kr0mm333
2025-12-28 15:44:58
16477文字
Public サンプル
 

柴チヒ①

柴×チヒ(41×20)
原作後の未来設定。
柴さんの前からいなくなるチヒロ君の話。
2月のWEBオンリーで出そうと思ってるものです。
そのうち増えていきます。

章が変わるので話を分けました。
こちらは序章から3話までで、続きはこちらになります⤵︎
柴チヒ② (https://privatter.me/page/698141b78b01c)
柴チヒ③ https://privatter.me/page/698c8ed1cd5cb

最終話まであります⤵︎
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27272245


   三


 気づいたら柴はベッドに腰掛けていた。
 風呂に入ったはずなのにその記憶はなく、身体はさっぱりしているのに頭の中だけが妙に重い。

『この家を出ようと思います』

 風呂に入った記憶はないのに、この言葉だけはハッキリ覚えている。覚えているというより、何度も再生されて記憶にこびりついているというほうが正しいかもしれない。今でも千鉱の声で再生され続けているし、その度に動揺と動悸に襲われてたまったものではない。
 「この家を出ようと思います」と言われたあと、ここ最近の千鉱がいなかった理由や、伯理と巻墨が家にいた理由を説明された。……気がする。
『ここから街まで距離があるので、伯理の蔵や巻墨に移動手段を借りていました。あと、巻墨には職場探しも手伝ってもらっていて』
 確かに。伯理の蔵であれば、内部を通過するという一手間はあるが、任意の場所に移動することができる。巻墨も陣を描く必要はあるが転移の妖術を使えるし、巻物の中にバイクなどの乗り物を収納する忍の術もあるので送迎も可能だ。
 さらに言うと、巻墨の情報力で千鉱に合った、または興味のある職場が真っ当なものかを調べてもらうこともできるだろう。
 そこまで考えたところで「俺もできるのに」と無意識に呟く。
 千鉱の父である国重の次に千鉱と一緒にいたのは柴だ。固有の妖術は転移で、伯理のように蔵を経由したり、巻墨のように陣を描かずとも手印を組むだけ。乗り物が必要なら、柴の車で送迎もするし、乗って行っても構わない。
 二十ほど年下の若者たちに対して対抗心を抱くなんて、大人げないことをしている自覚はある。
 だが千鉱が頼るのならまず自分だと思っていただけに、柴は柄にもなく焦りを覚えていた。
 横たわっていればそのうち眠くなるだろうと布団の中に入る。
 英雄の息子。
 彼自身も妖刀をめぐる事件を終結させているが、その道中で買った恨みは数知れず、狙われる理由は十二分にある。
……どうすんねん」
 口から漏れ出た言葉に返事があるわけもない。
 千鉱が出るとなると、この家をどうするかも考えなければならない。住まいや仕事が決まっているのかも、聞いておかなければ。というか、柴に相談してくれたらその辺もまとめて考えられてたのに、どうして千鉱は相談してくれなかったのか。
 動揺がだんだんと恨み言に変わりつつあるが、千鉱はその身の上が特殊だからそうなるのも当然だ。
 考えなければならないことが、頭の中で次々と湧いて出る。
 職業自体もまだ教えてもらっていないが、その職場はこの家から遠いのか。在宅や通える距離ならいいが、街で暮らすのなら住まいも探しているはずだ。
 この家だって建ててまだ二年ほど。家を出るなら手放すことになるのか、それとも誰かに管理を任せるのか。休日に柴が千鉱を連れて週末だけ帰るようにすることもできるし、柴だけ帰ってきて掃除することもできる。
 千鉱のことだからその辺りもしっかり考えているはずだ。
 そこまで考えて、まだ自分が千鉱の近くにいるつもりだったことにはたと気づく。
 柴に頼らなかったということは、千鉱が柴から自立するつもりだということの現れ。一人前の大人として、一人で暮らしていこうとしているのだから、勝手に気を利かせておんぶに抱っこで柴が支える必要はない。生活面では柴が世話になっているわけだが、代わりに二人分の生活費は負担してきたので、それが千鉱にのしかかるだけでも大変だろう。
