もち粉
2025-12-21 00:57:41
22379文字
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起死回生ヒロイン―クラノム家家宝由緒書き―


カブミス クラノム姉弟
※ホルム姉の名前を「フロル」と捏造しています


「なんだお前、また来たのか?」

ドアを開けて怪訝そうに眉をしかめる姉に、ホルムは愛想笑いをした。

「まあ邪険にしないでよ姉ちゃん。今日はね、いい話を持ってきたんだ」
……いい話ぃ?」

めずらしく二日続けてやってきた弟をじろりと睨んだフロルは、ホルムの次の言葉に一瞬固まり、眉をぴくりと動かした。

「姉ちゃんに、紹介したい男性がいるんだ」
「な、何よ、急に……

「是非一度お会いしたいんだって頼まれてさ」

ぴくぴくっ。
フロルの頬がわかりやすく緩む。適齢期も後半、そういった話題に心が動かない年でもない。

「いやあね。どこかで見られてたのかしら」

片手を頬に当てて、にまにまとする顔を隠しつつ、口元とは裏腹に鋭く光る横目が「続けなさいよ」と圧をかけてくる。
ホルムは顔中の筋肉を総動員して笑顔を作りながら、説明を続けた。

「年上のエルフだよ。顔も悪くないし、お金持ちそうだった。
ほら、姉ちゃんも見ようによっては、ええと……可愛いし、どこかで一目惚れされててもおかしくないよ」

「ま、まあね」
フロルはすっと髪を払い、片手を腰に当てた。が、ハッと何かを思い出したようにその手を止める。

「ああでもだめよ。私にはカブルーが……

(そのカブルーは、年上エルフに夢中だけどね……

心の中で乾いた笑いを漏らしながら、ホルムは身ぶり手ぶりも交えて熱弁を振るった。

「それだよ姉ちゃん! カブルーのやつ、手紙だけ寄越して実際には放置じゃないか!
弟として、そんな中途半端に姉ちゃんに手を出すような真似、いくらカブルーでも許せないよ!!」

「バカねぇ。カレとはまだ何にもないわよぅ」

(『カレ』とかゆーなよ!!)

「だからさ、姉ちゃんが他の男とデートしてたって知ったら、カブルーだって焦るに決まってる!
バラの花束抱えてすっ飛んでくるかもね☆」

親指を立てて片目をつむる。
カブルーの真似だったが、やってみると信じられないほど小っ恥ずかしかった。

……カブルー、君ってばこんなの素でやってんのか……


◇◇◇

数日後、早めの昼食を取った姉弟は、フロルの家の前でミスルンを待っていた。

……本当に来るんでしょうね?」

ばっちりメイクを決めたフロルが、じとりとホルムを睨む。

「来るって。ちゃんと伝えたんだから。まだ時間には早いだろ、カリカリしなさんな」

当初はデートという概念自体を知らないのかと危ぶまれたミスルンだったが、ホルムが説明すると『ああ、私的な外出や食事にお誘いするということだな』と頷いたのだ。大丈夫だろう。

「誰がカリカリして――
いつもの調子でフロルが声を荒げかけた時だった。

ガラガラと車輪の音が近づいてくる。

(えっ、まさか)
てっきり歩いて来ると思っていたら、馬車!?
ホルムが驚いている間に、下町には場違いなほど立派な馬車が、彼らの目の前に静かに停まった。
磨き抜かれた黒の車体に金の装飾。いかにも貴族のお忍びといった趣きで、扉の紋章は紺の布でさりげなく覆われている。

フロルは、馬車が停まると同時に、目の前に繰り広げられる光景に息を呑んだ。

馬車の扉が開き、薔薇の香りと共に深紅の花束を抱えたエルフが現れる。白銀の髪に整った礼装、そして一礼の仕草までが完璧で――まるで一幅の絵のようだった。

「お初にお目にかかります、フロル嬢。ミスルンと申します」

その静かで深い響きのある声音に、フロルの心臓がときめいた。慌てて、とっておきのワンピースの裾を持ち上げる。

「フ、フロルと申します……

ミスルンは微笑み、「お近づきの印に」と薔薇の花束を差し出した。
フロルは、生まれてこのかたホルムが見たことのないほどたおやかな仕草でそれを受け取り、彼の手に導かれて馬車に乗り込んだ。

「では、姉君をお借りする」

その言葉とともに、馬車の扉が閉められる。
走り去る馬車を見送りながら、ホルムは自分の作戦の浅はかさを呪った。
気がつけば姉はまるで、王子さまに見初められたロマンス小説の主人公だ。
……よりにもよって、僕の仕込みで。

