留守田
2025-04-18 23:14:09
11355文字
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詩のはなし

自Tav(ヴァリス)君は本編中に恋人に詩を書いて贈ってたんだよ、という小話です。ちらのーとに投稿していた物のまとめ+加筆版になります。
※独自解釈・脳内設定マシマシな上にヴァンパイアの花嫁化、オリジンキャラクターのコラボ先での非公式な設定を含みます。


Ritual


 ……儀式は行われた。
 メフィストフェレスとの契約を果たすため、七千と七つの魂は捧げられた。そのうちの一つは契約をしたであろう張本人だったが、アスタリオンの読み通り数さえ合っていれば何でも良かったようだ。
 儀式を行う者と繋がった、七千と七つの魂。
 何のことはない。ただその身体に印がないだけで、カザドールもその一つであったというだけだ。

 だが一つ解せない事があるとすれば、儀式を手伝った恋人の心だろうか。
 儀式を止めると言って、セバスチャンやあのチェサというガー人の子どもにも助けてやると言っていたのに。



「皆殺しにしたな」
 うれしい驚きだ。とアスタリオンは続ける。
 ……いや、本当に嬉しいのだろうか。
 儀式の手伝いを求めたのは自分だが、まさか……彼が尊んでいた、“未来の観客”とやらを全て犠牲にするとは思ってもいなかった。
 七千人の、自分の飢えを抑制する事も出来ないヴァンパイア・スポーン達はまだ分かる。野放しにしては危険だと言えば一理はあるだろう。
 だが、ガー人達は? カザドール・ザールを討伐しようと攻め入り、俺を討ち取ろうとした怪物狩りは、彼自身にとっては危険ではなかったはずだ。
……お前にとって一番いいようにしたんだ、アスタリオン。お前が何者にも侵されない自由を手に出来るように」
 そう言って微笑む彼の青い瞳の中に、アスタリオンの姿が映っている。
 恋人が語るその姿とは、こうだ。白くてふわふわした可愛らしいカールを描く髪に、ガーネットを思わせる瞳……真珠のような、白くて滑らかな肌。
 真珠を守る二枚貝のように強靭であれたらいいと書いていた詩の真珠とは、本当に俺の事だったのか。
 無辜の七千人殺しでは飽き足らずガー人達ですら皆殺しにしたその精神は、確かに強靭だ。俺と違って、ほんの一月か二月前まで一介の旅芸人に過ぎなかったというのに。
「愛の為せる業だ、ハニー」
 目の前で囁かれた甘い文句と蕩ける声に、アスタリオンの背が震える。
 俺の側に付いた時点で、ガー人共の言った通りにこの愛おしい恋人も怪物だったのだと認めざるを得ない。こんなにも可愛らしく振る舞いながら? 一体いつからだ?
「本当にかわいいな。もちろん俺も、お前にとって一番いいことを望んでいた」
 彼が与えた自由と力によって、俺に山ほどの詩や物語を書き残して死んでいくよりも、神相手に芸を披露するよりも、もっといいことが今なら出来る。
 ヴェリオスの頭蓋骨が咥えていた黒ミサの巻物スクロールにあった、昇天の儀式に比べれば些細な、しかしアスタリオンにとってはこれ以上ない闇の儀式が。
 たった一人のために七千と七人、ガー人達を殺すような首謀者を野放しにはしておけない。これは建前だが、半分本気でもある。
 そして不死を分かち合うだけでは、尊ぶもの全てを俺に捧げた彼には釣り合わない。全てを分かち合い、ヴァンパイアの血塗られた宿命から遠ざけ、俺に与えた全てを思い知らせるにはこの儀式以上の手段はない。
「私を……ヴァンパイアに? 本気か、アスタリオン」
 本気だ。だが無理強いをしては奴と変わらない。拒まれるのなら突き放し、もっと力を付けた頃にもう一度挑むとしよう。
 そうアスタリオンは思っていたのだが、彼は一度だけ体温を惜しんだあと、あっさりと首を縦に振った。
 旅立つ前の“最後の一杯”は、顔を赤くして頷いて。ああ、なんて可愛らしいのだろう。
「ただ、一つだけ……旅立つ前に、日記を書いてもいいか?」
「ああ。あまり待たせるなよ、ダーリン」



