なび
2025-05-03 17:25:03
2163文字
Public 海の魔女の物語(仮)
 

海の魔女の物語(仮)2

こちらの続きになります。
今回も、たたみさま(@musclewata)の素敵最高ツイートを参考にさせていただいております。ありがとうございます!!!

TSバソ♀によるしょたおねパーバソです。


3話

 不思議なことに、パーシヴァルに存在が明かされて後、バーソロミューは城へ出入りを始めた。昔からそうであったかのように父の執務室や母のサロンを訪れ、そこで彼らと過ごす。
 父から執務の相談を受け、母と並んで刺繍をおこなう。家令や古参の侍女らと親しく声を交わす。
 あまりにも慣れた自然な姿に、——ああ、実際そうだったのか、とパーシヴァルは納得した。
 両親の、魔女への陶酔とも呼べる感情は、幼い——生まれた頃から共に過ごしてきた人へのそれだったのだ。年の離れた姉へ、もしくは気心知れたおばへ、向けれらるものと同一であった。


 それでも、バーソロミューは誰よりもパーシヴァルに時間を割いてくれた。
 バーソロミューの授業は確かに厳しいものだったが、それ以上にパーシヴァルの知識欲を満たして余りあるものだった。
 初めの頃こそなぜ挑発に乗ったのか、と自分を責めることもあったが、回を重ねるうちに彼女の知識の深さと広さに惹かれ、授業を心待ちにするようになった。
 まあ、少しでも得意気にしようものなら、すぐさまバーソロミューに容赦なくコテンパンにもされるのだが。
 それでも意欲旺盛な少年は、海綿が水を吸い込むようにぐんぐんと魔女の知識を学んでいった。
 授業の休みは週に一度の礼拝日と、それとは別に月に数日、三日から四日の休みが二度、あわせて十日から十二日ほど。意外にも多い。その休みが月の満ち欠けと関係していると気づいたのは、授業を受けるようになって半年ほど経ってから。魔女から授かった天文の知識のおかげだった。
 礼拝日、彼女は館に籠る。どうやらバーソロミューは敬虔な信徒であるらしく、教会の方角へ向けて熱心に祈っている姿を窓越しに見かけた。
 一方、礼拝日以外の休みの日には、彼女は必ず館を留守にしていた。それに気づいたのは、授業を受け始めて三ヶ月頃のこと。しかし、あれだけ彼女を慕っている大人たちに聞いて回っても、バーソロミューがどこで何をしているのか、それは誰も知らなかった。
「ねえ、先生」
 その頃には、パーシヴァルはバーソロミューのことを「先生」と呼び、すっかり懐いてしまっていた。
「どうしたかい、少年」
 パーシヴァルに書き取りをさせながら、その机の前に横向きに椅子を置いて座り、バーソロミュー自身は何やら難しそう——少なくともパーシヴァルにはそう見えた——な本を読んでいる。
「お休みの日は、どこに行ってるんですか」
 問いかけると、バーソロミューはパーシヴァルの手が止まっていないことを素早く確認し、
淑女レディの秘密を探るのは、マナーがなっていないと思わないか」
 視線だけを幼い生徒へ向け、ルージュでつややかに彩られた唇を引き上げた。その瞼に塗られたシャドウがきらりと光る。
 パーシヴァルが口ごもれば、
「ふふ、冗談さ。少し探し物に出かけているだけだよ」
 軽く笑ってまた視線を本へ戻す。それ以上の問いは無用——そう言外に告げるその横顔を、美しいと思ってしまうのは仕方ないことだろう。
 その秘密をもっと知りたいと思うほどに。
 けれど、バーソロミューが出かけるのはよほどの早朝か夜のうちらしく、幼いパーシヴァルが彼女の後をつけるのは難しいと思えた。
 思案し始めたパーシヴァルの姿に、バーソロミューは小さく肩を落とした。集中力が切れたと判断したのだろう、普段なら飛ばす𠮟責を封じ込め、バーソロミューは苦笑のため息をひとつこぼすと、さらりと笑った。
「さて!」
 バーソロミューは本を閉じる。
「もうすぐ昼時だ。昼食も兼ねて実技といこうか!」
 はて、と首を傾げる少年の前で、バーソロミューは青色の瞳を少女のようにきらめかせた。


 ◆◇◆


 耳の横で風が鳴く。頭の上から、バーソロミューの愉快でたまらないという笑声が響く。
「あっははははは! 君、乗馬ももっと鍛錬したまえ!」
「っ、二人乗りなんて、初めてなんだから、仕方ない、でしょう!?」
 城郭を飛び出し草原を走る葦毛馬は、他の馬よりひとまわり体が大きく、パーシヴァルとバーソロミューの二人を乗せてもびくともしない。
 その上で、パーシヴァルは口から飛び出しそうになる心臓を抑えるのに必死だった。彼のすぐ背後にバーソロミューが座り、手綱を握るパーシヴァルの手には褐色のすらりとした手が添えられている。そして馬が軽快に跳ねるたびに、乗馬服に包まれたバーソロミューの胸が後頭部に強く当たる。 どうすればいいのか、どこに意識を置けばいいのかもわからない。ドレスのときとも違う柔らかい感触に、ただただ耳まで赤くして、馬のたてがみ越しに草が泳ぐ様を見つめるしかなかった。
 遠駆けをするなら、と二人乗りを提案されたが、こんなことなら無理をしてでも一人で乗れば良かった……! 自分の鍛錬不足を後悔しても遅すぎる。
 どれだけの時間を耐えただろうか。
 風の匂いが変わった、とパーシヴァルが気づいたときには、バーソロミューには草原の先が見えていたらしい。
「ほら、」
 ゆるやかな丘を駆けのぼった先には、バーソロミューの瞳と同じ青い海が広がっていた。
 その目が泣きそうに細められていたことを、パーシヴァルは知らない。




3話