kr0mm333
2025-12-28 15:44:58
16477文字
Public サンプル
 

柴チヒ①

柴×チヒ(41×20)
原作後の未来設定。
柴さんの前からいなくなるチヒロ君の話。
2月のWEBオンリーで出そうと思ってるものです。
そのうち増えていきます。

章が変わるので話を分けました。
こちらは序章から3話までで、続きはこちらになります⤵︎
柴チヒ② (https://privatter.me/page/698141b78b01c)
柴チヒ③ https://privatter.me/page/698c8ed1cd5cb

最終話まであります⤵︎
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27272245



   一


 目が覚めると、あまりの眩しさにまた目を閉じた。
 なんやねん……と低い声で呟いてから手で影を作ると、今度は眩しさに邪魔されることなく目を開けられた。どうやら、昨晩カーテンをしっかり閉めていなかったらしい。
 まだ起きたくないとでも言うように、気怠い体を叱咤して上半身を起こす。サイドチェストの上に置いた時計を見ると、いつもの起床時間より一時間ほど経っていた。完全に寝坊だ。
……着替えるか」
 まだ頭が覚醒しきらないまま、のそりと起き上がる。床に降りると、フローリングは飛び上がりそうなほどに冷たい。足の裏から伝わる冷えにブルっと体を震わせた。
 空調も入れ始めたばかりでまだ室内は肌寒いが、すぐに暖まるはずだ。
 「はー、さむっ」と呟き、風の当たりやすい場所まで移動する。最新機種のエアコンを設置したおかげか、温風が吹き始めるのも早い。さっきまで強張っていた体が解れていくのを感じながらもう少しだけ温まろうと空調の風量を上げると、ドア越しに階段を降りる足音が聞こえてきた。
 近づいてくる気配に、自然と視線がそちらへ向く。このまま通り過ぎるのかと様子を窺う暇もなく、足音は扉のすぐ外で止まった。
 次の瞬間、控えめなノックが響く。
「どうぞお」
 間延びしたような声で呼びかけるとその直後、ノックの主――千鉱が顔を覗かせた。
「おはようございます、柴さん」
「おはようさん。だいぶ寝坊してもたみたいやなあ」
「昨日も遅かったんでしょう? 仕方ないですよ」
 千鉱が柴の頬に手を当てる。目の下を軽く指でなぞられるが、きっとそこには隈があるのだろう。
「俺のこと甘やかしてたら、どんどんダメな男になってまうで」
 頬に添えられた手に自分の手を重ねる。固くなった皮膚と荒れた肌。小さい頃のイメージばかりがあったが、もう十分に大人の手だ。それでも柴よりは一回りは小さいが。
「柴さんはもう……いえ、何でもないです」
 気まずそうに視線を逸らして言い淀む千鉱に「待って!?」と声を上げた。
「続き聞かせてもらってええかな!?」
 千鉱の中で柴が既に「ダメな男」としてカウントされている可能性がある。もしそうならば、柴は今すぐにでも汚名返上のために手を打たねばならない。
「ところで柴さん、朝食は食べますか?」
「ねえ聞いて!?」
「今から食べるなら、温め直しますが」
「ア、ハイ……お願いします」
 柴の訴えを華麗にスルーした千鉱が「わかりました」と頷いて部屋を出る。その姿を見送って数秒、柴は深く息を吐いてから「顔洗お」と一人呟くと、後に続いて部屋を出た。
 柴の部屋の向かい側、脱衣所兼洗面所。
 洗面台で洗顔と髭剃りを済ませ、ヘアバンドをつけたまま歯を磨く。
 歯ブラシを動かしながら、今日の仕事の予定を思い出す。
「(午前中はオフやけど、午後から護衛の仕事……ヤクザの護衛って、実入はええけど拘束時間長かったり遅い時間になるんよなあ……そもそもの話、護衛は自分の組のモンを使えや。まあ、妖術師抱えてないような組には難しいか」
 身も蓋もないようなことを思いながら口の中を濯ぎ、コップとヘアバンドを定位置に戻して次は台所に向かった。
 中に入ると、千鉱がダイニングテーブルに皿を並べているのが見える。
「お待たせしてごめんやで」
 何かすることはないかと室内を見回してみたが、箸もグラスもすでに用意されていて柴の出る幕はないようだった。
「大丈夫ですよ。今ちょうど、温め終わったところです」
 柴が席につくと、温め終わったばかりだという煮物の盛られた小鉢が目の前に置かれる。茄子と厚揚げの味噌煮は、白米だけでなく酒の肴にもなる最近の定番だった。
「昨日の残りばかりですけど」
 苦笑いしながら、千鉱が向かいの席に座る。
 千鉱の方はもう朝食を終えているはずだが、柴に気を遣って話し相手になってくれるつもりらしい。
