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雨野縁
2026-01-08 20:04:23
14963文字
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なんでもない日
2026年1月出版の書籍『もしも明日で世界が終わるとしたら』の再録。頃合いを見て更新したいと思います。
書籍版のみに掲載の話にちなんだタイトルだったので、web版ではタイトルを変更させていただいております。
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卯月 春はあげもの
昔、清少納言という作家が書いた『枕草子』という作品の書き出しは「春はあけぼの」である。春は夜明けがいい、という意味だ。清少納言は「次第に白んでいく山と空の境目が少し明るくなり、紫がかった雲が細くたなびいていくのが素晴らしい。」と述べている。一方で昔、中国の孟浩然という詩人が「春眠暁を覚えず」という詩を読んだらしい。春の夜はまことに眠り心地がいいので、朝が来たことにも気付かずつい寝過ごしてしまう
……
そういう意味である。四季を題材にした作品では、やはり冒頭にある春が有名になりやすいのだろう。ヴィヴァルディが作曲した『四季』も春が一番有名である。では、ゾラにとっての春とはどういうものか。
「はるはあげもの〜。」
清少納言の「春はあけぼの」も、孟浩然の「春眠暁を覚えず」もわからなくはない。たしかに春の夜明けの色合いは綺麗だし、春の気温は寝るのに心地よいものであると理解はしている。しかしゾラは基本的に夜明けはどの季節も綺麗だと思っているし、そもそも季節時間問わずどの瞬間もそれぞれに違った良さがあると思っている。そしてゾラは気温に関係なく早起きであるし、同居人たちの様子を見て春の気温は寝るのに心地よいものらしいと認知しているだけだ。それよりかは一時間前にインターネットの海で見かけた、枕草子をモチーフにしたパロディである「春は揚げ物」というフレーズのほうが面白くて心に強く残ったのである。たしかに春は揚げ物にすると美味しい食材が多い気もする、タラの芽とか。そんなわけでゾラは朝から
……
次第に白んでいく山と空の境目が少し明るくなる前から揚げ物に勤しんでいるのだった。
「あげものははるまき〜。」
作っているのは春巻き。千切りの豚肉、タケノコ、シイタケ、ニラなどを炒めて醤油などで調味した具材を、小麦粉などの皮で棒状に包んで揚げたものが一般的である。元々は立春の頃に新芽が出た野菜を具材にして作られた中国の料理で、中国では地方によって皮の厚さや具材が違うようだ。
「かわはパリパリに〜。」
美味しい春巻きの必須条件とは、皮がパリッと揚がっていること。最初は比較的低温で揚げ、再度高めの温度で揚げ直すという手法をとることが多い
……
少し手間のかかる料理である。しかしゾラはお構いなしに春巻きを量産する。火加減の調節を得意としている彼女にとって揚げ物は苦ではない、むしろ得意分野ですらあった。
「ちょっと、油臭いんだけど
……
」
そうして春巻きを大量に作っていると環が起きてきた。いつもより遅めの起床のような気もするが誤差の範囲である。薄茶色の髪が日光を浴びてほんのり透けているようにも見えた。
「はるはあげもの!」
「春は揚げ物?」
残念ながら環は日本で生まれたものの人生の半分以上はイタリアで過ごしているため、「春はあけぼの」を知らなかった。そのためゾラが何に面白がっているのかわからず、首を傾げながらゾラが作っているものを見た。そもそも環にはゾラが何にハマっているのかわからないことも多く、彼女の突然の行動に首を傾げていることは日常ではよくあることだった。
「春巻きがたくさんある
……
」
大量に積まれた春巻き、到底二人では消費しきれない量だ。何かイベントでもあったっけ、とまだ寝起きの頭で考えてみるも思い当たるものはない。
「
……
とりあえず誰か呼んで揚げ物パーティーかな。」
ゾラはまだ揚げ物をやめる気がしない。むしろ環もなんだか揚げ物をしたくなってきた。揚げ物は無心になれるから、ストレス発散にもいいのだ。そうと決まればさっさと身支度を整えてキッチンに入り込むことにした。
寿々華が起きてきた頃には様々な揚げ物がテーブルの上を占拠していた。春巻き、唐揚げ、天麩羅、ドーナツ、胡麻団子
……
それはもう多種多様な揚げ物が並んでる。
「
……
またやっとる。」
寿々華は何度も何度もこういった光景を見てきた。いつも我に帰ったところで途方に暮れるのに、どうやらこの二人は懲りないらしい。しかし寿々華にはどうすることもできないため、とりあえずドーナツをつまみ食いした。まだ揚げたてらしい、表面のさくっとした食感と中のふわふわとした食感のコントラストがはっきりしている。味はまだつけられていないため、小麦の素朴な味がした。
「すず、おはよう。いま、ポテトチップスできたぞ。」
「ゾラちゃん、おはよぉ
……
なあ、これはいったいなにごとなん?」
テーブルの空いているスペースに揚げたてのポテトチップスの皿が置かれる。ゾラが作ったものなのだろう。環は先程からかき揚げを作るのに集中しているらしく、寿々華が起きてきたことにさえ気付いていないようだった。
「はるはあげもの!」
ゾラが目をキラキラさせながらそう言うと、寿々華は笑い崩れる。寿々華は日本で生まれ育ったため、当然のように「春はあけぼの」を知っていた。道理で春巻きが異常に多かったのだ、おそらく環が軌道修正してくれたに違いない。
「それはそれは
……
仕方あらへんなぁ
……
」
後で途方に暮れるだろうが、仕方ないと思える理由である。寿々華は揚げたてのポテトチップスに手を伸ばし、口の中に放り込む。揚げたてのポテトチップスはカリカリで、わずかな塩味がジャガイモの味を引き立たせていた。
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