mishiadd
2025-07-31 22:00:32
20302文字
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PENTITO

【現パロ/フェス衣装】ヤッターーーマフィアパロが一晩のうちになぜか合法になったぞ(うっすらイケメンの自覚がありそうなイタリアマフィア幹部の宮本伊織が内部告発をするために秘密裏にイタリア縦断するのを護衛する警察官ヤマトタケル)【剣伊】


Ⅴ.

まるでなにかの儀式のようだったと思う。

伊織は、もしかしたら元来が淡白な性質なのかもしれなかった。伊織のひんやりとした滑らかな肌の手触りにタケルの体温ばかりが上がっていく中で、伊織の反応はどこまでも受け身で、静謐で、淡々としていた。
触れれば触れる程、交われば交わるほど、必死に掴もうとするタケルの指の合間から伊織という人間がすり抜けていくような錯覚すら覚えた。遠い――という寂しさすら覚えたタイミングで、すり、と自分の足に絡むものを感じる。見下ろせば、伊織のかたちのよい足指が、まるで誘うようにタケルの脛をするりと擦って擽っていた。――挑発されるままに、その長い脚を掴んで細い腰から折り曲げ、体重を掛ける。

何もわからなかった。伊織が何を考えているのかも、何を望んでいるのかも、タケルのことをどう思っているのかも。――ただ、海に溺れるように伊織の身体を貪り、溺れた。







翌朝にタケルが目覚めると、窓のカーテンが開かれていて眩い日の光が射し込んでいた。

既にシャワーを浴びたらしい伊織が、さらりと乾いた肌にシャツを羽織っているところだった。伊織のベッドの上で身を起こしていたタケルに、「おはよう、セイバー」といつもと何も変わらない声音で声を掛けてきた。
ふと、昨晩のことはタチの悪い夢だったのではないかとタケルは錯覚する。それから、すぐにそんな都合の良い考えを一瞬でも思い浮かべた自分を恥じた。――シャツの衿から覗く伊織の白い首筋に、興奮して無我夢中になった昨晩の自分がつけたらしい、生々しい鬱血痕をいくつも見つけた。

「それで、俺のことは何か理解ったか?」

くすりと、多分に悪戯っぽさを含んだ笑みを浮かべて伊織が尋ねる。明らかに答えを期待していなかった。がりがりと乱暴に寝起きの頭を掻いて、不貞腐れたような顔でタケルが目を逸らしながら言った。

「いいや、なにも。……ただ――

スーツの上着を着込みながら、伊織が目線だけをタケルに寄越す。窓から射し込む白い光が逆光になって、伊織のすらりとした立ち姿だけがシルエットとして部屋の中に浮かび上がっていた。
その、陰のかかった瞳を真っ直ぐに見て、タケルは言った。

「きみは――『悪人』、ではないのだと思う。これは、きみと私が昨晩シたからといって理解ったことではないけれど」

昨晩伊織と体を重ねてタケルが理解ったことといったら、自負していたよりも自分には余程理性がなかったことくらいだった。

逆光になって陰のかかった伊織の顔の、その双眸が僅かに見開かれる。ちら、と光ったように見えた。――それから、うっそりと伊織が微笑んで、タケルを見た。

「セイバー。――貴殿は、俺をあまり信用し過ぎない方がいい……貴殿はきっと、『善人』なのだと思うから」

タケルは、その言葉の真意を掴みかねる。――自分が『善人』なのかどうかはわからなかった。『善人』でありたいとは思う。きっと、『善人』であることを目指していると思う。――でもそれはきっと、自分の本質が、生まれながらの『善人』では決してないからなのだろうと思う。――だからこそ、そうありたいと、願う。

伊織は――少なくともタケルは、伊織は『悪人』ではないと思う。彼自身もきっと、『悪人』であろうとはしていないと思う。もしかしたら、彼という人間は善悪の軸からは遠く離れたところにあって――彼について善性と悪性を語ること自体が見当違いで、無意味なことなのかもしれなかった。

