akinoshiroihana
2025-05-11 21:07:55
14727文字
Public
 

ノーマルぷらいべったーゲッターネタ倉庫03



したのうえほどけるもの1/3


霜月、早暁
新聞と牛乳配達の他は生活音の続き始める少し前、
研究所エリアからは石油ストーブの燃焼臭とそれを含めた油と埃の臭い、強い熱気とそれをも圧倒する浅間山麓の厳寒。同地方の積雪量を思い出すまでもなく温度差のみでも建物は時折音を立てて軋み、厚い窓ガラスもその密閉力不足で甲斐無く向こう側の風の音を漏れ聞かせる。
三機のゲットマシン周囲以外は気密性さえこころもとなく、あまりなところで隙間風までが生じては水を張ったバケツに投げ入れられた吸殻の悪臭を生活スペースにまで吐き出した。

気合の入った汚ねえおもちゃ箱
そう評したのが誰かといえば。

ちゃっちゃっと暗い廊下に響くのは、冬場は屋内に保護される四足歩行動物の、少し長すぎるままになった爪の音。それがどこかのドアの前で立ち止まり、後ろ足で立って器用にドアレバーを押し開けたらしい音、そして淀んだ朝の空気と共に、獣は暗い部屋に忍び入る。

「あぁん?……おわ!」
……ん、」
「おい!いま『ロボ』がアイサツしにきやがった!ひとの胸の上にチョコンてお手しやがって、ニコ~って顔で」
なんだあれすげえ可愛いと騒ぐ戦友をよそに、彼はのろのろと同じベッドから身を起こす。散歩のおねだり手抜きしやがって、なのか、この野郎と匂いが混ざりでもしてきたってか、ゾッとしねえ、なのか、なにごとか呻く様子とともに。

朝の散歩の催促をされるのはもっぱら隼人だった、犬自体にあまり良い記憶がないらしい竜馬と、ルーチンとして一定時間一定コースを歩かせコマンドとともに排泄をも促すのが当然の愛護精神の人弁慶━━━本日は外出許可をもらっている━━━に比せば、彼は「いつも朝早くと夜遅くにつよく」て、「結構好き勝手やらせてくれるやつ」認識らしかった。

おいおい外はくそ寒いってのに、出かける前にそれかよ
そう言う竜馬の言葉を一蹴してまず熱いシャワーを浴びに行ってしまった隼人を、犬は白々とそこだけあかるい浴室の入り口にきちんと座って待つ。たまに人間達の会話に自分の名や「散歩」の単語が混じると太い尾を振ってドアに音を立てて打ち付けながら。「なんだかすっげえキラキラしてやがる」目で。
ラボで疲れて風呂から出た時、そういうわくわく顔して待ってんのがそいつだったらまだいいんだけどよ、とのぼやきはタイルを叩くシャワー音と湯気の向こうに消えた

おいよせなんの真似だい
ゆうべの豆。

隼人がシャワーから出て濡れ髪を拭っていれば、ぽりぽりと固い音がした。洗面所にまで投げ込まれていた節分の豆に犬が気付き、勝手な拾い食いを厳しくたしなめる弁慶相手でもないと上目遣いでこちらを見るのに、裸身の彼は脱衣所のドアを開け「勝手に拾ってこい」と自分達の寝室に先に帰したわけだが

ミチルさんが掃除してくれてる部屋だし、別にそんな汚なかねえだろ
絨毯の上に胡座で座り込んで、犬と競争で拾い集めたらしい炒り豆をお座りした犬と顔を突き合わせ、二人して予定外のおやつとばかり食っているのは。火が入ったばかりで熱を持たない古びた石油ストーブのごほごほした燃焼音、石綿の焼ける臭いを背景に。
お前はまぁ、ときどき見ててあわれになるような酷い真似をするね、と隼人は言う。
なんだよとの声があがる

