Nosmi
2025-12-31 22:48:12
15109文字
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醒めてくれるな、わが悪夢 1 (ライシュロ)小説

魔王ラと麒麟(空想上の動物の方)のキメラになったシュのライシュロ。暗い。
捏造設定が多いのでなんでも許せる人向け。



 言いようのないやるせなさ、見当違いの罪悪感が空っぽになった胃の中で渦巻いていく。あいつに人殺しが似合わないなどと思うのは俺の勝手な考えなのだとわかっている。いくら蘇生できるとはいえ同族殺しの罪は重い。だが本人だって覚悟の上だからそうしているのだ。ファリンやマルシルを守るためならきっとどんなことも厭わない。そんな奴に血生臭くて胸が悪くなるから殺すのをやめろと俺が言ったところでどうなるというのか。
 本来なら、こちら側に引き入れられた時点でその役割は俺が果たすはずだったのだろう。魔物ならいざ知らず相手は人間である。生まれた家が家だったので人の陥れ方、殺し方は嫌というほど仕込まれた。他に才はなかったので自分の使い途などそれくらいのものだ。なのにこの体になってからは敵を倒すどころか特別な環境の下でなければ日常生活も送れない。そんな状態で生かされている意味がわからない。
 最初に目覚めて自分の体を見た時、ライオスに復讐されているのかと思った。竜に負けて仲間を辞め、再会時にはずっと友人だと信じていた気持ちを裏切った。その上殴り合った後に亡命する際は手助けをすると言ったのに、次に会った時は迷宮の主を討伐しに来た敵として立っている。いくら憎しみや復讐と縁遠そうなお人好しであってもさすがに許せまい。
 本当はできるなら逃してやりたかった。どうしてもそれが無理なら皆を巻き込んで破滅する前にこの手で引導を渡すつもりだった。結局どちらも成せなかった俺にこんな思いを言う資格などないが。
 しかしその真意を問う前に病気になった。おそらくただの風邪だったのだろうが、高熱と咳が続き、酷い倦怠感で起き上がるのも辛かった。ところがそんな状態の俺を付きっきりで看病したのはライオスだった。寒くないか飯は食べられるかとしょっちゅう尋ね、あらゆる苛立ちを込めて俺の事など放っておけと突っぱねても心配そうにこちらを見つめ、咳き込む背中をさする手は優しかった。幼い頃の自分を労るマイヅルと重なるその姿に、憎い相手に対してこんなにも甲斐甲斐しく世話を焼くものだろうか、と疑問が湧いた。後から突き落として絶望させるために優しいふりをするという真似がこいつにできるとも思えなかった。
 そういう日が続いたとある夜、いつものようにライオスが様子を見に訪れた。その時は眠くて返事はおろか目を開けるのも億劫で、向こうは俺が深く眠っていると思ったのだろう。俺の額や首筋に浮かぶ汗を拭いながら、ぽつりと「シュロー、ごめん」と呟くのが聞こえた。「こんな苦しい思いをさせるつもりはなかったんだ」「君のことになるとどうして上手くいかないんだろう」「俺のこと、完全に嫌いになっちゃったかな。許してくれないだろうな」と独り言のように零すその声には後悔が滲んでいたが、最後の一言だけは底知れぬ声音だった。
「でも、君を死なせないためにはこうするしかなかったんだ」
 それから汗で顔に張りついた髪を丁寧に梳いて流すと、こめかみに一つ唇を落としてライオスは静かに部屋を出て行った。
 さすがに寝ていられず目を開けた。今の言葉とこれまでの行動が脳裏を駆け巡る。そうして眠気と一緒に疑念や警戒心も吹き飛んだことを自覚して、口から長い長いため息が漏れた。
 その後作られた箱庭に移って病気が治り、初めて空中を走った時には誰よりも、本人よりもライオスが喜ぶ始末だった。何度も良かった、と繰り返すその目には涙すら浮かんでいたように思う。