(これはちょっとカブルーには、教えられないな……


二人で軽く川べりでも散歩して、カフェでケーキのひとつも食べてくれれば、それでよかったのだ。それを耳打ちしてやれば、焦ったカブルーが、花束持ってミスルンの元にすっ飛んでいくだろうと思ったのだ。

この時点で、ホルムの「フロル当て馬計画」は、ミスルンの手によってキラッキラの本命デートにすり替わっていた。
冷や汗が伝う中、ようやく悟る。
――この場合の当て馬は、カブルーだった。


……いや、完璧か。乙女の夢すぎる……



◇◇◇

馬車の中は、柔らかな香りとともに静かだった。
ミスルンは道中の揺れに合わせて軽く姿勢を調え、訓練されたような微笑みをフロルに向ける。

「お乗り心地は?」
「え、ええ、とても……

お尻を突き上げてくるような、辻馬車の振動とは全然違う。緊張して視線を落としたフロルの膝の上で、深紅の薔薇がかすかに揺れる。


――ウチの姉、カブルーといい感じなんですけどね、どうもあと一歩、煮え切らなくて。恋のライバルでも登場すれば、カブルーも焦って覚悟決めると思うんですよ。
そこで隊長さん、あなたに当て馬役をお願いできないかなって。なに、一回だけ姉とデートしてくれたらいいんです。頼めませんか?

(これがカブルーの想い人か……

ミスルンは、ホルムの言葉を思い出しながら、向かいに座る女性を無感情に眺めた。ノームとしては平均的な体躯だろう。ドワーフほどではないが、密度の高そうな骨格。厚い耳殻。ペンだこのある研究者の手。


『性格悪そうな顔してるよね』
ふいに横から意地悪そうに囁かれる。振り向かずともわかる。昔のミスルンの幻影だ。ミスルンは膝の上で組んでいた指をぴくりと震わせた。
『本当にこんなちんちくりんが、あのトールマンの好みなの? 守備範囲広いね、あいつ』
(黙れ)

「あの……
か細い声にハッと我に返れば、フロルが期待に潤んだ瞳で上目遣いにこちらを見つめている。

「私のことは、どちらで……? どこかで偶然、見かけてくださったのかしら……?」

ミスルンは困って、助けを求めるようにちらりと横へ目を向けた。透き通るような銀の瞳の美青年は、仕方ないなとばかりに息を一つ吐くと、にっこりと笑顔を作って立て板に水と話し始める。ミスルンはそれをトレースするだけでよかった。

「いえ、実は直接お顔を拝見するのは今が初めてなんですよ」
「えっ?」
「私は元々カブルーと知己でしてね。弟君とは、彼を介して知り合いました。あまりにカブルーも弟君も口々に貴女を褒めそやすものですから……一体どれだけ素敵な女性なのかと、知らず興味を引かれてしまい――今回、弟君にはご無理を言った次第です」
「やだそんな、ホルムったら……。私のこと知的で美人で自慢の姉だなんて。
……あの、それで、カブルーは私のことをなんて……?」

口元にこぶしを添えて、ちらちらと見上げてくる。幻影のミスルンは、気に入らなそうに鼻を鳴らすと、いたずらっぽく笑って、唇の前に人差し指を立てた。ミスルンが完璧に再現する。

「さあて、それは……言わぬが花というものですよ。それに今は私とご一緒しているのですから、私のことだけ、考えてください」
「は、はひっ」 

真っ赤になって返事をするフロルをミスルンは冷ややかに見ていた。

(彼女は、本当にカブルーのことが好きなのか? これほど簡単に他の男に浮ついているではないか)

ミスルンは背筋を伸ばして座り直すと、胸に手を当て、軽く一礼した。

「改めてきちんと名乗らせてください。私はケレンシル家のミスルン――本日は貴女の貴重なお時間を私のために割いていただき、感謝いたします」

フロルも慌てて背筋を伸ばすと、精いっぱいよそ行きの声を出す。――ああ、どうか声が裏返りませんように!

「フロル・クラノムと申します。あの、ええと……ほ、本日は光栄です!」

(っていうか、ちょっとちょっとー!! ケレンシル? ケレンシルって言った今!? 世界長者番付トップ3に入るあのケレンシル家?)

