ヨジ🔞
2025-12-16 16:51:00
241168文字
Public logh
 

【ロイミタ】憂国

暴力のかくうつくしき世に住みてひねもすうたふわが子守うた 齋藤史

12月16日に寄せて。

もしも銀河の歴史がロイミタ中心に回っていたら……という、隻眼ロイエンタール×ミッターマイヤーの原作if。帝国歴480年の双璧の出会いから、ロイエンタール叛逆後の新帝国歴3年2月まで。
カプはロイミタ中心ですが、ロイエンタールが男女問わない漁色家設定なので、ロイエンタール攻めのカップリング(ロイヨブなど)が雑多に出てきます。また、ミタエヴァ、ロイエル等、原作カプはそのままです。
登場人物の死、元ネタ(三島由紀夫『憂国』)程度の性描写・グロ描写あり。何でも許せる方向け。

第一章(帝国歴480年~484年)双璧の出会いからミッターマイヤー結婚まで
第二章(帝国歴486年~490年)外伝1巻から本伝5巻まで
第三章(新帝国歴1年~2年6月)本伝6巻から本伝8巻まで
第四章(新帝国歴2年8月~10月)新領土編
第五章(新帝国歴2年10月~12月)帝位請求戦争編
第六章(新帝国歴3年1月~2月)憂国編

番外編「義眼球譚」(ロイヨブR-18):【ロイヨブ】緒【憂国 番外編🔞】 https://privatter.me/page/683a94f14b0e4

ご感想等はこちらから(マシュマロ)▶https://marshmallow-qa.com/not_hume?t=uZwr3Z&utm_medium=url_text&utm_source=promotion


第五章(新帝国歴2年10月~12月)


 皇帝カイザー、行方不明!
 この非常事態に際し、銀河帝国上層部では厳重な箝口令を敷いた上で、皇帝捜索にあたった。通信による情報収集も急がれたが、妨害電波の影響か、ハイネセンの新領土ノイエ・ラント総督府が応答しない。皇帝の消息が絶ったと思われる惑星ウルヴァシーとの連絡も試みられたが、こちらも無反応である。「影の城シャーテンブルク」要塞建設予定宙域周辺で捜索班の指揮を執る宇宙艦隊司令長官ウォルフガング・ミッターマイヤーも、手をこまねくほかなかった。
 矛盾にみちた真偽不明の情報がいくつかもたされたが、ミッターマイヤーの気分をわずかでも上向かせるものは皆無だった。そして、「ルッツ上級大将戦死」の報が事実であることが確認されたとき、ミッターマイヤーは一瞬にして凍りついた。
 五ヶ月前、回廊の戦いの最中、ロイエンタールは彼にたいしてこう言ったのだ。「お前は『彼は失うべからざる存在であった』と、お前が死んではじめて嘆くような皇帝に、仕えつづけることができるのか」と。それは、忠誠心そのものを問う、きわめて危険な発言だった。主君のために身命をささげることを忠誠と呼ぶのであれば、ロイエンタールの問いはそもそも意味をなさない。彼の言わんとしていたところは、リップシュタット戦役の戦勝式でのあやまちであろう。
 皆、ウルヴァシーで亡くなったルッツも含め、三年前あの場にいた全員が思い知ったことがある——ジークフリード・キルヒアイスは特別だった。真に失うべからざる存在を、ラインハルトは永久に失った。それがうら若き黄金の覇者を強くした。かの人には、もはや、部下を戦いに赴かせて、怖いものなどないのである。
 その脱皮を、完全無欠の君主の羽化と見るオーベルシュタインにたいして、ロイエンタールの見方は異なる。あれほど打ちのめされておきながら、同じあやまちを重ねるとは何事だ、有能な人材を求めておきながら、無益な戦いで部下を道具のように使い捨てているではないか。このように、隻眼の男はラインハルトを非難していた。
 ロイエンタールがこうも皇帝に辛辣なわけは、彼がローエングラム陣営に加わった経緯を考えると、納得がいく。ロイエンタールはほかの多くの提督たちのように、ラインハルトからスカウトされたのではない。オーベルシュタインやヒルダのように、自分を売りこんだと言えなくもないが、その契機をつくったのは親友ミッターマイヤーである。つまりロイエンタールは、たんに親友の救命めあてでラインハルト麾下に加わった、唯一の人間なのだ。その契約を、ロイエンタールは一日といえども忘れたことはない。五年前の約束は果たされたとはいえ、ラインハルトに仕えることで友の命が脅かされれば、反発するのは当然だった。
 ウルヴァシー事件がロイエンタールの引き起こしたものであるかどうかは、いまだはっきりしない。しかし、ルッツの死について、新領土総督が責任を免れえないことは確定している。無益な戦いでの死を許さないロイエンタールのことだ。彼はおそらく、その死を意味のあるものにしようとするだろう。自分を叛逆者にすることによって。そしてそれは、ロイエンタールの望みでもあった。
 このときミッターマイヤーは、ロイエンタールの心理の微妙な傾きを、きわめて正確に洞察していた。本人も顕在意識にのぼらせなかった、イゼルローン失陥に関する負い目さえ、ミッターマイヤーは把握していた。だからこそ、彼は事件の詳細を見極めるよりはるかに早く、親友の叛逆を確信したのである。ルッツの死の報は、ミッターマイヤーの目の前に落ちてきた巨大なギロチンの刃であった。それは、自分とロイエンタールとをつないでいたはずの糸を、完全に切断してしまった。
 ミッターマイヤーの思いは、遠くハイネセンまで天翔る。その地の旧支配者、すなわち旧自由惑星同盟の元国家元首ヨブ・トリューニヒトについて思い至ると、彼は憎悪を感じずにはいられなかった。噂によると、あの売国奴とも呼ぶべきトリューニヒトは、ミッターマイヤーの親友であり、想い人でもあるロイエンタールと、懇意にしているというではないか。一年前の「神々の黄昏ラグラロック」作戦の最終局面、ハイネセン侵攻の際に対面した、最高評議会議長トリューニヒトは、およそ好意を抱くことが難しい人物だった。トリューニヒトは祖国を捨てて帝国に移住してからも、政界からの引退は考えていなかったという。
 そんな男の新領土赴任が、この事態を引き起こしたのではないだろうか。ロイエンタール不穏の噂の直後という、軍内の分裂が懸念される時期、人事はより慎重を期すべきだったろう。トリューニヒトなど、閑職でも与えて政治の中心から外していればよかったところ、わざわざ嫌がらせのためにリスクをとって、本拠地であるハイネセンに派遣するなど……
 嫉妬によって公正な判断力を欠いているのを自覚し、ミッターマイヤーは強く首をふった。人間の能力には限界があり、誰にも未来予知など不可能である。トリューニヒトの人事について黙認した身でありながら、後から文句ばかりたれるのは卑怯であると、思い直したのだった。
 考える価値があるのは今後の対応についてだ。しかし、ミッターマイヤーは自分の未来について、何らの展望も持てなかった。いまは、皇帝捜索と保護に専念するときである。だが、そのあとは? これまでミッターマイヤーは明確な基準をもち、状況に合わせた最善の行動を選んできた。だがこのとき、彼の根本姿勢には、はじめてぶれが生じていた。
「閣下、ロイエンタール元帥の叛逆はもはや疑いようがございません」
 ミッターマイヤーの後手後手の対応に、「疾風ウォルフ」らしからぬもどかしさを感じたのか、ひとりの部下が進言した。
 「帝国軍の双璧」が私生活上でも親しいことは、全兵士の知るところである。それでもこの部下があえて切り出したのは、ひとえに、敬愛する上司ミッターマイヤーへの配慮であった。公明正大な上官にとって、友情が決断のさまたげになるのであれば、代わりに自分たちが断固たる態度でもって、事態に臨まなければならないと考えたのである。
 勇気ある部下はさらなる核心をついた。
「これが計画されたものであれば、新領土でロイエンタール軍が動いている可能性があるでしょう。手遅れになる前に、ワーレン艦隊だけでなく、宇宙艦隊主力も出撃するべきではございませんか」
「口を慎まないか!」
 出すぎた諫言をたしなめたのはバイエルラインだった。場を収集させるため、返答の必要性を感じたミッターマイヤーは、鈍重な頭を無理やり回転させた。
「猪突はならん。もし卿の言うとおり、ウルヴァシーでの変事が計画的なものであるとすれば、とうに皇帝はしいせられている。となれば新領土総督は、首謀者をでっちあげて朝敵を討った功績を独りじめするか、あるいはばかげた噂のとおり、旧ゴールデンバウム王朝の復古を宣言するかしているだろう。そのいずれでもないということは、新領土側でも事件解決にあたっているはずだ。ここでいたずらに艦隊を動かせば、それこそ皇帝陛下と新領土総督のあいだに、取りかえしのつかない亀裂を入れることになりかねんぞ」
 かすかな希望を掴もうとするこれらの言葉は、ミッターマイヤーの人物像にかなう、満足のいくものであった。ことさら悲観論をとなえるのも憚られるため、幕僚たちはそれ以上口をはさむことなく、すこしでも物事がよい方向へ持っていくことを祈った。自分たちの上官は、親友ロイエンタールの無罪を明らかにして、最低限の処分で事態が収束することを望んでいるのだと、やや不憫に感じつつ。
 部下に対する口ぶりとは裏腹に、ミッターマイヤーには諦念が重くのしかかっていた。新領土総督が叛旗をひるがえしたことは、まだ公式な見解とはなっていないが、じきに討伐軍が編成されるにちがいない。そうなったとき友を討つのは、驕りも謙遜もなく実力的に考えて、皇帝か、または宇宙艦隊司令長官である自分ということになる。どちらも喜ばしからざる未来であり、栄達のはてがこれであるかと思うと、彼は戦いを生業なりわいとする者の救われがたさを感じた。
 皇帝の安否が判明すれば、ミッターマイヤーも何らかの痛ましい選択を迫られるだろう。だがひとまずのところ、彼は現時点における選択を終えた。友の性格から叛逆を確信しながらも、ミッターマイヤーは宇宙艦隊を待機させたのだった。



 一○月二九日、ワーレン上級大将が銀河帝国軍総旗艦ブリュンヒルトを発見、保護する。その三日後の一一月一日、ミッターマイヤーはフェザーン回廊にて、皇帝ラインハルトと随員を迎える。惑星ウルヴァシーの変事から、じつに三週間が経過していた。
 同日、彼は皇帝から、ロイエンタール討伐の勅命を賜った。
「この国の玉座にある者は誰だ、予か、それともロイエンタールか」
 これは、寛恕を乞うミッターマイヤーにむけた、ラインハルトの攻撃的な皮肉である。しかし、発言者の若者が思うよりもはるかに状況は深刻であり、これは冗談や皮肉では済まされない発言であった。ミッターマイヤーの中には左右に振れる針が存在しており、やむをえず勅命を受諾したものの、迷いがつきまとって離れずにいる。
 ミッターマイヤーは彼なりに、叛逆者に身をおとした親友のため、全力を尽くした。だがもしかすると、ミッターマイヤーがロイエンタールのためにわが身を削れば削るほど、ラインハルトは彼らにたいする反発を強めたのかもしれなかった。そしてミッターマイヤーは、拮抗する友誼と忠誠のどちらを優先するか試された。それが「銀河帝国の皇帝はどちらか」という形であらわれたとき、友人の不穏な発言の数々と、自分がひそかに友人にかけていた夢を見抜かれたように、ミッターマイヤーは感じたのだった。
 ラインハルトへの忠誠をとったミッターマイヤーではあるが、忠誠それ自体のための選択であったかというと、真実は逆だろう。むしろ、友を大切に思うがゆえに、彼はロイエンタールと皇帝ラインハルトのあいだに割って入ったのだ。ロイエンタールを連れもどしたい。だが、それができぬのであれば、いっそ勝利とこの命とを親友に譲ってやりたいと、ミッターマイヤーは思う。だが、仮にそのようなことができたとしても、窮状を打破することは不可能なのだ。
 であれば、一体何のために、親友をこの手にかけるなどという恐るべき命令を受けたのか、わからなくなってくるミッターマイヤーであった。そもそも、ミッターマイヤーは自分自身を、ロイエンタールには遠くおよばないと考えている。自分が敗れ、皇帝親征という事態を招くのであれば、畢竟、自分がいようといまいと変わらないではないか。もとをただせば、ロイエンタールがラインハルト麾下に加わったのは自分につきあってのことで、あの男は誰かに膝をつくことを望んでいなかったのだ。ロイエンタールが皇帝との戦いを望むのであれば、むしろ自分は身を引くべきではないだろうか……
 勅命を受け、ブリュンヒルトから帰還したミッターマイヤーは、迷宮にとらわれていた。彼の明晰な頭脳は、感情とは別の回路ではたらいているらしく、すでにこの作戦に参加する人物をリストアップしている。勝利と、ローエングラム王朝の未来——ロイエンタールと自分とが去った後の帝国——を考えれば、人選はおのずとさだまった。
 ミュラーには皇帝ラインハルトのそばに控えてもらうことにし、ワーレンとビッテンフェルトに連絡をとるよう命じたとき、ひとりの兵士が宇宙艦隊司令長官室に駆けこんできた。
「フェザーン航路局が爆破されただと?」
「はい、それで、混乱のうちに航路データが消去されてしまったとのことです」
 ミッターマイヤーの幕僚たちの口から、うめき声があがった。それがどれだけ巨大な過失か、知ってのことである。航路図がなければ戦いなど到底不可能だ。巨星やブラック・ホールが織りなす複雑な重力場、星間ガスや小惑星といった障害物の情報なしに広大な宇宙空間を航行するなど、自殺行為である。
「また、犯人の証言に気になることがございまして……
「すでに捕らえられているのか!?」
 叫んだバイエルラインを制し、ミッターマイヤーは厳粛にたずねた。
「証言とは、いったい何だ」
 それは以下のような主張であった。新領土ノイエ・ラント総督は実質的な銀河帝国副帝であるからして、ロイエンタール元帥の地位と実力は、銀河帝国皇帝の座に挑戦するにふさわしい。皇帝ラインハルトは、下剋上の権利をみとめておられ、ロイエンタール元帥にもその旨を伝えたことがある。今回の事件は、皇帝が部下に与えた権利の、正当な行使である。
 報告を受けるミッターマイヤーは、はじめから平静な態度を崩さなかった。ラインハルトがロイエンタールに叛逆を教唆したと聞いたときでさえ、落ちついた構えはそのままであった。彼はロイエンタール本人の口から一度だけ、「いつでも挑んできてかまわない」とラインハルトに言われたと聞いたことがあるが、爆破テロ犯ごときがそれを知っているはずがない。だが時として、でたらめが真実を言い当てることもあるのだ。そしてその偶然が、ミッターマイヤーの心理の導火線をあぶり、火をつけた。
 先ほどロイエンタール討伐を命じたラインハルトは、最初、ミッターマイヤーにその命令を拒絶する権利をあたえた。そのときの口ぶりからしても、やはり皇帝は、ミッターマイヤーに命令を拒んでほしかったのではないだろうか。ロイエンタールが皇帝を試すような行動をとるとき、その隻眼の奥で燃える炎と同じものを、彼は皇帝の蒼氷色アイス・ブルーの瞳のなかに見てとった。二者の碧眼のあいだには、うつくしい高温の火花が散っており、それを嫉視する、邪魔者としての自分がいる。
 証言にはさらに続きがあった。
「今回のロイエンタール元帥叛逆に、内務省次官が関与していると、犯人が申しております」
 司令長官室に飛びこんだ報告者は、己の職務をはたしているだけであって、陰謀の手助けをしている自覚はなかった。しかし、フェザーン航路局の爆破テロと犯人の証言には、アドリアン・ルビンスキーらのしかけが宿っていた。彼らは口封じと皇帝親征の二重の効果をねらい、ハイドリッヒ・ラングという駒を切りすてたのである。