 この頃には既に己の身体に対する違和感はほとんど感じなくなっていた。四本の脚と尻尾の動かし方も、宙に爪先を置くことも、ごく自然な感覚として馴染んでいた。最初は混乱するばかりだったのに慣れるものだな、とさして気に留めなかったが、今思えばやはり自分も元気になった嬉しさで浮かれていたのだろう。
 あることに気づいたのは更にまたしばらく経った後のことだった。ここに移ってからというもの、ライオス以外の誰かと会う回数は明らかに減っていた。転移術で繋がっているため魔術の使える者がいなければ扉を開けられない上、来る前の準備も手間がかかるのでそれも無理からぬことだ。それでも完全に関わりがなくなったわけではない。チルチャックは偶に酒を片手に雑談をしにやって来る。ライオスが忙しくて手が離せない時はセンシが食料を届けてくれる。ファリンは竜の身体が大きすぎて転移に使っている扉を通れないが、ライオスを見送りに来た時は向こう側から手を振ってくれる。マルシルは滅多に顔を見せない。ここに来ているライオスに用事があって呼びに来る時くらいだ。俺を見る時はいつも怒りとも悲しみとも、何ともつかない複雑な表情をしている。その理由を問うたことはない。
 その日はライオスとチルチャックがエールを持ち込んできたので三人で飲んでいた。丘の上の適当な草地に腰を下ろしてナッツやドライフルーツをつまみながら、主にライオスが喋くってはチルチャックが茶々を入れ、俺は時々話を振られて少し答えるといういつもの流れだった。そのうち酒の前につまみが尽き、赤い顔をしたチルチャックがライオスに追加のつまみを持って来るよう指図した。
「え、何で俺?」
「お前が一番食ってたんだから当たり前だろ。いいから早く行ってこい」
「えぇ……
 釈然としない顔をしながらも歩き出すライオスを見送った途端、チルチャックがジョッキに残りの酒をなみなみと注ぎ出した。
「あいつが戻って来る前に飲めるだけ飲んどくぞ。ほらシュローお前も」
「えぇ……
 勝手に注ぎ足されたジョッキにがつん、と彼のジョッキがやや乱暴にぶつけられて酒がこぼれた。雑に乾杯したチルチャックは一気にそれを呷る。
「おい、飲み過ぎだ」
「いーんだよこーゆー時くらいしか思いっきり飲めねーんだから」
 呂律も怪しくなり始め、さすがに体に良くないと判断したので空のジョッキを取り上げる。届かないと諦めたチルチャックは一つ舌打ちをしてその場に寝転がった。特に話をするでもなく自分の分をちびちびと飲んでいると、隣でぼんやり空を眺めていたチルチャックがふと口を開いた。
「でもまあ……良かったよ。少しはマシになったみたいでさ」
「え……ああ、その節はお前にも迷惑をかけたな。俺でも食べられそうなものとか色々調べてくれたんだろう?ありがとう」
「別に俺は大したことしてねーよ。看病やらはライオスに任せっきりだったしな。いやあれはあいつが直接の世話は自分がやるって譲らなかったんだけどよ……
 半目で未だ戻らぬ男が去った方向を見やりながらぼやいていたが、「そこじゃなくてだな」と仕切り直すように言った。
「なんか前と比べて雰囲気とか表情が柔らかくなったっつーか……しかめっ面もしなくなったよな」
……そう……なのか?」
 そう言われて顔に手をやり触ってみるがよくわからない。
「なんだよ、自覚なかったのか?まあシケた面は最初っからだったが……色々あってからはずっと今にも死にそうな顔してたからさ」
……そうか」
「どういう心境の変化があったかは知らねーし言いたくないならそれでいい。お前のことだからずっとこのままでいいとは思っちゃいないだろうが、気持ちに余裕がなきゃ進める道も見えなくなるからな。いいか、ヤケクソにはなるなよ。出発地と目的地さえわかってりゃ焦る必要はないんだ」
 そう言って「あーあ、飲んでないと説教臭くなっていけねーや」と誤魔化すように置かれたままだったライオスの酒の残りに手を付けていた。