伊織が所属しているファミリーは恐らくは『悪』で、それを裏切り警察に与しようとする伊織は『善』で――だが、伊織の『裏切る』という行為自体は、それはやはり『悪』なのではないかと思えた。タケルには、それがどうしてもわからなかった。線引きができず、判断がつかなかった。こうして数日を伊織と共に過ごしてみて――昨晩は、ベッドまで共にしてみて――それでもまだ、わからない。……『わからない』ということが、伊織に関してはもしかしたら彼の本質そのものなのかもしれなかった。

善悪を超えたところにいる伊織が、善悪の評価を無意味にしてしまうような動機で、何かを為そうとしている

――そう、『動機』だ。



この男の『動機』は、一体なんだ。



物思いに耽ってシーツを見下ろしていたタケルが顔を上げる。「イオリ、」と声を掛けようとしたところで、すっかり身支度を終えた伊織が、「貴殿もシャワーを浴びたらどうだ」と勧め――それから、腰に手を当てて、古武術の動作のように美しい、きっちりとした日本式の礼をした。

「長旅に付き合ってくれたこと、心から感謝する。かたじけない。――俺たちは今日、ローマに着く。旅の終わりだ」
「あ……

タケルが言葉を失う。――そうだった。

このホテルをチェックアウトして、ローマ行きの列車を捕まえる。それで終わり。――たった数日間の、伊織との旅の終着点だった。







「ここまででいい」と伊織は言った。

フィレンツェからローマまでの列車の中、互いに向かい合って座った道中はほとんど無言だった。移り変わる車窓の景色を眺めながら、「ローマの飯は美味いだろうか」などということを、ぽつり、ぽつりとタケルは言った。
伊織は、「きっと美味いだろう」と言った。――その味を、ふたりで確かめることはない。

もう少し行けば裁判所というところで、伊織が立ち止まった。ふとタケルが小路を見遣る。伊織の身柄を護送しにきたらしい国家憲兵カラビニエリの姿があった。それで納得し、タケルが伊織に頷く。

「これでお別れ、か。――最初に請け負ったときはとんでもない面倒事を押し付けられたものだと思ったが、終わってみれば短かったし、まあ――悪くない旅だった。……なあ」

ぽつり、とタケルが言い、伊織の目を真っ直ぐに見て言った。

「また会おう。……また、ふたりで美味いものを食って、ワインを飲もう。――私は結局、きみのことはよくわからないままだったけれど。でも、だからこそ――理解りたい、と、思う。――きみを」

「だから、」と――タケルは、右手を差し出した。

また会う日までアリーヴェデルチ……すべてが終わったら、私がきみを迎えに来るよ」

――証人保護プログラム、というものがある。

情報提供者ペンティートのように告発した相手や組織からの報復の恐れがある証言者の身柄を保護し、彼らに新しい氏名や身分を与え、別人として生きていけるようにする制度である。
ひとたび裁判が終われば――そして一歩裁判所を出てしまえば、伊織は伊織でなくなる。名前も――もしかしたら住む国ですらも。――だから、その前に、ただ、もう一度だけ。

差し出された右手を、伊織が握り返す。ふ、と柔らかい微笑を浮かべた。

「その言葉は嬉しいよ、恩に着る。だが――さらばだアッディーオ、タケル。もう、会うことはないだろう」

ぐ、とタケルが奥歯を噛みしめる。哀しみを呑み込んで、大人びた笑みを浮かべた。

「きみ、私の本名を知っていたのか」
「最初に出逢ったときに貴殿の上官がそう呼んでいた。ずっと知っていたよ」
「そうか。――それなら、もっと早くに呼ばせてやればよかったな。でも、きみにセイバーと呼ばれるのも悪くなかった」

互いに握った右手を離す。――何も言わずに互いの目をしばし見つめ――互いに踵を返した。



様子を見守っていた国家憲兵が伊織に駆け寄るのを視界の端に見る。――そのまま日の暮れるまで、タケルはひとりでローマの町並みをあてもなくうろついた。