mishiadd
2025-07-31 22:00:32
20302文字
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PENTITO

【現パロ/フェス衣装】ヤッターーーマフィアパロが一晩のうちになぜか合法になったぞ(うっすらイケメンの自覚がありそうなイタリアマフィア幹部の宮本伊織が内部告発をするために秘密裏にイタリア縦断するのを護衛する警察官ヤマトタケル)【剣伊】


Ⅳ.

昔ながらの煉瓦造りの建物の狭間を縫うように抜けていくと、急に視界が開けるのである。すると、一目にしてそれが名のある人類の創造物であることが本能で理解できる、精緻で異様でそれでいて美しく調和のとれた建造物に出逢う。
精密な幾何学模様や有機物に彩られ、また細かく配置された建物とは思えぬ鮮明な配色に眩暈がする。全体を見れば細部に目移りし、細部を見れば細部の集合体である全体が視界を覆い尽くして侵食するようであった。ひとつひとつが過剰とも思えるほどに緻密に組み上げられた最中にキリスト教的なモチーフや人物像を見つけ、それが聖堂であることを知る。そしてその向こうにようやく、その建物の愛称の由来であるドーム型の屋根を見つける。――大聖堂ドゥオーモ

花の都フィレンツェ。

観光客で賑わうサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の脇を素通りし、今日の宿へと向かう。――あるいは、今日の昼食は広場の横の鄙びた小さなピッツェリアで適当に買うピッツァ・アル・トランチョスライスピザでもいいのかもしれない。

「つまらぬなあ」

オレンジジュースのボトルに口をつけながら、ドゥオーモを横目にタケルがこれ見よがしに溜息をついた。

「任務でなければ今頃とっくにこの派手な建物の中に入っていたぞ。――見よ、あのように長蛇の列ができている。あの中には一体何があるのだ」
「見るならば、クーポラドームの内側に描かれた巨大なフレスコ画だろうな。長い階段を上がれば随分接近して鑑賞することもできるようだ」

さらりと答えた伊織に、タケルが振り返る。特に回答を期待していたわけではないぼやきに返答があったことにも、伊織にその知識があったことにも僅かに目を瞠る。それからややあって、「――そうか」とタケルが答えた。

「あの大きなドームからは、きっとこの街が一望できるのだろうな。一体どんな景色だろう」
「眺めは良いだろうが、この街のシンボルであるドゥオーモから見た景色だ。そこにはドゥオーモ自身の姿がない。はたしてそれはフィレンツェこのまち一望していると言えるのか――ジレンマだな」

くすりと笑い、「行こう」と伊織がタケルを促す。少しだけ名残惜しげにドゥオーモの外観を眺めていたタケルがぐっと中身を飲み干してボトルを空け、「ああ」と伊織の後を追って駆け出した。







結局ピッツァを行きずりにテイクアウトして今夜の宿にチェックインし、くすんだ深紅を基調とした部屋でワインと共に腹を満たしている。カーテンを開ければ赤い屋根の連なる町並みが見えた。

自分の分の二枚をさっさと食べ終えてしまったタケルに自分のピッツァを分けてやりながら、伊織が黙ってワインを口にしている。箱がすっかり空になってしまったのをようやく認識したタケルが食事を終え、口許を拭って「ふう」と一息ついた。――ふと、伊織を見る。

「きみは――

少し考えてから、真剣な顔でタケルはゆっくりと言った。

「いつ、ファミリーに入った? ……なぜだ」
イニシエーションにゅうかいぎしきのことを言っているのか?」

呆気に取られてタケルが伊織を見る。あるいははぐらかされているのかもしれなかったし、それが伊織の本気の受け答えなのかもしれなかった。タケルが一度口を開きかけ、噤む。再び口を開いたとき、タケルの問いは変わっていた。

……その話、私にしていいのか。秘密保持の掟オメルタがあるのだろう」
「俺が一体なんのために貴殿という護衛を頼んで旅をしているのか忘れたのか?」

ふ、と口許に淡い笑みを浮かべて伊織が言い、再びワインに口をつける。顔色ひとつ変えぬまま、静かな口調で言った。

「ファミリーに新しく加わる者は、とある部屋に呼ばれる。――その部屋は薄暗く、その広さは正確には見通せない。ただ、その中心に丸テーブルがひとつ置かれているのが見え、そのまわりに五人程度の人影が座っているのが見える。そして、そのまわりを更に多くの男たちがぐるりと取り囲んでいるのがわかる。椅子を引かれるので腰かけると、目の前にことりと重い音を立てて置かれるのだ――

