井見
2025-11-11 18:22:47
43941文字
Public 真Ⅴ・真ⅤⅤ二次
 

【再録】わが身もともに

真V主人公の一番条件があるルートへの道中掌編5本詰め(既出2本改稿、新規3本)、約四万字の再録です。いきなり厩橋から行きます。八雲と物理喧嘩したり口喧嘩したり、アオガミとしんみりしたりします。お手にとっていただきありがとうございました。無印四周年おめでと〜🎉
*無印発売後、VV発表前発行のものです。
あとがき https://privatter.me/page/66dc6af209395


君が行く道

 最初から答えはあったんだ。きっとそうだった。
 でも考えないようにしていた。言葉にできなかった。
 なんて狡い奴だろう。自分から言う勇気がなかったんだ。
 でもだって。どうしてそんなことを言える。それが何を意味するのか、誰よりもわかっていた。軽い気持ちで言ってしまってから、やっぱり今のなし、だなんてできない。

 そんな全部を見透かされていたのかもしれない。
 
 僕をずっと見ていた女神が、僕の手を取った。
 戦いで半身を、だいじなひとを失った彼女が、僕の手を握った。
 僕は手を振り払えなかった。
 言葉として形が与えられてしまったらもういけない。
 全くそんなこと思っていないなんて、嘘はつけない。
 
 だからこそ僕は、決めたはずだった。
 考える時間がないからこそ、決められるはずだった。走り続けたまま、ゴールがすぐ先にあるはずだった。
 でも一度立ち止まったら。時間を与えられてしまったら、もう一度走り出さなければならない。
 本当にこれでいいのか、本当に望むのか、自分に聞かなきゃいけない。

