きなこ
2025-04-22 23:00:36
4741文字
Public ワグボク
 

【ワグボク】ワグナスとスービエの深夜の飲み会

ワグボク
だけど出てくるのはワグナスとスービエだけ。
深夜、ワグナスの執務室で酒を飲みながらボクオーンについて話す二人、という感じの話です。
注意点としては、この辺から原作とは違う展開に進み始めるところです。
原作と同じでないと嫌だ、と言う方は読まない方がいいです。

この辺が同じ世界観の話。時系列順
ロックブーケを泣かしちゃう話。
https://privatter.me/page/677fd5d964219
ワグ・ノエ・スビの関係に嫉妬している話。
https://privatter.me/page/67bb2d30ae48a
ワグボクで過ごす休日
https://privatter.me/page/67e795a669019
ノエルとお話をしている話
https://privatter.me/page/67f3d1eec52df
ワグナスとスービエの深夜の飲み会(これ)
https://privatter.me/page/6807a10425466

 深夜の静寂が執務室を包んでいた。その執務室で、ワグナスは背筋をぴんと伸ばしてひとり執務机に向かい、書き物をしていた。
 窓の外では月明かりが優しく夜を照らし、星々が静かに瞬いている。街から少し外れたところにあるこの屋敷の周りは、まるで時が止まったかのように静かで、獣の鳴き声すら深い静寂に吸い込まれるようだった。
 ペンを走らせる音だけが部屋に響き、その音だけが部屋の空気を動かしていた。
 コンコン。
 静寂を破るような音が響き、ワグナスは紙に落としていたグレーの瞳を扉へと向けた。
「誰だ?」
 問えば、「俺」と答えになっていない声が届いた。
 ワグナスはため息をつきながら席を立ち、扉を開けた。
 廊下に立っていたのはスービエだった。片手に持つワインの瓶を掲げてニヤリと笑う。
「飲もうぜ」
「私はまだ仕事が残っているが」
 眉間に皺を寄せて返すが、スービエは聞いていない。ワグナスの横を抜けて部屋へ入っていく。
「聞いているのか、スービエ」
 広々とした執務室の中央に置かれたソファ前のテーブルに、スービエはワインとつまみを並べた。そして部屋をぐるりと見回して、「グラスはないのか……つまんねー部屋だな」と呟いている。
 ワグナスはため息をついて扉を閉めた。
 ソファに座るスービエの前に立ち、不機嫌を隠さず渋面のままで見下ろせば、彼は肩をすくめて見せた。
「お前、このままじゃボクオーンに捨てられるぜ」
 恋人に捨てられるとは不穏な話題だ。言いたいことは山ほどあったがぐっと飲み込み、ワグナスはスービエの話を聞くことにした。

