ロマン君がぬくぬくとしたお布団から出て行きたくなくてうだうだする話

BLではありませんがこの生産ラインではマーロマ(順不同)も生産されています


 学食というものはどうして混むのだろうね。混まなければこんなに便利なものはないのに。
 それはね、混むことを除けば便利なのは全校生徒にとって一緒だからだよという当たり前の答えに目を逸らしながらも、目敏いボクはどうにか一つの空席を見つけ出して早足で席に向かい、これでようやく昼食にありつけるという安堵と共に腰を下ろそうとした所で思わぬ衝撃を受けた。
 同じ苦労の果てに此処に辿り着いた輩がもう一人いたらしい。
 一人暮らしを始めてからなんとなく体を鍛えて(一人暮らしの大学生はみんなやるよね?)手に入れた体幹のおかげで、ボクのネギの大盛り(無料トッピング)卵とじうどんを衝撃から守り抜くことができた。ボクがぶつかってしまった相手の手元にある日替わりC定食(デザート付きのそれはボクの卵とじうどんの三倍のお値段である)も、持ち主の運動神経が良好だったおかげで味噌汁は朗らかに湯気を立てている。ちょっとくらい溢れてしまえば良かったのに。
 しかしいかに頼んでいるものがちょっと気に食わないからといって、ぶつかっておいて謝らないのは現代人の恥だという知見くらいはボクでも持っている。なのでここは大人しく謝罪して、他の席探しを頑張れと激励するのが人の道というものに違いない。確かにそう思っていた筈のボクはしかし、顔を上げた先の初対面のはずの男の人間離れした虹色の目を見て、まぁ別にいいだろうという薄汚い安堵に至り、それまでは全身からかき集めてなんとか持っていた筈の罪悪感も全て綺麗に消え失せてしまった。
 ボクは昔からタレ目だと勘違いされやすいがその実、むしろ吊り目気味である。逆に今ボクとぶつかった目の前の全身プリズム体みたいな新感覚色彩の全身怪しい男は、一見するとつり目だと思わせてくるがその実しっかりと見ると意外とそれほどでもない。いわゆる目力が強すぎる故にそう見えるだけなのだろう。うん、少し腹が立ってきたぞぅ! やっぱり謝らなくてもいいよね? お互い様だしね?
 私怨で些か話が逸れたが、とにかく目の前の男とボクの目の造形は決して似てはいない。
 だというのにボクは目の前な男の目を不思議と(ボクと同じだなぁ)と思い、またあちらもまず間違いなくそう思っている。目の丸さがそれを物語っていた。お互い初対面(の筈)なのだが、なんだかもうコイツの扱いは勝手知ったる気分だ、
 そしてここからが本題なのだが、引っ越してから向こうボクを悩ませ続けるあの夢の持ち主も、おそらくボクと同じ目をしている。と思われる。
 こんな「コイツはボクと同じ目を持っている」なんて感覚、おいそれと感じるわけがない。A=BでかつA=Cであるならば、B=Cである筈だ。
 つまりあの夢のボクの部屋で好き勝手のかぎりを尽くしたいたのは恐らくコイツなのだ。いやどういうことだよ。自分でも何を言っているのかわからないが、今まで己を悩ませてきた黒いモヤが晴れていくのを感じていた。
 はぁ、キミかぁ。
 じゃあなんだ、あの夢は新生活を続けていくうちにそのうちうっかりコイツに出会いますよって予知夢か何か!? という我ながらな素っ頓狂な発想と、コイツがボクの運命の相手じゃあるまいしという冷静な判断が法廷で争いを始めた。頑張れ、後者。最悪暴力に訴えてでも勝て。
 しかしこの出会いをもってここ暫くの取り越し苦労のストレスが霧散したのは確かであることだけはいかんともしがたく、その事実がせっかくどこかに行ってくれたストレスとはまた違った新人のストレスとしてボクの肩にのしかかった。
 なんか、もういいや。まずはご飯を食べよう。うどん伸びるし。
 ボクを見て呆け続けてるヤツを他所目に自分のお盆を強引に机の上にねじ込めば、そこで男はばちんと頬をビンタされたようにようやく目を醒まし、口をわざとらしく曲げながら不満をごちり始めた。実に爽やかで流れるような慣れた語り口で、喧しいことこの上ない。
 他人の部屋を勝手に彷徨きまわるヤツは、きっとこういうヤツだ。なら無視でいいな。
「はぁ、キミかぁ……
「だからさっきからなんだいその態度は、心外だなぁ! 初対面の相手にその溜息は失礼だろう! 私のこの美しい顔を見た後にご飯を食べられる幸運に感謝して席を探す旅に出たまえよ」
「その自信、さてはキミの自認は花か何かなのかい? なら丁度良い、食事なら花壇にでもいって光合成をしておいで。人間のボクはここでうどんを食べるから」
「キャッチボールを試みた相手にデッドボールを狙うのはやめたまえ」
「花扱いをしてやっただろう?」
「花のように扱うというのは、人権を剥奪するという意味ではないからね?」
 ボクに似ていない筈なのに、何故か似ている眼を持つ男はB定食を持ちながらずっと、うどんを啜り続けるボクに文句をぐちぐちと文句を言い続けた。定食のキミと違ってボクはうどんなのだから、諦めて食べるのに専念させてくれればボクの後にゆっくり食べられるだろうに。
 この面倒な男がずっとこんな有様なモノだから、彼に気を遣ったボクの隣の席の女性はそれはもう気まずそうに月見そばを飲み干してからそそくさと席を後にして立ち去っていった。心根が優しいのだろう。こんな所で無駄遣いしなくてもいいだろうに。
 その恩恵を受けた男はというと、定食セットのお盆をボクの横に置き、もう文句を言う必要もないのに何故かそのまま喋りを続けた。
 いや、食べろよ。勿体無いだろう。
「なぁ」
「お、やっと口を開いた」
「昼飯を食べる気ないならそのデザート貰っていいかい?」
……キミさぁ。いやいいよ。あげるとも。その代わりに、名前を教えてもらえるかな?」
……ロマニ・アーキマン」
 この怪しくやかましい男に個人情報を渡すのはどうかなとは思ったが、同じ大学の人間相手に名前を個人情報扱いするのも無理がある。ならば今この場で名前を教えるだけでデザートをカツアゲできる機会を逃す手はない。LINEの友達登録報酬のようなものだ。
 自認が花に相応しい騒がしいほどに華やかな男は、ボクの名前を受け取ると口をにんまりと吊り上げた。
「私はマーリンだよ、これからよろしくねロマニ君。うーん、イマイチしっくり来ないな。よし、私はロマン君と呼ぶことにしよう。よろしくね、ロマン君」
 それは御免被るけれども、プリンを食べている間くらいは好きに言わせてやることにした。コイツが勝手に言っているだけだし、プリンは美味しいからね。
 タダで食べるプリンは特に美味しい。