もち粉
2025-12-21 00:57:41
22379文字
Public
 

起死回生ヒロイン―クラノム家家宝由緒書き―


カブミス クラノム姉弟
※ホルム姉の名前を「フロル」と捏造しています


「俺、午後から休みなんですよ。よかったら一緒に昼食でも――

カブルーはいつもの調子で、弾むように声をかけた。
城の廊下でミスルンを見かけ、自然と足が向いていた。彼にとって、ミスルンに声をかけるのは、呼吸のようなものだった。

ミスルンは立ち止まらず、歩きながら抑揚なく答えた。

「私はこれからデートだ」

……え?」

一瞬、聞き間違いかと思った。「これから会議だ」みたいな口調だったし。
だが、ミスルンは振り返らず、銀髪を揺らして階段を降りていく。

カブルーは凍りついたように、その場に立ち尽くした。

(デート? 誰と? え、俺じゃないの?)

「あ、カブルー。いたいた。ごめん、ちょっと話が――
カブルーを見つけたホルムが小走りで近づいてきた。

カブルーの脳内で、島主の家での邂逅や深層で過ごした六日間がフラッシュバックする。
あの美しい微笑みも、信頼を積み重ねてきた日々も、すべて、すべて俺だけのもの――

(いやいや、俺たちって、かなり運命的に出会ったと思うんだけど? 奇跡じゃない?)

「おーい? カブルー?」

……この流れで、ミスルンさんの好きになる相手が俺以外とか……ある!? なあ!?」

自分の前で手を振っていたホルムの肩をトールマンの力強さでがしっと掴み、がくがくと揺らす。

「いっ……痛っ! 知らないよ僕は!!」

ホルムは目的を一瞬で忘れ、逃げたくなった。




「まあまあ、落ち着いて。一回座ろ?」

中庭に面した廊下のベンチにカブルーを座らせ、ホルムはため息をついた。

「で? どうしたの?」
「いや、あの、ミスルンさんが……デートに行くって……

(あちゃー、もう聞いちゃったか)

だが、これはチャンスだ。
カブルーに自覚を促す、絶好のタイミング。

「へぇ、それはおめでたいことだね」
「え? いやまあ、そうなんだけど……
「なに、気に入らないの? 隊長さんが、誰とデートしたって自由だろ」
「そりゃそうだけど!」
「けど?」

カブルーは両手で頭をぐしゃぐしゃとかきむしりながら、視線をうろうろと泳がせた。

「けど……なんか、あの人が俺以外の誰かと出かけるって、想像つかないっていうか……

(いや、それが先日、完璧なデートを繰り広げてんだよな……

ホルムは苦笑を飲み込む。

​まさか本当に姉とミスルンのニ回目デートが実現するとは、ホルムだって思っていなかった。しかしカブルーの動揺っぷりも想像以上だ。これはちょっと自分のせいとは言い出しづらい。
ホルムはこの点については口をつぐむことを決意した。

(とりあえずこのまま隊長さんに告白させる方向にもっていきたい)

カブルーは膝の上に肘を置き、頭を抱えたままぽつりと漏らした。

「なんか、どっかで自然に……ミスルンさんのこと"俺の人"って思ってたのかも」

「うん、だろうね」

ホルムは静かに微笑んだ。

「でも、思ってるだけじゃ『デート行かないで』とは言えないよね」

「そうだな……

カブルーは顔を上げた。
どこか吹っ切れたような、潔い笑顔を見せる。

「ミスルンさんに、ちゃんと告白するよ」

「それがいい。それが一番まっすぐだ」

(そうそう。さっさと君たちがくっつけば、姉ちゃんも正気に戻るだろうし)

……その前に、」
「ん?」
「俺、午後は休みなんだ」
「うん」

カブルーはベンチから飛び上がるような勢いで立ち上がり、宣言した。

「ミスルンさんのデートを邪魔しに行く!!」

ホルムは、目の前のトールマンが、人の懐に入るためならなんでもする男であったことを思い出した。そんな男が、自分の恋のためなら、一体どれだけの事をするのだろうか?

