雨野縁
2026-01-08 20:04:23
14963文字
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なんでもない日

2026年1月出版の書籍『もしも明日で世界が終わるとしたら』の再録。頃合いを見て更新したいと思います。

書籍版のみに掲載の話にちなんだタイトルだったので、web版ではタイトルを変更させていただいております。


弥生 コーディネート


 ゾラの服は基本的に環が選び、購入している。出会った当初のゾラは服を選ぶことさえできなかったため、環が勝手に似合うと思った服を着せていた結果である。今ではゾラもすっかり服に詳しくなったのにも関わらず、相変わらずおしゃれ着に関しては環に任せている。そしてそれを見た寿々華も環に服を選んでもらうことが増え、コーディネートまでしてもらうようになるまでさほど時間は掛からなかった。その結果、どうなったのかと言うと……環はすっかりレディース服に詳しくなったし、トレンドも逐一チェックするようになった。元々の気質なのか可愛いものが好きらしく、季節の変わり目になると楽しくコーディネートを組んでいる。平日、寿々華もゾラも不在の昼過ぎの休憩時間に流行のファッションをチェックするのが環の日課となりつつあった。
「今年はショート丈のジャケットが流行っているのかな。あ、シアーシャツも可愛いな……
 冬の寒さが和らぎ、少しずつ春の気配を感じる三月。新生活へと向けて動く人や別れを惜しむ人が街に溢れ、まるで冬眠から目覚めたかのように人の動きが活発になる頃である。
「あ、こういうのゾラに似合いそう……こっちの色だとすずも似合いそうかも。」
 環がぼんやりと写真をメインとしたソーシャルネットワーキングサービスの投稿を眺めていると、シアーシャツのコーディネートを紹介するものが目に留まる。袖がふんわりと広がったオフホワイトのシアーシャツにデニムのミニスカートのコーディネートはゾラに、同じ形で色違いのブラックのシアーシャツにグレーのワンピースのコーディネートは寿々華に似合いそうだ。ホワイトやブラックなどでシックに決めてもいいし、ミントグリーンやレモンイエローのようにカラフルなシアーシャツも可愛らしい。お揃いのシアーシャツでそれぞれ似合うコーディネートを考えるのもいいのかもしれない、と環は思いながらコーヒーを飲もうとして……すでに飲み干していたことに気づいた。ついでに時間を確認すればチェックを始めてから三十分ほど経っている。
「でもまだシアーシャツは寒いかなぁ。もうちょっと様子見かな……
 シーズン的にはまだ出始めだ、もう少し待てばまた違うデザインのものも出て来るだろう。そう考えてシアーシャツのことはひとまず置いておくことにした。なお自分の服にはさほど興味がなく、それなりにトレンドを追いつつ無難な格好をしている。基本的はシャツを着てジャケットやカーディガンを羽織ってみたり、寒くなればシャツではなくニットにしてみたり……毎年変わり映えはしない。ただ環はイタリアに住んでいた期間が長かったせいか、色遣いなどでおしゃれに決まるタイプであった。自分に似合う色などもおおよそ把握しており、コーディネートで失敗することもない。
「さて、と。そろそろ掃除しようかな。」
 春が近づいてきたとはいえまだ寒い季節、朝方は寒くてどこかぼんやりしていたため掃除が滞っている。二人が帰って来る前に掃除を終わらせるため、環はゆっくりと立ち上がった。

 寿々華は服を見ているゾラの後ろ姿を見ていた。大学での授業を終えて帰路についた寿々華にゾラが合流して、少しだけ寄り道することになったのである。ここ最近はショート丈のジャケットが流行している。寿々華は前々から春先に使うようなショート丈のジャケットが欲しいと思っており、その下見をしたいとリクエストすればゾラは二つ返事で了承した。ジャケットといってもレザージャケットやブルゾン、テーラードジャケット、デニムジャケット……素材や形の違いで無数にある。ゾラはそれらをじっくりと見比べている。
「こういうほうがつかいやすそうだけど、こっちもかわいいとおもう。」
 ゾラが使いやすいと言って提示したのがライトグレーのノーカラージャケット、かわいいと言って提示したのが白色のデニムジャケット。寿々華の手持ちの服を考えればノーカラージャケットが合わせやすいだろうが、印象を変えるならデニムジャケットも悪くはない。環が服を選ぶ場合ある程度は相手の服の好みが反映されるが、ゾラの場合はあえて相手の好みから少し外れたものを少し混ぜてくる。ここぞというときの勝負服や普段使いの服を選んでもらうなら環に、少しイメチェンしてみたいときはゾラに……寿々華は状況によって頼る相手を選んでいた。
「デニムジャケットええなぁ。春らしゅうて可愛らしいわぁ。」
 デニムジャケットというアイテムはカジュアルなものだが、白色だからかカジュアルすぎず寿々華の手持ちの服に合わせやすそうな気がした。寿々華はとりあえず今着ているグレーのテーラードジャケットを脱いで、白色のデニムジャケットを羽織ってみる。下に着ていた黒色のワンピースとよく合っている気がした。
「ゾラちゃんはセンスがええなぁ。そやけどなんでゾラちゃんの服は自分で選ばへんの?」
 寿々華は思わずそう言葉をこぼしてしまった。ゾラのファッションセンスだって悪くはない、それなのに何故か自分で服を選ぶことはないのだ。部屋着や汚してもいい服は自分でもいくらか買っているみたいだが、外出用の服だけは環に任せている。
「うーん……それは……アダシノがたのしそうだし、アダシノがたのしそうだとうれしいからかな。それにアダシノがえらぶふくはぜんぶかわいいから。」
 だからゾラはマフラーなどの小物は自ら選ぶことがあっても、自分の服を選ぶことはほとんどない。今ゾラが着ているライトベージュのテーラードジャケットに水色のボウタイブラウスのワンピースだって、環が選んだ服である。そこに横たわるのが信頼なのか、それとも違う感情なのか……寿々華にはわからない。
「しゅうまつ、アダシノもさそってふくみにいこう。さそわれるの、まってるとおもう。」
 ゾラがそう言って寿々華が試着したデニムジャケットを戻した。今日はあくまでも下見、ゾラとしてももう少しコーディネートを検討したいらしい。
「ほんなら、週末に三人で出かけましょね。」
 こんな会話が出るようになったということは、春になったんだなぁと寿々華は思う。家で待っている環は滅法寒さに弱く、冬は外出をとにかく嫌がるのだ。春の気配は二人が思っているよりも近くまで来ていた。