ウリュウ
2025-08-22 18:35:11
24669文字
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夕立百物語

【RKRN】タソと保
RKRN怪談webオンリー「忍夜百物語」展示小説 

【注意】
・あらゆる捏造/時代考証は素人
*乱太郎は本当に怖い話に遭遇しないという設定なので乱太郎の章はアニメ公式エピソードを会話の中で説明しているだけになります。
【ある】クソデカ感情・信頼
【ない】恋愛感情

目次
序~第一部・山小屋にて →1⃣
部屋に入る手――諸泉尊奈門の怖い話 →2⃣
向こう岸の人――鶴町伏木蔵の怖い話 →3⃣
幕間 →4⃣
ごつん、ごつん――川西左近の怖い話 →5⃣
死神と道祖神――三反田数馬の怖い話 →6⃣
蛙――猪名寺乱太郎の怖くない話~ 終 袋の鼠たち →7⃣

*こわくないところだけ読みたい人向け→1⃣4⃣7⃣
*タソ分部のみ読みたい人向け→1⃣2⃣4⃣7⃣
*怖い話の短編のみ読みたい人向け→2⃣3⃣5⃣6⃣

第一部のみ展示。第一部は第一部でちゃんとお話がおわります。
第一部より分量は少ない第二部が収録された同人誌版があります(7⃣の最後にリンク有)




   向こう岸の人 ――鶴町伏木蔵の怖い話


 忍術学園、一年ろ組は、日影ぼっこと称してよく日影に膝を抱えて座り、そこで日影浴を楽しむ。それは教科担当担任、斜堂影麿先生の影響であったが、その姿がやや不気味なだけで別に本当にお化けに合うようなことはなかった。
 ただし、斜堂先生が「この場所は日影ぼっこに使ってはいけません」と言い渡してある場所が、いくつかある。
 裏裏山の西の沢の柳の木の下は、その一つであった。

