ウリュウ
2025-08-22 18:35:11
24669文字
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夕立百物語

【RKRN】タソと保
RKRN怪談webオンリー「忍夜百物語」展示小説 

【注意】
・あらゆる捏造/時代考証は素人
*乱太郎は本当に怖い話に遭遇しないという設定なので乱太郎の章はアニメ公式エピソードを会話の中で説明しているだけになります。
【ある】クソデカ感情・信頼
【ない】恋愛感情

目次
序~第一部・山小屋にて →1⃣
部屋に入る手――諸泉尊奈門の怖い話 →2⃣
向こう岸の人――鶴町伏木蔵の怖い話 →3⃣
幕間 →4⃣
ごつん、ごつん――川西左近の怖い話 →5⃣
死神と道祖神――三反田数馬の怖い話 →6⃣
蛙――猪名寺乱太郎の怖くない話~ 終 袋の鼠たち →7⃣

*こわくないところだけ読みたい人向け→1⃣4⃣7⃣
*タソ分部のみ読みたい人向け→1⃣2⃣4⃣7⃣
*怖い話の短編のみ読みたい人向け→2⃣3⃣5⃣6⃣

第一部のみ展示。第一部は第一部でちゃんとお話がおわります。
第一部より分量は少ない第二部が収録された同人誌版があります(7⃣の最後にリンク有)

 


   部屋に入る手 ――諸泉尊奈門の怖い話


 それはまだ、諸泉尊奈門が十の歳をわずかにすぎたばかりの子どものころだった。
 雑渡昆奈門は、全身の大火傷の様態がようよう落ち着いてきており、少し立って歩くことができるようになってきていた。
 歩く練習はした方がいい。
 ――しかし、予期せぬ障害物があるお庭はまだ行かれぬ方がいいでしょう。
 医者はそう言った。
 ――最初は部屋の中を、慣れてきたら、屋敷の内を、少しずつ散歩なさるがよろしい。
 そういうわけで、雑渡の調子が良い日は、尊奈門は雑渡を先導して、一緒に屋敷のうちを散歩するようになっていた。火傷直後には考えられなかった回復ぶりである。ずっと雑渡の部屋にはりついて看病を続けていた尊奈門は、この、一緒に歩けるという事実を踊り上がるほど嬉んでいた。
 屋敷の縁側をゆっくりゆっくり歩いては、時にうぐいすの声を聴いてふたりで鳥の位置をさがして庭木を眺め、時に休憩に座った雑渡の横に尊奈門が茶を持ってきて雨音を聞き、時に虹をみつけて根元はどこかと二人して目を凝らした。苦しい闘病とその看病ではあるが、穏やかで、ある種幸せな日々だった。