 そこまで考えたところで寝返りを打つと、分厚い遮光カーテンの隙間から木々の輪郭が見えた。電灯の光ではなく、その向こうがわずかに白んでいる。
「もう朝か……
 携帯で時刻を確認すると、六時十八分と表示されている。柴の時間感覚ではまだ一時間ほどしか経過していないのに、実際は長く考え込んでいたらしい。
……寝るか」
 これ以上は考えてもしゃーない。チヒロ君に聞いた方が早いわ。
 起きて、千鉱と顔を合わせることがあったら詳しく聞くことにして目を閉じる。考えていたことや、新たな確認事項が浮かんできたりしたが、起きたら忘れているのだろう。
「(明日もチヒロ君と飯食えるやろか……)」
 あんなに眠れなかったというのに、やっと押し寄せてきた眠気に目を閉じる。
 それと同時に、柴の意識は途切れていた。
 なにはともあれ、千鉱が独り立ちしようというのならば柴にできるのはその背中を押すことと、頼られたときに相談に乗ることくらい。
 なので、まずは千鉱の予定と決定していること、そして何か手伝えることはないかを確認することが最優先事項だろう。
 目が覚めて時計を確認すると十時ちょうど。三時間半程度しか眠っていないので完全に寝不足だが、頭の中は思いの外スッキリしていて思考する分には問題ない。
 リビングに移動すると、千鉱が家計簿ノートを広げているところだった。
「おはようさん」
「おはようございます」
「寝坊してしもた」
 冷蔵庫を開け、牛乳をパックから直に飲む。残り三分の一ほどを一息で飲み終わり、空になったパックを畳んで捨てた。飲み終わるのを待って「朝食はどうします?」と聞く千鉱に「いただきます」と返すと、手を止めて準備に取り掛かる。
 こんな日常をあと何回過ごせるのだろうかと思いを馳せかけたが、柴がまだ寝ぼけていると思ったらしい千鉱に「座って待っていてください」と肩を叩かれたので、大人しく席に着いた。
「昨日の話やけど、」
 味噌汁用の湯を沸かす千鉱に話しかける。声をかけた後で、座ってからにすればよかったと反省したが、千鉱は気にした様子もなく柴の前に筑前煮とほうれん草の白和の盛られた小鉢を置いて首を傾げた。
「昨日のって、ここを出ようと思ってるって話ですよね?」
「おん。昨日はびっくりしすぎて、ちゃんと聞かれへんかったのもあるから、もう一回聞いておきたくてな」
 インスタントの味噌汁と白米を受け取ると、千鉱は自分の席に座った。
「まだ決まってない部分もあるので、全部は答えられるか分かりませんが」
 構わんよ、と返して柴は一度咳払いをする。
「ここを出たあと、この家はどうするつもり?」
「建物はあの頃のものではありませんが、六平国重の住んでいた場所となると売りに出すのは大変だと思うので、巻墨経由で神奈備に管理を依頼しようと思ってます」
 そこまで考えていたのなら、柴が口出しすることもないだろう。元神奈備である柴よりも、現時点で神奈備に所属している巻墨のほうが話が通りやすくもある。神奈備も一枚岩ではないので信用していいのか悩むところではあるが、彼らなら千鉱に不利なことはしないだろう。
「じゃあ、仕事は?」
「神奈備と繋がりのある会社で事務を募集していたので、そこで働く予定です。外を回るような職業だと、余計なトラブルがないとも限りませんから」
「チヒロ君が営業とか想像つきにくいけど、男でも女でもメロメロになってファンクラブできてまうな」
 柴の言葉に千鉱が怪訝な顔で「ファンクラブ……?」と呟いたが、柴は「せやで」と力強く頷いた。
 言ってはなんだが千鉱は美丈夫だ。
 本人は認めないだろうが、柴と薊が確信しているのだから絶対にそうだ。漆羽も「チヒロは六平サンそっくりでカッコいい」と同意してくれたので間違いない。
 柴も薊も漆羽も千鉱……ひいては六平親子贔屓なのでかなり主観に寄った評価だが、柴が納得しているのでそれでいい。
 うんうん、と大きく頷くと、千鉱はまた首を傾げた。
