eclipsis
12708文字
Public CPなし
 

紡ぐ夜明け

ホームシック気味になったペローナがモリア様の夢を見る話。離れてても通じ合う親子。この話と薄ら繋がってます

 
『かいぞくおう?』
 『そうだ。おれの求めるものだが、その道中はてめェらに任せる。おれは他人の力で海賊王になる男だからな。ちゃんと覚えろよ』
『......私もおんなじようなのになりたいな』
『アァ? 王の座は一つしかねェぞ』
『えぇ~。モリア様みたいになりたい』
『じゃあ、お前はオンナノコだからオヒメサマか?』
『お姫さま?』
『そうだ。オヒメサマ。プリンセス』
『! プリンセス。ゴーストプリンセスって、どう?』
『キシシ。悪くねェ』


 
 
 

 パチン、と薄いもやのような夢が音を立てる呆気なさで消えた。連続する映画のフィルムが突然切られたようなその覚醒は、夢の上映者であるペローナをすぐに現実へ還らせなかった。開かれた両目はベッドの天蓋をただぼんやり見るに過ぎない。

 ――あれは、あの夢は、スリラーバーク。ここは。ここは何処だっけ。

 二、三度と瞬きをしてペローナはやっと現実へ戻った。今、目に映る天蓋は黒い。スリラーバークの天蓋は、彼女のお気に入りの赤だった。
 
 ここはクライガナ島、シッケアールの古城。
 
 じんわりと取り巻く現実たちへ一度目を閉じると、ペローナは自然に脱力して溜息が漏れた。吐き出た息は存外に大きく、安堵と落胆が綯い交ぜになっていた。

 のろのろとベッドから起き上がると、着替えるためにクローゼットへ向かった。身体と同じくあまり動く気のない頭で服を選び、着替えていく。緩慢なその動作の中、煤けたような脳裏に先ほどの夢がぽつりぽつりと浮かんでくる。

 姿かたちは全く見えなかったが、あれは過去のモリアとペローナのやり取りだった。なんて事はない日常の一コマ。幼いペローナは小さな娘を拾って育てたモリアに憧れて、漠然と彼のようになりたいと思ったのだ。
 
 ペローナがシッケアールに来て夢を見たのは、昨夜が初めてだった。ここ数日間は新たにこの地へ現れたゾロの事もあって何かと慌ただしく、ベッドに入って目を閉じればあっという間に朝がきていた。それが何を引き金にして、あの無邪気な過去の夢を見させたのか。
 ほぼ無意識の中で繋がれる答えは、丁度着替え終えて靴を選ぶ指の先で示された。

 ストラップがたくさん着いた赤いブーツ。モリアが好きだったというゴシック且つパンクな服装。ペローナはモリアに憧れて、彼のようになりたくて、ただ真似をした。幼稚に。

 ペローナの指は赤いブーツを引っかけずに、隣の黒いショートブーツを選んだ。手早くブーツを履いてファスナーを上げるために身を屈めると、彼女の背中に甘く伸しかかってくるものがあった。――幼い思い出と、それに折り重なる恋しさと寂しさ。
 自覚し始めるとペローナの目元は赤くなる。悔し紛れで吹っ切るように背筋をピンと大きく伸ばした。ブーツを小気味よく鳴らして足早に歩き、寝室を後にした。

 
 向かった先の広間には誰も居なかった。静寂で満たされたその空間に、柱時計の振り子の音だけがひっそり響く。ダイニングテーブルの長い天板は清潔な白いクロスを広げている。何の跡も無くまっさらだ。ペローナは柱時計を見上げた。その丸い顔の上で動く二つの黒い針が、怒った眉の角度になって時刻を表している。

 (……きっと鷹の目がテキパキと片付けた)

 時計に向けた視線をダイニングテーブルへ移し、ペローナの手は自然に腹へ当てられた。そのままなだめる手つきで腹をさすると、彼女の足はキッチンへと動いた。

 特別食べたいものも無く赴いたキッチンには、適当に切られたバケットがあった。それらを横目で物色して、ペローナは冷蔵庫の中のミルクを取り出す。かさついたバケットを手に取って食べると、ミルクで流しこんだ。
 大好きなココアとベーグルサンドは無い。ぼぅっとしながらキッチンで腹を満たしていく。開放的な広間と比べるとキッチンはそれなりに狭い。調理器具や香辛料の瓶が肩を並べて置いてあるのを見ると、不思議な落ち着きがあった。
 その時ふと、窓の方から声が聞こえた。

 野獣が吠えているようなそれに釣られ、ペローナは窓辺へ寄った。そこから見える景色は城の裏手の拓けた土地だ。男が二人居た。気迫に満ちた声を出していたのは緑髪の青年――ゾロで、ミホークと剣の修練をしていた。
二人は目にも留まらぬ速さで剣を打ち合って、時に鍔迫り合いでジリジリと音がしそうなほど膠着こうちゃくする。

 (置いていかれた)
 
 彼らと約束していた訳ではないのに、ただぽつりとペローナはそう思った。窓にそっと手をついて二人を眺めた。キィン、と金属が高く鳴る音が響き、二人が鍔迫り合いを止めてお互いの間合いを取る。ゾロが肩で息をしていて吐く息の熱さが見て取れるほどだったが、ペローナにはその温度は上手く感じられなかった。
 窓を隔てただけなのに、二人の姿がまるで別世界の出来事のように映った。

 二人がまた剣を打ち合い始めた。火花が散る激しさの中、金属の輝きとは異なる強い光が二つ走った。ペローナの両目は知らずにそれを追う。闘志に燃えるゾロの瞳だった。真っ直ぐにミホークという高みを目指し、それすら焼き尽くしてやるという勢いで、命を懸けて燃え生きる瞳。

 その強い光をまともに受け止める前に、ペローナは目を逸らしていた。
 彼女の黒い瞳は、俯いた頭に従ってただ床を見るだけだった。