 その日も、屋敷のうちを二人で散歩していた。
 春のせいか、近ごろ悪夢をよく観るせいか、やや眠たい日が続いており、少し夢うつつなところがあったかもしれない。尊奈門は、なんとなくふわふわしていて、どこか夢の中のような感覚をもっていたのを覚えている。
 雑渡のざらざらした手を握って縁側を歩いていると、とん、とん、と何か音がした。
 ぼんやりと目を上げ、音の出所を探す。
 とん、とん。
 奥の部屋の障子が動いた、と思った。それは菊の間と呼ばれる、尊奈門はあまり入ったことのない部屋だった。尊奈門が菊の間の方を見るのと同時に、そこに入っていく誰かの手首が見えた。その手首は、菊の間の障子を、とん、と閉めた。
「えっ」
 思わず、尊奈門は目を見開いて声を出した。
「今日はどなたもいらっしゃらぬはず。今のは誰でしょう、見てきますね!」
 ぱっと手を放して走りだす。と同時に、
「待て!」
 強烈に強い力で襟を引かれ、尊奈門はつんのめってぐるりと視界が反転するのを見た。雑渡が尊奈門の襟をつかんで急に自分の後ろに引っ張ったのだ。
 子ども一人持ち上げるのは、当然病身でなければ雑渡にとって簡単なことのはすだが、今は大やけどの後で箸や筆、椀などより重いものはしばらく持っていないはずである。そんなふうに持ち上げられると思っていなかった尊奈門は一瞬何が起きたか理解できなかった。理解できずにいるうちに雑渡は尊奈門を自分の後ろに隠すようにしたままずんずんと進み、菊の間の前まで行くと、すぱん!!と勢いよく戸を開けた。そんなに動いて大丈夫かとおろおろして、そっと雑渡の顔を見上げ、尊奈門はびっくりした。
……怒っていらっしゃる……?)
 雑渡の目付きは、少なくとも幼い尊奈門には怒りのそれに見えた。そして雑渡の後ろから顔をのぞかせて菊の間の中を見て、尊奈門はもう一度「えっ」と声を出した。
 誰もいない。
 部屋の中はがらんとして、特に何も置いていない、板間が広がっているだけである。ただ、なんとなく少し暗い、という印象だけがあった。
 さっき入っていった手首はどこにいったのか。誰なのか。尊奈門がきょろきょろと部屋の中を見ていると、すっと雑渡が顔を近づけた。そして思いもよらないほど緊迫した声で言った。
「誰か呼んで来なさい」
「え、誰かって……
「行け――早く!」
 すごい剣幕だった。飛び上がった尊奈門は、人を呼ぶために走り出した。


 縁伝いに角を曲がり、廊下を超え――誰を呼ぶべきかどこかで冷静に考える。雑渡の具合が悪くなったというよりは、あの部屋に何かあって、問題が起きているとしか思えない。呼ぶ相手は医者ではなく……
考えている間に、角からふっと押都長烈が現れた。
「坊、どうした。気配が……
「菊の間です! 雑渡様が誰か連れてこいと!」
 短く言うと、体が浮き上がった。押都が尊奈門をひょいと担ぎ上げたのだ。
 人の肩に持ち上げられて初めて気づいたが、尊奈門の背中は大量の冷汗でぐっしょりと濡れていた。悪寒がする。それは悪い気配と強い殺気を感じているのだと気づくには尊奈門はまだ幼かった。理解できない居心地の悪さと背中のぞくぞくにさいなまれながら、尊奈門は押都に、屋敷内のさんぽの途中で起きたよくわからぬ経緯を手短に話した。
 その間も押都は足を緩めず移動している。「菊の間なのだな?」と尊奈門にもう一度確認すると、押都は矢羽音で誰かに何かを指示した。

 菊の間の前まで来ると、悪寒は最高潮に達した。半開きの障子に半ば体を入れて、雑渡が部屋の中央をものすごい目で睨みつけている。
「雑渡さま!」
 たまらず叫ぶように声をかけるが、雑渡はこちらを見ない。
押都は尊奈門を下ろし、短く
「代わりましょう」
 と言って障子のうちにするりと入った。
 雑渡は黙ってにじり出ると、部屋から目を放さず尊奈門の横までじりじりと後ろ向きに歩み寄った。
 矢羽音で呼ばれたのだろう、あとからきた何人かが蝋燭や札や太鼓をもって押都の後から部屋に入っていき、障子がしめられた。
 ごん
 と、急に妙な音がして、尊奈門はびくっとした。すぐにくぐもった低い声と淡々とした太鼓の音が聞こえ始めた。
 何かがふっと緩んだ気がした。後から気づいたことだが、それは雑渡が殺気を消したのだった。
「坊、疲れた。部屋に戻ろう」
 かすれた声で、彼は言った。
 尊奈門は慌ててその体を支えると、部屋に向かって歩き出した。雑渡はひどくふらふらしていた。尊奈門はわけがわからないまま必死に支えていたが、体格的に無理がある。やがてふらふらとよろけて倒れかけ――その体を横から力強く誰かが支えた。
 いつの間に現れたのか、穏やかな笑みを浮かべた山本陣内であった。
「ありがと」
 短く、雑渡が言う。
「まったく、その体であんな気合出してたらそりゃそうなるだろう」
 山本は雑渡の腕を持ち上げ、自分の肩にかけると、注意深く火傷跡に触れすぎぬよう腹や背を両手で支えた。
「情けないね」
 ぽつりとつぶやいた雑渡の声がなぜかたまらなくて、尊奈門は「なさけなくなんかありません!」と叫んだ。何が起きたのか大半わからなかったが、多分、何かと戦ってくれたのだ、と思っていた。
……だそうだ」
 山本が笑って言った。
 雑渡は、何とも言えない表情を浮かべると
「そうかな」
 と答えた。



