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sunny_seven224
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HQ【治北】ログ
HQ
治北のSSまとめです
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25.4.19 ワンドロ「コップ」
「
…
水いります?」
「
…
ん、もらうわ」
日頃の疲れを癒してくれている座椅子は今は高校の先輩であるこの人のもので、酒のせいでぼうっとする体を背もたれに預けていた。
空になった缶やペットボトルを集めて台所へ持って行く。缶は半分に潰してペットボトルはラベルをはがす。資源ゴミって次いつやったっけと酒のまわった頭を巡らせた。
吊り戸棚からコップを取り出す。赤や黄や青といった色ががちゃがちゃした派手なガラスのコップ。お客さんに出すには少々ためらう柄だが生憎手頃なコップはこれぐらいしかない。
「
…
悪いな、片付けさせて」
「全然いいすよ、てか俺ん家やし」
そぉか、と小さくつぶやきその人は一気に飲んだ。
ごくごくと喉が上下するのを俺はじっと見つめる。意外とでかいその喉仏は、この人が正真正銘の男だということを改めて思い知らされるには充分な代物だった。
北さんが彼女と別れた、というのを知ったのはついこないだのこと。
バイト先の居酒屋に稲荷崎の面々がやって来て、注文を取りに行った際に聞かされた。
勤務中だということを忘れ、前のめりになってなんで別れたかを聞こうとすると「お前仕事中やろ」と先輩方に咎められたので、「今度ちゃんと聞かせてくださいよ」と渋々その場を離れた。
そしてそれは、思わぬところで北さんの口より先に知ってしまう。後日、その別れた彼女が友人を連れてノコノコと店に現れたからだ。
元彼女は、正直なんの特徴もないそこらへんにいる人だった。
そんな記憶に残りづらい人の顔を覚えているのは何度か北さんがここに連れて来ていたからで、さらに俺の場合は北さんに対して片思いってやつをもう何年も拗らせてるからだ。
「え、信介くんと別れたん!?」
件の元彼女の友人はアホみたいな声量で驚いていた。プライバシーっちゅうのを知らんのかこいつ。
「ちょ、声おっきいて」
「なんでなん!?うまいこといってたやん!」
2人はまだ学生の身でありながら結婚を視野に入れて付き合っていた。それもこれも、北さんの家業のことがあるからだった。
「
…
や、うん
…
そうやねんけど」
「この前実家行ったんちゃうん?」
「うん
…
」
煮え切らないその人にイライラしながら他の席へ注文を取りに行った。
そして、元彼女の席を通り過ぎる時に耳にした言葉に俺はさらにイライラすることになる。
「私、あの家を守れる自信ない。おかあさんとおばあさんと一緒に台所立ったけどなんにも出来んかった。おねえさんも色々出来はる人でちょっと怖かったし」
その時彼女と目が合った。
驚いた顔に思い切り笑顔を贈ってやる。
そのあとの青ざめた顔は、一生忘れられない。
友人の「あの人あんたに気ぃあるんとちゃう!?」という的外れな茶々にしばいたろかと思ったことも。
数日後に北さんから「飯行こや」と誘われて、あの場で俺が聞きそびれた別れたいきさつをちゃんと教えてくれた。先に聞いてしまったことは黙っておいた。
北さんはいつもと変わらない表情で淡々と反省を繰り返していた。北さんばかりが悪いわけではないのに、こうも自分を否定されてはこっちが悲しくなってしまう。うちの大将に何してくれてんねんと、あの女に怒鳴り込んでやろうかと思うほどに。
だって俺は、一生叶わない。
あるいは、敵わない。
終電に間に合わないと言うのでここぞとばかりに「うちで飲み直しませんか」と誘えば「じゃあお邪魔しよかな」と意外とのってくれたので、初めて朝まで一緒にいられることに内心めちゃくちゃ喜んだ。
…
まぁ、浮かれてんのは俺だけやけど。
「えらい可愛らしいコップやな」
「あー
…
」
飲み干したコップのふちをやわやわと触る北さんに、なんとなく気まずい思いをする。
ド派手な柄がついたそのコップは、とあるテーマパークで買ったものだった。
実家にはその手のコップが山ほどあった。
というのもデートでそういう場に訪ればだいたいの女子が「お揃いで買おうや」と言ってきたからだ。
それは残念なことに侑の歴代の彼女たちも8割がた一緒で、そうしていくうちにどんどん自分たちの趣味じゃないコップが溜まっていき、ついにはオカンがブチギレて「こんなぎょうさんいらんわ!あんたらが家出て行く時絶対持って行かすからな!」と、家を出る時本当に押し付けられたのだった。
「あははっ "思い出なんかいらん"やな」
「腹立つことに使い勝手はいいんすよねぇ」
…
きっと元彼女たちはとっくに処分してしまっているだろうが。
「なんで女子ってなんでもお揃いにしたがるんすかね」
ぽろっと口から出してしまったのを後悔したが遅かった。
「
…
俺らは、お揃いのもんは買わんかったなぁ」
コップを見つめる目は、なんとなく寂しそうだった。
「
…
別に、無理してお揃いのもん持たんでもよかったんちゃいます?」
「俺がそういうタイプじゃないやろうって、お揃いにしたくても遠慮して言わんかったんやろな」
そうじゃない。あの人はただ単に、自分の意見を言えない意気地なしなだけやったんですよ。
…
とは、口が裂けても言えない。
「悪いことしてしもたわ」
ふぅ、とため息をついてテーブルに突っ伏す。
「
…
そんな、急がんでもよかったんとちゃいますか」
「
…
ばあちゃんがな、めっちゃ喜んで張り切っててん」
くぐもった弱々しい声。ああ、やっぱそこなんや。
「
…
何回も言うのあれですけど、ほんまそない急がんでもいいと思いますよ。やって北さんまだ学生やし、学生の時期にしか出来ひんことかってあるやないですか、今日みたいに終電逃すまで飲むとか。
…
すいません、偉そうなこと言うて」
「はは、ありがとうな」
酒のせいで赤くなっている目尻を下げふにゃっと笑った顔に、俺もつられて笑った。
「大人んなったなぁ、治」
「親戚のおじさんみたいなこと言わんでください」
「アホ、まだピチピチや」
ぺしっと俺の二の腕をはたく手を握った。
「寝るんなら布団で寝てくださいよ」
「うん
…
」
「
……
俺が女やったらよかったのに」
「あはは、美人さんやろなぁ」
「
…
北さん、」
静かな寝息が聞こえてくる。
手はまだ握ったまま。
ああほんまに女やったら
コップお揃いにしたいとか、言わんのに
鼻の奥がツンとしたのに気付かないふりをして、唇をそっと額に落とした。
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