「残りでも十分やで。朝からあったかいメシ食べられるんやから、ありがたいよ」
 父親と二人で暮らしているときから、千鉱はよく料理をしていた。それは柴と暮らし始めてからも変わらない。父親が殺されてから毘灼との戦いが終わるまでの間は、外で済ませたり、買ってきたものを拠点で食べることも多かった。それでも、時間のあるときは食事を用意してくれていた。
 命のやりとりの合間、精神を落ち着ける手段の一つとして、ほんの少しの時間だけでも毎日やってきた動作には効果があると教えたのは柴だったが、千鉱の中では柴の不摂生を見ていられなかったのかもしれない。というか、不摂生と外食ばかりで体を壊さないか心配だと、一緒に暮らし始めた頃に言われたことがある。
 そのおかげというべきか、柴は千鉱の手料理の効果で健康診断の数値は許容範囲内だし、千鉱の方も精神安定の方法の他に、柴の健康を守るためという使命感も加わっていたのかもしれない。
 どちらかといえば、怪我の功名とも言えるかもしれないが。
「それじゃあ、いただきます」
 左手で味噌汁の椀を持つ。湯を注ぐだけのインスタントだが、面倒がらずに準備してくれたのがありがたい。
 味噌汁を飲むと、胃のあたりがじんわりと温まるのがわかる。布団の中も暖かかったが、やはり体は冷えていたらしい。
 次は白米を一口、続けて煮物に手を伸ばす。
 そういえば、茄子の味噌煮と味噌汁はどちらも味噌を使っているせいか、なんとなく色が似て見えた。
 まあ、昨晩の残りなのだからそんなものだ。
「このナスは昨日も食べたけど、一晩経ったらさらに味が染みてておいしいわあ」
 昨晩よりも塩味が落ち着いて、甘さとのバランスがいい。厚揚げも噛み締めるたびに出汁が滲み出て、白米の欲しくなる味だった。
「まだありますからね」
「ホンマ? 朝からおかわりしたくなりそうやわ」
「いいですよ。おかわりと言ってもそんなに量もありませんから、食べ切ってください」
「そう? じゃあ、遠慮のカタマリもらおかな」
「ちょっと違う気がします」
 確かに、遠慮のかたまりは「誰が食べるか、遠慮し合うような最後の一個」という意味合いなので少し違うかもしれない。
「そうかな? ま、そういう日もあるって!」
 うまいうまい、と繰り返しながら三角食べする柴の姿を眺めながら、千鉱は自分のグラスに口をつけた。
 それから食事の合間に他愛もない会話を繰り広げていたが、柴が思い出したように「そうや」と顔を上げた。
「チヒロ君、今日の予定は?」
「俺ですか? 今日は一日オフです。溜めていた家事を済ませてしまおうかと」
 気まずい音の「あー」が台所に響く。
 一部を除き、洗濯も千鉱に任せきりだ。その一部というのも荒事で血まみれになった自分の衣類を洗うだとか、男だから寝起きに下着がアレソレしているのを自分で洗ったりするくらい。よく考えなくとも、千鉱がいなければ柴の生活はこんなに快適なものではなかっただろう。何なら、拠点はあるだけでホテル住まいになっていてもおかしくはなかったはずだ。
「ホンマ、いつもありがとうな。今日……はたぶん遅くなるやろうから、明日のメシは俺が用意する。大丈夫、薊の家の近くにうまい惣菜屋があるから」
「そこは柴さんが作るわけじゃないんですね」
「俺、煮るか焼くかぐらいしかできんから、焼肉かバーベキューか鍋かしゃぶしゃぶになるで?」
 あとインスタントな、と付け足すと、千鉱は「それも立派な料理ですよ」と小さく笑った。
「俺、チヒロ君おらんかったら、もうまともな生活できへんかもしれんなあ」
「柴さんは仕事に比重が寄ってるだけで、炊事も洗濯もできるでしょう? 俺がいなくてもやっていけますよ」
「そんなことないもん!」
 やや大人げない、むしろ情けない声を上げてから、柴は照れ隠しに残りの白米を掻き込んだ。
 食後、身支度を済ませて千鉱の手伝いをしようとリビングに向かう。
 リビングに面した大窓の向こうには、大きめの物干し竿が二つ。そして洗濯物を干している千鉱の横顔が見えた。柴が身支度をしている間に台所の片付けと洗濯を終わらせる手際の良さに、いつものことながら感心してしまう。そして、森を背景に洗濯物を干している光景に、少しだけ懐かしさを覚え柴は目を細めた。
 暖かい日差しを受けた枝葉が木漏れ日を作り、風に揺られると、それにつられるように影も揺れる。まだ野草の花は咲いていないが、窓越しに見える景色は春そのものだ。
「すっかり春めいてきたなあ」
 差し込む光を浴びながら大きく伸びをすると、洗濯物を干し終わった千鉱が大窓を開けた。そのとき、千鉱と一緒に室内に入ってきた冷たい風に当たり「サムっ」と身を縮こませるのだった。