 そして、柴にとって一番大事な話題に移るため姿勢を正す。
「で、住むところはもう決まったんか?」
「はい。会社の社員寮に空きがあるそうなので、そこに住まわせてもらおうかと」
 社員寮があるのなら、住む場所を探す必要はないはずだ。だが、柴が最も重要視しているのはここだった。
……なあ、チヒロ君」
 少し間を置いてから、柴は言った。
「一個、提案してもええ?」
「提案、ですか?」
 千鉱は驚いたように柴の顔を見つめる。
「よかったらなんやけどな。俺の拠点に住まんか?」
 千鉱の反応を待つように、柴は一拍置いて話し出す。
「社員寮が悪い言うてるわけやない。ただ、拠点やったら防音もされとるし、防犯も一通り整っとる。この家の結界と似たようなこともできるから、万が一、襲撃されても対応はしやすいと思うんよ」
「君は戦えるし、俺が心配しすぎやって言われたらそれまでやけどな」
 苦笑しつつ、視線を落とす。
「もうないとは思うけど、社員寮で人質でも取られたら、正直どうにもならん」
「その点、俺の拠点なら隠蔽もしやすいし。……それだけなんやけど」
 物騒なことを言っているし、過保護だという自覚はある。だが、隠居していた千鉱たち親子が襲撃された前例もあるのだから、慎重にならずにはいられなかった。
「家賃はもちろんいらんで! 代わりって言うたらアレやけど、チヒロ君が嫌でないんやったら泊まらせてもらったりもすると思うし」
 平静を装っているが、その一方で焦っているのが自分でもわかる。「ダサすぎやろ」と頭の片隅でそんな声が聞こえたが、「知るかボケ!」と一喝した。
 千鉱は一瞬、困ったように視線をさまよわせたが、柴の必死さが伝わったのか「わかりました」と頷く。
「ええんか……!?」
 思わず身を乗り出すと千鉱は「ええ、まあ」と返した。
「柴さんの言うことにも一理ありますし」
 安全面か、はたまた万が一の話をしたのが効いたらしい。
「ありがとお! すぐに物件の情報出してくるからな! 会社のこと教えてや!」
 受け入れてくれたことが嬉しくて、つい捲し立てるように声を上げる。
「そんなに急がなくても……社員寮に入ってからもう一度、引越することだってできますし」
「入ってすぐ引越しって面倒やろ? それに、変な勘繰りされても困るやろうから、まあ柴さんに任せとき!」
 提案が受け入れられただけでこんなに気分も声が上がるとは柴も思っていなかったし、自室に戻ってからは「現金やなあ」と一人で笑ってしまった。
 もう決まっているだけに断られると思っていただけに、千鉱に聞き入れられたのが嬉しい。
「巻墨に連絡して、チヒロ君の働く会社と社員寮の情報聞いとかな」
 善は急げということで、今週中には話をまとめてしまいたい。その今週は残り三日しかないわけだが、今週は今週なので問題ないだろう。
 幸いなことに大した仕事は入れていないので、今日明日中にいい物件の情報は集められる。その中から千鉱に選んで貰えばいい。
 自分の持っている物件だけでなく、条件に合う物件を新たに購入するという方向に考えがシフトし始めていることからは、目を逸らした。
 そして、千鉱の住む部屋が決まったのはその日の夜。
 場合によっては部屋を買おうとしていたことを漏らしてしまい、千鉱から盛大に呆れられるのだった。
 千鉱が働き始めてから、柴は時々様子を見に来ていた。
 慣れない事務仕事で疲れているだろうからと、惣菜や弁当を買っていたのだが八回目にして「俺が作りますから」と断られるのだが、千鉱が仕事と生活の両立に慣れたということだろう。
 「作り置きばかりですが」と恐縮していたが、千鉱の料理であることに変わりはない。時々、千鉱の味付けではない料理もあったが、巻墨が時々やってきて作り置きをしていくそうだ。
 「アイツらも過保護やな」
 そう言ってビールを飲むと、千鉱は「柴さんも人のこと言えませんよ」と笑っていた。
 千鉱にとっては、やっと慣れてきた普通の生活。
 柴にとっては、まだ少し慣れない千鉱と離れての暮らしだったが、きっとこれから慣れていくのだろう。
 そう、思っていた矢先だった。
 