伊織が記憶を辿るようにどこか遠い目をして窓の外を見る。「――なにを」とタケルが促す。ちらり、と伊織が流し目をくれてタケルを見た。

「銃と刀だ」
「銃と――刀」

くすりと笑って伊織がワインを呷る。くるくるとグラスの中でうっすらと黄みがかった透明な液体を回して弄びながら言った。

「聞けば普通は銃とナイフダガーだと言う。……わざわざ俺のために、気を利かせて日本刀を用意してくれたらしい」
「それは――随分な厚待遇だな」

微笑ましいとでも思ったのか、フフ、と笑って伊織がゆったりと何度か頷く。ワインがわずかにでも回っているのか、ほんの少しだけ雰囲気が砕けたような、やや陽気になっているようにも見受けられた。

「テーブルの中央には髑髏――しゃれこうべが置いてあった。それがレプリカなのか、本物なのかはわからない。そして、受け取った刀で――俺の下唇に小さな傷をつけるように言われた。言われた通りに刀を抜いて、その刃で下唇を撫でると僅かに血が出た。その血を親指で掬い上げて、髑髏のてっぺんに垂らすように言われた。それをもって――

伊織が俯くようにする。どこか夢見るように重い二重瞼が開いて、宙を睨んだ。

「俺はファミリーの一員となった。『この銃と剣によって生き、この銃と剣と共に死す』と」
「銃と剣」

ふと、タケルが伊織を見る。――普段帯刀しているのは見えている。はたして彼は、銃もその身にまとっているのだろうか。――わからない。

反射的に、タケルが伊織に手を伸ばした。あるいは伊織の酒による僅かな昂揚に、タケルも当てられていたのかもしれなかったし――タケル自身はほとんどワインに口をつけていなかった――あるいは、その長いすらりとした脚を揉み解してやることが習慣と化していたから、彼の体に触れることに抵抗感が殆どなくなっていたのかもしれない。

恐らくは、ただ思いついた疑問のままに、伊織が銃を所持しているのか、それを確かめたかっただけだった。

タケルの手が、伊織の腰に触れる。なんら抵抗を見せることなく、ただ触れられるままにされながら、伊織がタケルを見た。――それで、タケルも伊織を見た。

長く生え揃った濃い睫毛が、夢見るようにゆっくりと瞬いている。すっと通った高い鼻梁の、ひどく整った顔に気付く。ただ、その透き通ったような月夜の色をした瞳が、夜の黒い水面に揺らぐ月を映すようにして、タケルの姿を映しているのを見る。

手に触れた腰が骨ばっていてひどく細いことに気付く。――シャツの布地を挟んですぐそこに、ぬるいような体温がある。

伊織の双眸から目を離せないでいた。あるいはメドゥーサの神話は、こういう人間から派生したものではないかと、徐々に痺れていく頭の片隅に思う。

あるいはそのまま溺れてもいいと思えるような深淵を湛えた瞳をひとつ瞬いて――まるでその重力に引き込まれた『時』すらも止まったかのように思える程、永遠のように感じた瞬きの後――伊織が言った。

「銃は、持っていないよ。――今は
――……ぁ」

室内で帯刀していないのだから、銃も身に着けている筈がなかった。そんなことに今更タケルは気付いたが、もはやそんなことは至極どうでもよかった。――目が、離せないでいる。
伊織の色素の薄い下唇を見る。――ここに、刀傷がついたのだろうかと、思う。

……なぜ?」と伊織が問うた。

殆ど思考の回らない中、ベッドに腰かけた伊織の、シャツに包まれた上半身に手を這わせる。タケルのほんのわずかな力で仰向けに倒れ込んだ伊織の体の重みで、安物のスプリングが軋んだ。
ベッドの上にタケルが片膝を乗せる。見下ろせば、まるで警官に銃を突き付けられた容疑者のように――力なく両腕を頭上にあげた伊織が、ただタケルを見上げていた。――彼の答えを待っていた。

何もわからないままに――はたしてそれがわずかにでも自分の本心であるのかどうかすらわからぬままに、タケルが口走るようにして言った。

「知りたい――のだと、思う。理解りたい。――きみを」

ぼんやりと夢見るばかりだった伊織が僅かに目を瞠る。それから、くすりと笑って言った。

「それは――そう言われてしまえば、この俺が否定するわけにもいかんな」

伊織がタケルを見上げる。「いいよ」とその淡い色をした唇が動いたのを、ぼんやりと思考の麻痺していくタケルの目が捉えた。