荻谷
2025-09-17 04:13:02
21453文字
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薄暗い部屋から

モブ主人公がひょんなことから大吾さんと会うことになり、好きになっちゃうけど、峯と大吾さんの愛を見せつけられるNTRのお話です☝️峯はお笑いが好きそうという個人の偏見を練りこみまくっています。



♢
 
 滑らかに都心の街を走る車は、滞りなく俺の城へと到着した。
 深夜料金が加算された分、多少高く付いたが、どうでもいい。人生初の攻城戦に向けた前戯だと思えば安いものだ。
 錆びた階段を登り、見慣れたドアへと大吾を連れていく。俺の少し後を歩く彼は、興味深そうに周囲を仕切りに見渡していた。
「狭いけど、ゆっくりして」
 お世辞でもなんでもなく、狭い俺の部屋は、人並み以上の体躯の大吾が入るとさらに狭く思えた。朝家を出る前は片付いていたように見えた部屋も、今見ると酷く汚れて見える。無言のまま部屋を観察し続ける大吾に、段々と肩身が狭くなってきた。
「男の一人暮らしなんてこんなもんだよ、大吾は違うのかもしれないけど」
 頭をかいて誤魔化す俺に大吾は、「いや」と口の中だけで呟く。
「本当に好きなんだと思って」
 彼が顎でしゃくった先には、俺の部屋で唯一整頓された祭壇がある。出会って間もないのに、こんなに俺のことを理解してくれるなんて、どこまで彼は俺を好きにさせたら気がすむんだろうか。
「こっちリビングだから!好きにしてて」
 先に大吾をリビングへと通す。彼は部屋を一周してから、ベッドに腰掛けた。部屋を見渡し続ける彼に、俺はなんでもないように問い掛ける。
 「何飲む?」
 「酒!酒がいい」
「酒……は、安いやつしかないけど」
 「飲めたらなんでもいい」
 スーパーのプライベートブランドの発泡酒を両手に、遅れてリビングへと向かう。よく冷えた缶を手渡せば、「ありがとう」と微笑んだ。
 斜向かいに座り、テレビを付ける。DVDの再生が始まれば、その後は特に会話もなく、お酒を飲む音と笑い声が時折響くだけだった。
 テレビの中のネタが盛り上がる度に、焦りが積み重なっていく。
 ぽつぽつと聞こえていた小さな笑い声が止み、代わりに規則正しい寝息が聞こえてくる。ベッドの方を見ると、いつの間にか眠っていた。
 シングルのマットレスの上で窮屈そうに身をかがめ、捲れたTシャツもそのままにすうすうと寝息を立てている。裾から覗く筋肉の盛り上がった腹は露出している腕よりも白く、見るからに滑らかそうだった。薄く開いた唇からは空気の漏れる音だけが聞こえ、伏せた瞼は開く気配がない。
 中身のない真ん中が凹んだ缶を脱力した手から取り上げ、俺はそのまま床に倒れ込んだ。
 
