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すなつき
2025-05-29 12:37:56
39960文字
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犬面術師と三尾の狐 犬神編
分からセッ後の続編です。
狐との関係に悩むライカンの元に舞い込む新たな依頼により、
無理やり眷属にされてしまった狐がツンケンしたり、ライカンが得体の知れないモノに襲われたり、狐に助けられたりしながら解決を目指すお話。
※狐は色々あってテツと名乗っています
1
2
3
4
5
6
5
ぶわりと臭気を孕んだ生ぬるい風が二人の間を通り抜けた。
モヤはもったりとした動きのまま公園の中心から左右に引き裂かれていく。その間からぼた、と黒い汁を垂らしながら真っ黒な体が四足で這い出してきた。
「あれが、犬神、ですか
……
」
「の、なり損ないというやつだね。ほら、ぬしさま時計を」
伸びた爪が地面にぶつかって乾いた音を響かせる。よろめきながら一歩。ぼたた、と頸の断面から汁を垂らして、また一歩踏み出す。
ライカンは抱えた箱を丁寧に地面に置くと、片手で器用に金の鎖がついた懐中時計を引っ張り出し、長針の部分をぐるりと回した。
蓋を閉じる、カチリという高い音をスイッチのように真上から帷が降りてくる。透明な幕がするすると周囲を包み境界の内側に二人と、一匹は閉じ込められた。
ゆらぐモヤはベールのような境界の壁に触れると同時に霧散して消えていく。ライカンが普段発動させる結界よりも随分と清廉な空気を纏ったそれに息を飲みながらも、内ポケットにしまった複数の札を取り出す。
「僕とぬしさまの初めての共同作業の相手とやらが、なり損ないとは言え神だなんて
……
とてもお誂え向きとは思わないかい?」
「お誂え向き、なのでしょうか
……
?」
狐は目を細めてにまりと笑ってから、三本の尾を扇状に広げた。
作戦とも呼べないような適当な打ち合わせしか交わしていないが、目的は明らかである。
あれほどの悪意を身に纏った神の名を冠する相手に立ち向かうのがひとりではないということが、ライカンの心中をやや穏やかなものにさせた。
とは言っても油断が許される相手ではない。現にライカンは小さなかすり傷ひとつで、意識が混濁するほどの呪いを受けてしまっている。
適切な距離を保ち、相手の力を削ぐことが現時点における最良である。それがうまく行けば、この事態は収束する
……
はずだ。
足元の箱を見下ろしてライカンは大きく一歩踏み出す。と、同時に捕縛の札を放った。
犬神はヒャヒャと嘲笑うような声をあげて札を避けると、ライカンに狙いを定めたのか真っ直ぐに突っ込んできた。頸のないそれが何を見ているのか定かではないが、なにかが渦巻く断面にライカンは背筋が泡立つのを感じた。
噛まれるわけにはいかない。身を捩る寸前視界が青に包まれた。ゴウと音を立てて燃え上がるそれは透き通る青が美しい浄化の炎であった。
――
ギャァアア!
犬神は炎に巻かれて慌てて後方へと飛び退った。しかし舐めるように絡みつく炎は消えずに、ボタボタと滴り落ちる液体までもを焼いていく。のたうち、唸り声をあげるそれにトドメのようにライカンが放った札が頸のある場所へと貼りついた。
炎の中にあっても燃えない札は、まるで一時停止ボタンでも押されたように犬神の動きをぴたりと止めることに成功した。
ノイズの入ったような声を上げながら犬神はビクビクと痙攣を繰り返す。
真っ黒な体表は炎に焼かれた部分が、僅かに色を変えていた。白い毛並みが現れるごとに犬神の苦悶の声は更に大きくなる。
『ガッ、ギ、ギギッ、ィ゙
……
グ、ゾ
……
ぐぞがァ゙
……
!』
とても犬とは思えないその声音にライカンは眉を顰めた。狐の眼差しはたっぷりとした嫌悪に彩られていて炎と同じ色あいに光る目が睨みつけるような鋭さで犬神に向けられていた。
貼り付けていた札が、墨が滲むように端から黒く変色したかと思えばボロボロと崩れて落ちていく。
