蛙
――伊奈寺乱太郎の怖くない話
「前に、夜中にトイレに起きて廊下を歩いていたら、庭の石の上で私くらいあるでっかい蛙が『にんたまの友』を読んでたんです。それでびっくりしてきり丸としんべヱを起こして連れてきたらもういなくて」
と話す乱太郎に、左近が
「しっかり妖怪に遭ってるじゃないか!!」
と突っ込みを入れる。
「ああ、違うんです、それが
……その一月後くらいに事務のおばちゃんの、秘密を見抜く特別授業があって
……」
説明する乱太郎は苦笑いしている。
「事務のおばちゃんが言うには、その蛙は、一年は組の学級委員長、庄左ヱ門だったんです。寒いから変装用の蛙の着ぐるみをきて、月明かりで勉強してたって
……。庄左エ門は恥ずかしいからって秘密にしてたんですけど、しっかりおばちゃんに見抜かれてました」
「さすが忍術学園、人材がそろっている」
伏木蔵の手から雑炊を受け取って一口飲みながら、雑渡がつぶやいた。
「でも、私の体験した怖い話ってみんなそんな感じで、後から説明できちゃうんです」
「ま、君そういう、薄暗いものと対極すぎて、ホンモノは寄ってこれないのかもね」
「どういうことですか?」
「明るすぎる光源には、おばけは近づけないんじゃないかな」
言った雑渡を、保健委員が少し不思議そうに見た。
「なんとなくだけどね。
……もう一つ言うと、忍術学園全体がそういう明るい雰囲気に包まれているようなところがある。皆、話した内容は学園の外だったろう」
「あ! そういえば!」
「ま、何か本当にまずいことがあったら、学園に逃げ込むことだ。色んな意味で、あれ以上安全な場所はそうないだろう」
言った雑渡に、全員神妙にうなずいた。
「つまり、スリルを感じたかったら学園の外
……」
と危ういことを言い出した伏木蔵をジト目で眺めながら雑渡が抱き上げ、「ほどほどにね」と言いながら数馬の隣におろした。
「さて。そろそろ雨もやみそうだ。切り上げようか」
「えーっ!!」
話をした三年以下の面々が不満そうな声を上げる。
「伊作先輩と雑渡さんの怖い話がまだです!」
「はっはっはっ
……私の怖い話を聞いたらみんな震え上がって夜トイレにいけなくなっちゃうよ」
にっと笑った雑渡の顔をみて、子どもたちが固まった。
(確かに雑渡さんの話はこわそう)と全員の顔に出ている。
次に視線を浴びた伊作は、
「うーん、考えてたんだけど、ぼくも思いつくのはちょっと1年に話すには怖すぎるお話かも」
頬をかきながら困ったように笑う。
「ということで、おしまい」
雑渡がそう言って、ぱん!とひとつ手を叩く。そして、
「さて
――伊作君、そろそろだ」
タソガレドキ忍軍忍び組頭は、ここまでとは全然違う笑みを浮かべた。
袋の鼠たち
急に雰囲気が変わって、一瞬取り残された低学年のうち、最初に異変を察知したのはやはり三年生の三反田数馬だった。というか、雑渡が数馬に向かってニヤッと笑って見せたのだ。一瞬きょとんとした数馬は、次の瞬間、雑渡の後ろの窓の外に闇に紛れるようにして雑渡と同じ忍び装束の誰かがいるのに気が付いた。胸元に雑渡の人形を持っている。タソガレドキ忍軍の椎良勘介だ
――と思った瞬間、椎良が、その雑渡人形の手を上下に動かして何か合図したのが見えた。
(伏せろ、と言ってる
……!)