 翌朝、俺の意識を浮上させたのは猛烈な頭痛と軋むような体の痛みだった。
 慣れない煙草のせいか肺が引き攣れるように痛い。調子に乗って飲みすぎたのも良くなかった。文字通り最悪の目覚めに、俺は頭を抑えながら起き上がった。
 ふとベッドに目をやれば、昨日と寸分変わらぬ姿で大吾が眠っていた。引き寄せられるように彼の元へ近づく。
 頬に散らばる毛先が、近寄り難い雰囲気を打ち消し、あどけない寝顔を際立たせている。口端から垂れる涎を拭おうと唇に手を伸ばした。柔らかい感触が指先に伝わり、むにゅ、と形を変える。
 瞬間、瞼が震え、億劫に開かれた。ぱち、と目が合うと大吾は眠たげな瞳のままふわりと笑った。
……おはよ」
「お、おはよう」
 うつ伏せに寝転がり、腕の隙間から顔を覗かせる。
「もう家出んの?」
 くぐもった声で問い掛ける彼の姿は俺の事なんて全くどうでもいいように見えた。
「いや、今日は休み」
「ふぅん……
 寝返りを打ち、今度は仰向けになると気怠げに起き上がった。大吾は自身の腕時計で時間を確認すると、声を漏らしながら大きく伸びをする。
「風呂借りていい?」
 ボサボサの髪を雑に撫でつけ、断られるなんて微塵も思っていない調子で問う。昨夜の俺は勇み心も虚しく、袖から覗くむちむちの二の腕に触れられすらしなかった。
「まあ、いいけど」
「ありがとな」
 立ち上がり、ふらふらと風呂を探す大吾に俺は慌てて声をかけた。
「あ、風呂、突き当たりのとこ」
 返事もしないまま、風呂場に続く扉へ手をかける。引き戸の音に混ざり、あ、と短い声を上げた。顔だけをこちらに向け、眠たげな表情のまま大吾が俺を見る。
「あとTシャツとズボンも貸して」
 引き戸が閉まる音のあと、間を置いてシャワーの音が聞こえる。奔放な彼を冷たくあしらえないほどに、まだ彼の魅力に取り憑かれていた。
 風呂の扉の前に言われた通り服を置き、俺はリビングのパソコンの前に座り込んだ。床に跳ねるシャワーの水音をぼんやりと聞く。顔に触れた手が煙草臭い。自分ではない男がシーツにつけた皺を眺めながら、俺は昨晩のことを回想していた。
 どこか夢のようだと思いながらも、五感が確かに現実だったと告げる。考え込んでいるうちにいつの間にかシャワーの音は止まっていた。代わりにドライヤーの音だけが聞こえる。
「風呂ありがとう」
 程なくして、大吾がリビングに現れた。白い肌が上気し、桃色に色付いている。カーテンの隙間から漏れる日光に照らされた濡れ羽色の髪が美しい。シャワーを浴びても尚重たげな瞼が可愛いな、なんて思いながら俺はただただ彼を眺めていた。
 俺の視線なんて一切気にしていないように、目を擦る。そのまま目を閉じ、再びベッドに横になった。
「水飲みたい」
 仰向けに寝転んだまま、大吾が掠れた声で呟く。
「飲めばいいじゃん」
 わざと冷たく返すと、うつ伏せになって上半身だけを起こし、じっとりと俺を睨みつけた。意図はわかる。だが、あえて無視をしていると、大吾はむっと唇を尖らせた。
「持ってきてって言ってんだけど」
 今度は何も言わず、露骨に嫌そうな顔をしてみる。すると、今度は逆に表情でしなを作ってみせた。
「なあ、おねがい。お水持って来て」
 甘えた声にぐっ、と喉が詰まる。潤んだ瞳から放たれる輝きが魔法みたいに俺の体を動かした。コップに注いだ水を手にリビングへと戻る。
「ありがとう」
 ご所望の水を手に戻ってきた俺に、大吾はにっこりと音が出そうなほど笑いかけ、ベッドに腰掛けた。水を受け取り、喉を鳴らしながら飲む姿をじっと見つめる。何を思うでもなくただただ彼の横顔を眺めていた。
 綺麗だ、と思ったその時、互いの濡れた視線が絡む。あっ、と声を漏らしたのもつかの間、大吾の顔がゆっくりと近づいてきた。
 「ッ……!」
 柔らかい唇が触れて、生温い水が開いた口から注ぎ込まれる。飲みきれなかった分が口端を伝い、服を濡らした。滑らかな唇が柔らかく形を変え、離れていく。
 困惑する俺を他所に、大吾はいたずらっぽく笑ってからまたベッドに倒れ込んだ。
「まだ寝てようぜ」
 強く腕を引かれ、そのまま抱きしめられる。強く抱き竦められ、今度は身動きが取れなくなった。人肌の心地良い暖かさと清潔な甘さに包まれ、充足感が湧き上がる。一瞬で俺は天国に来たのだとすら思った。
 ぎゅうっと顔を胸に押し付けられ、柔らかい二の腕に頬を挟まれる。一定のペースで上下する胸が視界いっぱいに広がり、俺はもう限界だった。
 大吾の腕を振りほどき、仰向けに押し倒す。そのまま覆い被さり、目と鼻の先まで顔を近づけた。吐息すら感じる距離感でも、目を開けない。
 今度は震える手を胸に伸ばした。そっと触れるも、瞼すら動かない。
 次は触れた手で胸を揉む。しっとりと手に吸い付く肌と沈み込むような感覚に生唾を飲んだ。脱力し柔らかく弛む胸筋を下から上へと揉み上げる。
 ようやく瞼を開いた大吾と目が合った。揺れる瞳に釘付けになる。ゆっくりと挑発するように彼は口元を歪めた。胸に触れたままの手が間抜けだと冷静な自分が思う。
 やがて彼は何も言えないでいる俺を咎めることも、受け入れることもせず、艶っぽい笑みを向けた。
……近くにコンビニ、ある?」
「あ、あるけど」
 俺の首に腕を回し、白い喉を晒す。耳元に口を寄せ、吐息混じりに囁いた。
「煙草吸いたい」
「えっ、た、煙草……?」
「うん。……俺、セブンスター吸ってんの。覚えといて」
 まろい声で注ぎ込むように囁かれた言葉は一言一句呪いのように耳元に残る。鼻先が触れ合うほどの至近距離で、大吾はさっきまでの表情が嘘のように純真無垢に微笑んだ。
「コンビニまで案内して」


