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紡ぐ夜明け
ホームシック気味になったペローナがモリア様の夢を見る話。離れてても通じ合う親子。
この話
と薄ら繋がってます
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手中にある布の固まりと睨めっこをずっとしていたペローナは、徐に首を逸らして天井を仰いだ。座っているソファも一息つくかのように小さな軋む音を立てる。
自室に戻ってから思いつくまま布を縫って日もすっかり暮れた。その労作に反して、彼女が気に入るような人形はちっとも出来なかった。
目の前の机へ無造作に布の固まりと針を置く。ソファから立ち上がるとすぐ傍のベッドへ仰向けに倒れこんだ。
大して何もしていない一日だったのに、どっと疲れが溢れる。気怠い感覚が緩やかにペローナの身体へ昇り包んでいく。鈍重なそれは昨夜の渦巻く心地に似ていた。ペローナの頭がじわじわ侵されると、時をまた遡っていく。
何もなかったと振り返る一日に、ミホークの冷たいあの言葉がささくれを生む。
歯牙
しが
にもかけない、ペローナはちっぽけな存在だと。今になってそういう印象を与えられた気がする。
被害妄想染みた考えに目眩のような嫌気がさし、ペローナは手の甲を自分の額へ押し当てた。そしてそのままきつく目を閉じた。
疲れによる倦怠感と、拭えない孤独感がせめぎ合っている。
このまま眠りについたら、きっと夢の中でモリアに会えるだろう。しかしそれを予想すると、ペローナの孤独な心地は一気に増した。
嘗ての思い出たちが見せる夢は、無邪気なままでペローナを甘やかす。心の深いところを溶かすようで惹かれてしまい、手繰り寄せようとすると、夢は覚めて手元には何も残らない。
前を見ず、逃げたままの今のペローナにはどうしたって届かないのだ。縋る先の全ては過去のことだから。
――
寝ているベッドにどんどん、身体が沈み込む感覚が再び起きた。
モリアを見捨ててスリラーバークを離れたのに、懐かしくて優しい悪夢に囚われている。
どうしたらいい? 助けて、モリア様。
眠りに落ちる間際、暗く揺蕩う闇夜にひたすら呼びかける気持ちで、ペローナは強く願った。
『モリア様みたいになりたい!』
目の前に居る山のように大きい男へ呼びかけている。顔は遥か上空にあって見えない。
『お前はそればっかだなァ
……
何でもおれみたいになりたいのか?』
うん! と返事をした。声がやけに甲高く響いた気がする。その違和感にペローナは、幼くて小さい身体から世界を覗いている感覚を得た。
これは、このやり取りは知っている。これは、夢の中だ。
『
……
じゃあ、そのおれがもし死んだらどうする。
…
お前も一緒に死ぬのか?』
『? しぬと思う』
あっけらかんと小さな娘が答える。モリアの顔は依然として見えないが、上空で『
……
ハッ』と、息を大きく吐く音がした。呆れと僅かな憤りが混ざって膨れ、堪らず出たような音だった。
見上げた先のモリアが身動いだ。そして長い腕を伸ばすと小さな娘を手の平へ乗せ、己の眼前へ掲げる。
『
……
いいか。二度と、そんな考え方はすんじゃねェ』
鋭い歯の並ぶ口が静かに告げる。
モリアは大事な話をする時は、同じ目線に娘を運ぶ。幼いこのペローナにはまだ分からない事だけれど。
『真似をするのは結構だがな、そう簡単に死ぬなんて言うのは聞き捨てならねェ。おれァ人形は作るが、
没人形
マリオ
に成り果てちまうのなら願い下げだ。自分一人の力で動けないお人形なんざ』
ペローナの目線は定まらず、口元や白い肌の縫い跡を見ている。モリアの顔がずっと見えない。
『
……
生きているのなら、それも一端の海賊なら、自分自身の意志を持て』
言葉の節々に切実な色味を含む声が響く。その瞬間、ついにモリアの顔がハッキリと見えた。闇色の瞳が真摯に光ってペローナを見ている。
『 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ』
「
――
モリア様!!」
己が発した叫び声で、ペローナは飛び起きていた。
例え夢だとしても、恋しかったモリアの顔を間近でやっと見れて、声を聞けて、思わず叫んだ。そのせいで夢からは覚めてしまったが、心臓は高鳴って未だに夢の余韻が色濃く残っている。ペローナへと語りかけたモリアの真剣な言葉が、頭に響いている。
――
一端の海賊? 自分自身の意志? それは、どうやって? どこにある?
強く木霊する言葉たちへ疑問を投げかけ、頭の中がひしめき合う。誰も答えない。ペローナが探すしかない。目線だけが辺りをきょろきょろと彷徨った。
すると、ベッドの傍の机に置きっぱなしだった出来損ないの人形が目に入った。ペローナはベッドからふらりと立ち上がり、未完成な人形を手に取った。
混迷している頭の中で、引く波のように夢の余韻が跡も残さず去り始める。その瀬戸際で、モリアが夢の最後に言い放った言葉が強く鳴り響いた。
『しっかり生きろ』
閃光のような言葉がペローナの頭へ駆け抜けていくと、彼女は針を手に取り人形を縫い始めた。
無心に動く針に合わせ、ペローナの頭は冴えていく。どんどん過去の出来事、モリアの事を、思い出す。
(
――
スリラーバークが出来た頃。モリア様の寝室の下が、私の部屋になった)
幽体になれば壁をすり抜けすぐに会える距離の部屋だ。ペローナはそうしてモリアの寝室へ行ったある夜、眠る彼が悪夢を見ていた。
魘
うな
されて白い顔がいっそう青白くなっていて、そんなモリアを見たのは初めてだった。幽体のままでは触れて起こすことも出来ず、ペローナはせめて優しく歌を歌ってやった。暫くそうすると、モリアの呻き声は止み穏やかな寝息に変わって安心した。
そして夜が明け、モリアは目覚めると暫くは眠らなかった。食事や部下たちへの命令はおざなりに、自室に籠って人形を作っていた。
ペローナの針が一旦止まった。人形のかたちが上手くなっている。針をまた動かして、続きを縫う。
あの時のモリアは眠らないじゃなく、眠れなかったのかもしれない。ペローナは何も知らず一度声をかけた事はある。けれど、何となくそれ以上は傍に寄ってはいけない気がして、記憶からも遠のいていた。
針をまた止めた。今度は人形に綿を詰めていく。かたちを整えるために、人形を手で包む。
ペローナの頭に浮かぶモリアの姿。大きく頼もしかった背中に、今までとは違う印象が垣間見える。孤独で寂しそうなシルエットだ。
ペローナが今、手にしている人形とシルエットが重なる。綿を詰め終え、糸を綴じる。
「
……
出来た」
ツギハギの人形が完成した。窓の外は薄ら白み、朝が来ている。
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