lolo
2025-11-28 10:06:52
28335文字
Public お話
 

呱泣

死出

『おくれてごめん!あと五分でつきます』
受信したメッセージに「急がなくても大丈夫だよ」とすぐに返信したけれど、既読がつかない。
「走ってるのかなぁ」
渡我被身子はつぶやき、携帯端末をテーブルに伏せた。
彼女が現れたのはそれから三分後のことだった。
「被身子ちゃん」
はずんだ声に呼ばれて渡我はふりかえる。
テーブルに近づいてきた人物をみとめ、瞳をかがやかせた。
「お茶子ちゃん!久しぶりだね」
「久しぶりー!ほんとごめん、待たせてしもた」
渡我の高校のときの同級生、麗日お茶子はさわやかなミントグリーンのブラウスにマーメイドラインの白いスカートを履いていた。
この炎天下のなかあわててやってきたせいだろう。頬は赤くなり、乱れた短め前髪の下からのぞくおでこはうっすらと汗ばんでいた。
大学生になりすこし大人びた服装をしてはいても、麗日はあいかわらずかわいらしい。
渡我はうれしくなって微笑む。
「ふふ。顔がまっかだよ、お茶子ちゃん。私のメッセージ見てなかったでしょう。急がなくってもよかったのに」
「ご、ごめん、見てなかった。でも被身子ちゃんと会うの、約束してからずっと楽しみにしてたんやもん。けどまさか、こんなに電車がおくれるとは」
ようやく席につきほっと息を吐いた麗日は、渡我のとおなじスムージーを注文した。
大きな窓があり開放的な雰囲気のカフェの店内は、涼をもとめて避難してきたたくさんのお客でにぎわっている。
今日はこのあと、近くに新しくできた大型ショッピングモールへ行く予定だ。
渡我も麗日も大学進学と同時に地元をはなれ直接会う機会は減ってしまったが、いまも連絡は取りあっているし、予定が合えばこうして会って遊んでいる。
テーブルをはさんでむかいあった二人は、高校時代の休み時間のような気分にひたりながら近況を語りあった。
「被身子ちゃん、お料理サークルはいったって言ってたよね」
「はい、お友だちに誘ってもらって。これ、こないだつくったお料理の写真です」
「わっ、めっちゃおいしそう……!お料理サークルいいよねぇ。おいしいもの食べれるし料理の腕上がるし、いいことづくめや。私なんかひとり暮らしはじめてから、食卓おもちばっかりで」
はずかしそうに頭をかく麗日に、渡我は小首をかしげて言った。
「出久くんとごはん食べたらどうですか?どっちかのおうちで、いっしょにお料理して」
「えっ」
「せっかくおなじ大学なんだし、二人ともひとり暮らしだからちょうどよいのでは?」
こともなげに言う渡我に、さっき店に現れたときより顔を赤くした麗日はぶんぶん首をふる。
「おっ、おうちで料理は、さすがにちょっとハードル高すぎるっていうか!それにデクくんバイトしてるから、なかなか時間合わんかったりするし……
「えー、いいアイディアだと思ったのになぁ」
渡我は唇をとがらせ、麗日は顔のほてりを冷ますように急いでスムージーをすする。
高校のときから麗日は、ひとりの男の子に恋をしていた。
麗日が「デクくん」と呼ぶ彼――緑谷出久は、高校三年間をとおして渡我と麗日とおなじクラスだったから、渡我も緑谷のことはよく知っている。
優しくひかえめで、けれど時におどろくほどの行動力を発揮する。緑谷は他人のために自身が傷つくこともいとわない、自己犠牲のかたまりのような人間だった。
麗日はそんな彼に惹かれ、いちばんの友人である渡我に緑谷への恋心を打ち明けたのだ。
緑谷のことは、渡我も好ましく思っている。
大好きな麗日にいつか恋人ができるとしたら、その相手は緑谷であったらいいとずっと思っていた。その気持ちはいまも変わらない。
それにはたから見ていて、緑谷のほうも麗日を意識しているのが丸わかりなのだ。
おなじ大学に合格が決まりハイタッチを交わして喜びあっていた二人だというのに、あいかわらずの進展のなさに渡我のほうがやきもきしてしまう。
――あんまりのんびりしてたら、だれかに出久くんとられちゃうかもよ。
そうもどかしく思いはするが、こればっかりは他人がどうこうできるものではない。
それに恋に思い悩む麗日もやはりかわいらしかったから、渡我は気長に二人の行方を見守ろうとこころに決める。
「出久くん、バイトしてるんだね」
「うん。大学の近くにある喫茶店なんやって」
「お茶子ちゃんは行ったことあるの?」
「ううん」
渡我がたずねると麗日は首を横にふる。
「じゃあ今度は、私がお茶子ちゃんのとこに遊びに行きます。そしたら二人でその喫茶店行ってみようよ」
渡我の提案に麗日は目をまるくした。
「私も久しぶりに出久くんに会いたいし。お茶子ちゃんのおうちでお菓子つくって、差し入れ持って会いに行きましょう!」
あかるい声ではしゃぐ渡我につられ、麗日もぱあっと笑顔になる。
「おお、それいいかも……!ありがとう被身子ちゃん」
次の計画をたてた二人はそろそろショッピングモールへ移動しようと席を立った。
店を出ると外はあいかわらずの灼熱で、ますます勢いを増す太陽が容赦なく照りつけてくる。
日陰をえらんで歩きながら、麗日が思いだしたように言った。
「時々電話するんだ、デクくんと」
「うん?」
「話す内容は、会って話すのとあんまり変わらんことばっかりだけどね。今日の講義の内容とか、学食でなに食べたとか、明日もバイトなんだねーとか」
「うん」
地元では夏になると蝉があちこちでがなっていた。
今年はまだ蝉の鳴き声を聞いていないなと、渡我はふとそんなことを思う。
妙にしずかな気のする往来でならんで歩く麗日は、どこか思案げな目をしていた。
「それでたまにね、デクくん疲れてるんじゃないかと思うときがあって、ちょっと心配なんよ」
「どうして?」
「“泣いてる”って言うの。子どもの泣いてる声が聞こえるって」
麗日はささやくような声で言った。
「電話の途中、パタッて不自然に会話がとぎれること、あってね。何回かつづいて気になったから、学食で会ったときに聞いてみたの」
――泣いてる声が聞こえるんだ。たぶん、子どもの泣き声。
――アパートのほかの部屋か、外からかなと思って耳をすましてみるんだけど、そしたら聞こえなくなって。でもしばらくしたらまた聞こえてくる。
変な話してごめん、気にしないでと緑谷は笑っていたが、その後も電話の最中にふと会話がとぎれることはつづいた。
緑谷にはきっといまも泣き声が聞こえているのだ。
立ち止まればたちまち汗がにじみだす。
ジリ、となにかが焦げつく音にも似た蝉の声を、渡我はかすかに聞いた気がした。