♢

 言われたとおり、大吾をコンビニまで案内し、朝食代わりのアイスを食べながら駅へと向かう。
 終始錆びた自転車のようにぎこちなく振る舞う俺を彼は笑った。
 「なんだよ。そんな風にされたら寂しいじゃん」
 何事も無かったかのように飄々と振る舞う姿に胸を撫で下ろす。駅まで送ると彼は颯爽とタクシーに乗り込み、どこかへと走り去っていった。
 
 大吾と別れたあとふと携帯を見ると、夥しい量のメッセージが届いていた。
 相手は「きりん」さんからである。中身を確認しようにも、何故かDMが開けない。数少ないフォロー欄からも彼の名前は消えていた。
 ブロックされたと気づいたのはこの時だった。
 胸にぽっかりと穴が空いたような寂しさが渦巻く。電波を通した脆い関係に、現実のような縛りはない。それでもあっさりと縁を絶たれるのは悲しかった。
 メールに一件の通知が届く。企業からのメッセージで埋め尽くされたメッセージ欄に一つの短い文章が浮かんでいた。
 「昨日はありがとう。風呂まで借りて悪かったな」
 大吾からの連絡に胸が踊る。そうだ、俺には彼がいるじゃないか。
 例え「きりん」さんがいなくなっても、大吾との関係が始まったんだから問題ない。悲しさなど瞬時に吹っ飛ぶ。俺は揚々と返事を返した。
「昨日はありがとうございました!とても楽しかったです。また会えませんか?」
 俺の期待とは裏腹に大吾からの返信は素っ気なかった。
「またな」
 短い文章にさっきとは比べ物にならない寂しさに襲われる。
 それでも俺は諦めずに毎日のようにメッセージを送り続けた。
「おはようございます!今日もいい天気ですね」
「お疲れさまです。今日はこんな面白い番組を見ました」
「大吾さんは今日何してましたか?」
 返信は週に一度来ればいい方で、ブログにコメントをくれていたマメさは正直感じられない。ただ、毎回律儀に全て返してくれる優しさはそのままだった。
 俺だって、連絡は嫌いだし、他の人相手だったら諦めている。大吾にこんなに執着してしまうのは、どうしても彼にまた会いたかったからだ。
 浮世離れした雰囲気を纏う彼の横顔が焼き付いて離れない。あの時感じた唇の感触と胸の柔らかさを思い出しては、俺は夢に浸る日々を過ごしていた。
 
 ♢
 
 そんなある日の夜、突然大吾からメッセージが届いた。
「今度、会わねぇ?一軒目の居酒屋、また行きたい」
 また大吾に会える。しかもまた彼から誘ってきてくれた。
 俺の体は歓喜に打ち震える。これは間違いなく、彼も俺のことを思ってくれていた証だ。
 俺はメッセージが届くとほぼ同時に返信をした。
 「ぜひお会いしたいです!」