 部屋に戻った雑渡は、二日半、昏々と眠り続けた。
 目を覚ますと「坊、大根葉の雑炊が食べたいな」と言い、尊奈門が喜んで作った雑炊を食べ、ゆっくり回復していった。
 雑渡の眠っている間「屋敷の西側には行かぬように」と菊の間に近づくことを禁じられていたが、雑渡が起きるとその禁止事項もなくなった。後日行ってみても、菊の間は特に変わりなく、がらんとしていた。ただ、なんとなく暗いという雰囲気が薄れていた、ような気がする。
 わからぬことだらけだったが、その部屋で何が起きたのか、雑渡が尊奈門に話すことはなかった。


            ***


 語り終わると尊奈門はふうと息をついて、あごに手を当てた。
「いまだによくわからないのですが組頭、どこかの忍者があんなところまで侵入したとも思えませんし、まさかおばけかと当時はおびえていたのですが一体あれは……組頭?」
 雑渡の方に顔を向けると、彼は見えている方の目を手で隠すようにして、その手に頭を預けていた。
……よく覚えてるねお前」
「そうですか?」
「もっと忘れてるかと思ったよ」
「じゃ組頭は覚えてるんですね!」
 元気よく言うと、尊奈門は目を輝かせた。長年いまいちよくわかっていなかった顛末を教えてもらえるかもしれないというわくわくが、完全に顔に出ている。
 ついでに言うと、保健委員さんも元気な好奇心をむき出しに雑渡の顔を見つめている。
 ……全員、忍者に向いてないんじゃないのか。
 頭痛がするような気がしたが、雑渡は頭を振って、とりあえず言えることを注意深く選んだ。
「まあね、侵入者じゃないよ」
 と言ってやや間を置き、
「まあほら、こんな稼業だから」
 手を頬に当てる。
「恨まれることもあるし、なんだかよくないことが続くこともあるじゃない。詳しくは言わないけど、そういう時の魔除けの作法があるんだよ。押都がしてたのはそれ」
「えっ……じゃあ」
 ほんとにおばけだったんですか、という言葉を尊奈門が飲み込む。
「菊の間は、死人を一時的に安置したり、敵から奪ったもののうち雰囲気のよくないものをいったん置いておいたりしていたことがある部屋でね。溜まりやすかったのかも」
「た、溜まるって何がですか」
「私には、部屋に入っていく手首など見えていなかったよ」
「えっ」
「お前だけ連れて行こうとしたんじゃない?」
「だ、誰がですか!? どこにですか!?」
「だから私が威嚇したし長列が祓ったじゃない」
「何をですか!? 誰をですか!?」
「さーて」
 言って雑渡はにっと笑った。
「誰だろうねえ?」
 一同ぞっとしてちょっと黙る。一人伏木蔵だけが大きな目をいっぱいに見開いてきらきらと輝かせている。彼の嗜好するスリルは十分味わえたのだろう。
 雑渡は空気を入れ替えるように一回手を叩くと、
「さて、保健委員さんからも怖い話はないのかな」
 と言った。
「じゃあ、はーい! 僕お話します!」
 にこにことげんきよく手を挙げたのは伏木蔵だった。