   *

 まだ残っているんだなと思いながら、僕は崩れた天蓋を見上げた。隙間からは朝日のような光が差し込み、少しのどかにも感じた。
 砂の中にぽつんと現れる洞窟はどこにも繋がっていない。十八年分の砂と風で色褪せた、ただの筒。砂埃に瓦礫が混ざっている上に、時折隠れた穴があったりして、革靴で歩くのには苦労した記憶がある。でも今はナホビノの身体だから、随分と軽やかだ。
 ナホビノの足は、意識すれば裸足みたいに鋭敏になる。砂の一粒一粒が足裏を刺激する。
 尖った何かが足裏を刺そうとするけど、この足は靴よりも硬い。踏んづけたそれは、ぱきっと小さな音を立てて崩れた。
 僕は倒れるように勢いよく腰を下ろして、膝に腕を乗せた。青い髪が砂を押し除けるようにしながら、地面のすぐ上に落ちた。
『少年はここからダアトへ迷い込んだのだったか』
 話したことがあったっけ。覚えていない。
……このトンネルがいきなり崩れて。気を失って、起きたらここだった」
 そのままずるずると体を重力に任せて、僕は寝転んだ。下敷きにした髪は不思議と冷たい。一本一本が水みたいだ。
「もしもこのトンネルが崩れなかったら、僕は今も東京にいたかな」
 一人取り残されたトンネルで、どうすることもできず、仕方ないとやけになりながら歩き出した。その気怠さが今もあった。その場に留まっていても何もわからないから、歩くしかなかった。ずっとそうしてきた。
『トンネルの崩落がなければ、あの日に君がここから来ることはなくなるだろう。だが東京の状態は変わらない。後の学園の襲撃で、こちらに連れ去られてきた可能性もある』
……そのときはきっと、最初みたいにアオガミが来てくれる」
『善処しよう』
 何もわからず歩いていると、悪魔に襲われかけて、ちょうどアオガミが僕めがけて飛んできたのを懐かしく思う。
「自分の知恵を持っている人間だって、やっぱりわかるもの?」
『そうだな。知恵やナホビノのことを理解していなくても、わかるだろう。この人間が、自分にとって特別な存在であるということが』
「そういうものなんだ。初めて会ったときは驚いていて、それどころじゃなかった」
『君はそもそも悪魔を見ることすらなかっただろうからな』
 アオガミは淡々と出会いを振り返る。
 彼の手を取る以外の選択肢はなかった。彼が手を差し伸べてくれなければ死んでいただろう。それだけはわかる。
 彼の手を取ったまま、ここまで走ってきた。
 走って走って、最後に選ぼうとしているのは、君の手を離すことか。
「アオガミ。アオガミと話したい」
『承知した』
 すでに話しているだろうなんて無粋なことは、すっかり言わなくなっていた。瞬きするみたいに、自然に合一を解いたアオガミは、僕のそばにしゃがんだ。
 崩れかけたトンネルの、天井の隙間から差し込む独特の淡い斜光が、アオガミを鈍く照らしていた。砂っぽくて全身がざらざらする空気の中に、砂一つ付いていない異様な誰かが浮いている。
 アオガミにここは似合わなかった。僕より二回りくらい大きな身体は、広いはずのトンネルでも少し窮屈そうに見えたし、腰から伸びている燕尾服みたいにかっこいい裾のようなものが、汚れた床に触れてしまっている。でもアオガミはそんなことを気にも留めずに、僕が口を開くのを待っていた。
「アオガミはどう思う?」
 僕は狡い言葉を吐いた。
「少年の意志が、私の意志だ。それは常に変わらない。
 君が望むものを、私も望もう」
「本当に?」
「本当だ」
 アオガミがこう言うとわかっているのに、僕は聞くんだ。
 ならやめればいい。
 やめればいいのに。
「神魔のいない世界、か」
 アオガミははっきりと口にしてしまう。
……人が人ならざる存在に脅かされることのない、人のための世界。
 その世界なら、君がこんな場所へ巻き込まれることもない。私の望みとしても、これ以上はない」
「本気で言っているの」
「ああ。もちろんだ」
「だってそうしたら」
「あの二人も、似たような会話をしただろうか……それはないか」
 アオガミの金色の瞳が、きらきら光る。
「私はダアトでベテルの一員として悪魔と戦っていた。故に、生身の人間は研究所でしか見たことがなかった。魔界に人間はいない。混沌の悪魔達と互いに勢力を削り合う日々は、実に無機質だった。
 だが、だからこそ、初めて見た、人の死に……私は動揺した。私が守るべき人間たちが、私たち悪魔のせいで失われた。未来ある若人の命が、無惨にも散った。
 そんなことが二度と繰り返されないのなら、きっと素晴らしい」
 彼がそう言うだろうことは納得できた。事件が起きた後も、アオガミは自分のせいで巻き込んでしまったのでは、と僕を気にしていた。
 たまたま巡り会った半身が、人に近い価値観を持ち、僕という存在を見ていただけで。悪魔らしい悪魔は、悪魔として当然のように、人の理に背く囁きをする。僕らはそれを目の当たりにした。
 でも火のないところに煙は立たない。悪魔のせいでどうしようもなく割れてしまっただけで、すでに大きなヒビは入っていた。
「悪魔がこの世界からいなくなったって、似たような事件はきっと起きる。人間のせいで」
 人間を追い詰めているのは僕たち自身だ。悪魔さえいなければいいわけじゃない。
「それでも神魔が人の世に解き放たれれば、生まれるべきでない悲しみはいくらでも増えるだろう。この戦いだけでも、すでに多くの犠牲が出ている。その糧を飲み込んでもなお、いつか人間が神魔を乗り越えた先に、果たして人々が望む世界はあるのか。早すぎる変化が人間たちに何をもたらすのか。私には、まだわからない。
 であれば、と。私は思う。
 君も、そう思ったのだろう。これまでの戦いで。そしてこの儀で」
 僕は目を逸らした。
 初めてこの話をするはずなのに、今まで何度も同じ話をしている気がする。心の中できっと繰り返されてきたやりとりを、今はアオガミとしている。
「君が得た答えまで、君と共に歩めたことを、私は誇らしくも思う」
 やめてくれ、という言葉が喉から出かける。
 アオガミの意志が僕の意志で、その逆もそうなら、合一しているときの僕の感情はアオガミにも流れている。僕が思うたびアオガミが傷ついて、アオガミのせいじゃないのにアオガミが悩んでいく。そんな循環の行き着く先がこれだ。
「君が何を考えているのか、凡そ想像はつく」
 アオガミは笑ったように見えた。
「同じように、この先、君が何を考えるのかも、凡そ想像はつく。
 君は優しい人間だ。君が私を思うように、私も君が何に心を痛めてきたのかを、最も近くで知っている。
 私の半身が君で良かった。そう心から思う」
 彼は僕に手を差し出す。その意味は一つだ。
 僕はその手を取る。僕らはナホビノに戻る。
 水の中に浮いているような身体の軽さ。背中でゆらゆらと揺れる髪の毛。あるべき姿にあるという、絶対的な安心感。
 至高天へ戻るため、龍穴に向かって、僕たちは砂の上を走った。これが最後になるかもしれない、そう思いながら。
 
