なび
2025-05-07 01:04:49
1777文字
Public 海の魔女の物語(仮)
 

海の魔女の物語(仮)4

1話2話3話

今回も、たたみさま(@musclewata)の素敵最高ツイートを元にさせていただいております。
引き続きありがとうございます……!!!


TSバソ♀によるしょたおねパーバソです。
が、今回ついにしょたおにパートです!



 ——ここがね、一番海に近いんだ。
 あれから、ふとしたときに魔女の言葉を思い出し、脳裏で何度も繰り返す。
 何度考えても意味はわからなかった。
 城から一番近い海は、港のはずだ。
 馬を飛ばして一時間もあれば到着する、ド・ゲール領の貿易港。
 あの丘は港からは逆方向であるし、丘の上から直接海へ降りることはできない。
 考えても考えてもわからない。
 パーシヴァルは、冬の空の瞳をぱちりと瞬かせる。
 上掛けを強くかき合せ、白くなり始めた息を見つめる。尻の下は敷き藁のおかげで土の冷たさはなく、横に寄り添う葦毛馬の腹が強く上下し、彼の体温のおかげで秋の夜の寒さは感じない。厩の中は暗いが、満ち足りた月光が皓々と差し込み、馬たちの息づかいが静かにけれど確実に響いている。
 厩の馬房のひとつで、パーシヴァルは隠れていた。ある人物が来るだろうことを期待して。
 
 うと、と意識が遠のきかけた頃、葦毛馬が首をもたげた。びくり、と身を小さくして息を殺す。
…………
 足音も控えめに、こつこつと誰かがやって来る。
……今回も、よろしく頼むよ」
 聞き覚えのない、けれどしかし知っている、甘いテノールがパーシヴァルの耳朶を打った。隣の馬房からだ。
 ぎゅ、と葦毛馬の首へ顔を寄せる。ごおごおと血潮の音がする。
「おや、どうした? 今日はずいぶんと落ち着きのない……おや」
 その口調。
 こつり、とブーツに包まれた足が視界に入る。そろり、と視線を上げる。
…………悪い子がいるね」
 呆れたような様子を乗せ、月光とカンテラの火にきらめく海色の瞳。
 ぬめるような褐色の肌。
 ゆるく波打つブルネットの髪。
「せんせい」
 初めて会う長身の男へ向け、パーシヴァルはそう呼びかけた。





「どうして?」
 男がまっすぐに問う。

 敷き藁にまみれたパーシヴァルを馬房から引っ張り出した男は、床に置いていた荷物を背負うと、「おいで」と短く告げて厩を後にした。パーシヴァルも黙ってついていく。
 連れて行かれた先はバーソロミューの館で、普段講義を受けている広間の奥、台所だった。木の丸椅子へ座らされ、ぼんやりとしている間に、キッチンストーブに火が入る。
 無言で渡されたカップを両手で抱えると、ほんのり甘い香りが立ちのぼる。中身は、温めたミルクだった。
 そうしてゆっくりと開かれた男の口から出てきたのが、「どうして?」だった。
「どうして、って?」
 パーシヴァルはカップの中身から男へ視線を向ける。
 カンテラに照らされた男と目が合う。
「明日から講義は休みだから、出かけるなら今日か明日だと思ったんです。馬がいなくなっているから、馬で出かけるのはわかってましたし、朝起きても間に合わないなら、夜のうちに待っていようと」
 くぴりとミルクをひと口。少し熱い。
 求められている答えではないのはわかっていた。
…………どうして?」
 重ねて訊ねられる。
「先生を間違えるはずがないでしょう?」
 それだけは確信していた。バーソロミューを間違えるはずがない、という点においてのみ、理由のない自信があった。
 男は——バーソロミューは、まっすぐ見据えてくるパーシヴァルの目にたじろいだようだった。
「根拠のない自信は、ろくなことにならないぞ」
「でも間違っていないでしょう?」
 もにょりと口を引き結んだ——それもバーソロミューの癖だ——彼は、息を深く吐くと、頭をガシガシと掻いた。
「君がこんなに悪い子だとは思わなかった」




「海の魔女について、知っていることは?」
 バーソロミューは自身の分もミルクを用意し、そこに乱暴にラムを入れた。椅子を引き寄せ、どかりとパーシヴァルの前に腰かける。
「海の魔女は、海に愛されたために呪われて、海に入れなくなった。出会った者に富をもたらすが破滅も呼ぶ」
 母から聞かされた寝物語りを口にすれば、バーソロミューは背を丸めてパーシヴァルと視線を合わせる。女性のときより背の高くなったためだろう。
「そうとも。そしてそれはすべて本当で、魔女と呼ばれるが元はただの海を愛する一人の男だった。呪いは一人の男を女の体に変え、海に入ることを禁じた」
 カンテラの光が揺らいで、バーソロミューの影を大きくした。