 その日もいつものように、柴は拠点を訪れた。今回は三日ほど都内から離れていたので、土産を持ってきた。もし、大丈夫そうなら、千鉱を夕食に誘おうとも思っている。
 確実に帰宅している時間だし、彼の父が存命していたころから事前に連絡したことはない。
 千鉱もそれをわかっているはずなので、いつものようにインターホンを鳴らすも、返事がない。
「まだ、帰ってないんか?」
 会社なのだから、急な飲み会もあるだろう。
 それなら土産だけ置いて、夕食はまた後日にしようと合鍵で部屋の中に入った。
 相変わらず整頓された部屋。
 家具や家電は、元から拠点に置いてあったものをそのまま使っている。新調しようとしたら「勿体ないのでやめてください」と言われて断念したのも記憶に新しい。
 千鉱は私物は多くない方なので今回の引越しもダンボール一つで済んでしまったが、これから少しずつ私物が増えていくのだろう。
 先を想像し、ふっと笑ってキッチンに向かう。私物は少ないが、冷蔵庫内の作り置きは多い。千鉱自身の食事一週間分に加えて時々やってくる柴や伯理の分もあるので、作った直後はパズルかと思うほどにキッチリと整頓されていた様子が脳裏をよぎり、今度は思い出し笑いが浮かんだ。
 今日は週の半ばということもあり、中身は少ないだろうが、さてどうかな……と冷蔵庫を開けた。
「え」
 冷蔵庫の中は真っ暗だった。
 駆動音もなければ食料、調味料すら入っていない。
 慌てて冷蔵庫裏を確認すると、コンセントが抜かれているのを発見する。故障しているのかとも思ったが、もしそうなら、千鉱ならまず柴に連絡してくるはずだ。
 冷蔵庫に何も入っていないどころか電源コードも抜かれている。テレビや洗濯機も同様で、不可解な状況に柴は困惑した。
「どういうことや?」
 その足でリビングに行くと、前回ーー四日前と何も変わっていない気がする。そもそも、そんなにキッチリ記憶しているわけではない。ならばと、寝室のクローゼットを開けてみると、中は空のままだった。
 衣類はおろか、寝巻きも見当たらない。
「チヒロ君……おらんのか?」
 その場で呆然と呟く。
 前回会ったのは四日前だったが、そんな素振りはなかった。いつものように会話と食事をして、ここに送り届けてから柴は帰宅した。
 もし、何かトラブルに巻き込まれていたのなら、千鉱はそれを柴に話すはずだ。
 嫌な予感とはいうものの、柴にはそんなものを感じ取る能力はなく、予感というものはいつだって当てにならない。
 友人ーー千鉱の父親が殺された日も、予感なんてものはなかった。
 今日だっていつものように千鉱がいると思っていたのに、最初からいなかったというように彼のいた痕跡だけが消えている。
 わけがわからなかった。
 ポケットから携帯を出し、千鉱に電話をかける。
 通話ボタンを押すと呼び出し音が鳴ると思っていたのに、ほんの一拍ほどの間があったかと思えば『おかけになった電話は電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため……』と流れて即座に終了する。
 それから何回も掛け直してみたが、結果はすべて同じだった。
 続けて伯理、巻墨、薊、ヒナオ……千鉱と関わりのある人々に連絡して聞いてみるも、皆が口を揃えて「わからない」と言う。
「何が起こっとるんや……!」
 他の誰に聞いてみても、探しに行っても、千鉱の居場所に繋がるものは何一つ見つからなかった。