なび
2025-06-22 00:12:49
2983文字
Public 海の魔女の物語(仮)
 

海の魔女の物語(仮)8

1話2話3話4話5話6話7話

ずっとバソに言わせたかった「悪い遊びを覚えさせちゃったかな」の回です。


元ネタ原案は たたみさま(@musclewata)の素敵最高ツイートです。
本当にありがとうございます、ありがとうございます!!!



 
 
 
 舞踏会には、ド・ゲール家の遠縁である令嬢のパートナーとして出席した。
 相手が決まったと告げたときの、バーソロミューが無意識に見せた安堵の表情を忘れられずにいる。





 学舎を卒業し、パーシヴァルが父のもとで領地運営に関わるようになってしばらく経つ。
 バーソロミューの講義は、月に数度に減り、何より場所が城内の執務室となった。領地経営や商取引に関する話も増え、現当主や家令が同席することも多い。
 もとより、卒業後はこうなる予定であった。
 バーソロミューは変わらず、ド・ゲール家のために海の技術を提供している。
 パーシヴァルがバーソロミューを舞踏会へ誘ったことは、城内でもその話題でもちきりだった。しかし二人の様子に変わりがないことから、一部の噂好きの若い使用人を除けば、だんだんとそのことは忘れられていった。
 唯一変わったところと言えば、パーシヴァルから時折「バーソロミュー」と名前で呼ばれることがあった。彼の父に倣ってのことだろう。まだ「先生」と呼ばれることも多い。
 バーソロミュー自身、パーシヴァルの変わらない態度にほっとしていた。
 あの時のような、熱の籠った空色で見られることもなくなった。じりじりと背が熱くなるような。
 やはり一時いっときの気の迷いだったのだろう。
 胸をなでおろし、今日も館で本を読む。
 バーソロミューの普段の一日は単調ではある。基本、本を読み、館と城の往復をし、たまに講義をおこない、執務室かサロンか図書館にいる。ド・ゲールの城の蔵書は豊富で、それらは歴代の当主たちが勤勉であったからだ。ありがたいことである。
 そんな単調な日々を感謝こそすれ、不満に思ったことなどなかった。
 そうして、バーソロミュー自身も忘れていく。
 今までのように。これからのように。



 ◆◇◆



 ある夏、大潮の夜。日が沈んだ頃のこと。
 男の姿のバーソロミューは、いつものように厩へ向かった。今夜は少しばかり蒸し暑い。
「バーソロミュー」
 いつかの夜のように、馬房で待つパーシヴァルの姿があった。いつかと違う点と言えば、パーシヴァルもバーソロミューと似たような簡素な旅装に身を包んでいる。
「ご一緒しても?」
 教え子の申し出に面食らったと言えば噓ではない。断ろうと思えば断れた。しかし、いつぞや置いて行った少年を思い出し、それは躊躇われた。
「断ってもついてくるだろう」
 ため息とともに返したところで、
「良くおわかりで」
 ゆるゆると笑みを刷いて肯定されては何も言い返せない。
 諦めて鞍の用意を始めるのだった。



