きなこ
2025-04-07 22:23:58
3813文字
Public ワグボク
 

【ワグボク】ノエルとお話をしてる話

ワグボク
ノエルと街を歩いていたら、ワグナスが女の人と一緒にいる姿を見かけて嫉妬するボクオーンの話。
モブ女出てきますが、ワグナスとどうこうな関係ではないです。
以下の話と同じ世界線の話。この世界線のボクオーンは嫉妬深いし、ちょっと繊細さんかもですね。

この辺が同じ世界観の話。時系列順
ロックブーケを泣かしちゃう話。
https://privatter.me/page/677fd5d964219
ワグ・ノエ・スビの関係に嫉妬している話。
https://privatter.me/page/67bb2d30ae48a
ワグボクで過ごす休日
https://privatter.me/page/67e795a669019
ノエルとお話をしている話(これ)
https://privatter.me/page/67f3d1eec52df
ワグナスとスービエの深夜の飲み会
https://privatter.me/page/6807a10425466

 鍛冶屋から出て帰路に着いた。砂埃の混じった風がボクオーンのローブの裾を揺らす。店に入った時には南中していた太陽は傾きかけており、強い日差しに目を細める。
 本日の交渉の戦果を思いだすと、ボクオーンの足取りも軽やかになった。遅れて出てきたノエルが足早に追いかけて、隣に並ぶ。二人は一緒に鍛冶屋を訪れていた。ボクオーンは軍で使用する武器や防具の購入とメンテナンス、ノエルは愛用の剣の修理のためだ。
「なんというか……君は凄いな」
 全く具体性のない褒め言葉の内容を察して、ボクオーンは満足気に口元を緩める。
「限られた予算は大切に使いましょう。結構値切りましたが、この辺りが適正価格で、今までは相当割高でしたからね」
「市場調査は苦手だから、助かるよ」

