もち粉
2025-12-21 00:57:41
22379文字
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起死回生ヒロイン―クラノム家家宝由緒書き―


カブミス クラノム姉弟
※ホルム姉の名前を「フロル」と捏造しています


フロルが手洗いから戻ると、どちらが支払ったのかすでに会計は済まされていた。

「じゃあ、行こうか」「……

いやね? お店の場所は私しか知らないから、案内するのは当然よ?

(でも……なんかおかしくない?)

店に入る前は三人で腕を組んでいたのに、今はカブルーとミスルンが並んで歩き、その二人の前をフロルが先導するという並びになっている。
……ツアーガイドか。

「ああミスルンさん、そこ段差ありますよ。気をつけて」
「うん」

――ちょっと、そんな少しの段差ごときで手を差し伸べてるんじゃないわよカブルー! 手ぇ取りたいだけか!
先日、馬車を降りるときに私に手を貸してくださったミスルン様はどこへ!?

(もうこれ完全に"優雅なおふたりと民草A"じゃない? 私……

何もかも投げ出して帰りたくなったその時、フロルは気がついた。
レストランにいた女子会グループが、こっそり自分たちの後をつけて来ている。

くそっ――くじけるわけにはいかない。
せめて格好良い退場が必要だ。



女子会グループのさらに後ろを、とぼとぼと歩く影がひとつ。

(もう無理、帰りたい……
でも、姉ちゃんが変な集団に見られてるし……
あの二人も、なんか……イチャイチャなんだかバチバチなんだかわからない空気だし……

もう、胃を押さえる元気も残っていないホルムであった。


◇◇◇

アクセサリーショップは、人通りは少ないが趣のある石畳の小路を抜けた先にあった。
気軽に買える値段ではないが、庶民に手が届かないほどでもない。プレゼントや自分へのご褒美によく使われる店だった。ショーウィンドウには、季節限定の銀細工がきらめいている。

「わぁ……やっぱり素敵」
ドアを開けた瞬間、フロルは周囲に響くほど声を弾ませた。もちろん、後ろの女子グループが聞こえる位置にいるからだ。

(見てなさいよアンタたち。フロル・クラノムの晴れ舞台をね!)




「この指輪、ミスルン様に似合いそうじゃない?」
「悪くないデザインだな」

フロルが狙いを定めたようにガラスケース越しに指を差すと、二人も後ろから覗き込み、ミスルンが静かに頷いた。店員がにこやかにセールストークを開始する。

「この指輪は同じデザインで、幅広くサイズをご用意いたしておりますよ。お揃いで着けられると、異種族カップルの方に人気です」

「ですって!」
後ろの二人を振り仰いだ瞬間、今まで穏やかだった空気が一転して、静かな緊張に変わるのをフロルは感じ取った。

(フロル、かなりミスルンさんに本気?
お揃いでつけましょってミスルンさんにねだる気?――させないからな!)

(フロル嬢、やはりカブルーのことが好きなのか?
カブルーは彼女に指輪を買ってやってしまうのか!?――いやだ!)

男たちが、互いの出方を探るように身構える中、フロルはとびっきりの笑顔を作って言った。

「おふたりで、一緒に買ったら?」

――え?」

空気が一瞬、時を止めた。

「え、いや俺たちは別に──」
「私たちはそういった関係ではない」

(いやいや、これからそういった関係になりたいんですけど!?)
すごい勢いでミスルンの方を見たカブルーに、フロルは二人の現状を大体察した。

(あー、まだ完全には成立してなかったのね、このふたり)

好都合――最後の一押し役なんて、最高に映えるというものだ。

「照れなくたっていいじゃない! わかってるんだからね、私」
フロルは顔の前に人差し指を立てて、もう片方の手を腰にやると、ちょっとぎこちなくウィンクをした。カブルーの真似だったのだが、伝わっただろうか。
――しかしこれ恥ずかしいわね。
背後の女子たちのざわめきが一層大きくなる。

(見なさいアンタたち! この三角関係の中心は私よ! ……そういう体で通させて!!)

……いいじゃない。ふたり、お似合いよ、ほんとに」
……お似合い?」

ミスルンの戸惑ったような声に、フロルは微笑んで頷いた。

「ええ。褐色と銀色で、まるで太陽と月みたい。一緒にいるのが、とても自然だわ」

少し笑って、店員に向き直る。
「じゃあ、これ――おふたりに包んであげてくださいな」
「かしこまりました!」

「フロル、君が買うの?」
カブルーが驚いて問うと、彼女は今度は自然にウインクした。

「あらっ、自分で買ってあげたかったかしら? まあ、私からの今日のお礼よ。受け取って」

店員から受け取った包みを、ぽんとカブルーに押し付けるとそのまま進み、店のドアに手をかける。

ミスルンが何か言いかけたが、彼女は顔だけ振り返って、最高にいい女の顔を作ってみせた。

「お幸せに、ね?」
一瞬だけ、瞳の奥の影をやわらかな日差しがさらっていった。

店のドアが開く。外はあたたかな午後の光に満ちていた。
背後でカラン、とドアベルが鳴った。

石畳に出ると、フロルは息をついた。足ががくがくして、心臓はまだドキドキしている。
(やりとげたわ! これでなんとか惨敗ヒロインは回避よ!)


後ろの女子たちが、ひそひそと囁き合う。
「フロルさん、大人だね……
「見直したわ……
そのささやきは聞こえないふりをして、フロルは背筋を伸ばして歩きだした。

(そうよ、私は負けヒロインなんかじゃないんだから)

――だから、空を見上げて背伸びして、ちょっとさみしげな笑顔で「あーあ」とか、絶っっ対やらないんだからね!

角を曲がりざまにちらりと振り返ると、遠くガラス越しに二人の姿が見えた。
俯いたミスルンがまだ何か言おうとしている。
カブルーは彼の言葉を聞き取ろうと、身を寄せていた。


「おつかれさま、姉ちゃん」

曲がり角の先では弟が待っていた。
めずらしくこちらを労るような顔をしている。

「本っ当に、疲れたわよ!! なんなのよあの二人は! ちょっと聞きなさいよ!」
「あーうん、見てた見てた。……あれは疲れると思うよ」

胸の前に両手を立てて「どうどう」とでもいいたそうなホルムの首根っこを、お嬢様モードをかなぐり捨てたフロルがガシリと掴む。

「今日は飲むからな! 付き合え!!」 
「僕は宗教上、飲酒は……
「問答無用! それと、ふたりの指輪代は折半だからな!!」
「ええ!?」

こみ上げる寂寥感に蓋をして、フロルは弟に渾身のヘッドロックをお見舞いした。

「元はといえば、お前が変な話をもってくるからだろうが!!」