なび
2025-05-11 15:21:10
3879文字
Public 海の魔女の物語(仮)
 

海の魔女の物語(仮)5

1話2話3話4話

元ネタ原案は たたみさま(@musclewata)の素敵最高ツイートになります。
今回も参考にさせていただいております。引き続きありがとうございます……!!!


TSバソ♀によるしょたおねパーバソです。
4話に続き、しょたおにパート。
今さらですが、モブがたくさん登場します。




「男は、どこにでもいる一介の船乗りだった。どこにでもいたが、海を読み、船を操ることに関しては、他の追随を許さなかった」
 バーソロミューの語り口は、他人事のようだ。まるで物語を読み聞かせているよう。そうなってしまうくらい、長い年月だったのだろうか。
 膝の上にのせたカップを握り直し、パーシヴァルは瞬きで聞いていることを示す。
——男は、海を愛し、そして海に愛されていると思っていた。海を支配できていると思っていた。人々に海の魔女と呼ばれることを良しとし、それすら誇りに思っていた。しかしそれは驕りで、いつしか人々の妬みを買い、嫉みを受け、それらは積み重なって恨みとなった。恨みはいつしか呪いとなって男を襲った」
 薄い唇を舌でそっとなぞり、
……ある日、目が覚めると男は女になっていた」
 バーソロミューは静かに続けた。
「海に近づこうとすると体が焼き切れるように痛んだ。それだけならば、痛みに耐えて船に乗り続けたかもしれない。けれど、女になった男が海に近づくと、海が割れた。あれだけ愛している海に拒絶され、肉体も精神も強靭だと自負していた男は、惨めにも陸に逃げた。逃げるうちに、大潮の数日間は男の姿に戻ることを知った。……そうして彷徨い、いまこうしてここにいる」
 バーソロミューは穏やかだった。穏やかに語る故に、その影が揺らぐたびにパーシヴァルは息を詰めた。
「魔女裁判、というのは聞いたことあるかい」
 バーソロミューはカップの中身をひと口舐めるように飲んだ。
 パーシヴァルもつられるようにカップに口をつける。冷め始めたミルクが、乾いたのどにちょうど良かった。
「もう流行っていないし、聞いたことないか」
 男は苦笑をひとつ漏らす。
「〝魔女〟というのはね、畏怖の対象だった。何かしら不思議な力を持つとされ、それを人々は恐れ敬った。男は、魔女と称されてもおかしくないほど、操舵に優れていた——自分で言うのも何だがね。畏怖も過ぎると民衆というのはそれを排斥しようとする。男の姿だったときは——まあ、腕っぷしの関係もあるのかな、問題なかったが、女の私は人々を惑わす魔女として罰せられた」
 どう罰せられたかは、純粋な少年に教える必要はないだろう。バーソロミューは口元に笑みを刷く。百年以上前の自分へ向ける、諦観の笑みだ。
「そういうことが昔は良くおこなわれていたんだよ。今も場所によっては、かな? 魔女は逃げるために、生きるために、その時々の権力者に知識を提供することにした。それでも、権力者ごと罰せられたり、ということが何度かあり、それが君も知る『富を与え破滅を呼ぶ』という〝海の魔女〟の伝説を作った。そして君の曾祖父様に——先々代に助けられて、今に至るよ」
 静かな、今日の夜のような語り口だった。
 バーソロミューはそっと口を閉じ、冷めたミルクを飲み干すと、しばらくカンテラの火をじっと見ていた。カンテラの火が揺れるたび、彼の影も揺れた。
 パーシヴァルはそんなバーソロミューの横顔を眺めた。まつ毛が頬に影を落とし、海の瞳がときおり反射した。頬はパーシヴァルの知る「先生」のまろさではなかったけれど、褐色の肌は同じだった。
 その「同じ」という安心感が、パーシヴァルの眠気を誘った。バーソロミューの話をもっと聞いていなければいけないのに、頭にもやがかかったようにぼんやりとしてくる。
 そのことに気づいたバーソロミューは、ふと笑うとパーシヴァルの手からカップを取り上げた。少年のまだ華奢な体を上掛けごと抱き上げ、台所を後にする。その心地良い揺れに、体温に、パーシヴァルは「どうして」とむずる頭で考えた。
 でもどうして、男に戻るたび先生は、出かけるのだろう——と。


 そのまま眠りに落ちた少年は、翌朝、館の二階にあるバーソロミューの寝室で目覚める。
 一番星が溶け、秋のしんと冷える早朝、毛織物で暖かくされたベッドの上で、パーシヴァルはぼんやりと体を起こした。何度かまたたき、初めて見る場所がどこか把握したとたん、そこから飛び出した。
 台所のキッチンストーブは火が落とされ、広間には誰もいない。冴え冴えとした空気だけが横たわっていた。
 置いて行かれた。
 とっさにそう思った。連れて行くなどバーソロミューはひと言も約束していないのに。
 ひとり広間で本に囲まれる中、はくり、と唇が小さく開閉する。
 のどが引きつる感じがした。