平静を装おうとするが、興奮は隠しきれない。目を爛々と輝かせるフロルに、幻影のミスルンが肩を竦めた。
『ほらな、女なんてこんなもんだ。私たちの家名しか見ていない』

(私が彼女とデートをしたと知れば、カブルーは彼女を取られまいと恋を燃え上がらせるのだろうか。
それとも、うわべに惹かれる軽薄な女性とわかって、気持ちが冷めるのだろうか……

どちらだと思う? と若き日の自分に尋ねてみるが、彼は組んだ足に頬杖をついて、ニヤニヤと笑ってみせるばかりであった。


やがて馬車は白い石畳に威風堂々たる大理石や瀟洒な御影石の邸宅が立ち並ぶ地区へと入り、誰もが知る有名なドレス店の前で停まった。
フロルの手を取って店内に入ると、ミスルンは、あらかじめ決めていたかのように迷いなく一着のドレスを選び出す。鏡の前に立たせたフロルの後ろから、ドレスを彼女の体に当ててみせた。
深い赤紫に金糸の縫い取りを裾に散らした、大輪のダリアの花のようなドレス。

​「貴女に似合うと思います」

​その静かな自信に溢れた言葉に頬を染める暇もなく、優雅な店員たちの手によってあっという間に着替えさせられ、髪も夜会巻きに結い上げられた。
そっと揃えて置かれた華奢なハイヒールに震えるような気持ちで足を入れて再び鏡の前に立つと、そこに映し出されたのはまるで別人のような貴族の令嬢に変身した自分だった。

再び馬車に乗り込むと、今度は劇場へと向かった。
脂粉と香水の香りに満ちた、灯りの落ちた客席で、フロルは夢中になってオペラグラスを覗いた。だが時折ふと横を見上げれば、必ずミスルンの穏やかな瞳と目が合った。
その度に彼女は、はにかんで見せ、またそっとオペラグラスを目に当てるのだった。

(カブルーなら、彼女とどんな風に時間を過ごすのだろうか――
フロルの薔薇色の頬を眺めながらそんな考えがよぎり、ミスルンは自嘲めいた笑みを浮かべた。


◇◇◇

玄関の扉が開くなり、甘ったるい香りとともに、とんでもなく高価そうなドレスを着た姉が帰ってきた。

「ただいま〜♡ あらホルム来てたの〜?」

……姉ちゃんが鍵かけずに出かけちゃったから、帰るに帰れなかったんだよ。気持ち悪い声出すなよ」

いつもならこの瞬間に靴が飛んでくるところだが、今日は違った。
フロルはルンルンと室内履きに履き替えながら、やけにご機嫌だ。髪は高く結い上げられ、首元のリボンはほどけかけ、頬はほんのり紅潮している。

「ちょっとホルム、でかしたわよアンタ!」



……ケレンシル家? え、隊長さんケレンシル家の人だったの!?」
「あら、アンタも知らなかったの?」
「知らなかった……

カナリア隊の隊長なら、それなりの貴族だろうとは思っていた。
だが、よりによってケレンシル家――あの世界有数の大貴族とは。

「どうする? 私がケレンシル家の奥様になっちゃったりしたら。ああ、そしたらアンタ、私とミスルン様のキューピットとして下働きくらいには雇ってあげてもよくってよ」

蕩けた声を出しながら胸の前で手を組んで、夢見るように天井を見上げる姉に、ホルムは深くため息をついた。

「いや、僕らみたいな庶民が貴族に嫁入りしたって苦労するだけだよ。下級貴族ならまだしも、あのケレンシル家だぞ」
「そんなの愛で乗り越えてみせるわ!」

(はい出た……

「ってゆーか、カブルーはどうしたのさ、姉ちゃん」
「え? もちろん、私を取られそうになったカレが情熱的に迫ってくるっていうなら、考えなくもないけど……?」

カブルーもお城勤めになったし、将来性はあるわよね――いえでもケレンシル家と比べると、やっぱり……

そんな幸福な胸算用を並べ立てる姉を眺めながら、ホルムは胃のあたりがしくしくと痛みだすのを感じた。

沈黙を破って、フロルがふと真顔になる。

……まあ、あんたはエルフは苦手かもだけどさ。ミスルン様は普通のエルフとは違う感じだったわよ」

「わかってるよ……

ほんの少し眉を下げて答えるホルムに、フロルは自信に満ちた顔でニヤッと笑い、胸の前で両こぶしを作った。

「それでね! 次は私が街をご案内しますから、庶民デートしましょって約束したの! アンタも一緒に作戦考えて!!」
「次!?」

どうやら姉とミスルンは、想定以上にうまくいってしまったらしい。

(あ、なんか――僕、すごい余計なことした?)

ホルムは心の中で、カブルーに深々と謝った。