 兵舎で待っている仲間達に土産でも買おうかと話していたときに、大通りを馬車が駆け抜けて行った。白の外装に金の細やかな紋様が描かれている華美な馬車は、貴族所有のものだろうか。視線が釘付けになる。
「こんなところに珍しいな」
 ノエルも同様の感想を抱いたようだ。二人は足を止めて、少し離れたところに停まった馬車を見つめた。
 馬車の扉が開く。白と黒がはためき、陽光を受けた光沢のある白い布地が輝いた。風に揺れる黒い長髪を波打たせながら馬車から出てきたのはワグナスであった。砂埃が舞い視界を霞ませた中であっても彼は美しいと、ボクオーンはその姿に見とれる。
 彼は馬車へと手を差し出した。神官服を着た女性がその手を借りて地上へと降りてくる。二人は傍の店を見ながら会話を交わしていた。ワグナスは目尻を緩く下げて蕩けるような幸福な表情をしている。
 その光景にボクオーンは目を瞠った。そんな表情を他人にも向けるのだと、心臓が握りつぶされそうなくらいに、苦しくなる。
 普段ワグナスは硬い表情をしていることが多いから、職場でも同じだと思い込んでいた。しかし神官は貴族出身の人間が多いのだから、味方を増やすためにも愛想よく振る舞う方が得策だ。ボクオーンだってそうする。理解はできる。しかし嫉妬の炎が胸を焦がし、震える手を握りしめた。
 風が砂を巻き上げて視界を霞ませる。思わず腕で目を庇った。風が止まって瞳を開くと、ワグナスと女性の姿は店の中へ消えていた。
「ボクオーン、我々も店に寄ってみないか?」
 ノエルが控えめな声で提案をしてくれる。
……いえ。仕事の邪魔はしたくありませんので。少し驚いただけなので、大丈夫ですよ」
 嫉妬していることを気取られたくなくて素っ気なく返した。
 ふう、と大きく息を吐き出して目を伏せた。気持ちを落ち着けようとする。感情を消すのは得意だ。だから問題はない。
 目を開くと、雲の隙間から漏れた斜陽の眩しさが染みて、目を細めた。
「スービエならば君の腕を引っ張って店に入って行ったと思う。しかし、俺は君の気持ちも分かるから無理強いはしたくない」
「それはどうも」
 幾分かぞんざいに相槌を打つ。ノエルは気にした様子もなく、言葉を続ける。
「君は……もう少し我儘になっていいと思う」
 ノエルの言葉の真意を探るように、瞬きをする。
 ボクオーンは自分は我が儘だと認識している。欲しい物を手に入れるために、心の中ではいつも計算をしている。ただ、相手に悟らせぬように表面には出していないだけだ。
「普段はともかく、ワグナスに対しては我慢が多いように見える。あいつは忙しいし、民全てへ慈愛の心を注いでいるところがある。だが、恋人の立場としては自分だけを見てほしいと思うことは当たり前だと思う」
 ノエルはゆっくりと、選ぶように言葉を紡いでいった。そしてこほんと一度咳払いをして、後頭部を掻いた。
 ボクオーンの口からふふっと息が漏れる。
「恋愛には無縁かと思っていましたが、的確なご忠告痛み入ります」
「む。……そう思ってもらえたのならばいいが」 
 ノエルの言葉を噛み締めるように心の中で反芻をする。
 我儘になったとして、それがボクオーンにとってどんなメリットがあるのかが分からない。
「もしも、私がワグナス殿に声をかけたら何が変わるのでしょうか? その場では女性を同僚だと紹介されて、用事が済んだ後にワグナス殿が家に押しかけて、一晩かけて弁解を聞かされる展開になるだけと思いました。私にはなんのメリットもないように思えます」
「それは……そうかもしれないな」
「でも、あなたと、あなたが想像するスービエは、ワグナス殿に声をかけるべきと思ったのでしょう?」
 ノエルは腕を組む。視線を少し遠くへと向けて、しばしの間考えるように沈黙をした。
「君自身のためかな。初めは黒い一滴の雫だったとしても、いずれ他の要因と混ざって大きくなり、君の心を蝕んでいくかもしれない。そうならないため、だろうか」
 ふむ、と頷いて顎に手をやる。己とワグナスのこれまでを省みるに、小さいことだからと飲み込む場面が多い気はする。これまで人と深く関わろうとしなかったボクオーンにとって、他人とは利用するものでしかなかった。だから深く心を通わせるのは初めてで、経験も理屈も役に立たずに難儀をする羽目になる。
「難しいですねぇ」
 ぽつりと零れた言葉。
 聞こえていたのだろうが、ノエルは何も返さなかった。
 茜色の空の下、荷物を抱えた人々が通りを歩いていく。親との約束の時間が迫っているのか、兄弟らしき子供が互いを急かしながらにぎやかに走っていった。
 それらを眺めていたノエルが、おもむろに口を開いた。
「俺はワグナスの本質は我儘だと思っている。無欲で慈悲深い姿もあるが、自身を律しているのは己の掲げた理想を叶えるためだ。その理想だって、子供の頃抱いていた英雄への憧れが根本にあると思う」
 ボクオーンは目を瞬かせながら背の高い男を見上げる。ワグナスが我儘であるとは斬新な解釈だ。目が合うと、彼らしくなくにやりと意地が悪い笑みを浮かべた。
「そんな一途な男が君を愛し、離さないと言っているのだから、逃げられるとは思わない」
 ボクオーンの顔に苦笑が浮かぶ。
 ワグナスがそこまで自分に執着をしていると考えると歓喜のあまり背筋が震える。そう考える自分も大概である。
 ふう、と、ボクオーンは何度目になるか分からない息を吐いた。
 ボクオーンは前を向いて、背筋を伸ばしたまままっすぐ歩き出した。
 分からないならば試してみるしかない。そうして学んでいくことで、知識と経験を獲得できるはずだ。
 ワグナスが消えた店の前に立つ。ボクオーンは意を決して扉を開いた。
 小綺麗な店であった。ショーケースには色とりどりの石が飾られている。宝石店か、とボクオーンは店の中をぐるりと見渡す。
「ボクオーン?……と、ノエルもいたか」
 声の方を向くと、椅子から腰を浮かしたワグナスが目を丸くしてこちらを見ていた。パチパチと何度か瞬きをした後に、切れ長の瞳が優しく弧を描く。
「こんなところで会うとは珍しいな」
「ワグナス殿が入っていくのが見えたので。お邪魔でしたら退散しますよ」
「ちょうどいい。君達も見ていくといい」
 手招きをされて彼の隣に並ぶ。
 ワグナスの向こう側に座っている女性はボクオーンとノエルに嫌悪感のこもった一瞥を向けて、席を立った。
「それでは、私はこれで」
 頭を下げて店を出ていく女性を横目で見送る。そのまま視線をノエルへと流すと、彼は苦笑をしていた。おそらく、ボクオーンも似たような表情をしていただろう。貴族様は気難しくて困る。
「すまない、気にしないでくれ。それよりも、これを見てくれ。この石は持つ者の魔力を高める効果があるらしい」
「魔力を、ですか」
 興味を惹かれたボクオーンの瞳が輝く。術を使うボクオーンにとって、なんと魅力的なアイテムか。ワグナスに指し示された先にある石は、蜂蜜のようにとろりとした黄金色の輝きを放っていた。
「小さいので指輪になるとは思うが、君にどうだろうか」
「指輪ですか。しかし、戦闘中は人形の操作具をはめるので……
「空いている指もあるだろう」
 指摘をされれば確かに。操作具は親指と薬指には嵌めていないと手元を見ながら考えていると、ワグナスの視線を感じた。ボクオーンを見つめるその表情にわずかな引っ掛かりを覚えて彼を仰ぐと、ガタッと背後で音がする。振り向くと、ノエルが席を立っているところだった。
「あー。俺はあっちを見ているよ。……そうだな。戦力アップになるし、前向きに検討をして良いのではないかと思う」
 確かに、今は少しでも戦力が欲しい。この大きさで一体どのくらいの魔力が上がるだろうか。自分だけでなく、攻撃の術を扱えるワグナスも装備をすればさらに戦力強化が望めるかもしれない。頭の中で計算をしながら、宝石を凝視した。表面の光沢は控えめだが、その内側から静かに発光するような魔力のゆらめきを感じる。これはとても貴重な物だ。ボクオーンは期待に輝いた瞳を石に向けた。
「君に似合うと思った」
 その穏やかな声に、ボクオーンは目の前の宝石によく似た色の瞳を上げた。穏やかなワグナスの表情の中で、目だけは切実に何かを訴えかけてくるようで、思わず言葉に詰まる。視線が合うとワグナスはにこりと微笑んで、瞳の奥に宿る炎はかき消されてしまった。