 フェザーン航路局をねらったテロリズムと航路データの消滅は、すぐさま軍務尚書オーベルシュタインの知るところとなった。さいわい、夏ごろからはじめたバックアップがほとんど完了しており、そちらは無事である。そのためどうにか、ロイエンタール元帥叛逆という非常時に、帝国軍は致命的な損害をまぬかれた。
 軍務省の緊急用コンピュータから航路データの復元をするようフェルナーに指示を残して、オーベルシュタインは執務室を出た。ミッターマイヤー同様、犯人の証言を聞いて、この冷徹なる元帥も内務次官ハイドリッヒ・ラングを追ったのだ。
 オーベルシュタインはこれまで、ラングを泳がせ、ロイエンタール元帥不穏の周辺事情を探っていた。「隻眼総督」の子を出産した女性の失踪について、内国安全保障局が捜索の手をゆるめていることや、ラング自身が何者かと接触して工作をしていることなどは、すでに見当がついている。欲を出してもう少し放置すれば、ロイエンタールの背後でうごめく陰謀について、確実な手がかりをつかめそうだった。
 しかし、先ほどの報告で、オーベルシュタインはこの策も限界であるとの判断をくだした。陰謀家の手先が、内務次官の関与をあきらかにしたということは、彼らにとってラングが用済みとなったことを意味する。そのため、一刻もはやく、内務次官・兼・内国安全保障局長を手元に確保しなければならない。
 階段をおりると、異様なざわめきがオーベルシュタインの鼓膜をうった。ただならぬ空気の発生源へ足早に向かうと、人々は呼吸もできぬほど恐れをなして、階上で進行する劇を静観していた。
 ちょうど階段をのぼり終え、腕をのばし、ゆっくりと銃をかまえたのは、宇宙艦隊司令長官ウォルフガング・ミッターマイヤー。その照準は、オーベルシュタインが探していた男、ハイドリッヒ・ラングの眉間に、寸分の狂いなく定められているではないか。
「ミッターマイヤー元帥!」
 階段を駆けあがっても間にあわないだろう。瞬時に計算したオーベルシュタインは、殺気をみなぎらせた背中に向かって、呼びかけた。
 軍務尚書の声をきいた瞬間、蜂蜜色の髪の帝国元帥は、ブラスターの引き金をひいた。

「ばかなことをしたな、ミッターマイヤー……
 内務次官ハイドリッヒ・ラング銃殺から程なくして、ミッターマイヤー元帥謹慎の報を知ったロイエンタールは、瞼をとじ、胸のうちで静かにつぶやいた。
 トリューニヒトの言葉が現実となってしまった。ラングはいやしくも皇帝ラインハルトに仕える官吏であり、ミッターマイヤーの独断で処刑してよい人間ではない。宇宙艦隊司令長官は、武器をもたぬ文官を私刑に処したとがにより、叛乱軍討伐の任を解かれた。皇帝ラインハルトを戦いに引きずりだす最後の仕かけが炸裂し、功を奏したのである。
 言うまでもないことであるが、航路局爆破テロはロイエンタールの指示によるものではない。彼がテロという手段を軽蔑しているのみならず、これには合理的な理由がある。一つには、テロリズムはいたずらに恐怖を植えつけ、人心に悪影響をもたらすことが挙げられる。叛逆の正当性を説かねばならない彼にとって、爆破テロ犯の汚名は不利にはたらく。さらに一つ、彼は軍務尚書が航路データのバックアップ作業を開始した旨を、二ヶ月前に高等参事官トリューニヒトから聞いていた。時期を逸している以上、航路局のデータが消滅したからといって、戦いが有利になったと期待することはできないだろう。このロイエンタールの見立てはきわめて正確であり、オーベルシュタインはその作業をほとんど終えていた。
 卑劣であるばかりか、無益なテロであった。その手引をした疑いを擦りつけられ、ロイエンタールの全身は怒気を帯電した。己の戦いを侮辱された激憤には行き場がなかったが、一つましなことがあるとすれば、この事件の調査に憲兵総監ウルリッヒ・ケスラーがあたっていることである。あの有能な男は、かならずや事件の真相をあばき、首謀者を捜しだしてくれるだろう。そうなればいずれ、この不名誉は晴らされる。そう考えて、ロイエンタールは溜飲を下げるほかない。ついでに言えば憲兵隊には、ヨブ・トリューニヒトの調査についても協力を求めたいところである。しかしこちらは、証人たるロイエンタールが勝ちのこった場合にかぎった、実現可能性の低い話になりそうだった。
 「ロイエンタール元帥の地位と実力は、銀河帝国皇帝の座に挑戦するにふさわしい」というテロ犯の一連の主張は、依頼主アドリアン・ルビンスキーに吹き込まれたものであったが、まったくの的外れでもない。玉座に挑戦する資格が、隻眼の新領土ノイエ・ラント総督にはたしかにあるだろう。オスカー・フォン・ロイエンタールといえば、全銀河で五本の指に入る智将と目されており、その能力は軍事面にとどまらず、政治を知っている。部下からの人望も厚い彼は、たとえばフリードリヒ四世のような旧ゴールデンバウム王朝の数多の皇帝などより、はるかに傑物だった。
 また、テロ犯の「皇帝がロイエンタールを挑発した」というもう一つの証言に関しては、ありえない話ではないとの疑惑が、帝国内部でただよっていた。これもルビンスキーの仕業であるが、意図せぬ副作用とでも言おうか、ラインハルトの為人ひととなりを知る人間ほど、その噂に真実味を感じている。ラインハルトはたびたび、血縁ではなく実力によって帝冠をいただくべきだと語り、その持論を裏付けるかのごとく、皇妃をむかえる意欲にきわめてとぼしかった。ただ、後嗣よつぎ問題が臣下たちの頭痛の種となっていたとはいえ、ラインハルトが下剋上の許可をロイエンタールにあたえたとまで考える人間は、さすがに少ない。それが事実であることを知るのは、今のところ当事者ふたりともう一人、ミッターマイヤーのみである。しかしいずれ、ロイエンタールがその叛逆を正当化するときには、明かされるだろう。
 かくして、ローエングラム王朝における最初の叛逆の舞台がととのった。ラインハルト・フォン・ローエングラムか、オスカー・フォン・ロイエンタールか。この戦いに勝利した者が、全宇宙を制するのだ。
 えも言われぬ戦慄に、ロイエンタールは酔いしれた。全銀河をかけた、梟盧一擲の戦い。これこそ、この人生の幕引きにふさわしい。
 かつて、「お前は不幸をもたらす裏切り者だ」とロイエンタールを定義し、またその正体をあばく女たちがいた。だれにもそうは言わせまいと、彼は人生を賭して戦いつづけてきた。そして、その戦いの結末が、叛逆者であった。結局のところロイエンタールは、生まれたときかけられた呪いに、避けがたく落ちこんでしまう宿命を負っていたことが、これで証明されたのである。
 だがその穴に、彼の愛する友が身を投げだした。破滅の底で光を抱きとめたこの悲痛、この胸の疼きが、いっそうロイエンタールの陶酔を深くする。
 わが友は出会ったそのときから、いつかこうなることを予期していたのではないか。そんな奇妙な錯覚に、ロイエンタールはとらわれる。あの蜂蜜色の髪の男は、己のなかに高く飛翔する夢をみた。友人が自分に寄せてくれた関心、憧憬、好意はかぎりない。だが、現実にはかぎりがある。ロイエンタールはそこにたどり着いたがために、行く手がふさがってしまったのだ。全銀河を統べる皇帝が、時代にただ一人である以上、ロイエンタールは叛逆者となるさだめだった。力を欲し、敵の屍のうえに身をたてることをえらんだ隻眼の男はいよいよ、栄光と破滅に照らされた、華麗なる花道を闊歩するのだ。その最後を飾るのは、彼自身から噴きだす血ということになろう。
 ミッターマイヤーという、自分をわかってくれる唯一無二の友により、ロイエンタールの「裏切り者」の汚名はそそがれた。たとえ期待を口にしたからとて、責任を感じずともよかったのに、ミッターマイヤーは本来はたすべき忠誠をまげてくれたのだ。しかし、皇帝の器たる自負を、心のなかだけでなく現実のものとするなら、及びえぬと知っている現皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムをたおさねばならない。
 勝利だけが、彼と彼の友に、この世でふたたび逢うことをゆるすだろう。では敗北は、ふたりを永遠に隔ててしまうのだろうか?



 大本営にて、ミッターマイヤー元帥謹慎と皇帝出兵が言いわたされたとき、ラインハルトに異を唱えたのは、意外にも軍務尚書オーベルシュタインであった。
「此度の反乱、陛下御自ら討伐軍をひきいれば、帝国の未来に禍根をつくることになりかねません。宇宙艦隊司令長官の謹慎を一時的にでも解除なさって、彼に再度討伐の任をお与えください」
 美しい金髪を燃えるようにかがやかせ、威厳と覇気に満ちていたラインハルトは、興ざめしたように軍務尚書の青白い顔を一瞥した。つややかな唇から放たれた言葉には、常ならぬ皮肉がこめられていた。
「卿らしくもないことを言う。たとえ宇宙艦隊司令長官といえど、予の支配する銀河帝国においては、相応の裁きを受けてもらう。軍務尚書は予以上に、信賞必罰に厳格だと思っていたが」
「今は非常事態です、陛下。戦いに勝利なさっても、帝国の威光が揺るがされては元も子もございません。叛逆者の血にまみれては、全将兵の崇敬をあつめる偶像としての皇帝が、けがされてしまいます」
 この叛乱で、皇帝ラインハルトにたいする完全無欠の信仰は、脅威にさらされている。その不安は、召集された提督たちそれぞれの胸中に、さまざまな形状と比重で存在していた。部下の心情を思いやりつつも自身の問題としては捉えていない者、熟考を避け当面の問題に専念する者等々、一様ではない。皆、禁句にもひとしい懸念を、無言で飲みこむばかりである。
 オーベルシュタインただ一人が、当のラインハルトの前でそれを言ってのけた。その遠慮のなさには、立ちならぶ勇将たちも身がすくむ思いがした。それにくわえて、「帝国軍の双璧」のひとりとして称えられ、生者の中ではラインハルト陣営最古参に属するロイエンタールを、オーベルシュタインはあっけなく「叛逆者」と断定した。この躊躇のなさも、ほかの提督たちが鼻白むところである。もっとも、かの両義眼の軍務尚書は、立ちならぶ臣下たちの前であえて忠誠の危機を告げることによって、ドライアイスでできた剣を彼らの喉元につきつけてるのかもしれなかった……
 オーベルシュタインも、ミッターマイヤーに代わる適任の討伐軍司令官がいれば、このような超法規的措置を提案することはなかっただろう。皇帝の言うとおり、身分や縁故に拠らない信賞必罰は、ローエングラム王朝の基本原則である。だが、帝国全軍でロイエンタールに勝ちうるのは、彼と肩を並べるミッターマイヤーか、あるいは皇帝ラインハルトしかいない。それは、この大本営に集結した全員が、諒解するところのものである。オーベルシュタインは、ミッターマイヤーの罪を一時先送りにすることと皇帝親征と、どちらが王朝の基盤にとって損傷をあたえるか衡量した上で、皇帝に翻意をうながしたのだ。
 しばし考えこんだラインハルトだったが、やがて顔をあげると、蒼氷色アイス・ブルーの瞳を爛々とさせて宣言した。
「帝国臣民、および卿らをふくむ兵士たちからの支持について、軍務尚書の懸念は理解した。であれば予はなおのこと、みずからうってでねばなるまい。なぜか。ラインハルト・フォン・ローエングラムが皇帝たる所以は、血統にも、聖者の徳にもなく、ただ積みかさねてきた勝利にのみ存在するからだ。ロイエンタールから予に宛てて挑戦状がとどけられた以上、それを受けねば、予は銀河帝国皇帝を名乗る資格を失うだろう」
 先日、新領土総督から皇帝宛に送られてきた通信文には、正式な叛逆の意志が表明されていた。もはや事態はウルヴァシーでの不祥事を超越し、説得や赦免不能の段階へと進んでしまったのである。
 皇帝としての器量を問われた以上、ラインハルトにはそれを証明する義務がある。また、彼は三年前、ロイエンタールに「いつでも挑んできてかまわない」とたしかに失言したのだ。自身の都合によって己の発言を取り消したり、またその責任をとらないで済ますことのできるラインハルトではない。戦いから逃げた卑怯者として誹られることは、黄金にかがやく若き覇王にとって、けっして看過しえぬことである。君臣関係の点からみても、支配の正当性を明白にするためにも、ラインハルトはロイエンタールを討伐せねばならなかった。