そう気づいた数馬が一、二年をまとめて抱えて床に伏せるのと、雑渡が消えてそこに手裏剣が刺さるのが同時だった。ぱっと見上げると、天井板がずれて隙間ができている。数馬がそれを視認できた時には、すでに立ち上がった伊作が無言で鉄瓶を投げていた。天井板のずれた部分から天井裏に飛び込んだ鉄瓶が何かに当たり、「うわっ」と声がして、天井裏で誰か転んだような音。それからわずかに物音がした次の瞬間には、押都長烈が気絶した見知らぬ忍者をかかえて部屋の隅にいた。どこから現れたのか全くわからない。
「善法寺君、お見事」
言いながら、押都はその忍者を引きずって出入り口に向かう。
その出入り口では、(いつの間にか戸が開いていた)雑渡が「全部捕まえたね?」と言いながら、驚いたことにこちらは気絶した忍者をすでに二人かかえていた。いつやってきていたのか、すぐ外に同じくタソガレドキ忍軍の反屋壮太と五条弾がいる。
「別動隊は尊奈門と高坂が問題なく捕まえたようです」
押都が雑渡にそう報告すると、地面に降ろされた三人の忍者を、反屋たちが縛り始めた。
すべて一瞬だった。数馬と左近、それに伏木蔵と乱太郎にはほとんど何が起きたか把握できる前にすべてが終わっている。伏木蔵が目を輝かせている以外の三人は、呆然と瞬きを繰り返していた。
「雑渡さん、状況をできる範囲で教えてもらえますか?」
低学年の前でそれなりの荒事が起こったせいか、伊作はちょっと詰める口調だ。雑渡は苦笑いを浮かべた。
「ごめんごめん。うーん、まあいえる範囲で言うと、もともとここを偽の陣として我々が偽の会議を行い、おびき寄せる予定だったんだよ、こいつらをね」
縛られた忍者はすっかり目を回しており、しばらく意識が戻りそうにない。運ぶ準備をしている反屋、五条、椎良が、保健委員に向かってニッコリすると、手をあげて軽く挨拶した。数馬が会釈を返す。
「そこに君たちが来てこの天気に放り出すわけにもいかず」
「
……なるほど、ぼくたちかなり招かれざる客だったわけですね。すみません」
改めて謝った伊作に、雑渡はまたちょっと含みのある笑みを返した。
「そうでもないさ。せっかく見つけた敵が会議するはずのアジトで怪談大会をやってたんだ。こいつらもさぞ気をもんだだろう」
なるほど、意味が分からないことをして混乱させ、時間を稼ぎながら、おびきよせた忍者を一網打尽にしてしまったというわけだ。プロの仕事見学という意味では、またとない経験ではあった。
「ああそれから」と雑渡は付け加える。
「伊作くんと数馬くんは敵忍者の気配に気づいてたみたいだね。たいへんよくできました」
「えーっ!!」
二年以下三人が声を合わせた。
「いつから気がついてたんですか⁉」
尋ねた乱太郎に、伊作が「伏木蔵の話が終わったあたりだよ」と答えると、また三人が「えーっ!!」と声を揃えた。
「ぜ、全然気が付かなかった
……」
愕然とそう言った左近に、伊作は「いい経験になったね」とにこにこしながら返す。隣で数馬は少し照れているようだ。
「ま、ともあれ、巻き込んで悪かった。伊作くんの乱定剣も見事だったよ。後日お礼を届けよう」
そう付け加えた雑渡に、伊作は両手を胸の前で振りながら、
「そんな、こちらから飛び込んだんですから。お気遣いなく」
と固辞した。
雨がすっかり止んで、夕焼けが広がっている。帰り支度をしながら、保健委員はすこし興奮気味に話していた。
「びっくりしたね」
「でも面白かった」
「ちょっと怖かったですけど」
「でも
……結局薬草はまた積みに来るようですね」
乱太郎がそういうと、現実を思い出した面々は何とも言えないげんなりした顔になる。
「まあ、仕方ない。それは明日に回そう」
「ダメ」
気持を切り替えるように言った伊作を、雑渡が急ににべもなく止めた。
伊作がずっこける。
「なんでですかあ!」
「あー
……詳しくは言えないが、しばらくこの辺に薬草摘みに来ない方がいい。それに、明日も降りそうだ。悪いことは言わないからとりあえず数日はおとなしくしていなさい」
それなりに真面目に言う。何かあるらしいと察した保健委員は言われた通りにすることにして、おとなしく頷いた。
「でも、どうしましょう、薬
……」
「うーん、近くに生えてるものと薬草園にあるものでどうにかやりくりしようか。あとは最悪町で買うか
……ああ、予算があ
……」
涙目の伊作の肩を叩き、雑渡がどこから取り出したのか小さな包みを渡した。
「元気出して。かすていらをあげよう。みんなで食べなさい」
「えっ」
「やったー!」
現金にも全員一瞬で元気を取り戻し両手を上げる。雑渡は何とも言えない目つきになった。その内心には(忍者に向いてない
……)という言葉があるが、かわいそうなので今日は言わないでおいてあげることにした。それから、少し考えて忠告を一つ。
「ま、すぐ食べず、後で食べるつもりで持って帰りなさい。途中でヒダル神に遭うといけないからね」
後日、『保健委員会の協力に感謝する』とのメッセージと共に、学園に大きな包みが届けられた。中身は、薬草が大量に入った保健委員あての風呂敷と、百物語の日の直後に、あの山小屋のすぐ近くで起きた戦の状況を分析した、学園長あての書簡であった。
夕立百物語第一部 了
(!)
ここまでのお話に加え、第二部が収録された同人誌を通販しています。
【手首
――善法寺伊作の怖い話】
【目玉
――雑渡昆奈門の怖い話】収録・同人誌版
◆BOOTH
https://shirakawa-ya.booth.pm/items/7336038
650円・あんしんBOOTH便使用
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