛の髪が、さらさらと背で揺れる。頭の上からぴょこんと突き出ている馬の耳も青毛に覆われ、左耳には銀色の飾り。紫陽花だろうか?
 左手の薬指に二つの結婚指輪が嵌め込まれているのを見るに、この男はどうやら二人の妻を……そこまで考えて、俺は考えを振り払う。椿が初対面で俺の背景を分析したように、俺も似たようなことをしている。
 俺のは職業病、椿のは悪癖や。そう必死に言い聞かせ、馬子を見遣る。
 椿はこの男を〈シャルルマーニュ〉と呼んでいた。馬子は普通の人間と変わらない戸籍名と、馬子名と呼ばれる名前を持っている。もしかしたら馬子名がシャルルマーニュというのかもしれない。まあ、欧州の者なら馬子名と戸籍名はイコールではあるが。
「それで……、シャルルマーニュさん」
「シャルでいいよ」
 馬子はそう言って俺の方へブルーグレーの瞳を向け、にこっと笑う。
「長いだろ?」
……、あの。その羊、なんなんですか」
「こいつ? 貰ったの。イギリスにいた時に」
 そういうことを聞きてえんやねえんやけど、という顔をしていたのか、シャルルマーニュは軽く瞬きをして、
「まあとにかく、色々あって一時期イギリスにいたのよ。そん時にジェームズ……ああ、相棒ね……と一緒にちょっとした事件を解決したんだけど、そのお礼に何でも欲しいものくれるっていうから、貰った」
「この羊をですか?」
「そう」
 羊を貰うってどういう状況や。俺は何か珍妙な夢か幻覚でも見せられとるんか? 遠い目をしていると横から大河が言った。
「もしかして魔術絡みですかァ? よく見たらこの子の毛、ギンギンに魔力通ってるンですけど」
「おっ、さすがカレンちゃ~ん、鋭いねえ」
 シャルルマーニュは羊をわしゃわしゃと撫でる。
 ぱちぱちと時折静電気が派手に火花を散らしているのは見ないふりをした。先程無惨にも白煙をあげ、椿の手によって破壊されたスマホの存在を思い出して悲しくなる。
「なんだっけな、マルゲリータじゃなくて~……ま、まる……鱒?」
「えッちょっと待ってください! まさかそれマスグレイヴ家ですか!?」
 大河が勢いよく椅子から立ち上がり叫んだ。俺は記憶の糸を手繰りながら考える。すっかり思い出すことは無かったが、聞き覚えがあることだけはわかった。
「あーそうそう! マスグレイヴ! 顔の怖い妙ちくりんな羊をとっ捕まえるバイトをだな」
 シャルルマーニュがようやっと思い出したと手を叩く。
「絶ッ対ただの羊じゃないでしょ! だってマスグレイヴ家は合成獣に一家言ある、めっちゃ歴史ある魔術師の一家ですよ!?」
「ということは、この光る羊は」黙っていた椿が口を挟んだ。「羊と何らかの生物のキメラということか」
「だと思います。それにマスグレイヴ家は幻想種と無機物と動物の三種類を混ぜてキメラを作るのがべらぼうにうまいんです」
「無機物?」
 俺は思わずオウム返しに問う。
 基本的にキメラは、三種類の動物を混ぜ合わせて作る合成獣を指す。無機物を混ぜるというのは基本的にあり得ない。
 魔術は科学でできることと同じレイヤーにある。科学が発展すればするほど、魔術でできることは狭まる。現代ではすっかりキメラ作製も難度が上がり、ほぼ不可能とも言われるような始末だ。
「ほら、この羊の尻尾見てください。コンセント」
 大河は羊の尻尾をぎゅむっと掴んで言う。羊は驚いたように四肢をばたつかせた。感覚がコンセントにもあるのだ。
「まー、そもそも、マスグレイヴ家は最初っからキメラ作製をしてたわけじゃないンですけどね。これはあくまで本業の延長っていうか……練習? っていうのが正しいのかも」
「成程な。理解した」
 椿はゆったりと来客用のソファに腰かけ、長い脚をこれみよがしに組み替えた。
「マスグレイヴ家の奥義は、人間、幻想種、そして機械を組み合わせ……完璧な人形を作ることか」
「よく分かってますねェ、椿」
 大河は下手くそなウインクを椿にかました。
「そう、そんな感じで生み出される人形を、オートマタとか言ったりするんですけどォ〜、咲良さんがあからさまに聞きたくなさそうなのでェ~」
 ちらりちらりこちらを見る大河に、俺は思わず反射的に言い返す。
「別になんも言っとらんだろうが」
 大河は黄金の杖を左手の指先で弄びながら、「でもなんかやだ……マスグレイヴ家がこんなトンチキキメラ作ってるなンて……アァ~~~~私の中のマスグレイヴ家の! イメージが! 音を立てて崩れてく! や~~だ~~! 完璧な人形パーフェクト・ドール……〈生きた遺産〉イデアル・メデュラのマスグレイヴ!」
 ぎゃあぎゃあ騒ぐ大河はそんなことを言いながら、紫色のグラデーションがかかった髪を引っ掻きまわす。マスグレイヴ家はどうやら魔術師の界隈では随分有名らしい。俺は全くと言っていいほど知らなかったが。