 二度噛んで、三度目で飲み干す。
 気持ち良いことが好きな彼は吸血のもたらす快楽も相俟って今まで以上に乱れ、何度も何度も何度も俺の名を呼び、絶頂を迎え、俺のものになる事を声高らかに唄った。唄わせることもあった。
 ……今まで散々動物を吸い殺した事はあったが、人を吸い殺そうとするのは初めてだ。
 彼の血は何にも喩えられないほど極上で、甘い。俺の為だけに捧げられた、俺だけの恋人。
 そして、これからは俺だけの花婿に。そうなるよう今から作り変える。
「ハァ……
 温かい血を大量に啜り、アスタリオンはやっと傷口から牙を離して生温い息を吐く。
 今までになく、幸せに満ち足りた気分だ。愛する恋人の血で胃は満たされ、たった今死に行く彼に再び命を与える。他でもない、この俺が。
「愛してる、ダーリン」
 アスタリオンは己の手首に傷を付ける。
 爪で傷を付ければ、青褪めた己の肌から赤い血潮が流れ出る。それを恋人の口まで運び、アスタリオンは直接唇に傷口を付けさせた。
「ウ、ウゥッ……ガアッ!!」
 咆哮と共に見開かれた瞳は既に青の色を失い、みるみるうちに血の赤へと近付いていく。
 暴れる身体を抑え付け、巻物スクロールの通りにきっかり一口分。
 俺のために彼が流した血の量を想えばこの一口分は一滴にも満たないだろうが、これ以上与えては逆に彼を永遠に失う事になる。
 アスタリオンは手首を彼の口から引き離すと、飛び退くようにして距離を取った。
「ガルルルル……
 ……ここからが本番だ。血の味を知って獣と化した彼にこれ以上血を吸わせないよう、彼が再び死を迎えるまで凌がなければならない。
 恋人が正気なら、この過程の事を愛の試練とでも呼ぶだろう。確かに試練と呼べるほど厄介だ。
 そもそも吸血によって身体が弱っているのもることながら、愛する者の初めて口にする獲物となった感覚は、血を啜り上げる悦びにも似て何とも堪らない。
 この悦びを振り切り獣同然に生えたばかりの牙を剥く恋人に屈する事なく、また殺さぬよう愛せなければ互いに死ぬ。
「お前は俺に様々な形で愛を示した。行いにしろ、詩にしろ……とてもかけがえのない物ばかりだ」
 噛みつこうと突っ込んでくる恋人の頭を片手で掴み、アスタリオンは力を込め押さえ付けた。鋭い爪が生えた手が空を切るのを避け、そのまま力ずくで押し返す。
「そして、お前自身も。神の御許へは返さない」
 獲物を前にして見開かれている赤く染まった瞳からは、彼の精神が狂乱の最中にあることが見て取れる。
 早く、あの優しい眼差しからまた甘ったるい愛の言葉が聞きたくて堪らなくなった。
「お前は俺のものだ。俺の恋人だ! だから早く、正気に戻って……俺を愛してくれ、ダーリン」
 アスタリオンは更に強く踏み込み、錯乱する恋人をゆっくりと、一歩ずつ押し戻す。
 どれだけの時間が経っただろうか。彼の背後にあるベッドのすぐそばまで押し返し、力尽くで押し倒そうとしていた途中で、急に彼の身体から力が抜けた。
 ぐったりと崩れ落ちる身体を慌てて支え、アスタリオンは恋人をベッドの上へ横たわらせる。
……終わった、のか」
 瞼は閉じ、心音は止まったまま。
 体温を失った冷たい身体の中には、今までとは違う色を持った彼の魂が見えた。赤と黒の煌びやかな彩りは、見た事のない彼の舞台衣装を想起させる。
 魂の変貌に感極まったアスタリオンは意識を失った恋人の額を優しく撫で、そっと口付ける。まるで聖職者クレリックが生誕の祝福を施すような、穏やかな神々しさがそこにはあった。