荻谷
2025-09-17 04:13:02
21453文字
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薄暗い部屋から

モブ主人公がひょんなことから大吾さんと会うことになり、好きになっちゃうけど、峯と大吾さんの愛を見せつけられるNTRのお話です☝️峯はお笑いが好きそうという個人の偏見を練りこみまくっています。



 汚れた全身鏡に映る男の姿は、相変わらず冴えない。
 ただ、今日は身の丈にあった服を纏い、幾分か髪もすっきりとまとまっていた。汚れたメガネのレンズを拭い、今度はきちんと髪をセットしてみる。美容師に教えられるがままに買ったワックスで髪をいじる。少し不格好だが、何もしないよりはマシだろう。そう自分を納得させ、俺は家を出た。
 
 前回と同じ待ち合わせ場所へと向かう。
 期待と緊張で胸がすくむ。落ち着かない気持ちでしきりに髪を確認していると誰かに、とん、と肩を叩かれた。
「お疲れ」
 焦がれていた声に振り返ると、大吾が見知らぬ男とともに立っていた。謎の男に言葉を詰まらせる。
 「こいつは峯って言って前話してた俺の連れ。……どうしても来たいって言うからさ、悪いな」
「よろしくお願いします」
 峯と紹介された男性は、大吾よりも上背があった。細身に見えるが、それは大吾と並んでいるからで彼の体もよく鍛えられている。顔も思わず見蕩れてしまうほどに整っていて、なんというか、ハンサムだ。気難しそうな雰囲気の中で丁寧に撫で付けられた前髪から一房垂れる前髪が愛嬌になっている。
 全身から溢れる自信とオーラに気圧され、居心地が悪い。こういうタイプは、どうしても昔から苦手だ。
「こちらこそ」
 おずおずと頭を下げる。峯と紹介された男は、俺に一瞥もくれず、大吾の方へと目を向けた。
 「立ち話もなんですし、早く店に行きましょう」
 「そうだな、俺行きたい店があるんだ」
 並んで歩き出した二人の背を俺はとぼとぼと一人着いていく。浮かれていた自分が馬鹿みたいだ。前を歩く彼らには萎れていく俺の気持ちなんてきっと分からない。
 しばらく歩いて辿り着いた先は俺が先日大吾を連れてきた店だった。真っ先に来るなんて、よほど気に入ってくれたらしい。
 「ここですか?」
 店を前に露骨に嫌悪感を浮かべる峯の背を大吾が叩く。
 「そんな顔するなよ、見かけによらずいい店なんだ。な!」
 最後に向けられた笑顔一つで、今日は来てよかったと俺は心底思った。
 「そ、そう!自信もっておすすめ出来ますよ」
 振り絞った勇気とともに発した声は、峯の嘲笑で一蹴される。
 「私なら初対面の相手をこんな場所に連れてきませんがね」
 棘のある言い草に、それ以上何も言えなくなる。
 大吾に急かされた峯は建て付けの悪い引き戸を引き、大吾と俺を先に店に入れた。顔を上げた店主は、決まり文句を呟いたあと大吾の顔を凝視し、続けて口を開く。
 「お兄さん前も来てくれましたよね?」
 「ええ。美味しかったんで、また来ちゃいました」
 二人が短い会話を交わし、そのまま席へと案内される。
 初めて通されたテーブル席はカウンター席よりも広いものの、やはり窮屈だった。並んで座る峯と大吾の二人の肩が触れ合うほどに狭い。
 「あ、どっちかこっちく、きます?そこ、狭くない……ですか?」
 気を使ったつもりが、何かが癇に障ったらしく、峯が鋭く目を細めた。仲を取り持つように、大吾が峯を制す。
 「大丈夫。俺たちは平気だから」
 一呼吸置き、大吾は改めて話を切り出した。
 「峯もお笑い好きだし、気が合うかなと思って連れてきたんだ。お前なら大丈夫かなって思って」
 「え、峯さんお笑い好きなんですか?」
