HQ【治北】ログ

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治北のSSまとめです


七夕の日


※絶賛片思い中の侑→日を含みます



「なんや、あいつネタに走らんかったんか」
「ギリギリんなってヒヨったんすわ」
「ははっ 意気地なしやなぁ」
閉店時間はとうに過ぎ、店内はがらんとしていて自分と北さんの声だけが響いている。
お気に入りのお猪口でちびちびやっている日本酒で頬をほんのり赤く染めた北さんは、先ほどから七夕飾りを丁寧に眺めていた。
「お前もお前で"商売繁盛"て。絵馬やん」
「いやーいざ書け言われたら難しくないですか?」
「まぁそうやなぁ 俺も人のこと言われへんわ」
そもそもこの願いごとを飾る風習ってどこからきてるんやろ。確かに絵馬との違いがわからない。願う相手が違うとか?と、疑問に思ってもどうせ調べずに終わるのだ。
昼間、下校途中の小学生に「夏の大三角形知ってる!?」と話しかけられたのを思い出す。習いたての星の名前を自慢げにつらつら述べて、今度林間学校でそれを見つけるのだと言っていた。確かその内の2つが織姫と彦星だったはずだが忙殺されて全く記憶がない。そしてきっとこれも調べないまま終わる。
北さんなら覚えてるかな、と愛おしい丸い頭を眺める。視線に気付いたその人に「手ぇ止まってんで、はよ終わらせや」と指摘され、「ウス!」と思わず部活みたいな返事をして渋々苦手なパソコン作業に戻った。北さんが「あの頃みたいやな」と笑う。酒で濡れたその唇に早く吸いつきたいのをぐっと我慢した。
俺たちは今でも確かに先輩と後輩で、けれど昔と違うのは恋人同士であることだった。
だから、この前の侑の心情は――あまりわかりたくはないが――よくわかる。
侑は進展あったんか?」
北さんはいつの間にか席に戻っていて、肘をついて俺を見上げていた。
今エスパーかなんか使いました?」
「わかりやすすぎや」
「えー怖。うーん、今一歩て感じっすかねぇ」
「相手が相手やからなぁ」
「でも全くのゼロでもない気がするんすよね」
侑はチームメイトに恋をしている。顔に『好き』と書いた貼り紙が見えるぐらい、それはもうわかりやすかった。
びっくりした。高校の頃はチャラいくせに(同じ顔してる俺が言うのもあれやけど)人を寄せつけたがらず、気を許していたのは部活の仲間だけだったあいつが自ら他人を構おうとしているのが信じられなかった。
意中の相手、日向翔陽という男は侑と真反対だった。コミュニケーション能力が高くて、それはバレーのためにブラジルで武者修行する際身につけた語学によってさらにパワーアップし、侑と同じチームに入るやいなや目まぐるしい活躍をしてファンを魅了していた。
自分の店には侑に連れられ何度か来てくれた。バレーをやめた自分のことすらちゃんと覚えてくれていて、「あー確かにこれはオチるな」と確信した。
だけど残念なことに日向は侑のことをただの気のいい先輩としか思ってなかった。それを時々店でメソメソされるのは鬱陶しいことこの上なかったが、あのバレー以外ポンコツな片割れがマシな人間になれるのであれば応援してやらんでもない、と思って仕方なく話を聞いてやっている次第だった。
「脈ありってやつか?」
「や、まだわからないんすけどね、日向自炊するから料理の話をすることがあって、この前もそうやったんですけど実家の味付け聞いてきたりするんすよ」
ようやく入力を終えてパソコンの電源を落とした。お猪口を片付けようとする北さんを制してそれらを取り上げ流しへ置いた。
それは侑に作ってやりたいってことか?」
「多分?」
ふたりして首をひねる。その姿がなんとも滑稽で我慢出来ずに吹き出せば、北さんも同じだったようで「何してんねやろ」と笑った。

全ての片付けを終えてカウンターから出た。笹の前にいる北さんの腰を抱き寄せ「お待たせしました」と頬に口を寄せた。
自分だけ幸せでえぇんかな、とか思とるか?」
真っ直ぐな綺麗な目で見つめられる。ああその目好きやな。たまらず唇にキスを落とした。
「そんなことは思てないです。けど、いつまでもグダグダされてたら張り合いないからはよくっついてくれとは思います」
そぉか。なら尚更お星さんに届いてもらわんとな」
「え?」
北さんが笹と壁の隙間に手を入れた。何事かと手元を覗いたら、1枚の短冊が出てきた。

『あのこがふりむいてくれますように』

悲しいぐらい知ってる字ぃや
「バレへんように全部ひらがなで書いたみたいやけどバレるっちゅうねん」
「ていうか星より先に俺らに見つかってどうすんねん」
苦笑する北さんの隣で頭を抱えた。短冊をもう1枚欲しいと言われた時に薄々勘付いてはいたが、まさかこんな子どもみたいなことを
「どないしましょうかこれ
「目立つところに飾ったら発狂するんちゃう?」
北さん面白がってるでしょ」
バレたか、といたずらっ子みたいに笑う頬にもう一度キスをした。
侑の短冊は、発狂したあいつは手に負えないからと本人の意向に沿って元あった場所に戻した。

「そういや北さん、夏の大三角形って覚えてます?」
「こと座、わし座、はくちょう座やっけ。それがどうしたん」
「うわやっぱ覚えてはるんや。昼間近所の小学生に聞かれたんすけど俺全然覚えてなくて」
車の中はサウナみたいに暑くて、今日も熱帯夜かとうんざりする。空気の入れ替えも兼ねて窓を全開にするが無意味だった。
「林間でみんなで見るらしいです」
「へえ懐かしなぁ」
「もしかして北さん家から見えたりします?」
やっと冷房が効いてきて窓を閉めた。信号待ちの時ちらりと北さんを見れば、涼しい顔をしてるのに首筋の汗がまだ引いてなくてこれから潜り込む熱情を思い出してなんとか堪える。
「街灯ないし雲がなかったら見えるかもな、方角調べなあかんけど。なん、侑のん願ってやるんか?」
「ちゃいますよ、よその男なんてどうでもいいんです。ただ単に見たいんです、あなたと」
赤信号で停まったタイミングで名前を呼ばれ、顔をそちらに向けると唇が合わさった。
「じゃあ、お前の幸せ願わせて」
「そういうのは、ふたりで願うんですよ」
せやな」

目的地まであと少し
熱帯夜の中くっついて空を見上げる自分たちは
今この世界でいちばん幸せだと笑う