それは悍ましい光景であった。
青い炎を燻らせながらも、覗いた頸の断面から何かが這い出ようとしている。まるで芋虫のように蠢く白い何かがひとつ、ふたつと増えていき、辺りを探るようにしながらゆっくりと縁にひっかかる。左右に四つずつ、並んだそれは平たい爪がはまるヒトの指であった。
犬の体が一層激しくのたうつ。頸を大きく左右に広げながらそれは裡から藻掻きながら、太い腕を伸ばした。
ぼたた、と激しく溢れる黒い液体はまるで血のように、錆びた臭いを漂わせながら地面に大きな水溜りを作っていく。
びちゃり、と腕が落ちて黒い湖を泳ぐ。生まれいずるそれは、とても神と呼べるものではない。
短くごわついた黒い髪の下、濁った白い目を彷徨わせたそれは、ひび割れた唇を引き裂いて、にたりと歪に笑った。
「うわ、醜悪すぎて吐き気がするな」
嗤うそれから縫い止められたように目が離せなくなっていたライカンは、狐の冷え冷えとした声にはたと我に返った。
犬神であったものから視線を引き剥がし、狐を見やれば眉間にたっぷりと皺を寄せて、口がへの字にひん曲がっている。言葉以上に嫌そうな顔に、ライカンは小さく息を漏らした。
「あれは、私たちでどうにかできるものなのですか
……
?」
「
……
ぬしさまは、ちっとも僕のことを信用してくれていないみたいだ。それって尻尾が三本しかないからかい? やっぱり
……
九尾の方が強そうとか
……
そう思っていたりするんだろう」
む、と狐が不機嫌そうに語尾を揺らした。立派な耳がしゅんと垂れて尻尾もやや下がり気味だ。ライカンは慌てて、いえ!と大きな声を上げた。
「九尾にも負けない自信があるのに」
九つの尾を持つ大妖と、三尾の妖狐ではとても比べられるものではない力の差がある。その大妖相手に負けないなどと、拗ねた口調の狐にライカンは困惑するより他になかった。
九尾より強い、そんな存在など、果たして。
「ぬしさま、集中してくれ」
「ッ! 申し訳ありません!」
油断するなと自身へ言い聞かせておきながら、思考を巡らせてしまったライカンに狐の鋭い叱責が飛んだ。
肩より上が外に出たそれは、二本の腕で這い回りながら犬の体を引き摺っている。
炎の残滓は既になく、撒き散らされた液体から蒸気のようにモヤが立ち昇った。モヤは意思を持った蛇なように燻らせながらライカンを狙う。その触手のような切っ先を狐が鷲掴みぶちぶちと引き抜く端から燃やしていく。
「あれが本体だ。覚えているかい? あれを引きずり出すんだ」
見るだけで嫌悪感がふつふつと沸き立つそれにライカンは鼻に皺を寄せながら、迫るモヤを薙ぐように脚を振り上げた。
ライカンの両膝から下は生身の脚はとうに失われ鋼鉄の義足が嵌められている。
重量のあるそれを振り抜けば、風を切る鋭いおととともにモヤが弾け飛んだ。到底術師としては思えないような戦闘スタイルに狐はぱちりと目を瞬かせながら無造作にモヤを払った。
「ふうん、そっちの方がカッコ良いね」
「ッ
……
!」
ぴく、と小さく面の下で眉が跳ねたことを隠すようにライカンは荒々しく足元のモヤを踏みつけた。地面を砕くような勢いのストンプに狐は、はは、と小さく肩を揺らした。
その間にも着々とモヤを打ち払い、異形との距離を詰めていく。犬の体を引き摺るそれは機動力が落ちており、どこか焦りの表情を浮かべながら後退りをしている。
端から逃がすつもりもなく、また許された逃げ道もない。目前に炎が迫り、ヒ、と引き連れた声を漏らしたそれの横っ面を尖ったライカンのつま先が抉るように蹴り飛ばして何かが砕けるようなぐしゃりという音を響かせた。
『ィ゙、ダ、イ゙
……
!ァ゙ア゙アア
……
!!』
耳障りな声を上げながらそれは、ライカンに蹴り飛ばされバウンドしながら転がった。崩れた顔を両手で押さえ、悶え苦しむそれの下肢に数枚の捕縛の札が貼りつき地面へと縫い止められた。
ア゙、と口の端から黒い液体を零しながら見上げた男は、光る青色の目に射抜かれた。はくり、はくり、と口を動かして何かを喋ろうとするその頭が、がしりと鷲掴みにされる。