 夏の夜の酒場は、暑さを忘れるかのように次々酒樽が空になっていた。
「よう、バーソロミュー! 久しぶりだな!」
 かかる声に手を挙げて応え、マグジョッキの中を空にする。
 薄いエール、林檎酒、水で薄めた葡萄酒 、彼がおおよそ口にしたことのないもの。初めこそ知らない世界に目を白黒させていたパーシヴァルだったが、陽気な音楽や手拍子、周囲の怒鳴るような話し方、それらに浮かされ、だんだんと杯を空かすスピードは上がっていき、頬を赤くして誰とも知らぬ職人たちと盛り上がっている。
 バーソロミューはテーブルに肘を突き、だらしなく二の腕にべたりと頬を乗せながら、そんな若き次期当主の様子を眺めていた。
「っふ、ふふふ」
 バーソロミューも酔いが回り、思考はぼんやりと重い。
「悪い遊びを覚えさせちゃったかな」
「ほんとだよ!」
 どかりとジャグピッチャーをテーブルに叩きつけるように給仕して、眉間に皺を寄せた女将が言う。
「おや、人聞きの悪い」
 のそりと姿勢を正せば、
「どこから拐かしてきたんか知らないけども、うちの店がしょっ引かれるのはごめんだからね!」
 どかどかと威勢良く次のテーブルへ行ってしまう。
「拐かすって、ひどいな」
 その背に向けて苦笑していたバーソロミューに気づいたのか、パーシヴァルがマグを掲げて笑いかける。手のひらをひらひらと振って、構うなと返した。
「でもよ、本当にどこから連れてきたんだ」
「なんだよ、爺さんまで。教え子だよ」
 背後から声をかけて来た馴染みの酒場のヌシ——と言っても常連客の老人だ——を振り仰ぐ。ぼさぼさの眉の下で眼が鋭く光っていた。
「いいところの坊ちゃんだろう、ありゃ」
「それは違いない」
「隠せるもんかい」
「そりゃそうだ」
 破顔して老人のマグへエールをじゃばじゃばと注いでやる。
「お前さんだってそうだろうに」
 飲み慣れたエールを喉に流し込みながら、老人はバーソロミューを眇めて見る。
「おや、隠しきれない気品が滲み出てしまったかな」
「良く言うやい」
 げぇぷ、と下品なゲップを顔に向けてかけられた。思い切り顔を顰めて非難するも、老人はげらげら笑う。
「ところでよ、北の海がちょっとキナ臭いらしいんだが、お前何か知ってるか」
「小麦が高くなっているだろう? 隣の州の街道に賊が出て物の流れが滞ってると聞いたから、そのせいだろうね」
「そりゃまた」
「ここのご領主ならすぐ対策を立ててくれるさ」
 肩を竦める老人へ、バーソロミューは上機嫌に杯を掲げた。



 ◆◇◆



「さすがにっ飲みすぎ、だ!」
 いつの間にか男性の自分より大きくなった恵体に肩を貸して酒場の二階、宿の狭い階段をどうにか上り、ベッドへ転がす。靴を脱がしてやろうかと考え、そこまでやってやる義理はないな、と手を止めた。
 輝くような青年は、空色の瞳を薄い瞼で隠し、気持ちよさそうに寝息を立てている。
 悪い遊びを教えてしまったかな。
 先ほどと同じ言葉を思い浮かべて苦笑する。真面目が服を着たような青年であるから、少しくらいは良いだろう。
 そういえば、大きく口を開けて笑うパーシヴァルを久しぶりに見た。バーソロミューのいない場所ではああなのかもしれない。
 嬉しさと同時に感じた一抹の寂しさは、いったい何から来たものだろうか。
 教え子の成長と、いわゆる親離れだろうか。ならば子離れしなければならないのは自分か。
 水差しから洗面器に水を注ぎ、濡らした布で汗をぬぐいながら考える。単純作業は思考が沈みやすい。
 上半身をぬぐい終わったところで、
「ばーそろみゅー?」
「おや、起きたかい」
 呼ばれ、顔だけ振り返ると、教え子が眉を顰め、目を細め、バーソロミューの背を凝視していた。
それ……?」
………ああ」
 言われて気づく。あまりにも〝誰かと過ごす〟ことに無頓着すぎた。
「見るかい」
 隠しては、逆にこの教え子は問い詰めてくるだろう。そう瞬時に計算した魔女は、羽織りかけていたシャツをばさりと落とす。
————、」
 パーシヴァルが大きく息を呑んだ。
「ふふ、見事だろう」
 目を猫のように弛める。窓から差し込む満月の光に照らされ、赤黒く背中一面に表れている精緻な文様が良く見えることだろう。
「刺青……とは違うようだが」
 恐る恐る、といった低い声音で問われて、口の端を強く引き上げる。
「これはね、〝呪い〟だよ」
 無意識に手を伸ばそうとしていたパーシヴァルの動きが止まった。

「海の魔女にかけられた呪いさ」