   *
 
 だが龍穴には、先客がいた。このエリアにふさわしくない、強靭な悪魔の気配だ。僕は身構えそうになるが、すぐに警戒を解いた。自分に少し似ている、見知った気配だった。
「あーっ、よーやく来た! おっそーい」
 視界の上から快活な声が降ってくる。やはりアマノザコだ。信号機をちょうどいい椅子にして、足をぶらぶらと揺らしながら、頬を膨らませていた。
「もー、すぐ戻ってくるって言ってたのに」
 アマノザコは僕の仲魔だから、基本的には僕の言うことを聞く。それなのに知らないうちに離れていたということは、何らかの手引きがあったに違いない。
「アオガミが?」
 尋ねると、二人の声が同時にやってきた。
『会話をしたいと言うので、ここで君が戻ってくるまで待機を命じていた』
「そうだよー。きっとアンタはアタシと話したがるだろうけど、自分からそうは言い出さないだろうから、アンタが戻ってくるまでここで待ち伏せしてろって!」
 食い違う意見に、アオガミは『そのような見解もあるだろう』と曖昧な弁解をする。一方アオガミの様子などわかるはずもないアマノザコは、お構いなしにふよふよと僕の目の前まで降りてくる。
 アマノザコの、無邪気な子供のような瞳が少し苦手だ。ぬいぐるみにも似ている。何を考えているのかよくわからなくて、でもきらきらしている。
「去ってくれてもいいんだ」
 僕は咄嗟に逃げ道を打ってしまった。言い訳するみたいに。
 今から僕が望もうとする世界には、悪魔はいない。目の前の存在も、僕の願いで消え失せる。自分を消そうとする存在と、一緒に行けるわけがない。
「お払い箱ってこと?」
 アマノザコは無邪気に首を傾げる。
「知っているだろ? 僕が何をしようとしているか」
「知ってる。知ってるよ」
 知ってる。アマノザコはそう何度も繰り返した。
「じゃあアタシがやめてって言ったら、アンタはやめるの? やめないよね?」
 アタシは知ってる、とアマノザコは言う。
「知ってるよ、アンタのこと。アンタがアタシの運命のヒトだってこと。アンタが、ほんとはちっぽけな人間だってこと。もしそのままのアンタだったら、きっとこの魔界じゃすぐに死んじゃう。それは、イヤなことだよ。
 だからわかるよ。アンタがやろうとしていること。やりたいと思ったこと。アンタがすぐに死んじゃうような世界は、アタシも嫌だもん」
 ふわふわと僕の背に飛んで、肩に小さな手をかける。
「アンタがそれを選ぶなら、そのときまで、アタシはアンタの一番近くがいい」
 だから行こう、とアマノザコは言った。
「きっと他の仲魔だってそう。
 もしアンタといるのがイヤになってたら、さっさとお別れしているしね! ね?」
 丸い瞳が僕を見上げる。ガラス細工みたいな目が、うるうると光っているのは、きっと気のせいではない。
 僕はきっと全部を振り払って、一人で行くべきなんだろう。
 でも僕は、一人じゃ何もできないんだ。学生服を着たままで一番奥に行きたくっても、きっと一秒もなく殺される。僕は僕の願いのために、僕が手放す君たちの力を、借りなければいけない。ずいぶん虫のいい話じゃないか。
「また同じ顔!」
 考えていると、口の端を上に持ち上げられて、引きつったような笑顔にさせられる。
「困った顔もいいけど、アタシがついていってあげるんだから、喜んでよね! ね?」
 それもそうだ。
 ぷりぷりと羽根をばたつかせるアマノザコの手を取り、顔から外した。
「やっぱり! そっちの顔の方がいい」
 僕は多分笑っているのだろう。
 そのまま彼女の小さな手を指先で軽く握って、僕は「行こうか」と言う。
「うん。だから、きっと呼んでね。ね!」
 その言葉を最後に、アマノザコは消えた。
 次に仲魔を召喚するときは、戦いのときだ。最後の試練。最後の儀式。これで全部が決まる。
『少年、準備は整ったか』
「ああ。ずいぶん待たせた」
『私は君と共にいただけだ』
……そうだな。もう少しだけ、一緒にいよう」
『ああ。君がやり遂げるまで』
 ナホビノの身体は、自然と頷いていた。きっと二人が同じことを思った。

コメントなど👏:Wavebox