留守田
2025-04-18 23:14:09
11355文字
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詩のはなし

自Tav(ヴァリス)君は本編中に恋人に詩を書いて贈ってたんだよ、という小話です。ちらのーとに投稿していた物のまとめ+加筆版になります。
※独自解釈・脳内設定マシマシな上にヴァンパイアの花嫁化、オリジンキャラクターのコラボ先での非公式な設定を含みます。


Act2


 影に呪われた地での野営は、眠る間も必ず焚き火を燃やし、煌々とした灯りを維持しなければならなかった。さもなければ影に呑まれ、その一部となってしまう。
 パーティーの眠らずの番は、睡眠時間が他の面々よりも短いハイエルフの二人が交互に瞑想に入る事によって分担することになった。

「アスタリオン」
 両手の間で哀れなほど皺の出来た紙切れを持った我らがパーティーのリーダーは、顔から耳の先まで真っ赤にして、その紙切れを火の番の交代のために目覚めたばかりの俺に差し出した。
……読み終わったら、焚き火の燃料にしておいてくれ」
 受け取ってみれば真っ直ぐ俺を見つめていた青い瞳は逸れ、行く所のなくなった手は片方が口元を隠すように覆う。
 もう片方は枯れてしまった植物のようにダラリとぶら下がり、動かなくなった。
 アスタリオンは受け取った紙の皺を伸ばし、そこに書き付けられた文字を目で追う。書き付けられた十行ほどの文字列はエルフ語の……愛の詩だ。
 なるほど吟遊詩人バードらしい、とアスタリオンは読み進める。そう言えば、目の前の男は恋人のような者だったなとも思い出しながら。
 出来栄えと言えば、詩集の一編として出版するには稚拙だが、本人の様子と相俟って捨て切れない恥じらいが何ともいじらしい。
 普段は恋人へ甘いひとhoneyと呼びかけ、聞いている方が恥ずかしい甘い言葉を顔色ひとつ変えずに吐くのだから、今の頬から耳先まで赤くなっている様相は余計に滑稽だった。
 彼のセットされた地毛だと言う灰色の髪の下にある、大きな青い瞳に日に焼けた黄土色の肌という特徴からはサンエルフともムーンエルフとも区別が付かないが、プライドの高いハイエルフらしからぬ無防備な赤面を晒す姿にアスタリオンは思わず吹き出す。
「フッ、随分と豪華な焚き付けだな、ダーリン」
 貢物の詩としては随分と粗末な紙に書かれていて、取っておく価値もない。
 だがアスタリオンは言葉とは裏腹に、その紙を丁寧に折りたたんだ。
「は、早く燃やしてくれ。それは……ただの焚き付けだ」
 青い視線が燃え盛る焚き火へと向く。
 焚き火は燃料に枝を足されてからちょうど炎が大きくなった頃合いのようで、こんな粗末な紙は投げ込めばあっという間に灰になるだろう事は明らかだった。
「もう少し火が小さくなってから、枝を足すついでに燃やしておこう」
 だから安心してくれ、とアスタリオンは真っ赤な顔をした恋人もどきに言って、畳んだ紙をポケットに突っ込む。
 揶揄うネタが出来たと密かに笑うアスタリオンには気付かないまま、首元まで真っ赤に染めたハイエルフの吟遊詩人バードはもそもそと己の寝袋へ戻っていった。

 前任者が瞑想に入った後、時折火の粉が爆ぜる音のみが響く野営地でアスタリオンは炎の様子を見るついでに折り畳んだ紙をもう一度広げ、中身を読む。
 ……そして鼻で嗤うと、元の通りに折ってまたポケットにしまい込んだ。



 それからいくつかの夜を経たのち、シャーの修練場でアスタリオンはラファエルとの取引を果たし、かくして二人は儀式の全貌を聞いた。
 アスタリオンは己が定めは生贄の羊である事を知り、そしてある可能性に想いを馳せる。
 この素晴らしい儀式の生贄の一人は、何も自分でなくていい。数さえ合っているのなら、その魂が“何であるか”は問われないのではないか……と。
 だが彼が誑かした恋人気取りの男と言えば真剣な眼差しでカザドールと対峙しなければならない事を語り、その時には自分も側に居ると言った。
 吟遊詩人バードらしい声援かと一度は思ったが、その声に宿るウィーヴは無く、ただ愛おしい響きだけがアスタリオンの背を押す。
正に不思議な力としか言いようのない何かに背を押されているのだと気付いた時……彼は自分がこの世界で一番間抜けな存在である事を認めざるを得なかった。