「ええ!? ちょっ、待てって!!」

ホルムの悲鳴など、カブルーにはまったく届かない。
中庭を吹き抜ける風だけが、彼の絶望を慰めるように通り過ぎていった。


◇◇◇

――あら、カブルー?」

フロルが目を丸くした。
彼女が恍惚とした表情でミスルンの肘に腕を絡め、夢見心地に歩いていた――その先の角から、まさに"偶然"を装ったカブルーが現れた。

「やあ、フロル! 奇遇だね!」
(よし、完璧なタイミング!)

「ミスルンさんも? めずらしい組み合わせだね。二人が知り合いだなんて、ちっとも知らなかったなぁ」
「今は、デートの途中だ」
ミスルンがあっさり答える。

「へえ、そうなんですねぇ。……もしかしてこれからランチですか?」
カブルーは一歩、距離を詰めると誰が見たって好青年そのもの笑顔を作った。
「僕もそろそろ食事にしようと思ってたんですよ。よかったらご一緒しても?」

「え?」

戸惑うフロルにカブルーが顔を寄せるようにしてニコッと笑う。

「フロルとも、食事の約束をしてたけど、まだ果たせてなかったし。ね、いいよね?」

普段のカブルーなら、こんな不躾な提案はしない。そのカブルーらしからぬ行為と自分を探るようにのぞき込んでくるいつもより熱を帯びた青い瞳。
女の本能がピンときた。

(まさか、カブルー……焼いてる!? 私を取られまいとしてるのね!!)

「え、ええ、もちろん私は構わなくてよ。どうかしら、ミスルン様、人数が多いほうが賑やかで楽しいと思いますわ」

フロルは鷹揚な女神のように微笑んでミスルンを見上げた。
​ミスルンは一瞬何の反応も見せない無表情のまま一拍置いてから、「構わない」とだけ言った。
誘いを断りたいという欲が、彼にはないからだ。


「決まり。じゃあ……
カブルーが親しげにフロルに向かって、肘を軽く曲げて差し出した。ミスルンへの牽制を隠そうともしない、エスコートの体勢だ。
すでにミスルンへと右手を預けているフロルは戸惑って瞳を揺らした。

「カブルー」
ミスルンが静かに、しかし有無を言わせぬ冷ややかな声を出す。
「フロル嬢は私がエスコート差し上げている。横入りは感心しないな」

ミスルンは口を挟んだ自分に驚いていた。ホルムに頼まれたのは、カブルーに発破をかけるため、恋のライバルのふりをしてくれというものだ。カブルーがフロルをミスルンに取られると思って焦っているならば、計画通りではないか。
演技のはずなのに――胸がざわついた。
この腕をほどいて、フロルをカブルーに渡すのは嫌だった。

(ちょっ、あの欲のないミスルンさんが譲らないだと!? そんなにフロルのこと気に入ってるのか!?)
爽やかな仮面の下で、内心ショックを受けるカブルー。

(やだっ! 私をめぐってミスルン様とカブルーが火花を!? ああん、私ってば罪な女)
完全にロマンス小説のヒロインモードに入ってしまったフロル。

「そうだわ、こうしましょ! 公平に、ね?」
フロルが右手はミスルンの腕にかけたまま、左手でカブルーに掴まる。男二人は一瞬顔を見合わせると前を向いて小柄なノームのフロルに合わせた歩調で歩き始めた。
男たちがお互いに牽制しあいながら、一歩も譲るまいと肩の力を入れているのが、ホルムには背中越しにもわかった。

(ああーっなんか訳わかんないことになっちゃってるよ、誰か助けて!!)


さてどこを探そうか。
そもそも相手は誰なんだ――と我に返ったカブルーに、様子のおかしさを看破され、結局、洗いざらい白状することになったホルムである。
姉と一緒に考え(させられ)たデートコースにカブルーを案内してきた。ものすごくこのまま帰ってしまいたいが、そうもいくまい。
責任感一割、好奇心三割、あとの六割は自分でもなんだかわからない感情に引きずられながら、ホルムはこっそり三人の後をつけた。


こうして、三者三様(+一名)の波乱のデートが幕を開けた。


◇◇◇

フロルがランチに選んだのは、メリニの若者に人気の、洒落ていながら賑やかなカジュアルレストランだった。

昼時とあって混んでいたが、ホルムに予約を入れさせていたおかげで、すんなりと席に案内された。
元々窓際の四人がけテーブルを二人で使えるように店側が手配してくれていたので、三人に増えても問題なかった。

店内の様子を、ホルムは通りの向こうから眺めていた。
この胃に悪い光景を、なぜ僕は一人、道端でサンドイッチを齧りつつ見守っているんだろう。

窓の向こうでは、さっそく胃の痛くなる事態が発生している。三人で腕を組んだまま席の前まで来たときであった。

――さあ、どちらが私の横に座るの!?