 ワグナスの執務室には水差しに備え付けられたグラスが一つあるだけだった。仕方がないので、ワグナスはそこにワインを注いだ。スービエは瓶にそのまま口をつけて飲んでいる。行儀が悪いと指摘をしたが、彼は取り合ってはくれなかった。厨房にグラスを取りにいく提案は、面倒だと一蹴された。
「あいつ、なんか色々溜め込んでね?」
 イカの干物を齧りながら、ソファの背もたれに深く身を預けたスービエが言う。
 ソファに浅く腰をかけたワグナスは、背筋を伸ばしたまま首を傾げた。
「ボクオーンか?」
 スービエは頷く。
 ワグナスは手元のグラスへ視線を落とした。グラスを回すとルビー色の液体がゆるやかに波打ち、弧を描く。バラのような芳しい香りが鼻腔をくすぐった。口に含むと、豊かな果実の味と上品な酸味が広がり、わずかに舌を刺激する渋みが残る。
……難しいな」
 ふう、と息を吐きながらしみじみと呟いた。
 茶化す気満々だったスービエの翠色の瞳が、焦燥の色を帯びて微かに揺れた。
「確かに、ボクオーンは、少し気難しいところがあるが……
「ああ、彼がではない。気持ちを伝えることが難しいなと」
 その言葉を聞いたスービエは数度目を瞬かせて、安堵するように息を吐いた。
 何やら心配をかけていることに気付き、ワグナスは苦笑を浮かべる。
 ボクオーンにはワグナスの愛は伝わっていると思う。そして同じ気持ちを彼も返してくれている。だが、特定の話題になると、彼は口を噤む。それは共通して二人の未来に関する話題の時だ。
「天涯孤独と聞いているし、過去に何かあったのだろう。その孤独を埋めることができれば良いのだが……不甲斐ないな」
 グラスを一気に呷ってワインを空にすると、すかさずスービエがおかわりを注いでくれる。
「ふぅん。ちゃんと気付いてはいたんだ」
 侮るな、とばかりに口元に笑みを浮かべた。
 スービエがつまみのチーズを指で弾いて宙に飛ばす。放物線を描いたチーズが彼の口の中に収まるのを、ワグナスは器用な物だと眺めた。
「そういえばさ、ボクオーンがお前に惹かれる理由はなんとなく分かるんだけど、お前はあいつのどこに惚れているわけ? 想像がつかねぇ」
「すべてだな」
 即答すると、スービエはため息をついて「ごちそうさま」と言いながら手をひらひらと振った。
「彼と会話をするのはとても楽しいな。同じものをまったく違う視点で見ているから、話していて飽きない。知識が豊富なので学びも多い。そして、間違いを指摘してくれる。私の顔色を窺って上っ面の賛同してを並べるものが多い中で、 物怖じせずに意見をぶつけてくるところは感謝をしている」
 多分最初に興味をもったところはそこだった。ワグナスの顔色を窺って媚を売ってくる人間とは明らかに違っていたので、目を引いた。
「私の肩にかかる責任を分散させようとしてくれる、その献身もありがたい。知識を得るためのひたむきさと努力をする姿を尊敬もしている」
 次の言葉を発しようとした時に、脳裏にボクオーンの笑顔が浮かんできて、口元が柔らかく緩む。
「それから、普段の鋭い表情があどけなく緩むときのギャップが可愛らしい。――逆に、怒らせた時の見下された視線も癖になる」
「おーい。変な性癖に目覚めんなよ」
 スービエから茶化されて、ワグナスは声をあげて笑った。
「はは。それは冗談として。……たまに、迷子のような瞳をすることがあるのだ。野心を持っているのも、自分の居場所を見つけるためのものではないかと思っている。普段は彼の知恵や策に導かれているが、彼の心を私の愛で導くことができればと願っている。そう思うことは傲慢だとわかっている。だが、それが私の愛なのだと思う」
 スービエは相槌も打たず、黙ってワグナスの言葉に耳を傾けていた。
……彼が知恵を貸してくれると約束をしているのは、クイーンを倒すまでだ。名声を得た彼は自分の目的のために、私の前から姿を消してしまうかもしれない。それが、私は……
 言い淀み、ゆっくりとかぶりを振る。
 小さく息を吐き、震える唇でそっと言葉を落とす。
「怖いのだ」
 スービエは無言だった。神妙な顔をして、つまみを食べている。
「だから、彼にプロポーズをしようと思う」
 つまみに伸ばしていたスービエの手が止まった
 彼を繋ぎ止めたいというほの昏い欲望の灯火が胸の奥底で疼き、じりじりと焦がす。一生彼に傍にいて欲しいと願う。その関係に確かな名前が必要なのであれば、与えよう。
「指輪は準備中だ」
 と言えば、鋭いスービエは何かに勘付いたようだ。翠色の瞳がじっと見つめてくる。
「その店は同僚の神官に教えてもらったな」
「ああ。それをボクオーンに見られていたのは痛恨の極みだった。狼狽を表に出せば終わる、と思って必死に表情を取り繕ったよ。私の気持ちには気づかないくせに、ほんの少しの後ろめたさは敏感に察知する」