 ある日、伏木蔵は学園長先生のお使いに出かけて裏裏山を通りかかった。下坂部平太と出かけるはずが、平太に用事ができたため、一人で出てきたのであった。
 一年ろ組、なべて斜堂先生のことは大好きで、基本的に言うことを聞いているので言いつけを破りたいと思った事はあまりない。ただ、伏木蔵はその日、あの西の沢の柳の近くを通った時、なぜかむしょうにその日陰に入りたくてたまらなくなった。
 後から考えるとその衝動はなんだか急であり、よくわからないものであったが、その時はどうしようもなく足が向いてしまった。ざくざくと茂みを分け入ると、灰色の広い日影がひらけた。
 柳の木と、その周辺の大きな木の陰は、絶好の日影ぼっこ場所に見えた。すぐ前にどこから流れてきたのか川があり、ほどよく涼しく、なんとなく湿っぽくて、居心地が良い。川の上流はと見てみると、茂みに隠されてすぐに見えなくなっていた。
 なぜだかものすごくうれしくなって、大きく伸びをすると、川岸に座り、伏木蔵は声に出した。
「いい日陰だなあ」
 湿った北風が緩く吹いて、少しの間。
「まったくそうだなあ」
 誰かが答えた。
 伏木蔵はあたりを見渡す。すぐにはそれがどこから聞こえるのかわからなかった。
 やがて、川のむこう岸に、黒い人影のようなものが見えていることに気が付いた。
 それは、向こう岸の木立の影に隠れていて、黒くて人のような形をしていることしかわからなかったが、伏木蔵は「目が合った」と思った。
 むしょうに嬉しくて、今度は
「今日はいいお天気ですね」
 と話しかけた。一年ろ組の言う「いいお天気」とは、湿っぽい曇りくらいの意味である。
「まったくそうだなあ」
 人影はよく通る澄んだ声で答えた。
「ここの水はきれいですね」
「まったくそうだなあ」
「それに、風もよく吹いています」
「その通りだなあ」
「そこ、気持ちがいいですか?」
 ほとんど無意識にそう尋ねていた。
 その瞬間はあまり意識していなかったが、後から考えると、伏木蔵はこの時どうしてもあちら側にいって、その人影といっしょの方になりたくてたまらなかった。
「まったくそうだ……こちらに来よ」
 人影は答えた。
 伏木蔵は嬉しくなって、立ち上がった。
「早う来よ。早う来よ」
 人影がそう言うと、どうしても急がなくてはいけない気がして、伏木蔵は走り出そうとした。
 ぐん、と、後ろから大きな手が肩をつかんだ。
 振り向く。
「いけません、伏木蔵くん」
 斜堂影麿先生であった。
 荷物から見て、忍務帰りに偶然通りかかったらしい。「斜堂先生!」と無邪気に言おうとして、その視線の真剣さに気が付いた伏木蔵は思わず黙った。
 伏木蔵の肩をつかんだ斜堂先生の手には、それなりの力がこもっている。戸惑う伏木蔵に向かって、彼は真剣な表情で、もういちど
「いけません」
 と言った。伏木蔵は斜堂先生と向こう岸の人を何度か交互に見たが、本当にいけないのだと悟って、向こうに行こうとするのをやめた。
 斜堂先生は伏木蔵の肩をしっかりつかんだまま川向うに顔を向けると、
「ごめんください、この者はそちら側には参りません。おかえりください」
 と言った。
「そやつは来ると言うた」
「申しておりません」
「言うた」
「そちらが気持ちが良いかとはお尋ねしました。川を渡るとは申しておりません」
 やや、気持ちの悪い沈黙があった。
「なんだ」
 ずるり、と変な風に向こう岸の人の雰囲気が変わって見えた。
「なんだ、そうか」
 良く通る澄んだ声と聞こえたものが、急になんだか濁って割れた声になったようだった。
「まったく口惜しい」
 向こう岸の人が急にうねうねとして見えて、伏木蔵はぞっとした。急に、あれは人ではないと確信した。足がすくんで、無意識に斜堂先生の体の後ろに隠れるようにして、それでも目を離せずに川向うを見る。
「どうぞ、おかえりください」
 斜堂先生が念を押すようにもう一度言うと、向こう岸の何かは、恨めしそうに伏木蔵を見ると――影にしか見えないのに確かに自分の顔を見てきたと、伏木蔵は思った――なんだかうねうねどろりとして、いなくなった。
去ったのでも移動したのでもなく「いなくなった」としか形容できなかった。
 思わず息をついて、ふと、伏木蔵は急に、今いる影がそこまで気持ちの良い日陰ではないことに気付いた。水は透き通ってはいるが何か底知れぬ雰囲気で、なんとなく怖い。天気もほどよい曇りではあるが、なぜか心地よいという感覚は消え去っていた。風がなまぬるくて、そこはかとなく暗くて、何もかも気持ち悪い。何故快適に感じていたのか、もうわからなかった。
「伏木蔵くん」
 斜堂先生は向こう岸を見つめたまま視線を動かさない
「森で誰にともなく話しかけてはいけません。何かが答えてもそれと話してはいけません。いいですね」
 伏木蔵は素直にうなずいた。
「それから、これから学園まで帰りますが、裏裏山を出るまで決して振り返らぬよう」
「あの、でも僕、学園長先生のおつかいが」
「お使いは中止です。学園長先生には私から申し上げておきましょう」
 そのまま、斜堂先生と一緒に一度も振り返らず学園まで帰った。
 斜堂先生は学園の門の前までつくと、事務員の小松田さんに塩を持ってこさせ、伏木蔵の頭からそれをふり、自分にもかけた。
 言葉少なに忍たま長屋まで伏木蔵を送り届けると、斜堂先生は、たまさか自分が通りすがったのは運が良かっただけであるので、やはりあの場所には近づかないように、それから山で誰にともなく話しかけないように、と、もう一度念を押した。


            ***


「まあそれだけなんですけど、なんとなく斜堂先生が本気だった感じがして……。こんな感じのお話で構いませんか?」
 そういった伏木蔵に、いやそれはかなりまずいものに魅入られかけていたんじゃないかと返事をする前に、尊奈門は一言言わずに居られなかった。
「それよりお前はどうしていつの間にか組頭のお膝に乗っているんだ」
「それが、お話しているうちに雑渡さんの手が伸びてきて……
 雑渡の雑炊を当たり前のように分けてもらいながら経緯を話す伏木蔵の言葉を引き取って、雑渡が短く
「乗せた」
 宣言する。
 勢いよくひっくり返った尊奈門を伊作が苦笑いで眺めている。
「確認だけど、その後斜堂殿の言いつけはきちんと守っているんだね?」
 と雑渡が尋ねると、伏木蔵は
「はい!」
 と元気に答えた。
「それならいいけど……。くれぐれも気を付けろよ」
 横から左近がやや引いた顔でくぎを刺した。気の毒に、左近はここに来てからずっと引いている。
「はーい」
「斜堂殿はよその忍軍の組頭のお膝には乗らないようにとか言わないのか」
「言われてないですねえ」
 どうにか体制を立て直した尊奈門に、伏木蔵の答えはかわいらしく短い。