フロルは選択肢を男たちに与えるため、率先して店員の引いてくれた椅子に、さっと腰掛けた。
残された二人は、お互いの表情は一切変えぬまま間合いを測って、静かな攻防を繰り広げた。

(カブルーとフロル嬢が並んで仲睦まじいところなど、見たくない)
(ミスルンさんとフロルをこれ以上近づけさせてなるものか)

お互いの思惑が絶妙に噛み合った結果――
並んで座った自分を取り合っているはずの男たちにフロルは向かいの席に一人座ったまま目を瞬いた。

――なんで?




ウェイターが若干苦笑しながら水を置いて去っていく。
テーブルの片側に並んで座る男二人。向かいにフロル。なんとなく、彼女が二人に尋問でもしているような構図になってしまった。

(いいえ、考えてみなさいフロル。麗しい男性陣の顔を二人並べて眺められるというのも乙なものよ)

フロルは無理やり自分を納得させると、メニューに目を落とそうとして気がついた。
店内に見知った顔がちらほらといる。特に斜め後ろの女子会グループは、職場で日ごろフロルを目の敵にしている女子たちだ。

今、その彼女たちは、手元のグラスを落としそうなほどぽかんと口を開けてこちらを凝視している。
フロルは、湧き上がる優越感に浸りながら、勝ち誇ったように唇を吊り上げた。

(ふふん、さぁ見るがいいわ! ハイスペ男性二人からチヤホヤされている私を!)

「ああん、AランチもBランチもおいしそうでえらべな〜い♡ お二人はどっちにする?」

肩をすくめてメニューからひょこっと顔を出し、上目遣いに向かいの席に声を掛けた。
そのときフロルが見たのは――互いの肩を触れ合わせ、イチャイチャと一つのメニューを覗き込んでいる男たちだった。

「ミスルンさん、どっちにします?」
「どちらでもよい。選んでくれ」
「だぁめ、もっと選ぶ練習しましょ?」

――なんでよ。


褐色の肌に黒い巻き毛のカブルーと、白い肌に銀の髪のミスルンが並ぶと対照的な色合いで、一対の人形のようだった。
元々カブルーとミスルンが知己だと言っていたから、二人が親しくてもおかしくはない。
――いや、おかしいだろ。知己の距離感じゃないだろ。

「フロルはもう決めた?」
カブルーが何気なく問いかけてくる。
フロルは慌てて笑顔を作った。

「え、ええと、迷うけど私は……Aランチにするわ」
「では、私はBにしよう」
ミスルンはウェイターを呼び止めると、AランチとBランチを一つずつ、メインの料理を半分ずつ取り分けて持ってきてくれとさらりと告げている。

(えー、そんな注文アリなんだ!?)

カブルーは驚いたが、ウェイターは慣れた様子で頷き、きびきびと注文を復唱している。

「これなら、二つとも口にできるだろう? ――カブルーはどちらにする?」
「あ、ええと……じゃあAランチで」

「ミスルン様、やっぱりスマートね」

(カブルーはよく、『こっちも食べてみて』と一口相手に食べさせる。最初からフロル嬢の皿に二種類ともあるなら、そんなことはしないだろう)

(やばい、フロルのミスルンさんへの好感度が上がってる! こうなったら、フロルの気持ちをこっちに向けさせるか? 元々俺に気があったんだから、ちょっとつついてやればいけるはず)

「フロル、食事のあとって、どういう予定?」
「私のお気に入りのアクセサリー屋さんがあるから、そこにミスルン様をご案内する予定よ」

(そんで、ミスルン様に何か買ってもらっちゃったりして! できれば指輪がベストよね!! 『いずれ、"本物"を贈らせて欲しい』とかさぁ! いやん、私ったら気が早いわ)