『ぎ、ーーーーッ"!!!』
万力のようにぎちぎちと頭を締めつけられながら、男は引きずり出されていた。目がぐるりとひっくり返って、口の端から泡立つ液体が溢れていく。
伸びた腕が硬直して、背骨が反り返る。首から下はひょろりとした皮と骨だけの、引き伸ばされたような半身が犬の体から現れて、やがて完全に抜け落ちる。
『だ、ずげ、だずけ、で』
「
……
お前が手にかけたあの子たちも、そうやって助けを求めていたかもしれないね」
男の頭を掴んだ狐の手の下から、ゴウ!と炎が燃え上がった。青く澄んだ炎はまたたく間に男の全身を覆ってバチバチと弾けるような音を上げた。
炎の中、男はすがるように狐に手を伸ばす。そのガタガタに歪んだ爪の先が触れる瞬間。鋭い蹴りが腹部に突き刺さりそのまま吹き飛んだ。
地面に叩きつけられた男は、ガラスが割れるような音を響かせながら粉々になり、やがてすべてを燃やし尽くされて塵のひとつも残さぬまま消えてしまった。
残るのは狐と狼、それから頸のない犬の体のみだった。
ほう、とライカンはゆるりと息を吐き出した。狐がいなければ対峙することすら困難であった、神になりそこなったもの。その抜け殻を見下ろしてどっと体の力が抜けた。
普段は使わない力の使い方をしたせいか、疲労感が四肢の先にまで広がっているようだ。それでも、本来の役目を思い出しライカンは戦闘の最中どうやら無事であったらしい大きな箱を拾い上げた。
狐は公園の中にある砂場へと向かうととある一点を深く掘り始める。砂を掻き分けて、深く、深く。
やがて幼子がすっぽり埋まるほどに深く掘られた穴の底から何かを大事そうに抱え上げた。
「ぬしさま、箱を」
ライカンは少しばかり形が崩れたリボンを丁寧に解き、蓋をずらす。大きな箱の中に入っていたのは大きな犬のぬいぐるみであった。丁寧に頸の辺りで切り取られ、足の間に置かれた頭には青い硝子の目が嵌められている。
上等な毛並みと、足先の爪まで精巧に作られたそれにライカンは思わず感嘆の声を漏らした。これほどの出来栄えであれば遠目で見れば本物に見間違えてしまうかもしれない。
ニコと呼ばれた何でも屋の少女が苦労したと言っていたことがひしひしと実感できた。このクオリティのものはそう簡単には手に入らないだろう。
「あなたは体を。僕は頭を。手順の方は大丈夫かい?」
「ええ、お任せください」
ぬいぐるみの体部分を持ち上げて、ライカンは犬神の一部であった黒い犬へと向かった。労わるようにその身を撫でれば、捕縛の札は紙切れのようにはらりと落ちる。
傍らに膝をつき、ぬいぐるみをそばに寄せたままライカンは狐に手渡された小さなヒトガタを指先に挟み細く、息を吹きかけた。
『エル。エル、おいで』
ヒトガタから、淡い光が漏れてそこから柔らかな声が響く。
優しさを多分に滲ませて、愛しそうにエルと呼ぶ女性の声に犬の体が小さく揺れた。
エル、エル。と繰り返されるたびに犬は震えて、垂れた尾を揺らしながら体を持ち上げた。切り落とされた頸が何かを探すように蠢いてそれから光に誘われるまま歩き出す。汚れが洗い流されるように黒が落ちればその下から覗いたのはぬいぐるみに良く似た毛並みの体であった。
声に導かれるまま犬はゆっくりとぬいぐるみに体を擦り付けた。糸が解けるように犬の体が徐々に消えていく。ぬいぐるみの中に潜り込むように、交わる様に。優しい声に名前を呼ばれながら犬の体はとうとうライカンの前から全て消えてしまった。
すっかり光の消えたヒトガタをゆるく握り込み、目を閉じる。刹那、脳裏に女性の足元を駆け回る犬の姿が見えてライカンは、ゆっくりと瞼を押し上げた。
今見えたものは、かつての犬の記憶だろうか。それとも、こうであれと願う己の淡い希望だろうか。
「ぬしさま。それは夢だと思えば良い。どこかで見た映画の一幕でも良い。他者の未練は、背負うものではないよ」
肩を叩かれてライカンはのろのろと狐を見上げた。ぬいぐるみの頭を大事そうに抱えた狐が、柔らかに笑っている。
「願うことも、やめるべきでしょうか」