 軍務省で出撃態勢を整えるかたわら、オーベルシュタインは謹慎中のミッターマイヤーに面会した。これによりミッターマイヤーは、ロイエンタールの元帥号剥奪および新領土ノイエ・ラント総督職の罷免が、はやくも公発されていることを知った。その他大本営の決定も、軍務尚書の事務的な口調で伝えられる。ただその内容は、宇宙艦隊司令長官に代わり、皇帝みずから討伐軍を率いることが決定した程度で、ミッターマイヤーの考えていた作戦とほとんど同じであった。指揮官不在のミッターマイヤー艦隊については、一時的にミュラー上級大将の指揮下にうつる。
 ひと通りの情報をえたミッターマイヤーが、オーベルシュタインに疑問をなげかけた。
「フロイライン・マリーンドルフの名がないが、彼女は此度の出征において、幕僚総監として陛下のおそばにはつかないのか」
「病気でフェザーンを離れられないそうだ。アイゼナッハ上級大将が幕僚としてつき、陛下を補佐したてまつることになっている」
 軍務尚書の返答に、ミッターマイヤーの表情にわずかに翳りがさした。新領土行幸にも、ヒルダは随行しなかった。ウルヴァシー事件の後、宸慮がロイエンタールを非難するほうへかたむいたのは、彼女の不在によるものではなかったろうか。
 陛下へのとりなしを期待したのだが、とミッターマイヤーは感想をもらした。ヒルダが同行しないのは病気のためであり、何者かがあえて彼女の諫言を遠ざけたのではない。この処置は、やむをえないことなのだ。
 その心の声を耳にしたかのごとく、オーベルシュタインはミッターマイヤーにするどい眼光をなげかけた。
「問題があるのは皇帝陛下ではなく、旧新領土総督だ。フロイライン・マリーンドルフに頼るのはまちがっている。卿が、ロイエンタールを説得しなければならなかったのだ」
 ここでミッターマイヤーは、自分を出撃させるよう、オーベルシュタインが大本営で進言したことを聞いた。グレーの瞳を見ひらいた彼は、めずらしい、という心の声をあらわにした。しかし、その率直な反応には彼らしい澄明さがなく、むしろ彼の友人のような、どこか冷笑的なところがあった。
 ミッターマイヤーの微量な変化を看取しつつ、オーベルシュタインがたずねた。
「なぜ私の制止を無視し、内務次官を射殺したのだ」
……あの男は、帝国の柱を食いあらす白蟻同然だった。あれ以上放置していては、家屋そのものが倒壊してしまうのは明らかだった。おれは、やつの害をこうむったロイエンタールと、陛下のために、害虫を排除したにすぎぬ」
「そのために法をないがしろにしては、帝国の礎が崩れてしまう。これほど単純なことに、卿の考えがいたらなかったとも思えぬがな。ミッターマイヤー元帥」
 オーベルシュタインは淡々と問いただしているだけであって、けっして暴力による恐喝をしているのではない。しかしながらその正論には、かつて電気鞭による拷問を受けたときにも感じなかったような重圧があった。
「ラング内務次官は逮捕されるはずだったのだ。その前に、卿が独断専行で裁いてしまったが」
「いったい、何の罪でだ。ロイエンタールを叛逆におとしいれた首謀者としてか」
「違う。フェザーン代理総督ニコラス・ボルテックに、工部尚書シルヴァーベルヒ爆殺の冤罪を着せ、獄死させた咎でだ。この件は、故ルッツ元帥の依頼により、憲兵隊が調査していたようだ。卿の謹慎後の報告となってしまったことに、憲兵総監ケスラー上級大将は遺憾の意を感じている」
 ささやかな、けれども致命的な時間差タイム・ラグは、フェザーン航路局の爆破テロにより生じた。テロ事件の捜査指揮に駆りだされていなければ、ケスラーがミッターマイヤーの私刑を止めることができていたかもしれない。これはあくまで可能性の話であるが、現在の状況を見るにつけ、関係者にはやりきれない思いがつのるのだった。
 僚友たちの無念は、ミッターマイヤーがいだいている後ろめたさによって何倍にも増幅され、無数の針となって彼の身を突き刺した。ルッツのはたらきを無為にしてしまったことは、もっとも堪えた。亡くなったかの射撃の名手は、新たな手柄をたてることが二度とできないのだから。ルッツの死を知ったロイエンタールも、自分と同じ責め苦を味わったろうか。いや、死者の忠誠を無下にするという、取りかえしのつかない不名誉の味は、はるかに悪いものではなかろうか。
 懊悩し、唇を引きむすぶミッターマイヤーに、オーベルシュタインはさらなる追いうちをかけた。自分はロイエンタール叛逆に対し、いくつか鎮定案をそなえていた、と。そのなかには、ミッターマイヤーが皇帝に嘆願したような更迭案もあれば、対ヤン・ウェンリーに用いることを想定したのと同様の案、すなわち軍務尚書みずから新領土に特使としておもむき、総督を暗殺するというものもあった。
「他にも、人質を盾に降伏を強いるがあった。とはいえ、ロイエンタールは独り身で、人質として適任な人物はいない。が……
 そこで軍務尚書は言葉を切り、相対するミッターマイヤーを無言で見すえた。凍てついた沈黙と視線から、ミッターマイヤーは悟らざるをえなかった。自分がロイエンタールにとって、唯一の私生活上の弱点となりうることを、この冷徹なる義眼の男は見破っているのだと。
 オーベルシュタインは沈黙だけでそれを語り、台詞の一時停止を解除した。
……いまや、事は国威にかかわる。たとえ正道にもとる手段をとったとしても、解決をはかることは不可能だ。帝位をかけた逐鹿の戦いとなってしまっては、ロイエンタールが謝罪したかどうかはもはや争点ではない」
 ミッターマイヤーのラング処刑、ロイエンタールの通信文。このふたつがそろってしまった時点で、オーベルシュタインにも手の施しようがない。もしミッターマイヤーのラング処刑がなければ、宇宙艦隊司令長官に先陣を任せる形をとることで、皇帝が直接部下を討伐する惨事を回避できた。あるいはロイエンタールの挑戦状がなければ、皇帝自らが出ずともよかった。ラングの罪を暴いた報告書をもとに、ミッターマイヤーを減刑し、その罪をロイエンタール討伐によってあがなわせるという形で、体面がたもてただろう。
 オーベルシュタインは不動の姿勢で、ミッターマイヤーを正面から見据えつづけている。
「私の質問に戻らせてもらうが、卿の回答はラングを銃殺刑に処した理由でしかなく、法と私の制止を無視した理由には不足だ。無回答にとどめ、偽らないあたりは、ミッターマイヤー元帥らしい」
 公明正大なミッターマイヤーの理性的な人格を、オーベルシュタインは評価していた。だからこそ、そのミッターマイヤーが私情を公務に優越させたことにたいして、功利主義の体現者たる義眼の男は幻滅した。
「あのとき、卿は反応がまにあわなかったのではあるまい。逆に、『速かった』。ロイエンタールを自分の手にかけたくなかったから、あえて撃ったのだろう。その疾風のごとき判断で、皇帝の御手は汚れ、卿にとって皇帝は親友のかたきとなった。一国を担う重責をないがしろにしたとは思わぬのか」
 ミッターマイヤーの口数は極度にすくなかった。だが、オーベルシュタインは一方的に話をするためにこの軟禁場所を訪ねてきたのであり、端から返事は期待していなかった。そして、軍務尚書からくりだされる発言の数々は、反論ができるような生ぬるいものではなかった。
「卿も口にしたことだが、たしかにラングは今回の叛逆事件に関与している疑いがあった。ロイエンタールの子を産んだエルフリーデ・フォン・コールラウシュについて妙な動きをしていたので、軍務省でも独自に調査していた。だが、死んだ男に自白させることはできぬ」
 徒労と化してしまった仕事について、異様なほど饒舌に説明する軍務尚書の意図を、ミッターマイヤーは察知している。しかし、この冷徹な男は今、職務上の目的とは別に、内心憤っているのではないか。そのような考えが、ふとミッターマイヤーの頭のなかに忍びこんだ。しかしながらオーベルシュタインの表情筋には鋼が織りこまれているため、仮説の検証は不可能であった。
 銀河帝国軍に二人いる現役の元帥のうちの一方が、もう一方をなじる時間が、ひたすらつづく。
「ロイエンタール周辺の不穏について、捜査の手がかりが失われてしまった。私としても惜しいことだ。卿が怨み、復讐すべきは、ラングのごとき小人でも、ましてや皇帝陛下でもなかろう」
 オーベルシュタインの冷酷さそれ自体に、ミッターマイヤーがひるむことはない。彼を気後れさせるのは、発言者やその口調ではなく、目の前でひとつひとつつまびらかになってゆく、親友を選びとった代償であった。もとより覚悟の上であり、後悔はしていない。埋めあわせることができるなどとは思っていない。だからこそ、支払ったものの巨大さに、ミッターマイヤーはめまいがするのだった。
 オーベルシュタインの口からつむがれる一語一語が、ミッターマイヤーの顔から血色を奪っていった。豪胆な男は、さすがに取りみだすことこそなかったが、ほとんど蒼白になっていた。親友と帝国の未来を憂慮しつづけたミッターマイヤーの顔だちには、すでに凄愴な陰影がくわわっていたが、オーベルシュタインの詰問を経てその表情はいっそうけわしくなり、剣呑になっていた。
 絶対零度の眼光がぶつかりあったまま、軍務尚書オーベルシュタインは色のない唇をひらいた。
「最後にたずねるが、卿が『影の城シャーテンブルク』要塞建設予定宙域に艦隊を移動させておきながら、皇帝行方不明の有事に、その艦隊を動かさなかった理由は何だ」
「効率重視の卿にしては、無意味な質問だ。たとえおれが宇宙艦隊を動かしていたとしても、畢竟同じことであろう。偏見のレンズを取りかえるだけで、どちらの行動も、ロイエンタールの叛逆に手を貸したように見えるのだからな」
「それも考慮したうえで、あえて問うている。私の言わんとするところを理解していない卿ではないはずだ」
 ミッターマイヤーは目をとじた。眉間にきざまれた苦悩の深さは、皇帝行方不明の報以来、彼が避けつづけてきた回答がいかに困難なものであるかを、如実にしめすものであった。
 彼は、もう二度と、生きてこの世で逢うことのかなわぬであろう友を想った。たとえ人生の道は分かたれても、戦場で命運をともにすることはできると信じていた若き日よ。「お前がいなければ生きる意味がない」とロイエンタールが言ったように、ミッターマイヤーも、愛する男を失うことを恐れた。
 本当にロイエンタールと自分とは、引き裂かれてしまったのだろうか。別れてもいつかどこかで必ず逢える自分たちではないのだろうか。そのために、自分にできることは……
 やがて、天性の剛毅さをとりもどしたミッターマイヤーは、軍務尚書オーベルシュタインに告げた。
「あのとき出撃しなかったのは、宇宙艦隊を動かせば、反乱を穏健に収束する余地がなくなると考えてのことだ」
 オーベルシュタインの疑問に回答を述べたあと、ミッターマイヤーはさらに言葉を継いだ。
……現在、帝国がおかれている危難に対し、己の責任を痛感している。ロイエンタールとの私的な友誼についても、同様である。この二つの責任をはたすことでもって、わが忠誠の証としていただきたい」

 一方、新領土ノイエ・ラントハイネセンでは、ひとつの関係が終幕をむかえた。
「返したからな」
 一一月第一週の最終日。出陣前、最後の逢瀬だった。
 義眼の入った小箱を押しつけられたトリューニヒトは、眉をひそめた。高等参事官のけげんな表情を、隻眼の男の青い視線が射る。
「何をあやしんでいる? おれが皇帝となり、あの女が皇妃となり、その子が後嗣よつぎとなる……卿の計画が進行すれば、こうなることは自明の理だろう」
 ロイエンタールはこう言ったが、ローエングラム王朝初代皇帝はともかく、ゴールデンバウム王朝の歴代皇帝にとって、あまたの愛妾をもつことはけっして珍しいことではなかった。側室が一人もいない皇帝の方が、血統保存の観点からもきわめて稀であり、多くの皇帝は数多の美女、あるいは美少年等を納めた独自の後宮ハーレムを作り上げ、至上の権力を謳歌したのだ。よって、ロイエンタールがエルフリーデ・フォン・コールラウシュを妃にむかえるからといって、現在の愛人であるヨブ・トリューニヒトと別れねばならないわけではない。そのための権力ではないか、と慨嘆する者さえいるだろう。けれども、悪意ある者から色情狂と称されることもあるロイエンタールは、後宮という特権には目もくれず、自身のいびつな潔癖症をつらぬきとおすつもりらしかった。
 これ以上トリューニヒトから情報を引きだしても、それを役立てる時間がない。いずれにせよロイエンタールには、ヨブ・トリューニヒトも、青い義眼も、もはや必要なくなったのだ。
 小箱を受けとるにあたって、トリューニヒトは念押しするのを忘れなかった。
「私は、あなたが至尊の座にのぼりつめるのを、支えることができればよいのです。それをわかっておいででしたら、かまいません」
 トリューニヒトにとっても、ロイエンタールは用済みの男であった。彼は今夜、ハイネセンからフェザーンを覆う盤上に、陰謀の布石を打ちおえた。あとは、屍山血河とそこから生まれでるものが、仕上げを待つばかりである。
 つい昨日、オスカー・フォン・ロイエンタールは元帥号も新領土総督職も剥奪され、無位無官の叛逆者となった。彼は皇帝ラインハルトに挑み、宇宙の塵となって死ぬだろう。その未来を、ロイエンタールは己の存在しない方の眼球で見据えている。そして彼の敗北は本人だけでなく、トリューニヒトも予期している未来だった。ゆえに、この二者の破局のやりとりは、下剋上の華々しい夢物語によってデコレーションされた、空虚きわまりないものであった。もとより打算という手錠でつながれ、構築された関係である。皮肉なことに、ロイエンタールの歴代愛人のなかで、トリューニヒトほど物分りのよい人間はいなかった。
 このような別れなど、無意味な儀式にすぎない。そううんざりしつつ、トリューニヒトは返された小箱をしまった。この中におさめられている義眼の存在を意識すると、情事の最中の不愉快な記憶がよみがえってしまう。
 鷲のごとく高く飛翔する野心をもち、周囲の人間と単純ならざる関係にあるオスカー・フォン・ロイエンタールは、あたえられた裁量にあわせて能力を発揮する、正統的な宿将だ。数世紀に一人の鬼才、皇帝ラインハルトとは異なるタイプの才能の持ち主である。新領土での統治も、斬新さより、皇帝の代理統治者としての立場をわきまえた現状改善が、とくに功を奏していた。こうした軍事的・政治的適性からして、ロイエンタールは伝統や理性や常識に良くも悪くも忠実な人間であると、トリューニヒトは把握していた。
 けれどもトリューニヒトが直面したのは、非理性的で、野蛮な、知性を欠いたけだもののごとき、隻眼の男の夜の姿だった。はじまりは軍務尚書に関する情報をえさとして、トリューニヒトはロイエンタールと枕を交わした。右目にまつわる心理的作用と、好意など微塵もないであろう自分とすごすストレスによって、彼は順調にロイエンタールの力を削ぐことに成功していた。そのはずが、どういうわけか最後の段階になって、あの男はトリューニヒトのくびきから脱したのである。そして目が醒めた男は、それまでの情痴を上回る酔狂によって、あのようなおぞましい行為におよんだ。……
 死によって自然消滅する関係を、わざわざ事前に断ちきったのは、隻眼の男の意志表示であろう。だがトリューニヒトに言わせれば、いずれにしても結末が同じである以上、そんなものはくだらない自己満足にすぎなかった。
 トリューニヒトにとって、過程や手段は最終的な勝利にのみ従属し、それ自体では価値をもたない。たとえば矜持などというものに固執して、真の意味で勝負に徹することのできない人間のなんと多いことか。じつに多くの人間が、自己満足を盾にみずから勝負をなげうち、弱い自分自身を守る。勝利にいたるまでの道のりを歩むことに、またそのはてに証明される結果を正視することに、たいていの人間は耐えられないのだ。トリューニヒトが保身に関してなりふりかまわないのは、勝利が自分自身の身の安全を絶対条件とするからである。そこに何の努力も犠牲も払わぬ者をトリューニヒトは侮蔑し、容赦なくその屍を踏みつける(だから彼は、自身の安全に無頓着にもかかわらず、勝利の女神の寵愛をうけて今日まで生きている皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムを、心底嫌っているのだった)。
 他人に自分を理解されたいと思うことは愚かである。自分の考えを知っているのは自分だけでよい。他者からまなざされ、承認されることがすべてだ。最後に勝者として立っていることのみが、矜恃を矜恃たらしめるのである。これが、ヨブ・トリューニヒトの原理原則であり、彼を今日ここまで連れてきたものだった。
 一見しただけでは、これまでのトリューニヒトの行動は、本末転倒の結果を生じせしめたと思われてもおかしくないだろう。彼は旧自由惑星同盟で、たしかに国家元首までのしあがったかもしれない。だが同時に、国家の寿命を急速に縮め、滅亡させるにいたったではないか、と。けれどもそれは、たかだか過去数年の出来事を事後的に評価しただけの無責任な論評である上、未来の予測に何ら役立たない。トリューニヒトは、変えようのない物事ばかりをながめ、全知の神きどりで物申すだけの臆病者とはちがう。壮大な勝利のため、不確定な現実を制御する彼の手腕は、まさしく神業だった。この政治家はラインハルト・フォン・ローエングラムにも匹敵する、あるいはそれ以上の野心をもって、駒を動かしてきたのである。
 オスカー・フォン・ロイエンタールという男の人物像がゆらぎ、不確定要素となったのは、トリューニヒトにとって計算外の事態だ。とはいえ、ロイエンタールがたどる未来は確定している。あの男個人の影響力は、いまや無視できるほどに微小なものとなった。よって、トリューニヒトの計画に支障はない。
 一一月の遅い朝が訪れようとしていた。紺碧の空は黒い闇よりもしだいに青みを深くして、夜は透きとおっていった。白くまたたく星々はまだ名残惜しげにとどまり、立ち去る夜陰の軌跡を天空にのこしている。
 隻眼の男の横顔が青く染まった。壁一面の大きな窓から星をながめるダークブラウンの髪の男を、トリューニヒトは馬鹿馬鹿しい気持ちで見やった。そんなものはどこからでも、すこし首を後ろに倒すだけで見えるではないか。ハイネセンポリスを眼下に一望できるという、このホテル・ユーフォニアの謳い文句もかたなしである。まあ、そんなことはどうでもいい。隻眼総督がどんな物思いにふけっていようが、この自分には関係のないことだ。
 きたる薄明を避けるように、トリューニヒトはひっそりと部屋を辞した。ロイエンタールはそれを見送ることもせず、退出の気配を背中で感じるだけであった。



