akinoshiroihana
2025-05-11 21:07:55
14727文字
Public
 

ノーマルぷらいべったーゲッターネタ倉庫03



したのうえほどけるもの3/3


御岳には「 」が住む。麓の町で、長く暮らすらしい住人に聞けば、訳知り顔からそんな言葉が漏れる。一体全体何の話かときけば―――

*
いったいぜんたい何を食ったらこんな生態系破壊みたいなのが出てくるのだろう
解剖してみればわかるかな、などとのずれた思いが彼の頭をかすめた。

流拓馬が口から白い風船のようなものを吐き出して見せたときの話である

「なんだそれは、最近街で流行の威嚇の仕種はそんなものか」
出会ってすぐにあった「人か蜥蜴か」の問いを思えば、軽々しい挑発をそうではないのだと主張してねじ込む男であったし、蛙どもの中にはたかが威嚇のために内蔵をも吐き出してみせるのもいるから。そう聞いてやれば相手はむぅ、という顔になった後直截な反論を押し留めるようにし、苦笑した。
「違う違う」
このあいだ町に降りたときに駄菓子コーナーで見つけてよ、懐かしいんで買ったやつさ、そういや最近はフーセンガムふくらます子供も見ないかな、じゃああの子達何が面白くってガム噛むんだろ
言いつつポケットを探り、ちぇ、もうこれしかなかったかなと考える仕草の後で、彼は大ぶりの飴玉らしきをずいと突き付けた。
「やる。青リンゴキャンディの中がガムになってるやつだから気長に舐めとけ、いつかみたいな短気起こすなよ」
暫く反応がないのにじれたのか、しまいにはその包み紙を剥いて。

「そんな次第です」
青い林檎を名乗るには大分甘ったるい匂いを纏った青年が、歳を重ねた銀髪の上司にそう語ったのはハンガーでだった。
「感想は?」
「俺の身体には向いていないようです、口内の粘膜が水分を取られ過ぎて、軽微ながらダメージが」
「そうなるのは地上人類も同じだ」
「そうなのですか?」
ころ、と口の奥、大きすぎる飴玉をもてあます音がする
「お前にそういう菓子は買い与えなかったし教えなかったからな、そういえば。昔は喫煙者が煙草の代わりに口にしたり、時代が下って子供達の好むものとなったり、その間ずっと私は忙しかった。」
あいつも――あれの父もだから、ついぞ嗜まなかった、駄菓子を持ち歩いてコックピットに営巣するなといわれていた奴はもうひとりの方と、そういえばもっと後で――ふん、武蔵だけでもなかったな、そう、そうだった

しかし「林檎」をお前にか
ええ、軽率に爬虫類呼ばわりした相手に。林檎は蛇が人を誘惑するための果実ではありませんでしたか、鱗ある民に寄越すとは
そこまでの知識も深い考えもあるまいよ、そういうところはあいつに近そうだーーーあいつを気に入った人物ならば、我が子のその辺りに浅知恵を着けてみたいとも思わんだろう
浅知恵、この糖蜜層みたいなものでしょうか?
どうした厄介かお前としたことが
……少なくとも蛇はイブに、最初の猿の女の口にリンゴを突っ込んだわけじゃない、どんなヴァリアントでも

そうだな、それはそうだ

カムイ

*

司令ブース周りのかすかな、しかしらしからぬ香りに気付いたのは拓馬だけではないようだった、しかしそれ以上の反応は見せない、そんな"慣れた"気配を拓馬は感じた。白い人影は光を集めつつ光を飲み込むように、そこだけ異質に重く、孤立しても見えた。

「知ってる?リンゴは案外よく匂うって」
貘のとこの教団は集団農業ごっこもやってたから、いい風が吹くとちょっと離れててもわかったし、まだ早い干からびきらない薪からも甘い匂いがしたよ
「あんたから、そういういい匂いがするんだけど―――
「『うちの大事なカムイちゃんに勝手にお菓子をあげないで!』」
そう言ってどこぞの母親に目を三角にされたことはないのか?アレルギー反応だとか。
えっ、うあ、スミマセン?
予想外の甲高い作り声に文字通りたたらを踏みかけた拓馬の目の前で、白い風船が現れぱちんと弾けた。

