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Nosmi
2025-12-31 22:48:12
15109文字
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醒めてくれるな、わが悪夢 1 (ライシュロ)小説
魔王ラと麒麟(空想上の動物の方)のキメラになったシュのライシュロ。暗い。
捏造設定が多いのでなんでも許せる人向け。
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チルチャックが指摘したことは全くの無意識だった。ただ言われてみれば確かに体調が安定してからは深く落ち込んだ覚えがない。ライオスと喧嘩に至るまでのことを思い返してみても、やはり精神の安定には身体的にもそうである必要があるのだろう、と納得した。だが出発地と目的地とは?意図を掴みあぐねて杯を傾ける手が止まった。出発地。元いた場所、というなら地上だ。地上の島からここに来た。そして目的地。
……
目的地?
長い微睡みから突然引きずり出された気分だった。悪寒にも似た気づきが酔いを醒ましていく。
そもそも自分が今この迷宮にいるのは何のためだったか。父の命令である面白いものを探すため?いいや、それは島に来た理由であってただのきっかけにすぎない。ファリンを蘇生させるため?それならもう彼女は生き返っている。
一体、なぜ。
「ただいま!ちょうどセンシがいたから作ってもらった!」
突如差し込まれた声に思考が中断された。遅いと文句を垂れるチルチャックをセンシの料理で黙らせて、ライオスは俺の隣に座った。にこにこしながら皿を差し出してくる。
「シュローもどうだ?まだ温かいぞ」
だが俺の指は動かなかった。指先が冷えていくのに汗が出る。心臓が早鐘を打つ。自分の中で知らないうちに蓋をされていた何かがその目を覗かせようとしている。
ライオスが不思議そうに首を傾げた。
「シュロー?」
「あ
……
す、すまない。少し飲みすぎたらしい
………
悪いが先に休ませてくれ」
これ以上平静を装うふりもできずになんとかそれだけ告げるとその場を後にした。背後から心配そうな声がかかるが構わず歩き、主塔の中の螺旋階段を上って自分の部屋に一歩入ったところで力が抜けた。うずくまって頭を抱える。悪酔いしたように酷く気分が悪い。
どうして、どうして今まで忘れていられたのだろう。
自分は助けたくて迷宮に戻ったのではなかったか。仲間の皆を、竜になったファリンを、世界の敵になってしまったライオスを。
失敗して死んだことは覚えている。自分にそれだけの力がなかったというのはわかっている。だがそれに対して今は悔いや失望を感じていないことが信じられない。安穏とした生活に満たされて為すべきことや責任を放棄するなど自分には許されない。周囲や先のことを考えずに目の前の安楽のみを求めるのは、人ではなく獣の振るまいである。そうだ、獣だ。手を額に当てるには邪魔な位置に生えている角を持ち、さっきから落ち着きなく尻尾を床へ打ちつけている獣のせいだ。
振り返れば振り返るほどに、本来の自分ならもっと違う反応をしていたのではという思いが浮かんでくる。最初からしてそうだ。普通自分の体が突然魔物になっていたら、驚きと困惑程度で済むものなのか。もっと嫌悪感なり拒否反応が出るものじゃないのか。元に戻せと殴りかかるほどの激情にも駆られずただ戸惑っていた時点で、感情に麒麟の影響を受けていたのではないか。
そして麒麟の性質と俺の相性が良かったのも意識の侵食に気づけなかった一因だと思われた。臆病なこの獣が欲しているのは安定した生存だ。安全な寝床に充分な食事。静かで誰にも脅かされず、誰も傷つけなくていい穏やかな日々。確かにそれは故郷で息苦しい思いをしていた俺が密かに望んでいたものだった。この理想郷を壊してしまうことを恐れて無意識のうちに思い出さないようにしていたのではないだろうか。
