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雨宮水月
2025-08-03 09:15:55
11523文字
Public
企画
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第3回 誰の文章だゲーム 三題噺編
参加者7名の中で、どの作品を誰が書いたのか当ててみよう!
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【作品F】
ドアベルの音も聞き慣れたものになった。毎週水曜は私にとって特別な日。週に一度のご褒美デーだ。ノー残業デーのこの日は必ずケーキを一つ買って帰る。たまに新規開拓をしつつも結局お気に入りの店に戻ってきてしまうのは慣れ親しんだ味だからなのか、はたまたどれも美味しすぎるせいか。
一歩足を踏み入れた瞬間に甘い香りが鼻先を擽る。胸いっぱいに香りを吸いこむこの時間が大好きだ。ウキウキしながらショーケースを覗き込めば見慣れた顔が呆れた顔で息を吐いた。
「また来たのか君は」
「もちろん来ますとも」
「良く飽きないなぁ」
そう言って肩を竦めているのはこの店のオーナーでパティシエの南雲さん。ここのケーキはすべて彼が作っていてどれも可愛くておいしい。初めて食べた時からずっとここの味に夢中なのだ。
今日はどうしよう。季節のタルトもおいしそうだけどチョコケーキも捨てがたい。ショーケースの中身とにらめっこしている私に、決まったら呼ぶよう声をかけると南雲さんは作業場へと戻っていった。その背中を見送ってからまた私は吟味を続ける。本当なら何個も買っていきたいけど健康のためにも一度の購入は一つまでと決めているのだ。だからこそ毎週真剣になる。
散々悩んだ末に今日はフルーツタルトを買うことにした。窓ガラスをノックすれば窓越しに南雲さんが頷く。ここの作業場には大きな窓があって作業している様子を見ることができるのだ。彼はいつものように砂糖を鍋で煮溶かしている。私が買い物に来ると毎回「おまけ」をしてくれて、その準備をしているのだ。ゴム製の白手袋を着けながら顔を上げた南雲さんと目が合う。彼は窓に張り付くようにして覗いている私を見て鼻で笑った。子供っぽいのはわかっていてもワクワクしてしまうのだから仕方ない。じっと見つめる私の前で彼は鍋に炊いていた飴を台の上に広げた。
南雲さんは飴細工の勉強もしているらしく、その試作品をいつも私のケーキに乗せてくれる。見ている前で作ってほしいとリクエストしたことをきっかけにこうして毎回作り立てを用意してくれるのだ。今日もまた彼の手の中で一輪の薔薇が咲く。魔法みたい、なんて言ったらまた子供っぽいと笑われてしまうのだろう。
くるくると丸めるようにして咲かせた花を持って彼は店内へ戻ってくる。
「今日はどちらを?」
「フルーツタルトで!」
南雲さんはケースの中から取り出したタルトの上に薔薇を乗せる。充分に色鮮やかでおいしそうだったフルーツタルトが華やかさを増した。
「いつもありがとうございます」
「こちらとしても練習になるし無駄にしないで済むから助かる」
「上達しましたね」
「どこから目線だ」
すっかり慣れた軽口を交わしながら会計を進める。ポイントカードを渡せばちょうど今日でいっぱいになった。カードに振られた番号を確認する。これで五枚目。随分と通ったようだ。一枚にニ十個押せるからこれが記念すべき百回目の来店になる。
「毎週よく飽きないな」
「飽きませんねぇ」
むしろ飽きるほど彼のケーキを食べてみたい。週一では飽きないが三日に一度だったらまた変わるだろうか。いやそんなペースで食べたらお財布も体重も大変なことになってしまう。やっぱり水曜日だけにしておこう。南雲さんはしばらくカードを眺めた後、一度裏へ引っ込んでから戻ってきた。
「これは百回記念と、今後とも贔屓にしてもらうための賄賂ということで」
そう言って目の前に差し出されたのはキャンディーブーケだった。
「これは?」
「練習がてら作った。記念にどうぞ」
「いいんですか?」
「むしろ貰ってくれ」
半ば押し付けられるようにして花束を受け取る。普段のおまけより大ぶりなそれは照明を反射してつやりと光った。
「賄賂貰っちゃったしまた来ます」
「渡さなくても来るだろう君は」
「それはそうですけど。そう言えばずっと薔薇ばかり作っていますよね。何か理由があるんですか?」
「あー
……
まあ。
……
好きだからですけど」
南雲さんは何故かそっぽを向いて吐き捨てるように呟く。それほど薔薇が好きだったとは知らなかった。好きだからこだわって練習しているのだろう。いずれ彼が納得のいく出来の薔薇が作れるようになった時にはこうして飴細工の乗ったケーキが並ぶのだろうか。
「
……
来週は抹茶シフォンの予定」
「え!絶対来ます!」
抹茶のシフォンケーキは私のお気に入りの一つだ。今から既に来週が楽しみだ。そのためにもまずは今週の仕事を終わらせなければ。タルトを食べて週末まであと少し頑張ろう。
「それじゃあまた」
ドアベルの音に負けそうなくらいの声量の挨拶に送られて帰路につく。大盤振る舞いなおまけのおかげかいつもよりも足取りが軽くなる。早く帰って食べたい。
……
いや、我慢できないかも。
束ねられた三本のうち比較的小さなものを引き抜く。食べてしまうのが勿体ないけど食べないほうが勿体ない。包みを解いて咥えれば華やかな味と香りが口いっぱいに広がった。香りがつけられている。普段はシンプルな飴の味なのに珍しい。いつもより大ぶりで食べ応えもある。薄氷のように消えてしまうあの食感も好きだけれどこれはゆっくり楽しめそうだ。
来週はしっかり感想を伝えてみよう。もちろん飴だけじゃなくケーキの味も。「おいしかった」だけじゃなくてどこが好きだったか言葉に出して伝えたいと思った。きっと彼はまた呆れた顔で聞き流すのだろうけどそれでいい。口の中で転がしていた飴を引き抜く。夜道で光を反射した花びらが艶やかに光る。香りも相まってそれは夜露に濡れた本物の薔薇のように見えたのだった。
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