 俺の言葉に氷のように冷たかった峯の表情がほんの僅かに緩む。彼は、「まあ……」と素っ気なく呟き、メニューを手に取った。
 「何飲みますか」
 俺にだけ峯が問いかける。
 「あ、じゃあ、ビール」
 尻すぼみに答えると、峯は静かに首を縦に振った。そのまま流れるように店員を呼ぶ。
 「ハイボールとビール二つ」
 峯の肩に頭を乗せながらメニューを覗き込んでいた大吾が、店員を引き止めた。
 「続けて注文していいですか?」
 「はい」
 足を止めた店員に、大吾があれこれと次々注文していく。こうして並んでいるだけで、絵になる二人だとまるで他人事のようにそのさまを俺は見ていた。彼らが寄り添う姿は欠けていたピースがぴったりとハマっているような安心感がある。
 注文を終えた大吾と目が合った。優しく微笑みかけられ、背筋を伸ばす。
 「こいつも悪い奴じゃないんだ。だから仲良くしてやってくれよ」
 紹介された男は気恥しそうに唇を引き結んだ。その時初めて目が合う。彼の瞳の奥に大吾と同じ輝きを見た。確かに、悪い奴では無さそうだと思う。
 目論見通り、俺と峯の会話は盛り上がった。話に入れないであろう大吾を申し訳なく思ったが、黙って話を聞く彼の楽しげな表情に気遣うのを辞めた。
「そのネタ、僕も大好きなんです!あの間の取り方が絶妙で、タイミングが完璧で……
 俺の話に峯は表情を崩さないまま、淡々と持論を展開する。
「あそこで一拍置くから面白いんですよね。題材もまたいい味を出している」
 峯の口調は終始冷静ながらも会話の節々に熱が籠っていた。線引きがハッキリしている不器用な男なのだろうと、思う。
 「そう!本当にそうなんです!」
 ──ああ、楽しい。
 趣味の話をしていて、心からそう思える日が来るなんて思ってもいなかった。自然と口数が増え、先程まで感じていた気まずさなどすっかりどこかへ行く。自分と同じ熱量で話が出来る相手に出会ったのは初めてだった。
 彼の論理的な分析、丁寧な口調には既視感がある。まるで「きりん」さんとやり取りしている時のようだ。
 「ちょっとトイレ」
 大吾が席を外した穴を埋めるように猛烈な気まずさが訪れる。どくどくと急に心臓が脈打ち、ほんの数秒が数時間にも感じられた。
 「いやあ、峯さんとこんなに話が合うなんて思ってもいませんでしたよ!峯さんかっこいいからなんか、怖そうってか、俺みたいな陰キャは思っちゃってね、へへ……
早くなる拍動に合わせ、続けて言葉を紡ぐ。
 「すごく話も上手いし、大吾とも気が合うわけで……
 淡々と酒を飲んでいた峯の表情が、大吾の名を出した途端、曇った。眉間の皺を一層深め、不快感に顔を歪める。
 「そりゃそうだ。お笑いもあなたのブログも俺が大吾さんに教えたんですから」
 「えっじゃあ……
 理解が追いつかない俺を鼻で笑い、彼は嘲るように続けて言い放った。
 「何も知らないのは幸せだな」
 なにが、と問いたいのに息すら漏れない。
 「お待たせ、「きりん」さん」
 何も知らない大吾が戻ってくる。からかわれた峯が、照れくさそうにぎこちなく笑った。
 「やめてくださいよ」
 胸の中で芽吹いた違和感はちりちりと俺の心を燃やす。あんなに楽しかった会話も気が向かない。流れる時は長くも短くも感じられず、宙に浮いているようだ。
 店を変えようか、と準備をしている最中、峯の携帯が震える。ディスプレイに移った名前を確認し、小さく舌を打ってから何かを大吾に耳打ちした。時折大吾の声だけが聞こえる中、二人だけで話を続ける。
 「うん、駅前の喫煙所にいる。……大丈夫だって、お前こそ無理すぎないようにな」
 俺たち二人を残し、峯の後ろ姿を見送る。
 「じゃ、俺たちも出るか」
 大吾に連れられるがままに店を出たあと、俺はいつの間にか会計が済んでいたことに気がついた。