 新帝国暦○○二年、ウルヴァシー事件を契機として勃発したロイエンタール元帥叛逆事件は、新銀河帝国史上初の内戦である。
 国内を二分するこの帝位請求戦争がごく短期間で決着した理由は、まさにその帝位請求という戦争目的にあった。皇帝ラインハルトにしても、挑戦者ロイエンタールにしても、戦後のことを考えるのであれば、臣民に負担をかけることは望ましくない。皇帝ラインハルトの人気・支持にいまだ目立った衰えは見られないが、「帝国軍の双璧」と名高いオスカー・フォン・ロイエンタールの叛逆によって、そのカリスマが微量の疑念で濁ってしまったことは、否めない事実である。ここでさらに内戦が長引けば、民衆から不満が噴出しかねず、今後の治世に悪影響をおよぼすことは、想像にかたくなかった。これから皇帝になろうというロイエンタールも、同様である。
 ただし、戦場の設定においては新領土ノイエ・ラント側に優位性がある。そのため、ロイエンタールがこの戦争の勝利だけを考えるのであれば、四年前にオーベルシュタインが立案したような焦土戦術をとることもできた。けれども彼は、その作戦を採用しなかった。これは帝国軍の政争に巻きこまれる民衆を懸念してのことではなく、中・長期戦では士気がもたないと判断したためである。
 現在ロイエンタールは、軍務尚書および内務次官の専横をゆるした皇帝の非をうったえ、帝位請求権が万人に認められていることを説き、平和によって失われた軍人の立身出世の機会を示すことで、自軍の戦意高揚をはかっている。ローエングラム王朝銀河帝国軍の内情をすこしでも知る者ならばわかるだろうが、兵士たちを皇帝ラインハルトと戦える状態にたもっていることは、それだけで奇跡だった。一般兵士たちが皇帝ラインハルトにささげる、信仰心にも近い忠誠を、当然ロイエンタールは熟知している。実際に戦闘がはじまっていない今でこそ、直属の艦隊司令官への忠誠や義理もあってか、逃亡者はあまり出ていない。ロイエンタールの右腕とも言うべき軍事査閲監ベルゲングリューン大将、「次世代の双璧」と期待されるグリルパルツァー、クナップシュタイン両大将といった、軍高官が離反しなかったことも要因だろう。だが兵士たちは否が応にも、宇宙空間にうかぶ白鳥のごときブリュンヒルトを前に、自分たちは「朝敵」なのだと思い知ることになる。はたしてどれほど、皇帝に刃をむけつづけていられるか。形成が不利になり味方が脱落しはじめたが最後、一瞬でロイエンタール軍は瓦解するだろう。隻眼提督にあたえられた時間は、兵士たちが正気にもどるまでの、わずかなひとときしかなかった。
 かくして、ロイエンタールとラインハルト双方が、敵将もそうするだろうとの確信のもと、政治目標を最高指揮官の殺害とさだめた短期決戦を選択したのだった。戦略上そうせざるを得ないだろうという計算以上に、数々の戦いをともにしてきた誇りたかき英雄同士にしか共有しえない、ある種の勘があった。
 とはいえ、彼らがその目にうつしているのは、ただ互いの姿のみではない。彼らの視野は目前の戦場よりも広く、銀河系全体をとらえている。戦場から遠くはなれたイゼルローン回廊が、この戦争全体を左右するであろうことを、両者ともに理解していた。芸術家提督ことメックリンガーは、ラインハルトの命令と作戦を受け、またオーベルシュタイン発案のある任務をたずさえて、イゼルローン回廊通行の交渉にむかっている。一方ロイエンタールの側でも、帝国軍の回廊通過を防ぐため、使者をおくっている。元ヤン・ウェンリー軍のムライ、旧同盟領全域の支配権、民主主義の裏切り者ヨブ・トリューニヒトの身柄と、出せる手札はすべて切った。イゼルローン革命軍司令官は、この餌に食いつくだろうか。
 故ヤン・ウェンリーが生きてイゼルローンにあれば、わずかな勝機さえもなかっただろうと、ロイエンタールは思う。おそらくあの男は純軍事的な能力面においては、皇帝ラインハルトに匹敵するか、あるいは上回る男だった。けれども彼は充分な実力をもつにもかかわらず、旧自由惑星同盟の硬直した制度にはばまれて、その魔術を発揮する機会を満足にあたえられなかった。それを思えば、自分ははるかに恵まれた条件で戦える。かつてヤンとラインハルトのあいだには、「帝国軍の双璧」ウォルフガング・ミッターマイヤーとオスカー・フォン・ロイエンタールが立ちはだかっていた。だが、ロイエンタールとラインハルトのあいだには、そのどちらもいないのだ。

 開戦前、ロイエンタールは軍事査閲監ベルゲングリューン大将に、別働隊の指揮を依頼していた。
「別働隊……ですか」
「そうだ。新領土各地から兵力を結集させ、おれの本隊と卿の別働隊とで、敵を挟撃する」
 ロイエンタールは相談もかねて、作戦の概要をつたえた。
 皇帝と自分、双方がかかえている事情から、この戦は短期決戦になるだろう。ただし、自分たちにはさらに急ぐべき事情がある。イゼルローン回廊だ。皇帝はほぼ間違いなく、この回廊に艦隊を差しむけているだろう。イゼルローンの封鎖が失敗し、帝国軍が侵攻してくれば、二正面作戦となる。そうなれば、武力・国力でおとる新領土側の勝利は絶望的だ。
 そこで再度確認だが、此度の戦争の目標は本土防衛ではなく、皇帝の殺害である。それさえ果たせれば、多少新領土を食いあらされたところで、支障はないのだ。となれば、イゼルローン回廊に意識を割いてもうまみは少ない。それよりも、皇帝との正面決戦に兵力を集中させるべきだろう。
 敵軍にたいするわが軍の動きはこうである。フェザーン回廊の新領土側出口であるポレヴィト星域から、つづく無人惑星帯で、縦深攻撃をしかけつつ、新領土深奥部まで敵本隊をさそいこむ。これにより、「影の城シャーテンブルク」要塞宙域周辺の敵予備艦隊(おそらく鉄壁ミュラーだろう)と敵本隊の連携をさまたげる。敵の補給線が限界までのびたところで、別働隊がこれを遮断し、後背から攻撃をしかける。この前後挟撃によって、敵本隊の包囲殲滅をめざす。
 ロイエンタールの解説をうけ、ベルゲングリューンがうなずいた。
「基本方針に異存ございません。指揮官の配置はいかがされるおつもりですか?」
「おれの本隊の下にはグリルパルツァー大将をつける。別働隊は卿ともう一人、クナップシュタイン大将にまかせる」
 この大将二人が欠けていた場合を想像すると、持ち前の勇気と行動力で知られるベルゲングリューンも、背筋が寒くなった。ウルヴァシーの調査から帰還したグリルパルツァーがロイエンタールに忠誠を誓い、同僚クナップシュタインを説得して味方に引きこんでいなければ、どうなっていたか。
 「次世代の双璧」グリルパルツァーとクナップシュタインは、ロイエンタールが新領土に赴任した当初、軍事査閲監ベルゲングリューンの人事に不満を唱えたことがあった。この野心旺盛なふたりの提督をもちいるにあたり、ロイエンタールは内心、配置で揉めるのではないかと心配していた。が、これはさいわい杞憂で済んだ。軍事査閲監と討議した作戦を発表したとき、先んじてロイエンタール側につくことを表明したグリルパルツァーが、名誉ある先鋒を願いでて、クナップシュタインもそれで納得したのである。
 ロイエンタールは部下のフォローと動機づけのため、彼らふたりをあらためて諭した。これはグリルパルツァーの希望を無理にかなえたわけではなく、適材適所を考えての人事である、と。クナップシュタインはマル・アデッタ星域会戦で、迂回したファーレンハイト艦隊を支援した経験がある。老将ビュコックを相手にしたそのにがい記憶と、かつての上司レンネンカンプから受け継いだきまじめさが、今回の前後挟撃作戦に生きるだろう、等々。統帥本部総長として皇帝の首席幕僚を務め、また親友ミッターマイヤーからその伯楽ぶりを称えられたロイエンタールの話に、ふたりともうなずいた。
 ここで、グリルパルツァーが隻眼の上司にたずねた。
「ロイエンタール閣下、私はどこまで敵を引きずりこめばよいでしょうか?」
 これはすなわち、ベルゲングリューンやクナップシュタインが急襲するタイミングを問うものでもあった。
 皇帝に叛旗をひるがえす以前から、ロイエンタールのなかでその答えは決まっている。かつての「神々の黄昏ラグラロック」作戦でも、同盟領に侵攻する帝国軍を迎え撃つ戦場として、そこは選ばれた。諸々の条件を考えれば、おのずと戦場はさだまるのだ。直感的に戦場を把握できるかどうかは、多くの経験を積んだすぐれた武将とそうでない者とを、歴然と分ける。
 ロイエンタールは、その一声で戦場を支配するかのごとき重厚な響きでもって、おごそかに宣言した。
「決戦場は、ランテマリオ星域になるだろう」



 一一月二五日。ロイエンタール軍本隊はランテマリオ星域にて戦闘配置につき、総司令官はひとまず息をつくことがゆるされた。もし当初の帝国軍の予定通り、神速の艦隊運用をほこる「疾風ウォルフウォルフ・デア・シュトルム」ことウォルフガング・ミッターマイヤーが相手であれば、布陣はまにあわなかったかもしれないと、彼は思った。こうした、自軍の士気やイゼルローン回廊封鎖などに関する、ロイエンタールの徹底した悲観——盲目的な絶望ではなく、起こりうるすべてのトラブルを想定するという意味での悲観——こそ、彼の自信と余裕、巧緻さの根源だった。
 こんな逸話がある。あるとき、士官学校の学友たちのあいだで、「人間がもっとも油断するのはどのようなときか」という話題がもちあがった。議論の末、彼らの見解は「万事順調なときほど、兜の緒を締めよ」ということで一致した。
 これについてどう思うか、意見を求められたロイエンタールは、そのときはじめて口をひらいた。自分は、状況が最悪だと思えるときにこそ、意識して警戒をつよめるべきだと思う。たしかに、思惑どおりに事がはこんでいるとき、うわついて隙をつくってしまう人間はいる。だが、多少慎重な人間であれば、このようなときに注意を呼びかけるだろうし、それに皆したがうだろう。
 問題は、窮地にあって同じことができるかどうかである。主観的にみて最悪の状況だからといって、それが絶望の谷底である保証はどこにもない。実際の事態は、それよりはるかに悪いかもしれないのだ。誰もがかすかな希望の糸をさぐりあてようとする極限の状況において、悪魔のごとく冷静に疑いつづけられるか。仲間の気力を削ぐとわかっていて、注意を喚起することができるか。誰よりも悲観的観測をつづけながらも、意気揚々と部下をみちびいていけるか。これが人の上に立ち、人を指揮する士官に要求される水準の用心であると、ロイエンタールは締めくくり、士官学校の秀才たる見解を同期に示したという。
 ロイエンタールの用兵の巧緻さは、こうした予測と対策の厖大な蓄積によって実現される。ひとつの作戦にまつわるさまざまなトラブルは、彼の頭のなかで事前に対処が済んでいるのだ。こうして生じた余裕が、さらなる緻密な思考段階へと彼をおしすすめ、また本番での柔軟な行動を可能にする。このとき、どれだけの可能性を列挙、整理、検討できるかは、本人の能力に依存せざるをえない。ゆえに、ロイエンタールの実績は、彼の知的活動の練度と、頭脳にかかる負荷への耐久力とが、常人離れしていることを意味していた。
 しかし、相手はあの皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムである。あの用兵の天才が、ロイエンタールの事前の想定を超えてくることは、確実だった。自分を超えてくるだろうという予測はできても、それがどのようなものであるかは、わからない。これが、彼の限界なのだ。
 だからこそ、ロイエンタールの野心は躍動し、衝突の瞬間を待ちわびている。己の先をゆく若き黄金の獅子が魅せてくれる戦術をまのあたりにして、自分はどうするのか——ただ、知りたかった。