 スービエは声をあげて笑った。笑い事ではない。秘密裏に進めようとしていたプロポーズの準備が当人にバレるところだったのだ。しかも、女性と二人きりで行動したのを見られて、あわや不貞を疑われるというおまけ付きでだ。
 彼はワグナスの真意に気付いてはくれなかった。ノエルが気を利かせて「戦闘力アップのため」とボクオーンの気を逸せてくれたおかげもあり、婚約指輪という発想には至らなかったようだ。それは本来安堵すべきなのに、未来を共に歩む道を思い描いているのは自分だけなのかと胸を苦しくさせる。
 スービエの笑い声がやむと沈黙が落ちる。
 彼が自身の後頭部をかきながら足を組み替えた動きで空気が動いた。
「一族の人間は認めねぇだろう」
「彼らに伝えるつもりはないので、問題はない」
「は?」
 スービエの瞳が見開かれる。
 いつもはスービエの奔放さに振り回されることが多いが、今日は彼を驚かせてばかりということに愉悦を感じた。
「クイーンを倒したら、外法である吸収の法を使ったことを理由に、一族を出奔しようと思う」
「マジかよ」
「吸収の法が我々の体にどのような影響を及ぼすのか、まだまだ油断はできない。少し人里から離れたところで様子を見たい。――と言うのは建前で。転移装置で逃れられない民を救済する方法を考えようと思う」
 スービエの頬が強ばる。瞬きすら忘れて硬直していた彼は、やがて奥歯を噛み締め拳を握りしめた。考えるように視線を落とし、沈黙をする。
 そんな彼をワグナスはじっと見つめていた。
 はぁ、と大きく息を吐いたスービエはワインの瓶を手に取り、勢いよく呷る。
 彼は叩きつけるように瓶をテーブルに置いた。据わった彼の瞳にはいつもの軽薄さはなかった。何かの覚悟を決めたかのようにワグナスを見据える。
「わかった。俺はお前と行く」
 視線が合う。彼なら来てくれると思ってはいたが、それをはっきりと言葉にされたことに安堵をして、頷きあう。
「この件に関してはノエルとサグザーには秘密裏に相談をしている。だが、まずはタームの問題の方が先だ。お前はそちらに集中してほしい」
 もう一度頷いたスービエは何かに気付いたようで、苦笑を漏らしながら口を開く。
……俺たちばかりを頼っていると、またボクオーンが拗ねるんじゃないか?」
 ワグナスは唇を引き結んだ。
 確かにワグナスはスービエとノエルを頼りにしている。だからと言ってボクオーンを蔑ろにはしていない。彼の知恵だってもちろん頼りにしているのだ。
 ワグナスはグラスのワインを飲み干した。しかし喉の渇きは晴れない。ワインをどれだけ飲んでも体に染みこまず、全く潤わないで流れていくだけ。それはまるでワグナスの愛を表しているようだ。
 腰を上げて、テーブルの端のワインボトルを手に取った。グラスに傾けようとしてしばし悩み、口をつけて直接紅色の液体を流し込む。
 対面のスービエがギョッとしたように目を見開いた。止めようとした手が宙を彷徨う。しかしワグナスの気迫に飲まれたようで、制止の声は上げられなかった。
 ワグナスは熱い吐息を漏らした。口元を手の甲で乱暴に拭う。
「今は転移装置主体で進んでいるので出番はないが、それ以外の方法を模索するときには、彼の高い分析力と、知識が必要になる。私が成し得たいことのために彼が必要なのだっ」
 頬が赤く染まり、目は潤んでくる。
 ボクオーンは分かってくれない。なぜなのだろうか。どうすれば伝わるのだろうか。
「役割の話だけではない。私は彼を愛しているのだ。共に人生を歩みたいと思っている。だが、彼はそうではないようだ。なぜだ、スービエっ」
 スービエが目元を覆って俯いている。何かを諦めたように頭を振っているが、一体どうしたというのだろうか。
「えーと。……。戦場でボクオーンの策通りに動かなかったりするから、信用がないんじゃね?」
「とんでもないっ。彼の策は誰よりも信用して命を預けている。だが、戦いの中で状況が変われば、やるべきことも変わってくるっ」
「言いたいことは分かるがな。反論する機会も与えないから、蔑ろにされている気持ちになるんじゃないか」
「お前だってこちら側ではないかっ」
「面倒くせえな、お前。からみ酒か」
 大きなため息をついたスービエが近づいてきてワグナスの手から瓶を奪った。
「一方的に自分の意見を言うだけじゃなくて、対話をしろ。ちゃんと話を聞いてやれ」
 スービエにとんとんと肩を叩かれて、促されるがままにソファに腰を落とす。彼は面倒くさそうな雰囲気を纏いつつも、その眼差しは優しく見守ってくれている兄のようだった。
「ボクオーンだって、ちゃんとお前のことを想ってくれてるよ」
 優しげな声音と共に彼の手がワグナスの目元を覆う。つられて目を閉じれば、脳裏に笑顔のボクオーンがよぎっていった。――ああ、会いたいな。毎夜を共にできることを夢を見ながら、ワグナスの意識は闇に溶けていった。