「
……
いや、願いは祈りだ。祈りはやがて救いになる。それはいつか、あなたの元へ戻って来る。だから、それは止めない」
「そう
……
ですか」
「そうだよ」
狐は頭をライカンに預けると太い針を取り出してそこに糸を通していく。淡く光る糸は狐の力を撚り込んだ特別な糸だ。しっかりと糸が通された針をライカンが受け取り、ぬいぐるみの頭と体を少しずつ丁寧に縫い合わせていく。
「
……
あの男は何だったのでしょう」
「あれはね
……
ま、救いようのない魂だったね。そもそも失敗しているとは言え呪術に手を出した時点でその魂は穢を纏うんだ。一生洗い落とせない穢をね」
恐らく男は世を恨んでいた。自分より優れた周囲が憎くて堪らなかった。努力することもなく、ただ恵まれないと嘆いているだけの男だった。
ある日、彼は呪術の存在をどこかで知ったのだろう。犬神の製法を試して見たくなった。迷い犬を何匹か捕まえて、地面に埋めてね。飢えて命絶えるその寸前に頸を切り落とす。きっとこの時に男は失敗したのだろう。
頭を砂場に埋めて、犬神と成るのを待った。しかし失敗した呪術は男の体を蝕んだ。うまく行かないことに対する怒りと憎しみが、無念を抱く犬の体を器としたんだ。
本来、犬神と呼ばれるのは頭の方だ。それが体だけで動いていた。男の憎しみを核としてただ周囲に呪いを振りまく器となってしまった。
「それをどうにか最小限に抑え込んでいたのがこの子だね。この子でなければ無差別に呪いを振りまいてもっと大きな被害が出ていたかもしれないな」
パチン、と頸を一周した糸が断ち切られる。
縫い目がそうと分からないほどに綺麗に繋げられた犬のぬいぐるみは今にも尾を振りながら鳴き声をあげそうな程に生き生きとしていた。
「まあ、あれのことなど知ろうとも思わないし、知りたくもない。何であれ呪いに手を出したことは間違いない。ぬしさまも、呪いなんてものには手を出さないことだ。呪いたいほどイヤな相手がいるなら僕に言ってね」
「
……
もし、あなたに頼めばどうなるのでしょうか」
「そりゃあ、祟ってあげる、かな」
口を噤むライカンの前で、狐はぬいぐるみを大事に抱え上げて飛び切りの笑顔を見せた。
「帰ろうか、ぬしさま」
「
……
ええ、帰りましょう」
きら、と輝くぬいぐるみの目を見ながらライカンは懐中時計を取り出した。周囲を隔てるベールが静かに霧散して、眩い世界が眼前に広がっている。
鬱蒼とした空気が全て払拭された四番街の空を見上げて、すっかり青年の姿に戻った狐の背を追いかけた。
◆
「そういえばあの時のぬいぐるみは、いかがなされたのでしょうか?」
ライカンが用意したクッキーをせっせと口に運んでいた彼の眷属たる三尾の狐は、何個目かそれを摘んだまま虚取りと目を瞬かせた。
迎え入れるために開いた口はそのままに、ぱちくりと瞬きしてそれからうろと視線を彷徨わせる。
「
……
言ってなかったかい?」
「
……
そう、ですね。私は何も聞き及んでおりませんが」
ライカンの太い尻尾がだらりと垂れ下がったのを見ながら狐はクッキーを口に放り込んだ。砕ける音を響かせながら、うーん、と小さく唸る。
「この前あなたが、あの子に会いに来てたからてっきり知っているものだと思ってたんだ」
ごくりと飲み込んで、それから口内を潤す紅茶を飲んで。少しばかり気まずそうに狐はライカンを上目に見た。
当初より随分と態度が軟化した狐の詳細な心境の変化は分からないが、嫌悪の感情を向けられないことは素直に喜ばしいと思えた。
即時解消のできない関係ゆえ、良い付き合いを続けていけるに越したことはない。ライカンよりもよっぽど力の強い狐の妖だ。力を借りることも今後多々あるかも知れない。
ライカンは記憶を手繰るように顎に指を当てて、ふむと頷いた。
ぬいぐるみに会いに行った記憶などここ最近ではまったく心当たりがない。そもそもどこにいるかも分からないのにそれを目当てに足を運べるはずもなく。
「
……
申し訳ありませんが、まったく心当たりがなく
……
」