 新領土ノイエ・ラントの広大な領土を活用した、ロイエンタールの壮大な戦術構想は、戦闘の初期段階において、ほぼ彼の理想どおりに機能しているように見うけられた。
 一一月二五日から三○日にかけての五日間、グリルパルツァー艦隊は整然と後退しつつ、敵に縦深攻撃をくわえ、陣の最深部で待ちかまえているロイエンタール艦隊と合流した。
「グリルパルツァー大将。よく緒戦を引き継いでくれた」
「はっ。しかし、予定より早い合流となってしまいました。わが艦隊の被害はきわめて軽いものですが、敵にあたえた損害も、さほど大きくはないでしょう。申し訳ございません」
「謝罪は不要だ。この段階で味方から脱落者を出さぬようにと厳命したのは私だからな。卿はよくやった」
 部下の行動が己の予測からずれたことを、ロイエンタールはこのように解釈し、とがめることなくむしろねぎらった。だが真の事情は、ロイエンタールの考えとまったく異なっていた。そもそもグリルパルツァーは、ロイエンタールに忠誠を誓ってなどいなかったのである。
 ウルヴァシー事件発生直後、当惑星の制圧をまかされたグリルパルツァーは、地球教徒のひとりから、皇帝ラインハルトを排除する陰謀の勧誘をうけた。最初、グリルパルツァーはそれを一顧だにせず、聞きながすつもりであった。しかし、情報収集も治安維持とおなじく、彼の任務の一環である。このとき、軍事基地内でひそかに地球教団が活動していたことはわかっていたが、それ以上の手がかりは発見されていなかった。基地司令官の消息はつかめず、事情を知らない兵士たちの証言はことごとくでたらめで、捜査は行きづまっている。このような状況下で、ほぼ唯一の貴重な証言者が、この陰謀の勧誘者だった。
 グリルパルツァーは地球教団の話に乗ったふりをして、航路局爆破テロ計画等、奸計の一端を聞きだすことに成功した。そこで彼は良い策を思いついた——陰謀家の手先になんぞ、なるものか。だがこのまま、皇帝ではなく、新領土総督についたふりを続けよう。皇帝も、ロイエンタール側の内情を熟知する高官は、貴重に思うはずだ。上手くいけば、この反乱を利用して、ひとり勝ちすることができるかもしれない。
 潔癖気味なところのあるクナップシュタインはおそらく、皇帝を裏切ることをよしとはしまい。だが、この地球教徒の情報と助言をえさにすれば、クナップシュタインを新領土側に寝返らせることができるはずだ。そして、いざ戦闘がはじまり、クナップシュタインが原因で帝国軍が窮地におちいったときこそ、チャンスである。ここで自分が皇帝への忠義を高らかに宣言し、ロイエンタールを討てば、簡単に武勲をたてることができるではないか。それも、たったひとりで戦局をくつがえし、皇帝陛下を救出したてまつったという、比類なき手柄である。
 それが二重の背信行為であることに、グリルパルツァーは気づいていなかった。かくして彼は、自分がだましているつもりの地球教徒に、まんまと嵌められてしまった。楽をして勝つという甘美な誘惑と、独自に編みだしたつもりの策におぼれ、それを実行したいという軽率な野心を自制できなかったのだ。
 グリルパルツァーの裏切りも想定しろなどというのは、ロイエンタールに酷であろう。なぜならこの裏切りが、当事者にとって不利益にしかならないことは、彼にとって自明すぎたからだ。銀河帝国軍の大将ほどの者が、これほど卑劣で愚かな真似をするとは、ロイエンタールはおろか、皇帝ラインハルトでさえ予想していなかった。
 グリルパルツァーの真のねらいは、幸か不幸か、今のところ露見せずにいる。彼は来たるべきときのために力を温存しつつ、皇帝ラインハルト率いる敵本隊をロイエンタールの縦深陣にまねいた。背信者は虎視眈々と、自身の活躍がもっとも華々しくかがやく機会を見はからっている。

 叛乱軍の敷いた縦深陣の中央突破をになうのは、案の定、ビッテンフェルトの黒色槍騎兵艦隊シュワルツ・ランツェンレイターだった。
 ロイエンタールの耳に、記憶のなかにある皇帝ラインハルトの怒号——それは聴覚よりもむしろ視覚的な、超新星爆発のごとき閃光として、ロイエンタールの脳裏に焼きついている——が再生された——ビッテンフェルトの視野狭窄はどうした! というのも、ビッテンフェルトはロイエンタールの挑発にのって猪突し、現在孤立しかけているからである。これにより、ロイエンタールは丸一日膠着した戦線をくずすことに成功していた。
 ロイエンタールにはあずかり知らぬことだが、このときラインハルトは発熱しており、病床から指揮をとっていた。そのため、黒色槍騎兵艦隊の突出をゆるしてしまい、またその対処も精彩に欠けていた。ロイエンタールが幻で想起したようなラインハルトの覇者の炎はくすぶっており、彼がつけこむに充分な隙が生じていた。
 ただし、ラインハルト側の戦列が乱れた理由はそれだけではない。ビッテンフェルトの猛攻には、皇帝の叱責も顧みぬ、彼なりの考えがあった。それには出陣前、オーベルシュタインが歴々たる上級大将の前で発した「皇帝自身が、叛逆者の血にまみれるべきではない」という言葉が関係している。
 解散後ビッテンフェルトは、ともに皇帝の両翼をになうことになった僚友ワーレンにたずねた。もし皇帝が自分を討てと命じたら、卿はそれに従うか、と。ワーレンの返答には、万事に堅実で思慮深い彼らしくなく、強いて考えることを放棄したようなところがあった。なお、彼ら二人とロイエンタールを合わせた三人は、士官学校の同期である。
 不機嫌もあらわなワーレンに、ビッテンフェルトがあきれた声で応じる。
「問題が悪いというがな、出題者として卿の答案を採点するのは、あの軍務尚書だぞ。文句はやつに言え」
「ああ、そうだな。『Ja』一語が模範解答だろう。あらかじめ印刷された模範解答をなぞるだけの試験があってたまるか」
 ふたりの語気の強さは、普段と逆転していた。おれの回答は気にならないのかとビッテンフェルトがたずねると、ワーレンはそんなもの聞かずともわかると豪語した。
「なんだ、じゃあ言ってみろ」
「陛下のご命令には、もちろん従う。だが、軍務尚書主導の恐怖政治のため、処刑人あるいは密告者として日陰で働くなど、まっぴらだ……こんなところだろう」
 オレンジ色の髪の男がつまらなそうな顔をしたので、ワーレンの刺々しい気分も多少やわらいだ。ビッテンフェルトと話した者はおのずと、彼の皇帝への忠誠心と、筋金入りのオーベルシュタイン嫌いをも知ることになる。その直情的な性格は、何度も周囲の肝を冷やしてきたが、この場においては忠誠の明快さと相まって、清々しかった。
 そして、ビッテンフェルトのやり場のない鬱憤の矛先は、この場にいないオーベルシュタインへと向けられた。これはビッテンフェルトの気質の陰湿さ、あるいは卑怯さ、あるいは臆病さを意味するものではない。もし軍務尚書本人がこの場にいた場合でも、言語表現がととのえられるだけの違いで、ビッテンフェルトが公然とオーベルシュタインを非難することに変わりはなかっただろう。
「オーベルシュタインは見た目も陰気だが、発言は度をこえて陰気だ。あの義眼からは、他人を石にする電磁波が垂れながしになっているのではないか。帝国軍の元帥が奴一人ではかなわん」
 叛した友人のために、あのミッターマイヤーも不在となってしまった。それがビッテンフェルトには残念でならなかった。
 こうした僚友たちの反応は、皇帝の御手を血に汚すことの危うさを、忠実なビッテンフェルトにも実感せしめるものだった。オーベルシュタインの発言は不愉快そのものだったが、あの男の義眼には、たしかに現実が見えている。普段のビッテンフェルトであれば、オーベルシュタインのいだく疑惑があらゆる不協和の源ではないかと、反発するところである。しかし、陰鬱な大本営の空気からして、今回は軍務尚書の懸念にも、一理あるらしい。
「『軍務尚書は』、ロイエンタールの首をご所望らしい。このおれがオーベルシュタインなんぞのために働かねばならんとは気に食わんが、やつの義眼もそろそろ取替えどきだろう。ひとつくらい、代わりのものを持っていってやるとするか」
 こうした彼らしからぬ遠まわしな配慮から、ビッテンフェルトは直接敵将の首をねらっている。これは、総司令官の指示からやや逸脱した「独断専行」でなければ、意味がないのだ。自分がロイエンタールを討てれば、それでよし。もし、たとえこの牙がとどかなくとも、己が無能の汚名をかぶることで、総司令官ラインハルトには暴走したビッテンフェルトを援護するという名目が立つ。これにより、昔日の部下を討つラインハルトの罪を軽くできれば、最低限の責務をはたしたことにはなろう。そこまでビッテンフェルトは考えていた。
 一方、この一番槍をうけるロイエンタールは、かつての味方に舌を巻いていた。彼は以前、ビッテンフェルトと戦えば勝つのは自分であると、親友ミッターマイヤーにうそぶいたことがある。飲んでいたとはいえ、自信過剰から出た大言壮語ではないが、それを現実に実行することの困難さを痛感するロイエンタールであった。
「言うは易し、か。だが、ここで敗北するようでは、いつか天上ヴァルハラでミッターマイヤーと再会しても、顔向けできなくなってしまうな」
 死をもおそれぬビッテンフェルトの突撃は、まさしく電撃そのものである。真空を切り裂くビームはすべて、ロイエンタールひとりをめがけて放たれていた。数百数千条の、かがやかしい殺意が、隻眼の男のただ一つの左目を灼き尽くさんと襲いかかる。その途上にある巨大な戦艦をいくつも巻きこんで、エネルギーの奔流はうねりを増す。爆発の衝撃波をも貪婪に呑みこむように、黒く塗られた戦艦の群れが、宇宙空間を驀進する。
 旧銀河帝国ならいざ知らず、ラインハルトの新帝国に、督戦隊なるものは存在しない。だが「後退すれば主砲で吹きとばす」というビッテンフェルトの命令に、麾下の兵士たちはふるえあがった。その上、この命令を発した旗艦「王虎ケーニヒス・ティーゲル」は後方にとどまることなく、前進しつづけているのだ。
「おい、おれたち、ビッテンフェルト提督に追いつかれたらどうなるんだ?」
「さあ。だが確かなことがある。相対速度で言えば、おれたちは後退しているようだ」
 こうして、死地めがけた味方同士の熾烈なレースが始まったのである。とはいえさすがに、部下を砲撃するなどという命令が容認されなかった。ロイエンタール討伐というこの戦い自体が、同士討ちにもひとしいものなのだ。内輪もめに内輪もめをかさねては、それはもはや悲劇を通りこした喜劇である。それでもこの脅しが効力を発揮したのは、ビッテンフェルトがもともと有していた印象と、自らの決死の前進による。
 敵も味方も圧倒する、前方をなぎはらうかのごとき異様な戦いぶりに、ラインハルトやロイエンタール、ワーレンといった宿将たちは、黒色槍騎兵艦隊指揮官の意図を見てとった。
「わが艦隊は黒色槍騎兵艦隊を援護する!」
 なかば強引に踏みこんできたワーレン艦隊には、グリルパルツァー艦隊が対処した。ついで皇帝本隊がビッテンフェルト艦隊をささえたのを見て、ベルゲングリューン艦隊とクナップシュタイン艦隊も戦場に加わる。かくして、ロイエンタールが開戦前に思いえがいていたような戦況図ができあがったのだった。
 遠くの味方が動きだしたとの連絡をうけ、隻眼提督はここぞとばかりに叱咤をとばす。
「こちらも退いてはならん。あと二時間もたせろ。二時間耐えれば、ビッテンフェルトに勝てる」
 黒色槍騎兵艦隊と対峙する兵士たちは、時刻を確認する余裕もないまま、「二時間」という言葉を呪文のように口のなかで反復した。時間制限はともすると兵士たちの焼尽バーン・アウトを招来しかねなかったが、そうならぬようロイエンタールは計算済みである。グリルパルツァーと合流するまでの日数から、敵の損害や疲労の度合いを大まかに把握できる。攻撃の激しさから消耗スピードを見積もり、また味方の集中や忍耐の限界を見極め、効果ありと判断した上での断言だった。
 ロイエンタールは的確に、凡将がまねれば煩瑣のそしりをまぬかれえぬほどの巧緻な指揮で、陣容のうすい箇所を埋めてゆき、艦列をととのえ、一撃を耐えぬくことに専念した。これは彼の最初の危機であり、腹に一物かかえるグリルパルツァーにとっては寝返る契機であったが、背信者は動かなかった。ワーレン艦隊を相手するので手一杯で、ともすると自分がやられてしまいかねなかったのだ。また、ウルヴァシーでの事情を知るクナップシュタインが退場したあとでなければ、不都合が生じる。より良い機会をもとめて欲ばった結果、グリルパルツァーは取り返しのつかない汚辱の道へと入りこんでいった。

