Nosmi
2025-12-31 22:48:12
15109文字
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醒めてくれるな、わが悪夢 1 (ライシュロ)小説

魔王ラと麒麟(空想上の動物の方)のキメラになったシュのライシュロ。暗い。
捏造設定が多いのでなんでも許せる人向け。




 ぼんやりと物思いに耽っていたせいで気づくと目的地の川の上を通り過ぎていた。さっきまでの微睡みをまだ引きずっているのかもしれない。頭を振って引き返し、ひときわ背の高い木が立ち並ぶ岸辺に降り立った。不潔な汚れを許さない空間なので、川の水も深い淵の底に転がる石の形がわかるほどに澄んでいる。それだけでなく覗き込んだ自分の影さえ落ちているのが見えた。頭から伸びる一本の角の影が流れに合わせて揺らめいている。それを見て目を閉じ息を吸い込んで、そのままざんぶと飛び込んだ。
 清冽な水の中は遠くまで透き通った青に染まり、水面は揺蕩う鏡となって川底を映している。流れに逆らって泳ぎながら、川面に向かって肺の中の空気を全て吐き出せば煌めく泡の塊がすぐに流されていった。それから浅瀬まで水をかき分け、水面から上半身が出るほどの深さになった辺りでようやく人心地が付いた。自分の心音と息切れが落ち着くと周りの音が耳に入ってくる。さらさらと流れては時折体にぶつかって跳ね返る波の音。木々の間を風が吹き抜けていく時のざわざわとした葉擦れの音。それらに合わせるかのように可憐に歌う鳥の鳴き声。
「止まれ」
 その一言でふつと鳥の声が止んだ。魔術で作られた鳥は簡単な命令なら聞くようにできている。あれこれといつもは気にしないよう流していることが、どうにも今日は引っかかる。心を鎮めなくてはと一つ深呼吸をして、水でも飲もうと両手で直接川から掬って口へ運んだ。
 ところが口に含んだ瞬間、異臭が鼻をついた。すぐに水を吐き出して口を押さえたが、酷い吐き気に耐えきれず胃の中のものを戻してしまった。二度三度とえずく度に濁った液体が清流に混じって流れていく。喉は焼けるように熱く、滲む涙とめまいに視界が揺れる。もう何も吐き出すものがなくなり、それからなんとか岸までたどり着いたもののそこから上がる気力もなく、川へ突き出た太い枝にもたれかかって目を閉じた。しかし平衡感覚はまだぐるぐると回り続け、頭に浮かぶ疑問も同様だった。
 何故。一体どこから血の臭いが?
 川の水からではない。この空間に血肉をもった他の生き物はいない。だから川上に動物の死骸が浮かんでいるということは通常あり得ない。そもそも水面に上がって息をした時点で気づくはずだ。そうなると自分からということになるが、怪我をした覚えはない。痛みも特に感じないが知らない内に傷でも作ったのだろうか、と両の手を見て思い出した。ここに来る前、この左手に触れていたもの。緩みきって間の抜けた、大きい子供のような顔で眠る男の熱い手を。
 嗚呼、と知らず声が漏れた。
 近頃ライオスから微かに血の臭いがすることには気づいていた。元よりこの川に来たのもあの場に残る臭気から逃れて気分の悪さを消したかったからだ。もちろんライオスは俺がそういう臭いに敏感なことは知っている。だからここに来る時はいつも身綺麗にして臭いも病気も持ち込まないよう気を払っているはずだった。いや、今でもそうなのだろう。あいつが自分の小さな怪我すら治さずに来たことは一度もない。だがこれまでと同じようにしているのに臭いを感じるのなら、その理由は単純だ。ごく単純に、浴びる血の量が増えたのだ。落としきれずにこびり付いた臭いが、触れればこの手に移ってしまうくらいに。そして本人が血に慣れて自覚できなくなるほどに。