「よかったら俺も一緒に行っていい? 日ごろのお礼に何か……
買ってあげるよ、と言いかけたところで、つん、と上着の裾を、力なく引っ張られた感触があった。

​フロルに向かって乗り出していた身を引いて、隣のミスルンに問いかける。

​「どうかしました? ミスルンさん」
……そ、装身具なら、私も以前におまえにもらった」
ミスルンは顔を白くし、黒い瞳をわずかに潤ませていた。

(カブルーがフロル嬢に装身具を? 彼女なら――きっと指輪をねだるはず)
そう思った瞬間、急に息が詰まるような苦しさを覚えた。

カブルーは思わず息を呑んだ。
(これは……! アクセサリーを、自分以外に与えるなってこと? 嫉妬?ミスルンさんが嫉妬!?)

優位を確信したカブルーは一転して、爽やかさを装いつつも、自信ありげに微笑んだ。
一瞬だけ、ちらりと横目でフロルを見る。

「もちろんおぼえてますよ! チェーンを贈りましたよね。もしかして使ってくれてます?」
「今もしてる」

ふぅ、と息をついて呼吸を整えたミスルンが詰襟を一つ緩めると、彼のほっそりとした首に銀色のチェーンが見えた。ネックレスというにはやや太いそのチェーンは、彼の繊細な雰囲気には不似合いだったが、ミスルンは両手で大事そうに服から引き出すと、ぶら下がった鍵を見せる。

……お前が、宿舎の鍵をなくさないようにとくれたから」
「使ってくれてますね、嬉しいです」

(それは、アクセサリーっていうのかしら)

鍵を首から下げているなんて、子どものようだ。
……けれど一瞬、チェーンの先には指輪が下がっているのでは? と想像した。
その鍵まさか、二人の新居の鍵だなんてこと、ないわよね?

(二人って……どういう関係?)

疑い始めたフロルの背後で女子会グループもざわつき始めていた。

「ねぇ、あれ、もしかしてカブルーと……あのエルフの人、そういう関係……?」
「うそでしょカブルー、やぁん、ショックー」
「てかフロルさん、完全に第三者じゃん……

(ちょっとやめて! そんな哀れみの目で見ないで!!)
フロルは思わず、身を縮めた。

「いやほら、二人から『フロルさんにはお世話になってますから』とか、幸せ報告受けてるのかもしれないじゃん」

一応フォローしてくれたらしき同僚がいるのが、また居た堪れない。どうしたって二人+フロルの図式にしか見えないということではないか。

必死に作った笑顔を引きつらせながらスプーンを持ち上げる。
だが向かいから聞こえてきたのは──

「ミスルンさん、それ、スープは先に混ぜないと下に具が沈んでるんですよ」
「そうか」
「ほら、貸してください。俺が──」

……なんでそこまでお世話焼いてるのよカブルー! ミスルン様も! 先日の高級レストランでは一人で完璧に優雅にお食事してらしたわよね!?)

フロルは心の中で絶叫した。なぜ、よりによってこの恋の勝負どころで、カブルーはミスルンの世話を焼いているのだ。
――あんたは私を取り戻そうと、デートに着いてきたんじゃないの!?

おかしい、自分を巡る三角関係のはずが、いつの間にか自分が外周を回る衛星ポジションに落ちている。

二人は紳士らしく、決してフロルを会話の置き去りにしたりなんかしてない。適度にフロルにも話を振り、全員が会話に参加するように場を回している。

――だからといって、目の前の美女そっちのけでミスルン様の口を拭いてやったりしてていい訳じゃないからね、カブルー!?

……ごめんなさい、ちょっとお化粧を直してくるわね」
「気をつけて」
「行ってらっしゃい」

デザートまでなんとか耐えきったフロルは、恋のライバルだったはずの睦まじい二人に見送られて、ふらふらと席を立った。

その背中を見送って、カブルーは忍び笑いをもらした。
(よし、ミスルンさんもちょっと嫉妬してくれたみたいだし、フロル恐るるに足らず!)



(だめだわ。あの二人、私がいなくても成立してる……!)

鏡の前で髪を直しながら、彼女は真剣に思った。

……だめ、負けちゃだめ! ここで引いたら明日職場で笑いものにされちゃう!!)

フロルは決意した。せめて、アクセサリーショップで二人に何か買わせよう。
明日職場にこれ見よがしに着けていけるように。