 一二月一日。分厚い艦隊の層で圧殺するかのごとき前後挟撃によって、戦況はロイエンタール軍優勢に大きくかたむきはじめている。
 そして、二時間と部下を鼓舞したロイエンタールの予測よりもはやく、黒色槍騎兵艦隊シュワルツ・ランツェンレイターの攻勢がみだれはじめた。約半年前に組みこまれた旧ファーレンハイト艦隊が、ビッテンフェルトの猛攻についていけなくなったのである。
 訓練が不十分でうまく連携がとれないなか、彼らは勇敢に戦っていた。けれども、いくら戦えども、通信装置からは無謀としか思われぬような「前進!」の声だけが入ってくる。上級大将以上の人間には、単純きわまるビッテンフェルトの命令の意図が理解できたが、一般兵士たちにとっては、あたかも玉砕を命じられているかのように感じられたのだ。そもそも振りかえってみれば、旧ファーレンハイト艦隊は三年前のリップシュタット戦役において、旧貴族を滅ぼさんとするラインハルトと戦火を交えたのだった。それが今度は、旧敵ラインハルトのために、叛逆者ロイエンタールと戦うことになった。だが、この内部抗争にははたしてどのような、生命をささげるだけの意義があるのだろうか?
 二人の驍将にしたがって戦ってきた旧ファーレンハイト艦隊に「様子見」をさせたのは、死への恐怖ではない。戦う意義の不明瞭さだったのだ。
 旗艦「王虎ケーニヒス・ティーゲル」撃破の報をうけたロイエンタールの気分は、それまでの戦闘で昂ってはいたものの、心楽しいものではなかった。僚友を殺して、愉快であろうはずがなかった。自らはじめた戦いゆえ、口に出すことはけっしてなかったが……
「お前はあれほど、皇帝にいどむことを夢見てきたではないか。これがお前の望んだことだ。これが充足感なのだ……
 ビッテンフェルトを引きずりこむことに成功し、自陣の中央突破を防ぎとめたことを、己の手柄と考えられないロイエンタールだった。皇帝はこのような部下を使い捨てるかのごとき用兵をするのかと、最初のうちいぶかしんでいたロイエンタールだが、いまでは違うと確信している。
 ルッツのときと同様だ。ビッテンフェルトのやつ、あれで皇帝をかばったつもりなのだ。あの戦いぶりは、功をあせったのではあるまい。独断専行でおれを殺せればよし、あるいは蛮勇でもって、皇帝に敵討ちの建前をあたえられればよし、というわけか。あれほど嫌っていたくせに、いったいいつ、ビッテンフェルトはオーベルシュタインに弟子入りしたというのだ。
 ルッツやビッテンフェルトの死について、ロイエンタールのなかに、とある納得が芽ばえはじめていた。ラインハルトのもとで二つの国、二つの回廊を股にかけ、戦いにあけくれていたときには、思わなかったことだ。
 それまでロイエンタールは、ラインハルトの華麗なる天才に打ちのめされながらも、その覇業を下からささえ、ときとして不満をいだきつつ、雌伏していた。九歳も年下の若者に連れまわされている自分を、どこか離れた場所から冷めた目で見据え、あきれていた。ジークフリード・キルヒアイスが亡くなってから、ラインハルトは参謀オーベルシュタインを影のように従え、完全無欠なる主君として、どこか隔絶した雰囲気をただよわせるようになった。幾人もの有能な部下の命を戦いに放りこむ権力という名の無慈悲は、その距離によって保たれるのかと、何度思ったことだろう。
 だがロイエンタールはわかりかけていた。全銀河を征服すること、宇宙を翔けて戦うことは、ラインハルトだけの夢ではなく、ラインハルトと部下たちが共通して見ていた夢だったのだ。ラインハルト・フォン・ローエングラムには、その夢を叶えることができると部下に信じさせ、彼らの命をあずかりひきいるだけの天才や覇気、カリスマといったものがそなわっていた。オスカー・フォン・ロイエンタールにも多少それらの才能はあっただろうが、絶対に埋めることのかなわぬ差が、ラインハルトとのあいだに横たわっている。ウルヴァシー事件から今日まで、立ちはだかる絶壁の高さを思い知るばかりだ。
 自分こそが歴史の針を流血にむかって逆進させ、人々の変化を停滞させている張本人であるとの自覚はある。回廊の戦いで、ミッターマイヤーは、「人の側が時代にあわせて、変わらざるをえない。変わるべきだ」と言った。その忠告に耳をかたむけることなく、分不相応に、手に入らないものをもとめた結果が、このざまだ。渇くばかりだ。これが、生まれた瞬間に喪失を経験し、血をあびた人間の限界というわけか。
 こんなおれでも、わが友は夢想することができたというのか。おれが銀河帝国皇帝となった姿を。あるいは金銀妖瞳ヘテロクロミアのおれを、あるいは碧眼のおれを……お前のように普通の家庭をもつおれを。お前と添いとげたおれを。
 ビッテンフェルトをたおしてなお、皇帝ラインハルトとの差ばかり実感するロイエンタールであった。皇帝がこのまま包囲されて、終わるはずがない。きっと、何か仕掛けてくるだろう。それはロイエンタールの、ラインハルトにたいする期待かもしれなかった。
 ロイエンタールがラインハルトの部下として過ごした歳月の意味は、現在の敗北によって解きあかされるだろう。それにどんな利益があるか。すくなくとも、自己証明の道を突きすすみつづけてきたロイエンタールを、立ち止まらせてくれることは確かである。だがその答えは、彼が狂おしいほどに欲しつづけ、手に入らないままでいるものと、両立不可能なものであった。

 前後挟撃から変形したロイエンタール軍の包囲網は完成しかけていた。ところが一二月二日、すんでのところで中央突破され、敵に脱出されてしまった。黒色槍騎兵艦隊シュワルツ・ランツェンレイターのはたらきを無為にすることなく、散逸しそうな艦隊をまとめ、ほんの一点あいた突破口をおしひろげたのは、発熱の体を押して指揮卓についた皇帝ラインハルトだった。
 ロイエンタールは歯噛みしてメイン・スクリーンを見つめていた。この状況から脱出するとは、さすが皇帝ラインハルトの超絶技巧の用兵であると、感嘆せざるをえない。だが、包囲を突破されてしまったのは致命的だった。あれほどの好機は、二度とめぐってこないだろう。
 ふと記憶にひっかかるものを感じたロイエンタールは、数瞬ほど脳内をさらった。そうして彼が記憶のなかから掘りおこしたのは、叛乱軍大規模侵攻の末尾をかざった、アムリッツァ会戦である。あの戦いで、気がはやったビッテンフェルトはヤン・ウェンリーに足をすくわれ、包囲網の弱点となり、あの宿敵を取りのがす原因となった。今回のビッテンフェルトも、本来、進むべきではなかった場面で猪突した。だが今度は、逆に包囲網をわずかに突きやぶり、ロイエンタールの前後挟撃策からラインハルトの命を救いおおせたのである。
 アムリッツァ会戦から、わずか四年しか経っていない。だがこの間に、全宇宙を左右する戦いがいくつも爆ぜては、莫大な量の人命と熱量を蕩尽していった。時の流れ以上に加速し、荒れ、渦をまく歴史の潮流に、懸命に棹さしてきた四年間だった。宇宙の歴史というものさしをあてれば、差などなきに等しいわずかな期間だが、いち人間にとっては違う。四年ものあいだ星の大海を懸命に漕げば、知らず知らずのうちに、人間はたくましく進化を遂げるのだ。アムリッツァでラインハルトの叱責をうけたビッテンフェルト、いや、「回廊の戦い」の前哨戦で僚友ファーレンハイトを失ったビッテンフェルトと半年後の彼とは、別人だったのだ。敵も味方も相互に競りあっていたのでわからなかったが、ビッテンフェルトの槍の穂先は、四年前とは比較にならぬほど、磨きぬかれていたのだろう。ロイエンタールの包囲網の失敗は、皇帝の手腕によるだけでなく、同齢の朋輩の成長を加味することを忘れ、あなどっていた報いだった。
 ビッテンフェルトの摩滅に、ロイエンタールは己のすがたを見出した。天性の軍人というものは総じて、己が死にいたるまで、自分自身を殺戮に最適化してしまう、度しがたい生き物なのかもしれない。そう、このオスカー・フォン・ロイエンタールという剣もまた今、かつてないほど研ぎ澄まされると同時に、青白い銀色の火花を散らしながら、すさまじい速さで摩耗している……

 翌一二月三日、ラインハルトとロイエンタールの激しい戦闘が繰り広げられている最中、「イゼルローン回廊方面よりメックリンガー艦隊進攻」の報がもたらされた。メックリンガー艦隊は、ロイエンタールの長期抵抗の可能性を潰しつつ、主力と合流する予定である。すなわち、新領土に点在する軍事基地を制圧しつつ、惑星ハイネセンに向かい、ロイエンタールに二正面作戦を強いるのだ。メックリンガーに通行許可をあたえ、帝国側に貸しを作ったイゼルローンの孺子こぞうは、どうやらロイエンタールに肩入れする陰謀家どもと違って、建設的な未来のために行動しているらしい。
 翌日、翌々日と、メックリンガー艦隊の動向の報告をうけたロイエンタールは、顎に手をあてて考えこんだ。
「いくらなんでも速すぎる。ほかの基地から報告はあがっていないのか」
 と副官レッケンドルフに尋ねたところで、彼は皇帝の大胆な戦略を洞察しえた。
「途中のいくつかの拠点をあえて無視し、攻略箇所を必要最低限にしぼっているな」
 通常、このように敵国領内で直線的に拠点を支配しても、せっかく落とした基地をすぐに奪還されてしまう。だが今回の状況においては、この飛び石作戦は非常に有効であった。多くの兵士たちはロイエンタール叛逆にとまどいを感じており、あたえられた最低限の任務以上のはたらきをする意欲にとぼしい。よって、各基地の連携は弱く、帝国側はおとした拠点を奪われる心配をする必要がないばかりか、孤立化した基地の自然消滅さえ期待できたのだ。総司令官の不在が戦意に多大なる影響をおよぼしたのだが、ロイエンタールに分身の術が使えるはずもなく、いち人間の限界が露呈した形となった。
 巧妙なことに、この作戦が判明したところで、ロイエンタールには手の出しようがない。メックリンガーの妨害に割くほどの戦力も、彼は持っていないのだ。皇帝との正面決戦が最優先であったし、ハイネセンに兵をのこせば反乱の恐れがあったので、やむをえなかった。軍事基地を攻略されるのは想定どおりのことではあるが、それでも、各拠点の散発的な抵抗によって、いくらか時間稼ぎができるとロイエンタールは踏んでいたのだが、そのあては外れてしまったようだ。
 皇帝の、ときに不用心にも見えるいさぎよさは、確固たる根拠に裏打ちされたものである。広く戦局を見渡した過不足ない状況判断に、きらめくアイデアという粒子がふりかけられると、世にまたとない独創的な軍略となるのだ。ロイエンタールには、感服するほかない。自分が窮地に立たされていることは理解していたが、有利不利といった尺度がいったい何になろうか。一流の芸術の前で人間にゆるされるのは、ため息だけである。
 とはいえ、叛乱軍の総大将として、ロイエンタールは思考を放棄するわけにはいかなかった。名画に奪われた目を引きはがすように、脳の活動を問題解決へと切りかえる。ここで彼が懸念していたのは、この一連の出来事によって、兵士たちがつぎつぎと皇帝に帰順してしまうことだった。そしてその危惧どおり、おそらく多数いると思われる日和見主義者たちにたいしては、オーベルシュタインがある一計を案じていた。

