eclipsis
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紡ぐ夜明け

ホームシック気味になったペローナがモリア様の夢を見る話。離れてても通じ合う親子。この話と薄ら繋がってます



 一日の始まりである目覚めが少しおかしかったせいか、ペローナの胸中はずっとボタンのかけ違いをしているような調子だった。
それでも一日が終わるのを早く感じたのは、目を離した隙にすぐ迷子になるゾロのせいであるかもしれない。ベッドに横たわったペローナは、年下の剣士に世話を焼いた苦労を溜息にして吐き出した。その日常の最中、彼と目を合わせずにいた事が引っかかり胸に残る。
 ペローナの心は勝手に曇りだし、それを紛らわすためにベッドの天蓋を見つめた。

 目覚めた時に見たものと寸分違わず同じ天蓋がある。しかし今は確かな違和感を覚えた。ペローナの丸い瞳が俄にきょろ、と視界をなぞるように動く。そしてふっつりと閉じられた。

 見渡す視界から無意識に、スリラーバークと似た箇所を探そうとした。当てのない心が立ち込める暗雲にうねりを起こす。それによって違和感がさざ波立って言葉へと変わり、ペローナの頭に浮かんだ。

 ――ここは私の居場所じゃない。

 暗雲はもう晴らす術を考えられないほど膨れ、彼女の身体中を行き渡った。大きく息を吸い、吐いて、眉間に力を溜めもっと深く目を閉じようとした。
 今や渦巻く心地は思考までも捕らえていて、寄る辺のない心の隅まで探ってくる。空虚な隙間へ入り込むように、ペローナに降りかかったこれまでの出来事を勝手に遡っていく。ベッドにどんどん身体が沈んでいく感覚をもってして。

 朽ちるスリラーバークから逃げたのは、幼い頃に刻まれた"死ぬな"という忠告があったから。それを刻んだのはモリアだったのに、その彼さえ置いてこんな所まで飛ばされてしまった。遊びで付き合っていただけなんて、言い訳めいた理由を並べて。
 置いていく意味の重さや覚悟を考える暇は無かった。
 ただ心軽く、逃げて、生きて。

 ペローナの思考は霞がかかり船を漕ぎ始める。うつらうつらとする意識の中、浮かんで消えゆく思いがあった。

 ただ死んでいないだけ。
 
 ペローナは流されるまま生かされている。






 暗い石壁をすり抜けモリアの寝室へ向かう。ペローナはいつも幽体になって彼の元へ飛んで行く。一人で寝ろとモリアは口酸っぱく言っていたが、一緒にいたい気持ちのほうが強い。だって夜は真っ黒で寂しい気持ちにさせてくる。
 
 厚い扉も難なく抜けて目的地へ顔を出した。すると、寝室には灯りが点っていた。モリアが起きている。ペローナへ背中を向けて、その大きな体躯から伸びる手が動いていた。それぞれの手には針と人形があった。モリアの手が大胆に、そして意外と繊細に、動いている。まるで熱中している舞いのように。

『モリア様』

 ペローナの声に気づき、モリアが身動ぐ。ゆっくりと振り向こうとして――




 
 
 見開いたペローナの目に映ったものは黒い天蓋だった。
 またフィルムを突然切られて夢の上映が終わる目覚め。現実がゆっくりと色を戻す時差の中、今日の天気は晴れだというのが分かった。小鳥が窓の外で朗らかにさえずっている。心地好いその鳴き声は、ペローナの起きたての頭に緩く沁みる。
そのまま夢の名残に浸って、ベッドから起き上がらずにいた。
 
 過去のスリラーバーク。今度はちゃんと映像になっていた。幼いペローナには、モリアの寝室は宝箱のように見えた。色んな飾りや不思議な機械、ツギハギの人形たちで溢れている。モリアの手ずから作った空間。彼はあの巨体に反して意外と手先が器用で、時々人形を作っていた。

「にんぎょう」

 一言呟くとペローナは薄く閉じていた瞳を開けた。微睡む頭が冴えてきている。柔らかい寝床と一緒に蕩けそうだった身体をやっと起こす。昨日よりも明確な動きでクローゼットに向かった。


 着替え終えたペローナが次に向かったのは、広間ではなく倉庫だった。何となく、広間には行かなくても良いと思った。おそらく彼女の分の朝食は無いのだ。もしくは片付けられている。薄らとそう感じると、ペローナはベッドの中で自分に芽生えた衝動のほうを優先させた。
 
 倉庫で目当てのものを探すために暫くあちこちを漁る。するとようやく発見できた。少し埃を被っている裁縫道具。そして隣の小さな木箱には都合よくハギレがいくつも入っていた。
それらを抱えて倉庫を出ると、ペローナの胸はほんの少し弾んだ。
 
 今さら人形を作ろうとしている。それが何になるかは知らない。けれど、寂しくなる筈のモリアの夢がもたらしたその衝動。微睡まどろんで停滞した気持ちが動いたのだ。それは連日ペローナの中で曇るものを忘れさせてくれる気がした。

 ペローナが廊下を歩き進むと手持ちの籠の中で、裁縫道具がカチャカチャと小さく音を出した。歩く振動で触れ合い鳴るその音は、何処となく小鳥の囀りに似ている。ペローナは手元を見ると、はにかみながら廊下の角を曲がった。

「あ、」

 曲がった先の正面に、ミホークが居た。
 ばったり出くわしたせいで、お互いの足はその場で止まる。

あ、えと……
「お早う。……と言うには遅すぎる時間帯だな」

 まごつくペローナの心情を見透かすように、ミホークは先に挨拶をした。時計は確認していないが、目の前の男は午前の畑仕事を終えた後のようだった。首にはタオルが掛かっていて、よく見ると指先は僅かに薄く茶色に染まっている。

「ッ、あの、その。わ、私も畑仕事、やる気はあるんだよ。それが――

 ミホークの姿から察してペローナが早口に喋る。彼女の前に立つ男とはどうしても目を合わせられず、言葉だけが上滑りに響く。

……別にしなくとも良い。無理にやっても身につかない。無駄になるだけだ」

 ミホークは落ち着いた声で静かに返答した。怒気などは全く孕んでいない声色だったが、それと同時に何の優しさも持たない冷たく澄んだ声だった。
 ペローナはミホークの言葉を聞くと、金縛りにあったように身体を強ばらせた。ミホークは動く気配のない娘を一瞥すると、無言でペローナの横を通り過ぎる。

 すれ違う瞬間、ミホークからは仄かに太陽と土の香りが漂った。金縛りにあったペローナが過敏になり感じた単なる錯覚かもしれない。けれど、生きている健全さを漂わすその残り香に、ペローナは一瞬で焼き焦がされた心地になった。
 廊下に立ち竦んだペローナを置いて、ミホークはあっという間に去っていった。