「ぬしさまは、感知が苦手そうだものね。じゃあそうと知らずあの子に会って、話をしてたのか」
確かに感知の類は苦手である。人の気配には敏感であれど本質を覗く力は現在損なわれてしまっている。狐が側にいなければライカンに見えるのは、目を凝らしてようよう捉えることができるぼんやりとした今にも消えそうな煙のような輪郭のみだ。
「うん、じゃあ会いに行こうか。結んでおいても損のない縁だしね」
狐はすっかり綺麗になった皿とカップを前にして、にこりと笑って見せた。
ライカンが狐に誘われてやってきたのは六分街のとある一角。有名チェーン店であるラーメン屋、滝湯谷の斜向かい。小さなニューススタンドの前でここだよ、と指をさされてはっと目を開いた。
「前任が忙しくて管理ができない、って嘆いていたからね。僕たちとしてもスクラッチが購入できないのはとても残念だし。じゃあどうしようかって困ってたときにこの子が任せてくれって言うものだから」
「お待ち下さい、その
……
あの時のぬいぐるみが、こちらの方なのですか?」
「そうだよ。見て分からないかい?」
狐は心底不思議そうに首を傾げてライカンを見上げた。見て分かる範囲のことは、ぬいぐるみと同じ色の目をしていること、それから同じ毛並みだと言うこと。それくらいだ。否、彼から漂う気配は確かに生者のそれではなく、あの時公園で触れた頸のない犬の匂いによく似ていた。
いや、まさか。と、ライカンはまじまじとニューススタンドの主を見てそれから狐を見て、またニューススタンドの方を見た。
カショカショと給水ボトルから水を飲む姿は言われなければそれがぬいぐるみであったとは分からないほどに、リアルな犬の姿をしている。
「エリー速報を購入したくて必死なあなたと、助けてくれたあなたにお礼がしたくて必死なこの子と、噛み合わない会話をしていただろう? 面白くてずうっと見ていてしまったよ」
「
…
お声がけしていただければ、宜しかったのに
……
」
確かにライカンは数日前にたまたま立ち寄ったこの六分街のニューススタンドで新聞を購入しようとした。しかし店員と会話が上手く行かず最終的に握手をして終わったことを思い出した。
それを見られていたなんて。じわ、と少しばかり羞恥がこみ上げてくるのを何とか飲み込んで、責めるような口調で隣の狐を見下ろした。
当の狐はからからと笑うばかりで、ニューススタンドの犬と難なく会話を交わしてスクラッチを購入していた。
「会話ができるのですか?」
「うん? もしかしてあなた本当にこの子の言ってることが分からないのかい? 少しも?」
「
……
え、ええ
……
お恥ずかしながら」
「ふぅん、そうか。分からないのか。うんうん、それは恥じるべきだね」
狐はどこか意地が悪そうに目を細めて、鼻歌交じりにスクラッチを削り始めた。下から現れたのは三つ並んだ笑顔の犬の顔だ。
あたりだ、と嬉しそうに狐は笑ってそれから店員である犬の頭を擽るように撫でている。
「この子の名前はウーフだ。そこらの人の子よりよっぽど賢くて可愛いワンちゃんだ。よろしくね」
ウーフと呼ばれた犬は嬉しそうに、ワン!とひとつ鳴いてライカンに向かって右足を差し出した。緩く握って、上下に振って。狐に見守れながら彼らはシェークハンドで挨拶した。
「
……
ところで、あなたはこちらにも良く来られるのですか?」
「
……
それも言ってなかったかい?」
「
…………
何も」
狐は、うーん、と首を傾げてそれからまた気不味そうに視線を反らした。
「そこの、えーと
……
ビデオ屋のね、店長をしているんだよ。あ! そうだ、ぬしさま見たいものがあれば眷属割引でお安くしてあげよう! こんなサービスは滅多にしないんだ、良ければだけど、寄っていくかい?」
下から覗き込むように上目がちに見上げられて、ライカンは無意識に尾っぽを揺らした。
ええ、ぜひ、と頷くライカンの背中に、クフンと鼻を鳴らしたウーフが生ぬるい視線を向けていた。
終
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