 メックリンガーが確実なる勝利にむけて足場を踏みかためているころ、内心汗をかいていたのはグリルパルツァーである。
 このまま戦局が推移すれば、活躍の場を逸してしまう! それだけでなく、このままロイエンタールが敗北するようなことがあれば、自分の履歴書には叛逆という汚点が永久に残ってしまうではないか!
 一度手に入れたと思ったものをみすみす逃してしまうことほど、悔しいことはない。最初の縦陣攻撃から、黒色槍騎兵艦隊シュワルツ・ランツェンレイターとの戦い、その後の戦闘にいたるまで、グリルパルツァーには何度か錦旗をかかげて寝返る機会があった。だがそれを先延ばしにしているうちに、いつのまにかハイネセン陥落が目前にせまっていたのである。
 だが一二月一○日、とうとうグリルパルツァーが待っていた機が到来した。彼の祈りが天につうじたのではない。グリルパルツァーが最初の戦いでわざと看過したものが、このときあらわれたのである。
「援軍だ!」
 いちばんに喧伝したのは、クナップシュタインであった。そして、彼が流した突拍子もない噂に、敵も味方も全員が耳をうたがった。
 ——ミュラー上級大将の指揮下に入ったミッターマイヤー艦隊が、ロイエンタール元帥に加勢するため急行してきた! 「帝国軍の双璧」はひそかに手をむすび、帝位簒奪をくわだてていたのだ!——
 これこそ、グリルパルツァーが地球教から授かり、クナップシュタインに吹きこんだ虚偽うそであった。皇帝ラインハルト相手に勝ち目などないと考えていたクナップシュタインも、「帝国軍の双璧」が連携して敵軍に潜伏し、奇襲をかけるとなると、結果がわからなくなった。この心理的動揺に、グリルパルツァーの熱心な勧誘が効き、クナップシュタインはロイエンタール側にくみしたのである。
 現実に急行している艦隊は、皇帝ラインハルトが帝都の防御をけずって投入した予備兵力であった。この戦闘のはじめに、縦深陣を敷くグリルパルツァー艦隊と接触した際、「影の城シャーテンブルク」要塞周辺宙域のミュラー艦隊に出撃要請を出したのである。
「ロイエンタールに帝都を攻める余剰兵力はない。ミュラー艦隊の側面攻撃で、戦いを制することができよう」
 幕僚アイゼナッハが表情のわずかな変化でもって、懸念を表明した。ラインハルトは微熱を思わせぬ冷ややかな表情と、とどまるところを知らぬ意気で、部下の心配をぬぐいさった。
「たがいに首都防衛を勘定からはずすのだから、条件は五分だ。仮にイゼルローンの共和主義者がロイエンタールについたとしても、メックリンガーが対処するであろう。イゼルローン軍が帝国本土に進攻した場合、それを開戦事由として、かの要塞を攻め落とせばよい」
 故ヤン・ウェンリーの後継者ユリアン・ミンツの才覚がいかほどのもので、彼がどう行動するか、ラインハルトは現時点で案ずる必要はないと判断していた。ロイエンタールに味方して出兵するのであれば、目の前のどさくさにまぎれて盗みをはたらく程度の、卑小な戦略眼しか有していない孺子こぞうにすぎない。だとすれば、所詮たいした脅威にはならないというわけである。
 説明し終えたラインハルトは、ほんのわずかに緊張の糸をゆるめると、不敵な笑みをうかべた。
「それにフェザーンには、わが帝国軍が誇る宇宙艦隊司令長官がいるではないか。万一の事態におちいった場合には、軍務尚書も背に腹はかえられぬだろう。彼は、優先順位をけっして間違えぬ男だ」
 かくして、この帝位請求戦争の戦端がひらかれる直前、皇帝の作戦を伝えるため、連絡艇が「影の城」のミュラー艦隊のところへ引きかえしていった。グリルパルツァーはその動きを察知していたものの、その場ではあえて看過し、ロイエンタールにたいしては報告しなかった。
 勅命をうけたミュラー艦隊は、足の速いミッターマイヤー麾下の艦隊を先んじて向かわせることにした。そしてみずから名乗りをあげたバイエルラインは、不幸なことに、地球教団から着想を得たグリルパルツァーの陰謀論によって、寝返りを疑われてしまったのである。
「そのようなばかげたことがあるはずなかろう! 予の臣下を侮辱しおって!」
 皇帝ラインハルトの金髪が燃えあがり、怒気がはじける。ミッターマイヤーおよび彼の幕僚たちをよく知る者にとって、それは拙劣へたな流言にすぎない。総旗艦ブリュンヒルト、あるいは旗艦「火竜サラマンドル」のそばにいて、指揮官の通信を聞くことができた艦は、すぐに落ちつきを回復した。
 だが全体で見れば、「帝国軍の双璧、叛す」の報に毫もまどわされなかったという兵士は、むしろ少数派である。冷静に物事を吟味すれば、いくらでも否定材料を見出すことができただろう。しかし、「ありえなくはない」という第一印象が存在したのも、たしかだった。これはロイエンタール叛逆の衝撃が、一般兵士たちにとってどれほど甚大だったかを示すものである。ラインハルトが元帥府を開設する以前から忠誠を誓い、統帥本部総長、はては新領土ノイエ・ラント総督までのぼりつめたロイエンタールが叛旗をひるがえしたのだ。それが現実なら、ミッターマイヤーが叛することも、ありえるだろう。そのような考えが、兵士たちの脳裏によぎった。大将の地位をあたえられているクナップシュタインでさえ、「帝国軍の双璧」が手を結んでいることを信じてしまったほどである。まして、連日の戦闘に疲弊し、判断力も士気もさがっているロイエンタール軍の兵士たちが、都合のよい噂にとびつくのも、無理からぬことだった。さらに、人間はえてして、自分の信じたいものをよろこんで信じるばかりか、自分に都合のいいように証拠を組みあげる生き物である。ロイエンタール軍の中で、さまざまな憶測が飛び交った。もしかすると、ミッターマイヤー元帥の謹慎は、皇帝に不服従を表明したせいではないか。「帝国軍の双璧」は、公私ともに付きあいが深いという。ふたりで銀河の分割支配をしようともくろんでいるのではないか、等々。
 戦場に迫っている艦隊がたしかにバイエルライン大将のものであるとの情報をえて、勢いづいたクナップシュタイン艦隊が猛然と皇帝本隊に襲いかかった。勇気よりも狂乱のおもむくままにまかせて突進する彼らを、そばに展開していたベルゲングリューン艦隊が援護する。活動的なベルゲングリューンは、どちらかといえば勇将としての適性を有している男である。しかしながら、不穏な野心の炎をゆらめかすロイエンタールの補佐役となり、新領土で「次世代の双璧」と目されるクナップシュタイン、グリルパルツァー両大将にたいして年長者の立ちまわりをしていると、彼の本来の気質が顔をだす機会はほとんど回ってこないのであった。
 クナップシュタインとベルゲングリューンの両艦隊が皇帝に噛みつく前に防ぎとめたのは、ワーレン艦隊である。
「敵の妄言にだまされるな! 戦線を維持せよ!」
 互いに、援軍の到着がこの戦いを決するだろうという確信があった。バイエルライン艦隊が到着するまでの短時間にすさまじい激闘が繰りひろげられ、ワーレンの旗艦「火竜」も砲火に傷ついた。二発目の直撃弾で、ワーレンの左腕の義手が吹きとばされる。人心が動揺している今、司令官の負傷は全体の指揮に関わる問題だ。それを熟知する銀河帝国の名将は、床に落ちた義手の残骸を豪快に蹴りとばし、「これで悪運を切り離したぞ」とめずらしく冗談を口にした。旗艦が損傷するほどの激烈な戦闘下でも剛毅な態度をくずさず、整然と指揮をとる隻腕の上級大将の勇姿は、何よりも兵士たちを鼓舞したのだった。
 噂の発信源であるクナップシュタイン艦隊からやや離れた位置に展開していたため、新領土軍総司令官ロイエンタールが虚報を耳にしたのは、周囲からかなり遅れてのことであった。
「何を……
 隻眼の男はうめき、絶句した。
 指揮座の肘かけをつかんだまま全身をこわばらせたロイエンタールの脳内では、焦燥、憤怒、困惑といった感情がひしめいて、渋滞をおこしていた。むろん彼は、増援など存在しないことを知っている。それだけに、この荒唐無稽な作話に悪意を嗅ぎとったのだ。尋常の人間の発想ではない。いったい、誰から感染したのだ。
 「ミッターマイヤー麾下の艦隊がロイエンタール側に与している」などという報せは、数時間もしないうちに嘘であることが明らかとなる。敵に多少の混乱をあたえられたとして、それが勝利に結びつくはずもない。援軍を待望して過熱した士気は、裏切られたと判明するやいなや、負のベクトルへ転じるだろう。
 虚報に気を取られていたロイエンタールだったが、彼の武人としての嗅覚が、皇帝の戦術に直感的な反応をしめした。
「側面攻撃が来る! グリルパルツァー艦隊を防御に当たらせろ!」
 ここでよりにもよって、すべての元凶たるグリルパルツァーに白羽の矢が立ったのは、ロイエンタールにとって不運な必然だった。クナップシュタイン、ベルゲングリューンの両名は正面のワーレン艦隊に意識を集中させており、のこりの皇帝本隊を相手取れるのはロイエンタールだけである。本隊の近くにいて、即座に命令が通るグリルパルツァーが対処するほかない。
 グリルパルツァー艦隊を動かしたロイエンタールは、虚報デマに踊らされている味方を正気にもどすという困難に直面した。どうあっても落胆は避けられないが、放置しておくわけにもいかない。これはもはや、この戦いにかぎった問題ではないのだ。否定せずにいれば、戦後、あらぬ嫌疑をかけられて、ミッターマイヤーの名誉に傷がつく。オーベルシュタインに粛清のよい口実をあたえることになれば、危ないのは名誉だけではなくなるだろう。
 そのときふと、ロイエンタールは息もできぬような悲痛に締めつけられた。うに銃火は放たれた。ハイドリッヒ・ラングという、ひとりの人間の血が流れた。この自分に付き合うという意志が、ミッターマイヤーに引き金をひかせたことを、ロイエンタールは絶望的に悟っていた。だとすれば、いまさら何をしたところで、結末は変わらないのかもしれない。自分は友を死なせ、「生まれてくるべきではなかった」という呪いを、完璧かつ最悪なかたちで成就してしまうのだろうか……。だが、たとえそうだとしても、選択肢を広げておくくらいのことしなければ。
 虚報の訂正と入れちがうようにして、クナップシュタインの訃報がロイエンタールのもとにとどけられた。動揺したワーレン艦隊の一部をつき崩すも、派手はでな攻勢の激しさの分、消耗も早かった。援軍の虚報は、いわば活気の前借りにすぎず、クナップシュタインは自身の生命という高い代償を支払うこととなった。僚友グリルパルツァーに謀られ、利用されていたことをついぞ知らぬままであったことは、彼にとって幸福なことだっただろうか。
 これにつづいて、バイエルライン艦隊の側面攻撃により、ベルゲングリューン艦隊が半壊滅状態との報が入った。ミュラー艦隊が戦場に到着したのはその翌日、一二月一二日である。このとき、ベルゲングリューン大将が戦死し、ベルゲングリューンとクナップシュタインが率いていた別働隊からは、帝国軍に投降する者が続出した。
 一二月一三日。最後にロイエンタールのもとにもたらされた報告は、映像の形をしていた。
皇帝ラインハルトばんざいジーク・カイザー・ラインハルト!」
 スクリーンの隅々を、諸手をあげる帝国軍兵士が埋めつくしていた。音量は大きくないにもかかわらず、兵士たちの歓呼の声が、旗艦トリスタンの艦橋を満たす。自発的にわきおこった兵士たちの熱唱が、ロイエンタールの全身をつつみ、揺さぶった。
 新領土の、とある軍事基地解放のようすを撮影した映像だった。これこそ、ロイエンタール叛逆をくじく決定打として、軍務尚書オーベルシュタインが考案し、メックリンガーに授けた策であった。わざとらしい煽動をするまでもなく、整列させた駐屯兵のなかに仕込みを幾人か配置するだけで、それは起こった。「皇帝ばんざいジーク・カイザー」の熱狂は隣人から隣人へと一瞬で伝播し、大地をとどろかす大合唱となって、地上に現前したのである。
 彼らはウルヴァシー事件から約二ヶ月間、郷愁の念と叛逆の不安にさいなまれつづけていた兵士たちである。このときの解放感がいかほどか、彼らの表情と声がそれを物語っていた。涙をながして歓喜する者もすくなくない。偉大なる皇帝ラインハルトという偶像に全身全霊をゆだね、帝国の一部に還る不滅の安心感は、それほど巨大であった。
 「皇帝ばんざい」の雄叫びに身も心もふるわせる感覚を、ロイエンタールはこのときはじめて味わった。同盟首都ハイネセンでバーラトの和約が締結されたとき、新無憂宮ノイエ・サンスーシの黒真珠の間でおこなわれた戴冠式のとき、冬バラ園で自由惑星同盟滅亡が宣言されたとき、そして、同じく冬バラ園で新領土総督に任命されたとき、ロイエンタールは幾度もその歓呼を聞いたことがある。だがこのとき「皇帝ばんざい」の大合唱は、幾千幾万もの声が干渉して虹色の光背となり、今までとはまったくちがう、天上の鐘のごとき重厚な響きでもってロイエンタールの頭を殴りつけ、打ちのめした。全銀河に放送された超光速通信FTLを見て、麾下の兵士たちが魂の底から呼びさます陶酔を、ロイエンタールただ一人は新鮮な感性で受けとったのである。
 思わず、彼はつぶやいた。
わが皇帝マイン・カイザー……
 その言葉と同時に、磁力砲レール・キャノンの一弾が旗艦トリスタンの艦体に命中し、爆発した。



 同時刻、帝都フェザーンで謹慎中のミッターマイヤーも、ロイエンタールと同じ映像を見ていた。
皇帝ラインハルトばんざいジーク・カイザー・ラインハルト!」
 燃えるような落日が静まりかえった部屋に差しこみ、備えつけのスピーカーが最小ボリュームで歓声をあげる。
 ミッターマイヤーはこの合唱を知っていた。倒れ伏したい自らの狂熱としてではなく、自分たちの選択を追認する周囲からの祝福として、記憶していた。ロイエンタールの慧眼が見出し、ミッターマイヤーが膝をついた相手は、まちがいなく地上でもっとも偉大な人物だと、数千数万の口が叫んだ。兵士たちのまなざしを集めて、太陽のごとく覇気を放射する主君の背中を、ミッターマイヤーは満足して見守ったものだ。
 ミッターマイヤーの心の底に湛えられたロイエンタールへの思いは、ラインハルトへの称揚と反応すると、不穏なさざ波を発生させる。彼は自分の命のために、誰にも屈しようとしなかった隻眼の友をひざまずかせた。その変節はロイエンタール自身の性質と、ミッターマイヤーが友に向ける憧憬の双方を抑圧した。こうして蓄積したひずみが、ウルヴァシー事件を契機として、ふたりを決定的に引き裂いた。
 時の砂時計をさかさまにして選択をやりなおしたいとは考えなかったが、過ぎさった時間が堆積した金色の砂山に意識が埋没して、ミッターマイヤーは身動きがとれなかった。思えばロイエンタールはことあるごとに、自分に手をさしのべてくれた。比喩表現としてのそれは数知れず、また、現実に手をにぎられたこともあった。
 ロイエンタールのかお、声、肌、髪……官能の記憶を駆使して友をつくりあげ、空想のなかでその幻影を抱きしめる。むなしく、あさましい行為は、ミッターマイヤーに狂おしい愛執をもよおさせる。しかし、キスから先の感触は再現できない。未遂に終わってしまったからだ。
 誰も知らないだろうが、一目惚れで、相思相愛だったのだ。なのに、それを台無しにしてきたのは、いつも自分だったように思う。それを思うとき、ミッターマイヤーの胸は痛みを訴える。後悔しているのではない。彼はいつでも最善を尽くし、その点に関して後ろ暗いことは一切なかった。ただ、ミッターマイヤーが背負う地位や立場、周囲から向けられている信用や期待は、己のほしいままに振るまうことを、彼に許さなかった。ミッターマイヤーは、寒風に吹きさらされてもなお折れぬ草のごとき意志のつよさで、しばしば私的な感情をねじ伏せ、成すべきことに沿って己を律したのであり、その軸と判断に迷いはない。彼の親友は、この明朗な公明正大さを美点としてみとめ、尊重すればこそ、口づけを未遂ですませてくれたのだと、ミッターマイヤーはわかっている。
 だがついに、ミッターマイヤーは引いてはならない引き金を引いた。そのとき彼は、それまで歩んできた正道をみずからおりて、暗い道をゆくロイエンタールを追いかけることを決めた。だからもう、この世の地位も立場も、周囲からの信用も期待も、彼をさまたげることはない。
 はじめて出会ったときから一一年、オスカー・フォン・ロイエンタールという男は、ミッターマイヤーの人生の公私両面を、あざやかに彩った。あの男がいなければ、帝国軍人としての栄光と喜びを味わいつくすことはできなかったであろうし、身を焼きつくすほどの激しい恋とその苦しみを知ることもなかったであろう。長い時間を、ともに過ごした。彼のいない人生など、考えられなくなるほどに。
 無意味だとわかっていても、ミッターマイヤーは願わずにはいられなかった。これからはけっして、拒みも離しもしないと誓う。だからもう一度、このおれに手をさしのべてほしい。
 逢いたい、ロイエンタール。