男が研究所を離れてからの月日には謎が多い、自衛官の肩書を併せ持った時期もあるという。元より備え持っていた規格外の戦闘力や統率力、人心掌握術等を研ぎ澄まし、その身に帯びて帰ったと、一科学者で済まない得体の知れなさはそれであると
「なっ、なんだよ、母ちゃんかよあんた」
ああなんだ、気が抜けたじゃないな、削がれちまった、さすが上手い事やるもんだね
「それ、俺の親父とでもやってたのかな
 なんだかあんたにはしっくり身についてねえ仕草だ」
「いいや?」
あいつとはしなかったよ、ゲッター乗りではあったが、もっと後の、違う奴だ。違うくせに、あいつの場所に座り、あいつと共にいってしまった奴———いや今はそういう話ではないな、風船ガムの膨らませ方を私に教えてくれたのはそいつだ。

竜馬の方といえば、あいつの人付き合いの根はお前よりもっと困窮し孤独で、得たものは朋友程度ではなく自分の命と同様に近くも覚悟と共に触れてくるものだった。その距離を何と呼ぶかは人によるし、同じ人の中でさえ移り変わった部分があった。

そう言いつつ、引き出したクリネックスで口許を覆い、それをゴミ箱にぽいと捨ててしまうので、あっという小さな声が上がった

「なんだ、まさか返してほしかったか」

「風船の作り方は、お前が教えてやるといい」
あの子がそれを望む時がきたら
「そういわれても、もう一方的に教えちまった気がするんだ、どうやって遊ぶものなのかは先にさ」
そう言われた神隼人はふと目を伏せやれやれと呟いた
イブが口にしてしまった林檎を彼女を一人にしないために受け容れる甲斐性ある最初の男アダムを書いたのはミルトンだったか、さて―――

*

御岳には蛇神様が住むーーー麓の町で、長く暮らすらしい住人に聞けば、訳知り顔からそんな言葉が漏れる。

嘗ての「事故」は、天明の噴火もこのようなものであったのかという地響きと揺れで近隣を驚かせた後、研究員のみならず隣接して居を構えていた関係者家族までもがすべて消失ーーーもしくはその遺骸を人の目にはそうそう触れさせられぬ事態となった模様であり、ただふたりそれを逃れたという若者が「石棺」に戻ってきたと思えば、再びの地の鳴動の終わった後、そのうち一人はそれきり戻らなかったと彼等は漏れ聞いた。

多分おっかなくてどっちの時も空を見上げなかった爺さん達情報なんじゃねえかな、俺にもよくわからねえが、そういう感じがこの辺に来る、とはこめかみを撫で擦る貘の言である。

ただ一人になって出てきた若者ーーー男がいつかまた戻り、廃墟の傍らに似たような居を構えさせ、その奥に姿を消す頃には、嘗て山から吹き下ろす風になびかせ輝いていた長い黒髪には霜が降り、側には奇妙な白い子供が付き従っていたという。その類似は土地に伝わる嘗ての災禍の逸話とも混ざり合った、観音堂を目の前に、母を背負って火砕流に飲まれた親子のそれなどとも。

白髪の男のかつての皮肉も涙も怒りも絶望も臆病もかすかで穏やかな笑みもただの一度であれ居合わせ目にした者がもはや誰一人残らず消え失せた今となっては
麓の者は、全てを秘密にされたまま時を過ごす彼らは知った風に言う
御岳には白い蛇神様が子を連れて入られて久しいと。蛇神様達に何かあれば、御岳は再び裂けて赤い災いが現れようと

目撃者は証人はもはやあの霊山の祭祀か閉ざされたままの謎怪異恐怖の欠片
あの日のあの青年は、その数十年はもはや還り巡る道を途絶えて
いくつもの別れと苛烈と、あわれみと紛ういつくしみが燃え

山が再び震えたその日

そのひとの名を、長すぎる孤独がいましがた終わったことを、思い出せるものもいなかった



(了)