「なあ。〈生きた遺産〉はさ、魔術師本人が自己改変の末に辿り着くものなんだろ?」
「シャルさん、何でその話を」
「あー、いやね。ちょっと気になった話を小耳に挟んでよ」シャルルマーニュの顔に影が差す。「詳しいことは……英国街まで顔出してよ。俺そこで喫茶店やってんの」
 シャルルマーニュはそう言って、二枚の紙片を椿に差し出した。一枚はどうやら喫茶店の名刺、もう一枚はコーヒーサービス券のようだ。
 両方とも〈カフェ・ドイル〉と手書きフォントが踊る、エンボス加工の施された紙である。だが僅かに、引っ掛かりを覚えた。シャルルマーニュが羊をしっかりと抱え上げ、研究室を出払ったのを見計らい、俺はポケットからライターを取り出す。紙の下側から軽く火を当ててみれば、文字が浮き上がった。
〈18時に御越しください〉
 その下には円形の額縁と、ハサミのエンブレムがある。ヴァチカンに本拠地を置く、神秘管理局のものだ。
 神秘管理局は世界最古の魔術結社だ。シャルルマーニュが神秘管理局と繋がりを持っている? ということは、彼が相棒だと言った〈ジェームズ〉という人物もまた、神秘の側の人間という事か。そんなことを考えていると、横から大河がさっと紙片を奪い取った。
「なるほど、事情は概ねわかりました」
「神秘管理局の手にも余るようなことが起きていると?」
 椿が問いかける。仮にそうであれば、
「それこそ俺らの手にも余るやろ……
 俺はちらりと椿を見遣る。ふと視線がかち合った……、何となく逸らす。絶対にこの女は嬉々として首を突っ込みたがる。そんな未来が簡単に予想でき、胃がきりきり痛み始める。
「いや、多分そういうことじゃないです。神秘管理局はあくまで欧州がホームで、特に日本は陰陽庁も、公安局もある。そもそもスタンスが違うンですよォ、神秘や幻想に向き合うスタンスがね。咲良さんは流石に知ってますよねェ」
 煽るような大河の視線に嫌な感覚を覚えつつ、俺は口を開く。
「日本は幻想や神秘との共生を第一に考えとるけど、神秘管理局は違う。向こうは共生っつうか、棲み分けを重視しとるっつうか……。まあ、宗教的な違いも背景にはあるやろうけど」
「ふむ。成程な。マスグレイヴ家は幻想種と人間を接合させるすべを持つ。地理が持つ方向性も魔術へ影響を与え得ることを考えれば、奴らが日本で何らかの行動を起こしている可能性は高い」
 椿はすっくと立ち上がった。「それに」
「なんかちゃ」
「不可解なこともある。覚えているか? 長岡真凛と長岡真波、あの姉妹の心臓移植のことを」
「そりゃあ、忘れる訳なかろうが」
 以前発生した〈吊られた男〉の殺人事件において、重要な関係者だったのがその姉妹である。真凛の心臓が真波へ移植されたのだ。椿は腕を組み、「あくまで推測だが」と前置きをしてつづけた。
「マスグレイヴ家の奥義が人間を用いたキメラ作製であるなら、連中は定期的に新鮮な臓器を手にする確率が高い。故に、違法な臓器移植の斡旋をして資金を稼ぐことは可能なはずだ」
 魔術とは総じて金がかかる。宝石などがその代表例だ。それ故に魔術師集団は反社会的勢力と迎合しやすい。俺は軽く顎を引いて、
「長岡組とマスグレイヴが繋がっとるかもしれんって? 流石に論理が飛躍しとるやろ」
「案外そうでもない。坂木柊作を思い出せ」
「ああ、臓器をぜ~んぶ抜かれて、吊るされてたっていう……殺人事件の被害者ですね」
 大河が思い出すように小首を傾げて言った。
「瀬川さんは十二年前の事件の、さらに裏側を探ってたンでしょ。あの現場にいた人たちが違法な臓器移植斡旋に関わってた、とか。そんなこと本当にあるンです?」
 俺もそこは同意見だった。かつての俺の上司、瀬川迅一はそんなことを確かに口走っていたが、正直真実とは思い難い。仮にそうであれば東医全体で隠蔽しているとか、もっと大規模な話になるはずだし、何よりも鼻の利く海堂が真っ先に証拠集めを命じてきそうなものである。
「瀬川は何らかの魔術の影響を受けていた」
 椿は言い切った。無論それ以外の可能性も考えているが、と付け加えて、
「流石に今となっては術者も、術式も特定できないが」
「マジで言ってます? 瀬川さんって確か十二天将と契約してますよね。そんな凄腕の国家陰陽師に、悪意を持って術を行使して……しかも本人に気付かせないとかあります?」
「有り得ないということは有り得ない。そしてここにきてそれであろう」
「つまり、〈吊られた男〉の事件はまだ終わってない?」
 俺は重々しく口を開いた。それとは対照的に、椿は整った形の唇を釣り上げ、目を爛々と輝かせる。
「然様、……む?」院内PHSが鳴り響く。椿はすぐに耳へあてがい、
「すぐに向かう。私が行くまでは何もするな」


諸注意
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