それともう一つ、無意識に沈めていたことがあった。ファリンだ。竜の身体のままとはいえ狂乱の魔術師の支配を解かれてからは以前の優しい性格に戻ったようで、柔らかな笑顔は変わっていなかった。好きだという気持ちはある。大切な存在であることは誓って変わりない。なのにいざ前にすると恐ろしくてたまらなかった。俺の病気を治す魔法をかけようとしているだけなのはわかっていたのに、手を伸ばされると身体が竦んだ。安心を誘う微笑みよりも大きな鋭い爪を持つ脚から目が離せなかった。
あの時はどうしてこんなに怖いのかがわからず何かの間違いだと考えるのを止め、ここに移ってからは彼女と間近で接することがなくなったので思い出さずに済んでいた。だが今ならばわかる。あれは竜に食われる麒麟の恐怖だ。今や彼女と俺は捕食者と被捕食者の関係だった。獣の生存本能に比べればこの慕情など、ちっぽけなものなのだと突きつけられたことが無性に悲しかった。
このまま麒麟に全ての意識を占められてしまったら俺はどうなるのだろう。乗っ取られたことにも気付かずそのまま消えてしまうのだろうか。
「シュロー?大丈夫か?」
唐突に背後からノックと共に声が聞こえた。返事を待たずに扉が開けられる。
「うわっ踏むかと思った
……
って顔が真っ青だぞ!? 大丈夫か!?」
「ライオス
……
」
出入口を塞ぐように座る俺を跨いで顔を覗き込んだ途端、慌てたような声を上げて隣に片膝をつくと慣れた様子で肩に手を回す。
「立てるか?ベッドまですぐだから、もうちょっとだけ頑張ろう。な?」
この手と声に安心感を覚えるようになったのはいつからだろう。しつこく喋りかけられるのも触れられるのもあんなに苦手だったはずなのに。熱心な看病に絆された時だろうか。それとも迷宮の主に召喚された魔物が最初から持っている服従心ゆえだろうか。わからない。もう今の自分には判断できる自信など残っていない。
「ライオス
……
俺は、本当に俺か?お前が知っている俺なのか
……
?」
「え?えっと
……
すまない、言ってる意味がよくわからないんだが
……
シュローはシュローだろ?」
何を言ってるんだという顔をされて喉を絞められたように声が出なくなった。知らぬ間に心が侵食されていく恐怖をどう伝えたらいい。伝えたとして、大きく性格が変わる訳でもなし、むしろ思い悩むことが減るのなら問題ないだろうと言われたらどうすればいい。問題ないから恐ろしいのだ。ここにいるのが俺でなくとも、似た何かならそれでいいと証明されてしまうのが恐ろしいのだ。
だってそれなら、俺は要らないってことだろ。
「シュロー、震えてるけど寒いのか?待ってろ、今上着と毛布を持ってくるから」
動こうとしない俺にそう言って、立ちあがろうとしたライオスの裾を思わず掴んで引き留める。驚いたライオスがこちらを見るが、こんな幼稚な行動を取ってしまったことに顔を上げられない。震える指をなんとか放して謝ろうとしたところでその手を取られた。温もりを分け与えるように両手でしっかりと包まれる。
「どうしたんだ?もしかしてチルチャックに何か言われたのか?大丈夫、彼は先に帰したから。ここにいるのは俺だけだよ」
優しい声に何も言えないまま首を横に振る。目の前でしゃがんだライオスはこちらを覗き込んだ。その目は心配そうな、それでいて観察するような冷静さを持っていた。歪な瞳孔に見つめられるうちにふと口が弛み、ずっと聞かねばと思っていながらも言い出せなかった言葉が転がり出た。
「俺は
……
戻れるのか?」
間近にあるライオスの顔色が変わった。強張った顔を見て失言を悟る。しまった。時機を慎重に見極めなければならないことだったのに。ここで不興を買ってしまえば望みなど容易く潰される。自意識が乗っ取られることへの恐れを知られればすぐにでも俺という自我は消されてしまうかもしれない。迷宮の主であるライオスにはそれができる。
緊張で身構えてしまう体を抑えながらその答えを待った。
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