大学の仲間に連れられて山で戦争ごっこのキャンプ訓練してきた従兄が、夜明けはこういうトコに霜が降りて滑るから気を付けろって、バカ丁寧にエスコートしてくれたことがあってよ
へえ、そいつ朝駆けの経験もなかったってことかよだいじょぶか……あー、大丈夫じゃなかったあのアイツかなあ、と数ヵ月前のできごとに、たまに触れはするがなんということでもなかったかのようにあしらう間、犬は地表が露出する南側の原で枯葉に鼻を突っ込み、トイレもまだのくせに"いい感じの棒"を見付けてしまい、はしゃいでいる。後になってもよおしてきたら、またおおさわぎするくせに、とは言いつつ、隼人はこういうとき命令のことばを投げようとしない。ついてきた竜馬もなんとなくそうした。
「あの時はてっきり伯父貴があいつを女性の一人も相手にできる大人にしようと付属の大学に放り込んだのかと思ったんだが」
「どっちかってえとあの当人さん、おまえにいいとこ見てほしかっただけに見えたぜ」
見直して受け入れて嫁にでも来てほしかったんじゃねえの
笑えねえからやめようぜ
「母ちゃんみてえに『還りたく』なる相手だっているみたいだからなあ、おれはちがうけど、たぶん」
「乳臭えのとぶっ飛ばしたくなるのと話を混ぜてくれなさんなよ」

———気合いの入った、きたねえおもちゃ箱

降り仰ぎ見れば夜明けの赤らみを確かに帯びつつ明るくなってきた空に、両腕を伸ばすような梅の枝。赤いのと白梅とが一人生えでか嘗てのこの敷地の住人の酔狂でか、ところによっては同じ枝で真紅と純白の花を咲かせている
「ピンクにはならねえんだなこれ」
せっかく混ざったのによ、と続ける竜馬の声にはしかし、昨夜の匂いは残っていなかった、「なってほしいのかい」などと誘う余地もないほどに

「さあね———そういや乳臭いで思い出した、お前さん、待機所の窓際に飲みかけのバナナセーキの紙パック置いたきり十日ぐらいになるだろ」
いい加減片付けないとあれ爪に塗って目耳鼻やるからな
言われた相手はそれのどの部分が恐ろしいのか謎な、うえっという声をあげる
「いや軽井沢まで降りねえとないヤツだったからつい。でも冬場でもいい加減やばいと怖くなってさ、日差しはモロだし」
お前がなにごともなかった感じで捨ててくれねえかとこの二、三日。
馬鹿。

「ほら、お駄賃にこれやるから、帰ったら自分で片付けな?」
「なんだこれ」
「昨日博士と行ってた東京で配られてた新発売のキャンディー、得体が知れないからやるよ」
「うまいからじゃねえのかよ———
『小梅』とかいったかな、そういやあ———あっまずい、ロボのやつ何処行った

少しの間リードを放してもらった犬は、落ち葉を掻き分け何かの死体か野生生物の糞に混じる何かを嗅ぎ当てくちゃくちゃぱきりと噛んでいた。うちには悪食しかいやがらねえ、と肩を落としまた犬を繋ぎ直す隼人の背後で

「あ、これうめえじゃん、なんかお前っぽいし」
との嬉しげな声と、吐息。
「野郎が分けてくれんのは仁丹ばっかかと思ってたらよ」
「仁丹て。おっさんらが持ってる銀玉のあれか」
「おう、ガキの頃からたまに出くわす親父の知りあい連中が持ち合わせてたのはメシ代以外はせいぜいそんなでよ」
「ガムでもなかったのかい」
「食うとこねえだろ、あんなの」

お前はまぁ、ときどき見ててあわれになるような酷いことを言うね、と隼人は言う。
なんだよとの声があがる

好きにすりゃいいさ、ってのと似てるけど違うな おまえのは

―――憐れみと見間違えそうな、いつくしみがいつか育って行ったおもちゃ箱

*

「葬式弁当の梅干しをもっと甘くした感じかな、うまいぜ」
「俺はますます手を出す気がなくなったね」
「んなこと言うなよ———あ、」
「?」
「お前の飴玉さ、歯ァ立てたら、いや、なんでもねえ!ふふふっ」
「そうかい」
未だ凍てついた枯れ葉を踏み分け踏み砕き、遠ざかる足音にことば

霜月、早暁
新聞と牛乳配達の他は生活音の続きがまだ来ない頃
歯を立てて軽く力を込めれば他愛なく砕けてあふれたものは———


おもちゃ箱の中のないしょ話