 死の激痛が獰猛な牙をむき、右半身に噛みついた。ロイエンタールが自身の体を見下ろすと、右腕と右脇腹が存在していた場所を、空虚が占めていた。
 磁力砲が艦の装甲を破壊し、飛散した瓦礫の一塊が、ロイエンタールの脇腹を大きくえぐりとったのである。火災も発生しており、艦内の被害は甚大なものだった。幸運にまもられた者はわずかで、あちこちに死傷者が転がっている。うごける人間が対処にあたっているが、彼らも少なからず、打ち身や骨折といった怪我を負っていた。飛び交う怒号のなかからグリルパルツァーの名を拾いあげたロイエンタールは、ここで部下の背信を知った。けれども彼にはもはや関心がない。あと数分もしないうちに失われる命で、つまらない卑怯者のことを考えるのは、非常にもったいないことであり、そして本当にどうでもいいことだった。
 隻眼の男は無事な左手で右脇腹をおさえ、こぼれる内臓を押しとどめた。が、指の隙間からしたたるおびただしい量の血が、急速に軍服をぬらしてゆく。その重みに耐えかねるように、ロイエンタールは自身の血だまりのなかに膝をついた。
「閣下!」
 レッケンドルフが叫び、ロイエンタールのもとに駆けよった。司令官の絶望そのものの重傷に副官はひるみ、思わず上体をのけぞらせ、一歩後ずさった。その一瞬の自失から回復し、軍医を呼ぼうとするレッケンドルフをロイエンタールは身振りでとどめ、咽喉のどを逆流する血にはばまれながら、声を絞りだした。
「終わった…………
 言葉とともに、発語をはるかに上回る量の血が吐きだされ、ロイエンタールはむせた。色をうしなった唇から、唾液とまじってねばついた緋色の糸が垂れる。咳のために全身が痙攣するだけのことが、これほど苦痛をもよおすものだとは。腹圧であふれた己の中身が落下して崩れる、その重たい音さえ、あまりの痛覚の前にかすむ。
 こうした肉体の反応を、ロイエンタールの矜持と知性はすさまじい靭性で耐えぬいた。精神をたもちえた代償なのか、彼の大理石のごとき白い肌、つややかなダークブラウンの髪は、死神の口づけをうけたかのごとく、生色を吸いつくされてしまっていた。なかば黄泉の国の住人と化した凄絶なかおの中で、唯一左目が、爛々と青くかがやいていた。
 感情だけがおだやかだった。彼はようやく得心したのである。ラインハルトが臣下たる自分たちを守るのではなく、自分たちが主君たるラインハルトを守ってきたのだと。皆、かの神の化身のごとき覇者に己の夢をたくして、血と黄金に彩られた道を、自ら望んで歩んできたのだ。ミッターマイヤーを守ろうとしてきた、自分もふくめて。
 この叛乱に義理を尽くしてくれた部下たちにたいし、皇帝は寛大なご処置をしてくださるだろう。ロイエンタールは、そう信じることができた。彼の青い瞳は、最期に、雲にさえぎられることなく星を見たのだった。
 自分の死が叛逆の終わりであることを、ロイエンタールは知っている。公人としては、それでいい。私人としての彼が、死の淵で想ったのは、ミッターマイヤーのことであった。
 レッケンドルフに指揮をゆだね、死につづく下り坂を急速に滑落してゆくロイエンタールに、従卒のハインリッヒ・ランベルツが寄りそった。大粒の涙を次から次へとこぼす少年の、すすでよごれた金褐色の髪に、ロイエンタールの脳細胞が刺激された。
……形見を……
 ふとロイエンタールが、唇の端をほんのすこし動かした。苦笑したつもりだったが、はたから笑みと判別するのは不可能なほど、それは微細な変化であった。
 数語をつむぐのも難しい体で、彼は何か、親友ミッターマイヤーのため役に立つことをしたいと思った。が、ろくなものを持ちあわせていないことに気がついて、笑ったのである。皮肉屋のロイエンタールの、すなおな困惑の表出は、しかしいちじるしい肉体の損傷によってはばまれた。
 形見という発想が浮かんでくるとは、思ってもみなかった。おそらくは彼の主君と、その親友からの連想である。ジークフリード・キルヒアイスが亡くなって以来、主君ラインハルトが首から下げるようになった銀のペンダントの中身を、ロイエンタールは見たことがなかったが、おおかた写真か遺髪だろうと考えていた。そしていま、己の存在が喪失されようとしているとき、さほど気にとめていなかったあのペンダントのイメージが、ロイエンタールのなかに舞いこんだ。
 それは彼の願望の象徴だった。あれになりたい。つねに友のそばにいて惜しまれたい。友が己の選んだ道をゆくとき、その航海を守護する追い風になりたいと、ロイエンタールは願った。
 右手は失われており、左手は傷口をおさえていて動かせない。ロイエンタールはただ青い隻眼で、形見を指ししめした。
「これを、のぞむように……そうだ、執務室に、ウイスキーがある。あれも、ミッターマイヤーに……
 従卒役のランベルツはここまで聞いてはじめて、ロイエンタールの遺言が、「帝国軍の双璧」のかたわれであるウォルフガング・ミッターマイヤーに宛てたものだと気がついた。瀕死の男の懸命なつぶやきは、ほとんどうわ言同然だったが、従卒の少年はその視線の意図まで、あやまたず理解した。
 隻眼の男は、瞼をとじた。ダークブラウンの頭が、前方に落ちる。
……ミッターマイヤー」
 それが、銀河帝国軍の元帥にまでのぼりつめ、叛逆者として敗れたオスカー・フォン・ロイエンタールの死であった。隻眼の男の最後の呼吸は、彼の最愛の男の名として、吐き出されたのだった。


 ウルヴァシー事件から第二次ランテマリオ星域会戦にわたるロイエンタール叛逆事件は、一二月一三日、叛乱軍総大将オスカー・フォン・ロイエンタールの死によって終結した。
 この「新領土戦役」の幕引きをになったグリルパルツァーは、帝国の元重臣だったロイエンタールの血のけがれから、皇帝ラインハルトの御手をかばったと言えよう。約一○ヶ月前の同盟領侵攻で、ロックウェルが投降に際して同盟元首ジョアン・レベロの屍をささげたように、グリルパルツァーもまた、元新領土総督オスカー・フォン・ロイエンタールの屍を皇帝にささげようとしたのだ。
 ところがグリルパルツァーは、蹴落とそうとした同輩の亡霊に足を引っ張られた。大将を失ったクナップシュタイン、ベルゲングリューン両大将の艦隊のうち、投降ではなく戦闘継続をえらんだ部隊が、グリルパルツァーのもとに身をよせていたのである。戦死した上官にたいする忠義は、グリルパルツァーの裏切りと化学反応をおこして、猛烈な復讐心と化した。ここに醜悪な同士討ちが発生し、グリルパルツァーは即座に己の所業の報いをうけた。ロイエンタールの死があきらかとなり、全軍の戦闘が停止されるまでのわずかな時間を、彼は切りぬけえなかったのである。かくして、ロイエンタール叛逆事件に荷担した主だった提督三名は全員が戦死という、悲劇的な結末を見た。
 仮にグリルパルツァーが生きのびていたとしても、軍神のごとき皇帝ラインハルトは、グリルパルツァーがささげる欺瞞と媚びの臭気のする忠誠を、鼻をつまんで拒絶しただろう。皇帝をかばって現世から天上ヴァルハラへと旅立ったルッツやビッテンフェルトも、グリルパルツァーと同列に語られては、不本意きわまりないこと確実である。しかし、この叛乱の発端となったウルヴァシー事件を再調査するにあたって、グリルパルツァーという証人の死は手痛い損失であった。皇帝の許可をえて惑星ウルヴァシーにおもむいたメックリンガーは、皇帝暗殺計画が地球教団の陰謀であったことをつきとめたものの、証拠となる資料はグリルパルツァーによって隠滅されており、フェザーン航路局爆破テロとの関連も不明のままとなった。



 一二月三○日、ミッターマイヤーは、帝都フェザーンに還御したラインハルトから呼び出しをうけた。叛逆事件収束を告げられたとき、ミッターマイヤーの表情は動じなかった。しかし、その無表情の仮面が、謹慎中のすべての時間をかけてこしらえられたものであることは、ラインハルトの目にもあきらかだった。銀河帝国の皇帝である彼は、誰かほかの人間に、この嫌な役割を押しつけることもできた。けれども、自分自身の口でロイエンタールの死をつたえることに、ラインハルトは責務を感じていた。ロイエンタールの——背かれてしまったが——主君として。叛逆をあおってしまった人間として。
「卿の処分についてだが、宇宙艦隊司令長官職の更迭と、一時的な予備役編入はやむをえない。だが卿がいなくなれば、帝国全軍に、用兵の何たるかを教える者がいなくなる。そこで、これはフロイライン・マリーンドルフの案なのだが、卿にはいずれ教育総監として、未来の帝国軍を育成してほしい」
 ラインハルトからこのように告げられたミッターマイヤーは、半年前、ロイエンタールと交わした会話を思いおこしていた。戦いが終われば自分たちも単なる軍人ではいられないと、あの男は言っていた。時代がうつろった結果、治安維持を目的とした帝国軍は、規模の縮小も検討しなければならなくなるだろう。その新たな時代をつくりだす軍人としての道が、ミッターマイヤーの前にひらけていた。
 じつはミッターマイヤーは三ヶ月ほど前に、ヒルダの父マリーンドルフ伯フランツから、国務尚書職の引き継ぎを非公式に打診されている。けれども政治への関与をさけたかった彼はその申し出を遠慮しつづけた。最終的にこの提案は、ラング射殺の不祥事によって、暗黙のうちに白紙となっている。ミッターマイヤーが単なる軍人でありたいと望んでいたのは、自分の職務の満足は純軍事的な分野にかぎられると考えていたからであるが、もうひとつ、隣の男に理由があった。ロイエンタールを見て、どうして自分に政治の才能があるなどと驕ることができようか。
 皮肉にも、ロイエンタールの叛逆が、かつてミッターマイヤーが歩みたいと望んでいた道を切りひらいてくれた。同時に、ロイエンタールの死が、ミッターマイヤーに単なる軍人としてではない振るまいを身につけさせた。
「陛下、私は退役いたします」
 ミッターマイヤーの短い返答に、ラインハルトの蒼氷色アイス・ブルーの瞳が翳った。戦場を撹乱した「帝国軍の双璧、叛す」の報が脳裏をよぎり、自分の心遣いを無下にされたように感じたラインハルトのなかで、一陣の風が吹き荒れた。だが専制君主の苛立ちも一瞬のことで、嵐のあとはふたたび、ロイエンタールの死という重い事実がたれこめた。
「すでに、決めていたのだな」
 親友の血にまみれた主君に仕えつづけろと要求するのは、傲慢か。銀のペンダントに、ラインハルトは胸のうちで話しかけた。ヴェスターラントの過誤が、ラインハルトに自らの半身たる親友を失わせ、その後の「いつでも挑んできてかまわない」という発言が、ミッターマイヤーに同じ喪失を強いた。過ちの連鎖はのたくる鞭となり、三年以上が経った今も襲いかかってくる。それほど重大なミスだったことを、あらためて思い知るラインハルトであった。
 ミッターマイヤーはしばし、自罰の痛みに耐えしのぶ主君を見つめていたが、やがて口をひらいた。感情を押しころした機械的な口調ではあったが、その内容はラインハルトが覚悟していたような怨嗟や糾弾ではなかった。
「私は銀河帝国と、わが友ロイエンタールのために、なすべきことがあるのです」
 皇帝への怨みが皆無というと、嘘になる。だから彼は、軍から離れるのだ。しかしながらミッターマイヤーは、彼とロイエンタールがした選択を貫徹するつもりである。それが、五○○年に一度の比類なき天才を見いだしたロイエンタールの慧眼と、その天才につかえ背いた、彼の剣の生き方を肯定することとなり、さらには自分たちふたりをふたたび巡りあわせるであろう。

 ラインハルトの執務室を辞したミッターマイヤーを、ひとりの客人が待っていた。ロイエンタールの従卒の少年で、隻眼の男の最期をみとった、一四歳のハインリッヒ・ランベルツである。
 グリルパルツァーの砲撃に傷つき、航行能力が大幅に低下した旗艦トリスタンは、惑星ハイネセンの宇宙港に係留された。ロイエンタールとともにトリスタンに搭乗していた副官レッケンドルフらは、司令官の死と降伏をつたえたあと、捕虜として帝国軍に収容され、旗艦とともにハイネセンにいる。彼らは本来、大逆に荷担した罪人であるが、皇帝は上官に尽くした彼らにたいし、罪を問うつもりはなかった。皇帝の処置にたいするロイエンタールの信用は、こうして正しく報われたのである。
 そのなかでただ一人、ランベルツだけが帝都フェザーンに来て、ミッターマイヤーとの面会をゆるされた。ロイエンタールの遺言を伝えたいとの訴えが、皇帝ラインハルトに聞きとどけられたからであった。
「ロイエンタール元帥のお言葉を、どうしてもミッターマイヤー元帥にお伝えしなければと思ったのです」
 ロイエンタールは元帥号を剥奪されているため、ランベルツの呼び方は誤りであったが、ミッターマイヤーは訂正しなかった。几帳面に元帥号を省いたのは軍務尚書オーベルシュタインくらいのもので、それ以外の提督たちでさえ、ロイエンタールを呼び捨てることにためらいをおぼえている。ミッターマイヤーだけが、昔も今も変わらず、誰よりも敬愛をこめて、ロイエンタールをその名前のみで呼んだ。
 唇を食いしめるランベルツの表情に、ミッターマイヤーは好感をもった。あの男は、叛逆者として生涯を終えたあとも、彼の身近な人間から尊敬されている。その事実は、肩書きだけではとうてい語りえぬ、また誤解されることも多いであろう、ロイエンタールの生の記録であった。
「ロイエンタール元帥はミッターマイヤー元帥に、ふたつ形見を遺してゆかれました。どちらも、すぐにはお渡しできないそうなのですが、皇帝陛下がきっとミッターマイヤー元帥におとどけしてくださると、そうお約束なさいました」
「そうか。ありがとう」
「ロイエンタール元帥は、最後に、ミッターマイヤー元帥のお名前を呼んで、息を引きとられました」
 ミッターマイヤーが、息を呑んだ。ランベルツはふるえる声でつづけた。
「ロイエンタール元帥は、ミッターマイヤー元帥を愛しておいでだったのです……
 この従卒の少年は、それを伝えるために、ここまで来たのだった。彼は皇帝ラインハルトの前で、ロイエンタールの遺言を包みかくさず話したが、これだけは、ミッターマイヤー以外の誰にも明かさなかった。
 今日まで散々泣きはらしたはずのランベルツの目に涙が凝縮し、左目から一粒だけこぼれ落ちた。それを見たミッターマイヤーは、少年の金褐色の頭に手をやった。ランベルツは、ロイエンタールの片割れであり、想い人でもあった偉大な軍人の前で、これ以上失態を見せまいとした。
 懸命に涙をこらえる従卒の少年に、ミッターマイヤーが短く言う。
「知っていた」
 少年が顔をあげた。蜂蜜色の髪の男は、真実をうちあけた。
「おれも、愛していた」
 少年はふたたびうつむいた。右目からもう一粒、透明な涙がこぼれる。少年が顔をあげられるようになるまで、ミッターマイヤーはその頭を撫でてやった。