「アスタリオン……その」
 自白をした晩。焚き火の側で眠る他二人……シャドウハートとカーラックの寝息と時折炎の揺らめく気配だけが響く中、アスタリオンはまたもや恥じらいで茹で上がったハイエルフの両手の間でクシャクシャにされている紙切れに憐れみを覚えた。
 いつかピクシーを放ったその見返りとして授かった鈴の力でランタンも炎も掲げておく必要はなくなったが、精神衛生を鑑みて一晩中火を焚く事は続けられる事になり、それは修練場から一度引き返してムーンライズ・タワーまで足を伸ばした今でも変わっていない。
「お前が色々と……考えなければならない事が多いのは分かっている。あー……考えるのに疲れた時にでも読んで、燃やしておいてくれ」
 持っているというより、握り潰しているという方が表現としては正しいだろう紙切れを受け取って、アスタリオンは紙の皺を伸ばす。
 内容は……エルフ語でしたためられた愛の詩だ。
 ポケットに入ったままの物より分量は少なく五行ほどしかないが、盗賊ローグの技を讃えるような表現が使われていたり、幾分かアスタリオンという人物の実用性にも目が向けられている。
「ダーリン、ちゃんと火の番は出来てるのか?」
 前の詩を受け取った日と同じく焚き火は燃え盛っていて、体温のないアスタリオンの身体を若干の暑さを覚えるほど暖めていたが、揶揄い半分心配半分に笑う。
 その様子に可愛いハイエルフの恋人は背を丸めて俯き、小さくなった。
「だ、大丈夫だ。そんなに……時間はかけてない」
 そう言う彼の寝袋のすぐ側には、球状に丸められた紙がいくつか転がっていた。十中八九、中身は書き損じだろう。
「ともかく、その……私がお前に伝えたい事はだなアスタリオン」
 大袈裟な咳払いをして、恋人はアスタリオンの手を取ってそっと握る。
 指先から伝わる体温もまた、アスタリオンを温める。その熱さは優しく、どれだけ近付いてもヴァンパイアを焼くことはない。
「お前は……汚れてなんていない。強く、美しく、私の錠前を開けてみせた愛しい盗賊ローグよ。どうか自分を卑下しないでくれ!」
「ダーリン……
「確かに私は美しいものが好きだが、お前の美しさは見てくれだけじゃない」
 握られていた手が解放され、代わりに恋人の手がアスタリオンの両頬に添えられる。
「讃え易くはあるが、お前の美しさとは白く可愛らしいカールを描く髪や危険な笑みだけではないんだ、ハニー。忘れてくれるな」
 青い眼差しに貫かれ、アスタリオンは口を挟む余裕すら無くしていた。その真摯な視線と来たら、見ているだけで目が眩むようだ。
 こんな視線を向けられる資格はない、とアスタリオンは目を背けたくなったが、愛おしい彼の瞳になら自分が映るかもしれないと根拠もなく思えてしまって、ついつい彼の瞳に自分の影を探してしまう。
……ありがとう、ダーリン」
 愛おしい恋人が掛け値なしに美しいと言う男の顔を、アスタリオンは見てみたくて仕方がない。
 だが今の所は……この紙切れで我慢するとしよう。そう思って紙の書き付けられた紙を丁寧に折り畳むと、恋人は唐突にそれを奪おうと手を伸ばしてきた。
 寸前の所でサッと不躾な手を避けたアスタリオンは、恋人に対して怪訝な顔を向ける。
……ダーリン、何がしたいんだ?」
 今のは取っておく流れだろう。そうアスタリオンが言えば、恋人は奪おうとする手を構え直して言った。
「い、いや。それはそれとして燃やしてくれ」
 1分程度10ラウンドの攻防の末にアスタリオンの詩のコレクションが一枚増え、炎よりも真っ赤な恋人に旅が終わったら燃やすと約束する事になった。
 当然、こんな約束をイカサマ師が守ろうと思っているはずもなく。アスタリオンはいつも使う盗賊道具のポーチにこっそりと隠しポケットを作り、そこに件の詩を忍ばせる。
 彼の語った己の美しさを、いつまでも胸に留めておくために。